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第53話 Epilogue2 〜The beginning and then〜
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「それでエリシュさん。その後……どうなったんスか?」
ハラムディン最上階の88階層。
その頂きに林立する建築物の中でも一際高い石塔に、方錐形の閉鎖的な国の外壁をあたかも睥睨するように存在する玉座の間。
時間を存分に費やしたであろう細工が施された窓枠からは外光が差し込んでおり、磨き抜かれて光沢を放つ床石に、更なる輝きを与えている。
部屋の中央奥には存在感をものの見事に醸し出した玉座があり、背もたれに手を添えて、壁に掲げられた油絵を見上げる二人の姿。
内に秘める慈愛を見事に描き現したブレイク王子の肖像画へと視線を絡めながら、アルベートが話の続きを促した。
「ブレイク王子の側近のベントの兄……仲間に引き入れようとしていた近衛兵のことね。その兄が、実は王と繋がっていて探りを入れていたの。その三日後に、ブレイク王子は毒殺された。……ようやくその兄から事情聴取ができたから、真相は間違いないわ」
「そしてヤマト兄貴の意識が入ってきたんスね……」
アルベートには事の詳細をもれなく伝えてある。
王城を攻め落として、早半年。
王側の有能な文官たちを時間をかけてゆっくり説得し終わると、クーデターの混乱はようやく落ち着きを見せ始めたが、新たな国の始動に向けてやるべきことがいくつも浮き彫りになっていく現状に、エリシュは日々奔走していた。
こうしてアルベートとゆっくり話をするのも、久しぶり。
いつまでも変わらない彼を見ると、どこかほっとしてしまう。
だけど。
「……アルベート。……いえ、閣下。そのような話し方は、謹んでいただきたい。あなたはもう、この国の王となったのだから」
「ああ……もちろん分かってるんス……いや、分かっているんだけど、エリシュさんと一緒にいると、つい昔の冒険者をやっていた頃を思い出してしまうっていうか……」
今、この玉座の間には、アルベートとエリシュの二人だけ。護衛の兵は遠ざけている。
「それで、私を呼び寄せた本当の理由は何かしら。まさかブレイク王子の昔話をするためだけじゃないでしょう? 住民の移住や兵の割り当ての手配で、忙しいのだけど」
『冷徹の魔女』を倒したからといって外魔獣の脅威がなくなった訳じゃない。
一時はなりを潜めていた外魔獣も次第にハラムディンへと舞い戻り、懲りずに侵攻を再開していた。だが所詮は命令系統を失った外魔獣の群れ。その脅威は以前の半分以下へと成り下がっている。
居住階層を繋ぐ迷路内を彷徨う外魔獣の駆逐も終わり、ようやく住民の移動が本格的に実現化されたばかりだ。
上層階には仮の宿舎が多く建てられ、基本皆そこに居を構えることになった。
弱い者、病弱な者、小さな子供を抱える者は上層階へと移住させ。戦える者は下層階へと向かう。任期による三交代制を設立し、下層の防御に関する規律を確立することで、多くの民が喜んだ。
今まで高い地位に座し、甘い汁を吸ってきた無能な者たちは居住階層の拡張に伴う肉体労働に割り当てた。ランクも低く、今まで碌に戦いをしてこなかった80階層の階層主然り、だ。
想像よりも少ない流血と、王族を投獄することでクーデターがこの上ない形で成功したのも、賛同者———特に民衆をまとめてくれた立役者の一人である1階層の階層主の助力は大きかった。
彼には王城の近衛兵隊長を務めてくれるよう懇願したが、
『……俺は金ピカな鎧を着て、ボケーっと突っ立ってるのは性に合わないですから。辞退させてもらいますよ』
そう言って自ら仲間を引き連れて、1階層へと戻っていった。彼らの家族は現在、上層階へと移動中だ。
エリシュとしては、これから生まれ変わるであろう国の内政を手伝って欲しかった。だが本人が希望しないのであれば、引き止める術はない。
それに彼ならきっと、この国の入り口を守ってくれるだろう。
アルベートの返答は、しばらく続いた静寂を切り裂いて、突然訪れた。
「なあエリシュさん。ヤマト兄貴は……今、元気でやってますかね?」
「そうね。ヤマトのことだもの。きっと周りを巻き込みながら、自分が正しいと思った道を進んでいると思うわ。レイナさんと、仲良くね」
