幸せのありか

神室さち

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第一章 幸せのありか

49 side哉

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『あの、カンザキさまとおっしゃる方からお電話がかかっておりますが…お取次ぎいたしますか?』

 電話を取ると、なにやら怯えた様子の女性秘書の声が聞こえた。


 おそらく彼女がどういったご用件でしょうか? とか、ご関係は? とかいらないことを聞いて怒鳴り返されたのだろう。しかし、携帯電話の番号も教えてあるのにどうして会社に掛けてくるのだろう。


「ああ、繋いでくれ」

『かしこまりました』

 軽い電子音のあと、予想通りの罵声が届く。ひとしきり怒鳴ったあとでないと、速人は哉の言うことなど聞かない。

「………ただでさえ声がでかいんだ。笑うことの次に怒鳴ることがカロリーを消費する。無駄なエネルギーだな」

『悪かったな燃費が悪くて。世の中の人間がお前みたいに必要最低限で済んでると思うなよ』

「そうだな」

『てめー否定しろよ。ったく、なにやってんだ?』

「仕事」

『あの子は!?』

「家に置いてきた」

 あっさりとそう答えると、電話の向こうがしばし無言になる。ああこれは、何か怒っているなとは思ったが、何も言わずに無言で返す。


『まあ、お前が、どこか壊れてるのは今に始まった話じゃないからな。それより何で携帯繋がらないんだ? おかげでマニュアル人形と禅問答したぞ?』

「持ってるぞ。電源も入ってる」

『……哉、お前今どこにいる?』

「会社」

『だからなー!!』

「副社長室。地上四十六階」

『お前アホだろ? 起伏のない場所だと携帯電話の電波指向性が弱まるから地上百メートルが限界だボケ』

 言われて取り出した携帯電話は、圏外の表示はないものの確かにアンテナが立っていない。

「よく知ってるな」

 本当に感心してそう言ったのに、やっぱり返ってきたのはアホバカボケの三連発だった。

「悪いが用がないなら切るぞ? 仕事が立て込んでるんだ」


 できることなら溜めた分、全て今日中に目処(めど)を立ててしまいたかったので、こうやって漫才をしている時間さえ惜しい。いつも通りに帰ろうと思えば、つまりいつもの三倍働かなくてはならないことになる。

『ちょっと待て。聞きたいことがあるんだ』

「なんだ?」

『あの子にちゃんと飯食わしてるのか?』

「…………食べてるだろう。朝も晩もちゃんと作ってるぞ」


 速人が何を言いたいのか分からずに、哉が答えると、電話の向こうからわざとらしいため息が聞こえた。


『一緒に食ってないのか?』

「食えるわけないだろう? 俺はいつも帰りが二十二時を回るんだ。それまで待たせるのか?」

『じゃあ今日帰ったら彼女に聞け。食べてるかどうか。あと今週は学校を休ませるように。家に帰したって言ってもまだ病人だからな。本人にも休むように言ってあるけどあれは行きかねん。お前からも言っとけ』

「………わかった」

『それだけだ。じゃあな、悪かったな、手ぇ止めさせて』

「いや。こっちこそいろいろ世話になった」

『すげぇ請求書送りつけてやるから待ってろよ』


 最後に冗談とも本気とも取れるようなことを言った速人に苦笑して電話を切ろうとしてちょっと待ったと止められた。


『お前なぁ気付いてないだろうから親友の誼(よしみ)で教えておいてやるけど、無くしたくないもんはもっと大事にしろよ。でないと、本当に何もなくなるぞ』


 それだけ言うと、電話は切れた。それを待っていたように秘書室から内線が入る。受話器を上げたまま、哉は内線ボタンを押した。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

えー 舞台が平成十年代前半なんですけど、当時はまだ携帯電話の電波は地上百メートルにはほぼ届いていませんでした。衛星電話は当時からどこでも通じてたと思うけど。
高層ビルの上層階は運がよかったら繋がる程度でほぼ圏外でした。コンパクトな基地局がなかったんで。
現在は、高所用の小型基地局が高層ビルに設置されてるんで通じます。


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