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第一章 幸せのありか
29 side哉
しおりを挟む言いたいことはそれだけですか?
感情とは正反対のやさしい口調でにっこり笑ってそう問いかけてやった。瞳が全く笑っていないその笑みに、室内の温度が一気に氷点下まで下がったような気がして、背中に汗をかいていたものが身震いしていたがそんなことはどうでもいい。もう誰も何も言う気にならないだろう。
他に質問はと問うても予想通り意見などひとつもでてこなかった。次の報告会の日時を告げて無意味で無駄な会議はお開きとなった。
誰もいなくなった……篠田が控えるだけになった会議室で居眠りできないようにと固くて座り辛いイスでふんぞり返る。
どうして行野プラスティックだけ残したかだと? そんな事を聞いて彼らはどうするつもりだったのだ? 樹理の事を知ったら、娘がいるものは差し出してくるつもりなのだろうか? バカバカしくて考えるのも鬱陶しかった。
行野プラスティックを存続させるなんて本当になんてことをしてしまったのだろう。
結果として良い方向に向かっているから何とかなったものの、あの人のよさそうな親父のことだ、どこでコケるだろうと毎週上がって来る報告書の封を開ける時が一番胃に来る。存在自体がイレギュラーなのでここに呼んではいないが、呼ばなくて正解だった。
なんとなく樹理の顔を見たくなくて、篠田に初めて自宅以外の場所に行くように指示し、そのまま帰してしまった。
飲み屋を何軒はしごしたのか、四つ目くらいから以降は全然覚えていなかった。最後の店で無理やり家に帰るように言われてタクシーに押しこまれたのは覚えている。
酔っているせいでスロットルにカードキーが入らずに何度か失敗して、それでもなんとか玄関を開ける。するとすぐぱたぱたと足音が聞こえて、樹理が出てきた。普段着のままで。
今朝行ってきますといった声が微妙にかすれていた。咳もしていた。風邪をひいているのだろうと思っていたが、樹理はそのまま学校へ行ったので大したことはないだろうと思っていたけれど、今おかえりなさいと言った声はガラガラだったし、熱でもあるのか顔が赤い。
そんなになってまでも待っている樹理に、本当に腹が立った。
酔って帰って来た自分を心配そうに茶色の瞳が見上げてくる。振り払うようにその横をすり抜けてリビングに向かい、飾りでしかなかった酒に手をつける。酔っているのに酔えていないような感覚。咽が焼けるくらいキツい酒をあおっても、気分は全く変らない。
なにも言わなくても冷たい水を用意して差し出す樹理が鬱陶しくて仕方なかった。こんな酔っ払いなどほっておいて、体調が悪いのなら寝てしまえばいいのに。
無意識で差し出されたグラスを払いのけていた。
冷たい水がほとんど全部樹理にかかる。ひざの上に落ちてからグラスが残った氷を撒き散らしながら床を転がっていった。
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