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第一章 幸せのありか
43 side樹理
しおりを挟む母親の理右湖が『速人君』と呼ぶのを真似して、この二人は彼のことを同じように名前で呼んでいた。風呂上りの彼にサッカーから帰ってきたばかりの泥だらけの椿がタックルをかましてえらい剣幕で怒られていたが平気な顔をしてごめんなさーいと言葉だけ謝って走って風呂場に逃げていた。彼が父親ではないことは二人とも知っているのに、なんだか本当の親子よりコミュニケーションの濃度が高いような気がするのは気のせいだろうか? 少なくとも樹理は、小学校高学年くらいから父に触れることはなくなっていた。嫌いではなかったし、同級生たちが言う『臭い』とか『汚い』とも思わなかったけれど。
「もう本当に!! 学校遅刻するでしょう!?」
クルクルと丸くなってまだ寝ようとしていた二人の敷きふとんまでめくりあげた理右湖が子供たちをそのまま冷たい廊下に蹴りだす。そこまでされてやっとフラフラと起き上がっている。
「速人君だってもう起きてるわよ。あんたたちのはねぇ速人君の低血圧と違って、ただの夜更かし!! さっさと顔洗って服着替えて目ぇ覚ましてきなさい!!」
「いやぁー横暴ー」
「なんでお母さん速人君にだけ甘いのー?」
「うるさい!!」
理右湖に怒鳴られて『きゃーお母さんが怒ったー』と笑いながらばたばたと、二人がそろって駆けて行った。
「あーもう、朝から体力消耗させるんじゃないわよ全く」
ふとんをたたみながら理右湖がため息をついている。
「楽しそうですね」
自分の使っていたふとんからシーツを取ってふとんをたたみながら樹理が素直な感想を述べると理右湖が心底いやそうな顔をして応えた。
「あの二人、あなたのオプションにして哉くんとこに連れてっていいわよ」
それはちょっと、遠慮したかった。
桜と椿が学校に行くまで、朝食の場は慌しくてやかましかった。二人がいなくなってやっとゆっくりすると思ったところに表からがんがんと容赦なくドアを殴る音が聞こえてきた。
しばらく無視していたけれど鳴り止まないそれについに速人が立ちあがった。
「あのバカは……」
時間は、八時少し前。
冬休みの間いつも七時半に家を出る哉を見送った。なので多分、出勤途中だ。
少ししてから速人が紙袋を下げて帰って来た。
「着替え。靴はあっちの玄関にあるから」
「あ、ありがとうございます」
「着替えが終わったら私が連れていくから」
それまで哉の相手をしていろと理右湖に言われて速人がげんなりした顔をしながら、それでも文句を言わずにまた診療所の方へと帰って行った。
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