「エリシュさん。俺、時々思うんスよ。ヤマト兄貴がこの国にきた意味を。もちろんレイナさんを救うってのが、目的だったのかもしれないけど……ヤマト兄貴は、この国の誰もが抱えていた苦しみや痛み———心の悲鳴を、代弁しにやってきたんじゃないかってね。みんなが胸に抱えた不満が膨らんで弾け飛んでしまう前に、ヤマト兄貴がその身で示してくれたんスよ。誰も考えつかなかった、最下層まで逆走するなんて、とんでもない行動でね」
エリシュから目線を切り、ブレイク王子の肖像画をアルベートは再び見上げた。
「ヤマト兄貴の魂が宿ってたブレイク王子は怒鳴ったり乱暴なイメージもあったけど……こうしてあらためて見ると、心の底にある優しさは変わらなかったんスね。言葉や表情が違うだけで」
エリシュもその意見に賛同した。
ヤマトは言葉遣いは粗暴だけど、優しく熱い人だった。
エリシュの心に焼きついて跡になるくらい、ヤマトは眩しすぎた。くっきりとその陰影を今も尚、残すほどに。
見上げる肖像画にヤマトの影を探すエリシュに、アルベートがゆっくりと近づいた。
「エリシュさ……。いや、エリシュ。あなたの中にまだ、ヤマト兄貴がいることは知っている。……その想いは消えないし、忘れてもいけない。だから俺は、その想いごとすべてひっくるめて、あなたを生涯愛します。俺……いや、私とこの国を、どうか支えてはいただけないでしょうか」
跪き、エリシュの右手をそっと掴む。
アルベートの優しい瞳が揺れていた。
真摯な眼差しの奥に垣間見える、鮮烈で心安らぐ煌めきに晒されたのは、これで三人目。
「……すぐ、答えは出ないけど、それでもいいかしら」
「もちろん! 私はいつまでも待っているよ、エリシュ!」
「では、私は住民移住の手配がまだ終わってないから、これで失礼するわね。私以外の前で、変な言葉遣いをしちゃダメよ」
「ああ、分かった。エリシュの任務が落ち着いたら、また立ち寄ってほしい」
エリシュは小声で返事をすると、振り返りアルベートに背を向ける。
ゆっくりと歩き始め、玉座の間を後にした。
今すぐになんて、答えは出せない。
だけど一つ言えることがあるとするならば。
———返事を出すのは、そう遠い未来ではないのかも。
エリシュはそう、予感した。
~完~
ハラムディン最上階の88階層。
その頂きに林立する建築物の中でも一際高い石塔に、方錐形の閉鎖的な国の外壁をあたかも睥睨するように存在する玉座の間。
時間を存分に費やしたであろう細工が施された窓枠からは外光が差し込んでおり、磨き抜かれて光沢を放つ床石に、更なる輝きを与えている。
部屋の中央奥には存在感をものの見事に醸し出した玉座があり、背もたれに手を添えて、壁に掲げられた油絵を見上げる二人の姿。
内に秘める慈愛を見事に描き現したブレイク王子の肖像画へと視線を絡めながら、アルベートが話の続きを促した。
「ブレイク王子の側近のベントの兄……仲間に引き入れようとしていた近衛兵のことね。その兄が、実は王と繋がっていて探りを入れていたの。その三日後に、ブレイク王子は毒殺された。……ようやくその兄から事情聴取ができたから、真相は間違いないわ」
「そしてヤマト兄貴の意識が入ってきたんスね……」
アルベートには事の詳細をもれなく伝えてある。
王城を攻め落として、早半年。
王側の有能な文官たちを時間をかけてゆっくり説得し終わると、クーデターの混乱はようやく落ち着きを見せ始めたが、新たな国の始動に向けてやるべきことがいくつも浮き彫りになっていく現状に、エリシュは日々奔走していた。
こうしてアルベートとゆっくり話をするのも、久しぶり。
いつまでも変わらない彼を見ると、どこかほっとしてしまう。
だけど。
「……アルベート。……いえ、閣下。そのような話し方は、謹んでいただきたい。あなたはもう、この国の王となったのだから」
「ああ……もちろん分かってるんス……いや、分かっているんだけど、エリシュさんと一緒にいると、つい昔の冒険者をやっていた頃を思い出してしまうっていうか……」
今、この玉座の間には、アルベートとエリシュの二人だけ。護衛の兵は遠ざけている。
「それで、私を呼び寄せた本当の理由は何かしら。まさかブレイク王子の昔話をするためだけじゃないでしょう? 住民の移住や兵の割り当ての手配で、忙しいのだけど」
『冷徹の魔女』を倒したからといって外魔獣の脅威がなくなった訳じゃない。
一時はなりを潜めていた外魔獣も次第にハラムディンへと舞い戻り、懲りずに侵攻を再開していた。だが所詮は命令系統を失った外魔獣の群れ。その脅威は以前の半分以下へと成り下がっている。
