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第二章 恋におちたら
19 side哉
しおりを挟む「お久しぶりです、次能(つぐのう)先輩」
「そして相変わらずそっけないなー」
目を合わそうとしない哉に全く動じることなく、きれいな顔をこれ以上ないくらい上機嫌な形につくって笑いながら同じテーブルにつく。
何も言わなくても彼の好みを知っているらしい店員が、てんこ盛りのアイスに滴り落ちるほどのチョコソースをかけ、季節のフルーツをありったけ乗るだけ乗せてみました、という態のガラスの器でんとテーブルに置く。これだけのものを今さっき用意したとは思えないので、彼が入店したときから作り始めていたのかもしれない。
ちらりと目の端に映った器がどう見ても特大の金魚鉢にしか見えなかったが、あえて追求しない。
「ほへでひま、ふふひゃひょーらんだって?」
それで今、副社長なんだって? と、デザート用ではありえないサイズの……サラダを取り分ける為のスプーンですくえるだけすくったアイスたちを口に入れ(そして口の端から茶色いソースを垂らしながら)彼が哉に問いかける。
「ええ。何の因果か」
「ほんらの、おひゃのひんがでひょー」
容赦ないくらい口にアイスを放り込みながらも、果敢にしゃべり続けようとする青年に、哉はまだ手をつけていなかった茶菓子を差し出しす。そんなの、親の因果でしょう、と言っていることはわかるが、聞き苦しいことこの上ない。
「……待ちます」
「ん」
哉が譲ったクッキーを受け取り頷いて、青年はそれをバキバキと砕いてチョコソースの上に撒き散らし、アイスと混ぜて食べることに専念しはじめる。その行動を見て、そう言えば彼は、クッキーやスナック菓子、せんべいなど、乾いた食べ物が食べられないのだと思い出す。
ほかに待っている客たちが異様なものを見るような目でこちらをちらちらと覗っている。自分はともかく目の前のこの人は確かに異様なので、いろんな意味で早く片付いてほしい。
そんな哉の願いを知ってか知らずか、紅茶を飲み終わる前に、彼は甘そうな塊を無に帰した。
「あー おいしかった。ごめーん、マンゴージュース、できればバケツで」
「できないって、都織(とおる)」
苦笑しながらおしぼりを持ってきて、問答無用でその無茶をいう口をふさいだのは、この店の店長、緒方未来その人だった。
「ごめんね、氷川君。おまたせして。理由はこれ」
「いえ」
「忙しいんでしょ? よければすぐにカットするけど?」
「ええ……」
できれば今すぐに頼みたいところだが、目の前でせっせと口を拭いている都織をちらりと見て、席を立っていいものか考える。
「えー ずるいよ未来。哉ちゃんとは僕が先に話しする約束だったのに」
「隣で話せばいいでしょ。氷川君だって暇じゃないんだよ?」
「うそ。暇じゃなかったら平日の昼間にこんなとこいないでしょー」
「都織、自分を基準に考えない」
駄々っ子のような言い方に、未来がたしなめるように言う。
「いえ、今は時間がありますから。本社がこの連休明けまで入れないので」
「えっ? じゃあ明日とあさっても暇?」
「読みたい本が今日の夕方には届くので、暇ではなくなります」
「ちぇーっ」
暇ならば引きずりまわそうと言う魂胆は見え見えすぎてうそっぽい。つまらなさそうな舌打ちも、声で表現するくらいに。
「申し訳ないけど二人とも。僕はそんなに暇じゃないんだ。話があるなら隣を空けるから都織がきたらいいでしょ」
「もう洗わない?」
もう一度店の奥のカットスペースに来いといわれて都織がおびえたまねをして頭を抱えている。
「さすがにね、シャンプーは一日一回でいいから」
「ならいいや。行こっか、哉ちゃん」
にっこりと笑ったその顔は、アイスやチョコソースがついていなくても十分に甘かった。
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