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第一章 幸せのありか
63 side樹理
しおりを挟む学校へ行って、帰って、家族のために家事をして、食べて、寝て、起きて。
樹理が帰って来たという知らせを聞いて父親が家に飛んで帰って来た。
少し痩せたかと聞かれて、あいまいに笑った。
ただいまと、笑うことができた。
ただ樹理が帰って来たことを喜んでくれる父に。
父親は、樹理が帰って来たことでまた新しいやる気を起こしたらしく、バリバリと仕事をしている。
学校へ行って、帰って、家族のために家事をして、食べて、寝て、起きて。
春休みが来て、新学期が来て、リボンが濃紺から三年生を示す真紅になった。
あっという間にあわただしい四月が過ぎて明日から連休が始まろうとしている。
「樹理、冬物をクリーニングに出すから、あなたのも持って降りてきて」
授業を終えて帰ってきた樹理はそう言われてやっと季節が変わろうとしていることに気づいた。
部屋に帰って、その片隅に置いたまま開けていないスーツケースを引っ張り出す。
開けると、ろくにたたまずにつめこんだ衣類が皺になって詰まっていた。一つずつ取り出して、クリーニングに出すものと、自宅で洗濯するものを選り分ける。
服を全て出したあとに残ったのは、手帳とそれにはさまったメモ。
手帳よりメモの方が大きいので、取り出そうとしたらメモが滑り落ちた。
開かれたページは、十一月。最後の日が来るその週のところに、メモは全部はさんでいた。
その日の欄を指でなぞる。文字を書いて、塗りつぶして、消しゴムで消した跡を。
ここに書いた言葉。
『来なければいいのに』
十二月に入ってすぐ、今年用のスケジュールを買って、真っ先にそのページを開いていた。
あの時は、本当に無意識で。
書いた時、何を書いてるんだろうと、自分自身に驚いて慌てて塗りつぶした。そして、消してしまった。
散らばったメモを一枚ずつ拾い上げる。
番号なんてなくても古い順に。何度も何度も見たから、全部覚えている。
「あ」
メモの下にあったのは、五センチ×八センチの、薄いプラスティック。
あの日、手に持っていた、いつのまにかいつもの癖で一緒にしてしまっていた、カードキー。
メモの束を置いて、手のひらに乗せる。
ぱた、とそれに落ちた雫に、また自分が泣いていることに気付く。
体の傷は、この家に帰ったころにはもう消えてなくなっていた。手首を見ても、そこには何もない。一緒に過ごした四ヶ月ほどの時間さえ、夢か幻だったというように、なにもなかった。
四月に入ってからは、哉の誕生日だと教えてもらったその日を過ぎてからは。それでも思い出して泣くことは少なくなってきていたのに、涙があとからあとからあふれて落ちる。
残っていた。樹理があの家にいたという証拠。
逢いたかった。
これを返しに来たといえば、逢ってくれるだろうか?
「樹理?」
不意に声をかけられて、顔を上げて振り向くと、母親が部屋の入口にいた。
泣いていることを見られて、慌てて袖で涙をぬぐう。
「ごめっ……なさ……ちょっと……」
「樹理」
名前を呼ばれて、肘をひかれて、樹理が立ちあがった。
「行ってらっしゃい」
「………ママ?」
「あなたが行きたい所に、いってらっしゃいな。パパにはママから言っておいてあげるわ。なんにも心配なんかしないで、行ってきなさい」
やさしい瞳を見つめて、樹理が笑う。母親も、樹理の顔を覗きこむようにしてにっこりと笑ってくれた。
「行ってきます」
送り出してくれる力に励まされるように、樹理は家を出た。
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