幸せのありか

神室さち

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第一章 幸せのありか

68 side哉

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 あの日止められなかった小さな背中が、また目の前にあった。そばにいてほしいと思う人間に背中を向けられることがこんなに切なくて苦しいことだったのだとやっとわかった。もう一度こっちを向いてほしい。そう思ったら、体が勝手に動いていた。樹理の腕を掴んでから、哉は自分が何をしたのか気付く。けれど、それを離す気にはなれなかった。


 掴んだ腕は、その布を通してもとても冷たかった。一体いつから彼女は雨にぬれていたのだろう。

「あの……」

「そんなに濡れていたら、帰れないだろう」

「でも」

「……せめて風呂に入って服を乾かしてから帰れ。また風邪をひく」


 樹理から受け取ったカードキーでエントランスを抜けて、エレベータに乗る。無言のまま二十七階に到着し、思いきり開け放たれた玄関に樹理を入れる。

 濡れたまま家にあがってもいいものなのか玄関で躊躇する樹理に哉が懇願するように言った。


「なにもしないから、風呂に入ってこい」

 頷いて水のたまった靴を脱ぎ、なるべく大またで、床を濡らさないように脱衣所に向かう樹理を見送る。


「あの」

「なんだ?」

「床……」

「いいからとっとと入れ!!」


 この期に及んでも自分より床がぬれたことを気にしている樹理を一喝すると、身を縮めて樹理がドアを閉めた。



 怒鳴るつもりなどなかったのに、どうしてこんなに巧く行かないのだろう。


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