幸せのありか

神室さち

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第一章 幸せのありか

69 side樹理

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 濡れた制服を脱いで、一度洗面台で絞る。すぐ横の家事室に入ってみると、知らない間に洗濯機が洗って濯いで乾燥もできるのがウリの新製品になっている。

「なんで……?」

 前のものだって、充分新しかった。というより樹理が使った時、新品だった。この家にあった電化製品は全部新製品だったなと、改めてそこにある掃除機を見て思い出す。


 その洗濯機のロゴをみて、やっと気付く。この家にある電化製品はすべて氷川の商品なのだ。

 副社長である哉のところにも、つぎつぎと新製品がやってくるのだろう。

 使い方に一度戸惑ったあと、選択のみのコースを選んでふたを閉めた。




 浴室に入ると、そこに樹理が置いていったシャンプーやコンディショナー。それに引っ掛けていた髪ゴムまでそのままだった。

 何度か掃除をされたらしく、位置が微妙に変わっていたけれど。

 頭と体を洗ってシャワーを浴びていると、脱衣所の外からけたたましいノックが聞こえたので、返事をする。


「着替え、置いておくから」


 そう言って哉が出ていった。着替えと言われても、ピンとこない。

 なんのことだろうと思いながら脱衣所に帰るとクリーニングの袋がかかったままのシャツとスカート。その上にタオルと、小さな紙袋。

「この服…」

 もう捨てられたと思っていた。安物で、家で洗濯できる服なので、まさかクリーニングに出されているとは思わなかった。


 紙袋には、樹理の知らない会社の名前の入った名刺のような紙がホチキスで止まっている。洗濯機の中にありましたので、洗っておきました。とだけかかれているそれを開けて、樹理が固まった。


 ここにいたとき、樹理はいつも夕方に洗濯をしていた。バスルームのものなどのことを今まですっかり失念していた。

 なので、あの日も、洗濯ものが残っていたのだ。洗濯機の中に。業者も男性の一人暮しだと言うことは、分かっていたのだろう。だからわざわざ女物の下着だけこうしてくれたのだろう。


 紙袋はずっと閉じられたままだったようで、どこにも開けたような形跡がないのを思わず確認してしまった。


 着替えて、廊下に出ると、樹理が濡らした所はちゃんと拭かれていた。とにかく早く脱衣所に行かなくてはと思っていたので脱いだままにしていた濡れた靴を揃えに行ったらちゃんと揃えられていた。樹理の靴も、哉の靴も。

 立てかけようかと思ったけれど、せっかく揃っているのを動かしたくなくてそのままにしておいて、裸足のままぺたぺたと奥へ行くと、リビングのソファに哉がいた。


「あの、すいませんでした。もう、帰ります」

「服は乾いたのか?」

「……いえ、でも乾いてなくても大丈夫です。明日からは休みですし、クリーニングに出すので」

 頭を下げて行こうとした樹理に、哉の声が届く。



「待って」



 いつもと微妙にニュアンスの違う言葉。『待て』ではなく『待って』と聞こえた気がした。

 そのことに驚いて樹理が振り返ると、じっと見つめる哉の瞳と視線が合った。


「……なにか、作ってくれないか?」

「え?」

「なんでもいいから。お前も食べて帰れ」


 口調はすぐにもとの哉に戻った。

 まじまじと見つめ返すと、ふんと言わんばかりの態度で目を逸らされた。


「……はい。じゃあ、ちょっと待っててください」


 キッチンに入る。


 綺麗に片付いているけど、ほとんど変わっていない。ここにも、忘れたままだったエプロンがちょこんとスツールにかかっていた。まるで樹理の帰りを待っていてくれたように。

 米はまだ充分あった。どうしようか少し考えて、三合洗ってやっぱり新製品になっている炊飯器のスイッチを入れる。冷蔵庫はビルトインだから、変わっていなかった。中を見るとビールしか見えなくて野菜室を開けたら暗いはずの庫内でたまねぎが育っている。これはネギの部分しか使えない。じゃがいもも、しっかり芽がでていたがこちらはなんとか使えそうだ。


 次に冷凍庫を開けると、ミックスベジタブルがひと袋。冷凍のむきエビ。

 棚の中に、出汁昆布。カビが来ていないのを確認して必要な分をキッチンバサミで切る。


 何もかも、そのままで、懐かしくて、また泣きそうになった。


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