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第二章 恋におちたら
55 side哉
しおりを挟む「ふーくーしゃーちょーおおおおおお」
管理人のいるエントランスで泣かれたので部屋に上げたらやっぱり情けない声を上げて瀬崎が玄関でがっくりとくず折れる。彼も社内のテストに上位で合格した、一応未来を約束されたエリートコース、幹部候補生で、いつもは髪型もこまめに散髪しているのか今風に整えて、パリっとしたスーツをきちんと着こなす好青年だ。しかし、目の前にいるのはなんだかもう絞りきられた雑巾よりしわの入ったスーツを引っ掛け、そり残した無精ひげにセットもしようがないくらいひどくぱさついた髪、そして極めつけは落ち窪んだ眼窩。間近で見ると以前とは別人のようにやつれているのがわかる。
「助けてください、俺、死にそうです。ってかむしろ死にたい」
哉に促されてヨロヨロとリビングまでやってきた瀬崎がソファに沈む。
「俺がいなくてもどうにでもなるだろう?」
「なりませんよ。なるわけないじゃないですかっ! 副社長も篠田室長もいないのにっ 大体どうして天上で辞表なんか出すんですかー!? もう、うわさがうわさを呼んで今社内すごいんですよ? なんだか次々に辞表出しちゃうやつがいて収拾つかないッス。それも候補生がっ 俺も二人の片棒担いでると思われてて居心地悪いなんてもんじゃないしっ! 何でいなくなったかなんてこれっぽっちも知らないのにみんなからは何でも知ってると思われてるしっ! 毎朝会社休みてぇーって思っても、帰れないから泊り込みで目が覚めたら職場だから無理だし。いや、いないとまたうわさに拍車がかかりそうだしっ!!」
出されたグラスの氷まで飲み干す勢いでコップの水を一息であけて、ダンっとテーブルに置く。
「なんだ。噂って」
「副社長と篠田室長が新しい会社起こすって。んで、優秀なのヘッドハンティングしてるって。声かけられる前に身軽になろうってバカがわんさか出たんですよ!!」
「お前は?」
「んなこと信じるわけないじゃないですかっ 篠田室長の命令で副社長には連休明けからバリバリ働いてもらう予定だったんですから。それにー………」
空のグラスの氷を見つめて瀬崎が言いよどむ。
「俺、副社長が辞めるときは隠遁生活に入るに決まってるって思ってたし」
瀬崎がちらりと哉を見て『当たってるでしょう?』と目で尋ねている。
「とりあえずたまった有給使ったことにして帰ってきてくださいよぅ コレ、天上の議事録ッス。サッパリ書いてないですよ。副社長が辞表出したことなんて」
分厚い資料が入った封筒を渡して、瀬崎が立ち上がる。
「副社長が来るって言うまで通い続けますからそのつもりでっ! 余生を送るには早すぎますからねっ!! 決済の仕事持ってくるから目ぇ通してくださいよ!?」
やけくそなのかえらく強気な発言を残して瀬崎が帰っていった。そして、本当にその次の日から毎日毎日、哉のマンションにやってきては、山のような決済資料を広げてたまりにたまった愚痴をこぼして帰っていくようになった。
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