居住階層を繋ぐ迷路内を彷徨う外魔獣の駆逐も終わり、ようやく住民の移動が本格的に実現化されたばかりだ。
上層階には仮の宿舎が多く建てられ、基本皆そこに居を構えることになった。
弱い者、病弱な者、小さな子供を抱える者は上層階へと移住させ。戦える者は下層階へと向かう。任期による三交代制を設立し、下層の防御に関する規律を確立することで、多くの民が喜んだ。
今まで高い地位に座し、甘い汁を吸ってきた無能な者たちは居住階層の拡張に伴う肉体労働に割り当てた。ランクも低く、今まで碌に戦いをしてこなかった80階層の階層主然り、だ。
想像よりも少ない流血と、王族を投獄することでクーデターがこの上ない形で成功したのも、賛同者———特に民衆をまとめてくれた立役者の一人である1階層の階層主の助力は大きかった。
彼には王城の近衛兵隊長を務めてくれるよう懇願したが、
『……俺は金ピカな鎧を着て、ボケーっと突っ立ってるのは性に合わないですから。辞退させてもらいますよ』
そう言って自ら仲間を引き連れて、1階層へと戻っていった。彼らの家族は現在、上層階へと移動中だ。
エリシュとしては、これから生まれ変わるであろう国の内政を手伝って欲しかった。だが本人が希望しないのであれば、引き止める術はない。
それに彼ならきっと、この国の入り口を守ってくれるだろう。
アルベートの返答は、しばらく続いた静寂を切り裂いて、突然訪れた。
「なあエリシュさん。ヤマト兄貴は……今、元気でやってますかね?」
「そうね。ヤマトのことだもの。きっと周りを巻き込みながら、自分が正しいと思った道を進んでいると思うわ。レイナさんと、仲良くね」
「エリシュさん。俺、時々思うんスよ。ヤマト兄貴がこの国にきた意味を。もちろんレイナさんを救うってのが、目的だったのかもしれないけど……ヤマト兄貴は、この国の誰もが抱えていた苦しみや痛み———心の悲鳴を、代弁しにやってきたんじゃないかってね。みんなが胸に抱えた不満が膨らんで弾け飛んでしまう前に、ヤマト兄貴がその身で示してくれたんスよ。誰も考えつかなかった、最下層まで逆走するなんて、とんでもない行動でね」
エリシュから目線を切り、ブレイク王子の肖像画をアルベートは再び見上げた。
「ヤマト兄貴の魂が宿ってたブレイク王子は怒鳴ったり乱暴なイメージもあったけど……こうしてあらためて見ると、心の底にある優しさは変わらなかったんスね。言葉や表情が違うだけで」
エリシュもその意見に賛同した。
ヤマトは言葉遣いは粗暴だけど、優しく熱い人だった。
エリシュの心に焼きついて跡になるくらい、ヤマトは眩しすぎた。くっきりとその陰影を今も尚、残すほどに。
見上げる肖像画にヤマトの影を探すエリシュに、アルベートがゆっくりと近づいた。
「エリシュさ……。いや、エリシュ。あなたの中にまだ、ヤマト兄貴がいることは知っている。……その想いは消えないし、忘れてもいけない。だから俺は、その想いごとすべてひっくるめて、あなたを生涯愛します。俺……いや、私とこの国を、どうか支えてはいただけないでしょうか」
跪き、エリシュの右手をそっと掴む。
アルベートの優しい瞳が揺れていた。
真摯な眼差しの奥に垣間見える、鮮烈で心安らぐ煌めきに晒されたのは、これで三人目。
「……すぐ、答えは出ないけど、それでもいいかしら」
「もちろん! 私はいつまでも待っているよ、エリシュ!」
「では、私は住民移住の手配がまだ終わってないから、これで失礼するわね。私以外の前で、変な言葉遣いをしちゃダメよ」
「ああ、分かった。エリシュの任務が落ち着いたら、また立ち寄ってほしい」
エリシュは小声で返事をすると、振り返りアルベートに背を向ける。
ゆっくりと歩き始め、玉座の間を後にした。
今すぐになんて、答えは出せない。
だけど一つ言えることがあるとするならば。
———返事を出すのは、そう遠い未来ではないのかも。
エリシュはそう、予感した。
~完~
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スローペースですが次作も執筆中なので、また是非遊びにきてくださいませ!m(_ _)m
エントリーお疲れ様です(*´╰╯`๓)♬
主人公のキャラが応援したくなるので、これからの展開が楽しみです✨
応援ありがとうございます!
クセが強いけど自分に正直でひたむきな主人公大和くんの冒険を、お楽しみ頂ければ嬉しいです!(๑>◡<๑)