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第二章 恋におちたら
38 side樹理
しおりを挟む結局間に合わなかった。仕方なく買ったばかりの携帯電話で哉に電話を掛けて、四時までに帰ると伝えた。それには何とか間に合った。それさえ間に合わないかとどきどきはしたが、息が上がっていないのは香織が車を出してくれたからだ。食後お茶を飲みながら話しているくらいからそわそわと時計を気にしだした樹理に、予定を聞いてくれて買い物がまだだとダダをこねだした孫達をなだめて、大急ぎで買い物をするならと、電車より早いからと会社から車を呼んでくれた。
また来てねと言われ、試供品らしき化粧品を紙袋いっぱいにもらってしまった。自分で支払いができる歳になるには、まだまだ時間がかかりそうで、この借りにはものすごい利息がつきそうだ。
「帰りました」
居間に行くと、よほど頭の置き心地がいいのかシャチを枕に哉がフローリングの床に寝転がって本を読んでいた。樹理が出て行ったときのまま、白いシャツにジーンズ姿。これと言って何か準備している様子もない。
転がったまま哉がさかさまに樹理を見上げている。出て行ったときと様子が違うことにさすがに気づいたような顔だ。
「あの、えっと。買い物の約束だったんですけど、エステサロンに連れて行かれちゃって。あ、ご身内だからとかでタダでしてもらってしまったんですけど、ついでにお昼をご馳走になったり買い物をしたり、それで送ってもらったりもしたんですけど、その、あの……遅くなってすいません……」
じっと見つめられて、どんどん言っていることがわからなくなって、立ったまま見下ろすのも良くないように思えてシャチぎりぎりにひざを着いて座って、もうすでに何を言っているのかわからないままとりあえず謝ってしまう。
ここに再び戻ってきてからは、哉はちゃんと一言だけでも応えてくれるようになった。ふうんとか、ああとか。それだけでもちゃんと言っていることを聞いてくれている反応があるのは、コミュニケーションとしては上々だ。なのに今日は何も返ってこない。樹理が何とか会話をつなげようとあわあわと次の言葉を探している間に哉が頭の下からシャチを引き抜いた。
よっこいしょ。
哉の動きを表現するならそんな仕草で。
気がついたら頭がひざに乗っていた。
突然縮まった距離に樹理がびっくりした顔で固まった。哉の右手がまとめずに残した両方のこめかみ付近の縦ロールに巻いていつもよりくるくると垂らした髪に触れ、軽く引っ張ってつまんだ毛先を唇に寄せる。
一瞬が永遠よりも長かった。息を止めていたけれどそれが苦痛でなかったと言うことは、多分本当に短い時間。けれど何時間もそうしていたような錯覚が起こるのは、存在が近かったからだろうか。
樹理が身じろぐよりもほんの少しだけ早く哉が起き上がってそのまま立つ。
「着替えてくる」
哉の動作をなぞって顔を上げた樹理に一言残して、哉が自分の部屋に消えた。
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