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第一章 幸せのありか
53 side哉
しおりを挟む続く日常。
以前と変わったことといえば、用事のない日は夕食を一緒に食べることと、さすがに仕事が押して二十三時を過ぎる時はかかって来るようになった哉の電話。
お互いにできた傷から目をそらして、溝をはさんだ会話。
遠くもなく、近くもない距離。日常と言う広範囲なものに包まれた関係。
その日は、朝からいつもの『日常』と少し違っていた。
いつも哉が起きてくるまで待っている樹理がいなかった。
朝食が用意されたテーブルの上に、モスグリーンの手のひらほどの大きさのメモが一枚。
『今週は週番なので、早く出ます』
いつか見たスケジュール帳にあったのと同じ、丁寧だが丸みを帯びて、女子高校生特有の、同じ日本語という文字なのになぜか甘ったるい雰囲気の漂う樹理の字。
そう言えば、樹理がメモを残したのは今日が初めてだ。いつも彼女は言葉で伝えようとする。昨日の日曜は一日接待に出ていたので、他人と同じ歩幅で歩くことにさえ疲れてしまっていた哉は、樹理がなにか言っていた気がしても思い出せなかった。そんな哉を見て、彼女はわざわざメモを残したのだろう。
なぜかそれを捨てることができなくて、二つに折ってスーツのポケットに入れた。
食事をしていつもの時間にエントランスを抜けると、車がいつも来る篠田のものでないことに気付く。哉を見て慌てて出てきたのは瀬崎だった。
「どうした? 篠田は?」
「おはようございます。篠田室長は今日は所用でお迎えに上がれない旨の連絡があったので自分が」
「そうか」
開けられたドアに、それだけ答えて乗り込む。
毎日篠田が迎えに来て、送っていたが、別に彼が行わなくてはならないことでもないのだ。別段気にも留めることはなく哉はシートに身を預けた。
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