幸せのありか

神室さち

文字の大きさ
上 下
91 / 326
第二章 恋におちたら

19 side哉

しおりを挟む
 
 
 
「お久しぶりです、次能(つぐのう)先輩」

「そして相変わらずそっけないなー」


 目を合わそうとしない哉に全く動じることなく、きれいな顔をこれ以上ないくらい上機嫌な形につくって笑いながら同じテーブルにつく。

 何も言わなくても彼の好みを知っているらしい店員が、てんこ盛りのアイスに滴り落ちるほどのチョコソースをかけ、季節のフルーツをありったけ乗るだけ乗せてみました、という態のガラスの器でんとテーブルに置く。これだけのものを今さっき用意したとは思えないので、彼が入店したときから作り始めていたのかもしれない。


 ちらりと目の端に映った器がどう見ても特大の金魚鉢にしか見えなかったが、あえて追求しない。


「ほへでひま、ふふひゃひょーらんだって?」

 それで今、副社長なんだって? と、デザート用ではありえないサイズの……サラダを取り分ける為のスプーンですくえるだけすくったアイスたちを口に入れ(そして口の端から茶色いソースを垂らしながら)彼が哉に問いかける。

「ええ。何の因果か」

「ほんらの、おひゃのひんがでひょー」

 容赦ないくらい口にアイスを放り込みながらも、果敢にしゃべり続けようとする青年に、哉はまだ手をつけていなかった茶菓子を差し出しす。そんなの、親の因果でしょう、と言っていることはわかるが、聞き苦しいことこの上ない。


「……待ちます」

「ん」


 哉が譲ったクッキーを受け取り頷いて、青年はそれをバキバキと砕いてチョコソースの上に撒き散らし、アイスと混ぜて食べることに専念しはじめる。その行動を見て、そう言えば彼は、クッキーやスナック菓子、せんべいなど、乾いた食べ物が食べられないのだと思い出す。


 ほかに待っている客たちが異様なものを見るような目でこちらをちらちらと覗っている。自分はともかく目の前のこの人は確かに異様なので、いろんな意味で早く片付いてほしい。

 そんな哉の願いを知ってか知らずか、紅茶を飲み終わる前に、彼は甘そうな塊を無に帰した。

「あー おいしかった。ごめーん、マンゴージュース、できればバケツで」


「できないって、都織(とおる)」

 苦笑しながらおしぼりを持ってきて、問答無用でその無茶をいう口をふさいだのは、この店の店長、緒方未来その人だった。

「ごめんね、氷川君。おまたせして。理由はこれ」

「いえ」

「忙しいんでしょ? よければすぐにカットするけど?」

「ええ……」


 できれば今すぐに頼みたいところだが、目の前でせっせと口を拭いている都織をちらりと見て、席を立っていいものか考える。


「えー ずるいよ未来。哉ちゃんとは僕が先に話しする約束だったのに」

「隣で話せばいいでしょ。氷川君だって暇じゃないんだよ?」

「うそ。暇じゃなかったら平日の昼間にこんなとこいないでしょー」

「都織、自分を基準に考えない」

 駄々っ子のような言い方に、未来がたしなめるように言う。


「いえ、今は時間がありますから。本社がこの連休明けまで入れないので」

「えっ? じゃあ明日とあさっても暇?」

「読みたい本が今日の夕方には届くので、暇ではなくなります」

「ちぇーっ」

 暇ならば引きずりまわそうと言う魂胆は見え見えすぎてうそっぽい。つまらなさそうな舌打ちも、声で表現するくらいに。


「申し訳ないけど二人とも。僕はそんなに暇じゃないんだ。話があるなら隣を空けるから都織がきたらいいでしょ」

「もう洗わない?」

 もう一度店の奥のカットスペースに来いといわれて都織がおびえたまねをして頭を抱えている。

「さすがにね、シャンプーは一日一回でいいから」

「ならいいや。行こっか、哉ちゃん」



 にっこりと笑ったその顔は、アイスやチョコソースがついていなくても十分に甘かった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

愛するオトコと愛されないオンナ~面食いだってイイじゃない!?

ルカ(聖夜月ルカ)
恋愛
並外れた面食いの芹香に舞い込んだ訳ありの見合い話… 女性に興味がないなんて、そんな人絶対無理!と思ったけれど、その相手は超イケメンで…

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話

六剣
恋愛
社会人の鳳健吾(おおとりけんご)と高校生の鮫島凛香(さめじまりんか)はアパートのお隣同士だった。 兄貴気質であるケンゴはシングルマザーで常に働きに出ているリンカの母親に代わってよく彼女の面倒を見ていた。 リンカが中学生になった頃、ケンゴは海外に転勤してしまい、三年の月日が流れる。 三年ぶりに日本のアパートに戻って来たケンゴに対してリンカは、 「なんだ。帰ってきたんだ」 と、嫌悪な様子で接するのだった。

処理中です...