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第二章 恋におちたら
7 side哉
しおりを挟む蚊の鳴くような声と言うのはこのくらいのボリュームか。けれども樹理の声ははっきりと哉に届いた。
「本当にそれだけで?」
問いかけに耳まで赤くした樹理が顔を上下に振っている。
「あれは?」
そう言って斜め下を見下ろす。哉の視線の先にあるドレスは、立っている樹理にも見えるはずだ。
「あ、あんなのはっ……だって、着ていく場所もないし……」
しかし、そんな樹理の言葉に、哉がしばらく考えて、何か思いついたように納得してうなずいた。
「……わかった。着ていく場所があればいいんだな」
「え? は? ハイ?」
樹理から視線を移して、店員に尋ねる。
「表に飾ってある服、彼女に合うものはありますか?」
「こちらのワンピースがぴったりならスカートの丈を少しお直しすれば問題はないと存じます。しばらくお待ちください」
お嬢様はこちらにと他の店員が樹理を試着室に促す。
「よろしければ新しくいたしますが」
樹理を待つ間に二杯目の紅茶が冷めていた。
「いや、もう結構。この服は全部サイズは同じ?」
「いえ、ほとんどが七号ですが、少し五号と九号が。先ほどのワンピースは七号でございます」
立ち上がっていくつか手に取る。ほとんど同じようなデザインに見えるが、少しずつ素材や丈、レースやリボンが違うらしい。
ショーウインドウに見入ってうっとり顔をほころばせていたのに、店に入った瞬間、樹理は戸惑ったような表情になり、口が真一文字に結ばれてしまった。
店に入ると言うことは、買い物をすることを意味する。気に入ったものが店の外から見てあるのに、いざとなると拒絶するような顔になるのはなぜなのか。
樹理に服を。そう考えたのはこの陽気のせいだ。どう考えてもあの服は冬物で、この初夏のような日和には合わない。
しかしさすがにどこに行けば買えるのかわからなかったので、詳しそうな人と言えば理右湖しか浮かばず、電話を掛けて聞いたら、樹理ちゃんならこの店の服が絶対似合うとここだけしか教えてくれなかったのだ。
そして理右湖はこう付け加えた。
『絶対、あの子遠慮してほしくてもいらないって言うに決まってるから。かわいいのがあったら勝手に買ってあげなさい。服はいくらあっても腐らないから大丈夫。着られなくなったらウチに回して。桜と椿に頂戴ね』
最後のあたりはちゃっかりしているが、理右湖の言うとおり、樹理はきっぱりと拒否した。
服を手に取り、サイズを確認して無造作にセレクトした服を店員に渡す。
「こちらのお洋服はお持ち帰りになりますか? よろしければドレスと一緒に後日お届けいたしますが?」
「届けてください」
「かしこまりました。お届け先をお願いします」
万事抜かりないらしい。控えていた店員がさっと必要事項を記入する顧客登録用紙を差し出した。
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