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第二章 恋におちたら
6 side樹理
しおりを挟む何かを選んで試着しないと後にも先にも進めない。とりあえず目に付いた若草色のワンピースと白いレースのボレロを手に、手伝いを断って一人で両手を広げてもまだ余るほど広い試着室に入る。
そっと値札を見る。三枚ほどついたタグの一枚、白いプラスチックのような光沢を持つそれに金箔押しの店名がカリグラフィーの流れるようなアルファベットで綴られていた。
樹理のクラスメイトが……と言うか、中でも特上級のお嬢様方がこの店舗の名を何度か口にしているのを聞くともなく耳にしたことがある。
友人同士の何気ない会話を装った自慢話は、声を潜めるどころか、みんな聞いてと言わんばかりによく通る。
ブランド名もそうだが、さらに別のタグに書かれていたその金額は、そして見たことを後悔させるに余りあるゼロの数だ。
哉は多分、いや絶対お金持ちだ。前回嫌と言うほどその金銭感覚の違いを思い知っている。しかし、値札に書かれた金額を見て何か月分の米が買えるだろうか……とかとっさに計算したくなる自分が悲しい。
何気なく選んだボレロもよく見ると縫い目がないのだ。肩も袖も脇も。機械編みではなく手編みだ。編み目も恐ろしく手が込んでいる。これは高くて当たり前だと思う。
ふんわりとしたかわいい服は好きだ。
この店にある服はほぼすべて、樹理の好みのうちに入る。特にあのショーウインドウに面して飾られた綿菓子みたいなお嬢様然とした服は見ているだけで幸せな気分になれる。正直、クラスに何人かいる本物のお嬢様たちがちょっとだけうらやましかった。
こんなにかわいい(そして高価な)服を着られるなんて本当にうれしい。
しかし。と樹理は気を引き締めた。
その好意に甘えるのは、この一着だけにしておこうと。
「いかがですか?」
ボレロに袖を通したところで、外から女性の声がかかった。なかを見ているかのような絶妙のタイミングだ。先ほどの紅茶を飲み終えた際の声の掛け方といい、洗練された人は何か違う。
「はい、大丈夫です」
「失礼いたします」
カチリと音を立ててドアが開く。
「こちらをどうぞ」
下を見ると、樹理が履いてきた通学用の地味なローファーに替わって白いミドルヒールの靴が置かれている。
学校指定の靴だって、結構高かった。だから大事に手入れして大事に履いていたけれど、確かにこの服にあの靴は似合わないなと、言われたとおり履く。
「どうですか?」
先ほどと同じテーブルについていた哉の所へ戻って立ち止まり、じっと固まっているのは変かなとちょっと小首をかしげた。
「気に入った?」
「ハイ」
それはもう、もちろん。
「じゃあそれと……」
「ダメですっ!」
哉がラックにかかった服に視線を向けると同時に、樹理が両手を振って止める。
突然大きな声を出した樹理に、哉も店員も動きが止まった。やってしまったと顔を真っ赤にしながらも、今度はもう少し控えめな声で言う。
「これだけで十分ですから……!」
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