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Ⅳ章
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「70倍っ!!」
アニーは拵解状態の聖剣の魔力増幅率を70倍にまで引き上げた。
しかし。
「きゃぁっ!?」
「そらそら、どうした?
動きにキレがなくなって来ているぞ?
私を殺すのではなかったのか?
それではとてもではないが殺されてやるわけにはいかんな。
もっと頑張れ、ははは」
異形のヒトが大剣を振るうたびに炎の斬撃が飛び出す。
それを避けながらアニーはどうして?と憤慨していた。
どうして目の前の仇敵を殺せないのか?
聖剣の性能を持ってすれば簡単に…それこそ、拵解、という切り札を使わずとも倒せると考えていた。
しかし、目の前に繰り広がる現状は何だ?
まるで敵わないでないか。
遊ばれている。
ボロボロになりすぎて痛みすら感じなくなって来た体を叱咤激励しながら、アニーは何故ここまで差があるのか?と不思議に思う。
流石のアストルフの特注大剣とて、魔科学武器としての性能は聖剣シリーズに数段劣るはずだ。
確か、生前のアストルフはあの大剣の制御盤をオフにした際の魔力増幅率は20倍だと聞いた。
それが彼に扱える限界値であるとも。
異形のヒトが振るう大剣もそうなのではないか?
それとも、自分と同じようにもっと高い倍率で増幅されている?
今のボロボロのアニーには分からない、それを考えるだけの余裕が無かったが、アニーの考えは一部合っている。
異形のヒトが振るうアストルフの大剣は多少見た目が変わっていようとも性能に変わりはない。
むしろ一度捕食したものを体内にある物質で再現しているものなので、若干だが性能が落ちてるくらいだ。
魔力増幅率としては15倍くらいだろう。
現在の魔力増幅率70倍の聖剣に比べれば、格段に劣る。
今現在の差は単に
所有者
の違いにある。
元の生き物としてのステージがあまりに違うのだ。
度重なる超進化によって異形のヒトは現段階で既にエルルを除いて地上最強の生物になっていた。
魔科学武器によって増幅される元となる魔力量が違うし、魔力が増えることによって増える身体機能の度合いも違う。
聖剣の70倍に比べて約20倍しか増幅してないと言えども、異形のヒトはアニーと比べて遥か上に位置する生物であった。
いかに速く動いても、それ以上の速さで追いつかれ、いかに力を振るってもそれ以上の力で捻り潰される。
黙らせるどころではない。
手も足も出ない。
「ほら?私を黙らせるのでは?まだまだ喋れるぞ?」
「……っ」
異形のヒトが会話を促すが、もちろん答えている余裕などあるはずもなし。
喋るどころか半ば意識が飛んでいた。
「そろそろ飽きたな…終いにするか」
逃避、の2文字が頭に浮かぶ。
仇を討つのは土台無理。
であればせめて。
せめて娘のために逃げ延びなくては、と。
「安心すると良い。私は優しい。お前とその仲間たちには殺されかけたが、恨みなどない。こんな素晴らしい力を得られたのだから」
最近オムツが取れたばかりのアニスの顔が目に浮かぶ。
「むしろ感謝しているとも。お前も喰ってやろう」
逃げなくては。
飛びそうな意識が飛ばないように、アニスを思う心の手で握りしめる。
「アストルフのようにな」
は?
飛んだ。
意識が。
ではない。
逃避の2文字が頭から消し飛んだ。
意識を握りしめていたはずの心の内の手が、固く拳を作る。
仇を赦すなと金切声をあげる。
意識を飛ばしている場合ではないと、切歯扼腕する。
異形のヒトの言葉に対し
アニーの口から返答が告げられた。
いや、返答、ではない。
アニーの口から漏れた言葉は懺悔であった。
「ごめんね、エリン」
エリンとは戦闘に赴いている今、アニーの娘を預かって貰っている親友の名だった。
「ごめんね、ガイ」
次に零れたのは今も隙を伺っているであろう小さい頃からの幼馴染の1人であり、今は亡き夫の親友であった男に対する詫び。
「ごめんなさい、アニス」
娘のこれからの苦労を思って謝る母親。
申し訳ないと思う。
嫌に決まっている。
娘の成長を見届けたかった。
でも。
「…アストルフはね、私が1番愛した人なの。それを殺されて、馬鹿にされたまま逃げ出すなんて…死んだ方がマシよね?」
小さい頃から共にいた旦那の顔を思い出す。
アニーは母親である。
母親であるが、母親である前に女であった。
母親失格だとは思う。
考え直せとエリンやガイは言うだろう。
ここで逃げるべき理由など幾らでもある。
なんなら一度退いて、再度殺しに来てもいい。
だがしかし。
今のアニーの心には憎しみしか無かった。
逃避の心を一瞬で焼き潰すほどの復讐の念が全ての道理を蹴っ飛ばす。
体中の痛みも一緒に蹴り飛ばされた。
怒りに身を任せたアニーは聖剣の魔力増幅率を最大にまで上げることを決めた。
「死ね」
最大魔力増幅率の120倍。
殺意を込めた全霊の拳が異形のヒトの体に突き刺さる。
アニーの拳は、ただの拳にも関わらず、街の地面とその下にある地殻も一緒に纏めて消しとばした。
いや、魔女は普通の人間と違って想いを魔法にすることができる。
莫大な魔力によって何らかの魔法も発動していたのかもしれない。
街ごと異形のヒトも消し飛んだ。
「…っ」
もはや口も開かぬとばかりに、倒れるアニー。
殴るために振るった右腕は肩から先が無くなり、あまりの高密度の魔力は体内の至る所で結晶化して魔石と化し、それらが内臓や血管を次から次へと傷つけて、アニーは虫の息。
生きているのは聖剣による自動で行われている肉体強化のおかげだろう。
それを踏まえても間もなく死ぬ。
生きていられるのが奇跡だ。
拵解状態を解いて魔力量を減らしても減らすよりも先に死ぬ方が早そうだ。
とはいえ仇は討ったのだ。
もはやこれまでと、アニーが娘の顔を思い浮かべながら、永遠の眠りに入ろうとした矢先。
「…また、死にかけるとは思いも寄らなかったな」
「…な、…んっでっ…?」
ピクリとも動かなかった体が、言葉など到底出せなかったはずの唇があまりの驚きに動いた。
「ははは、私が人を侮るわけなかろう?
もしかしたらくらいには考えていたさ。
私を殺しうる一撃を放てるとな」
防御に使ったのであろう大剣は丸々吹き飛び、両腕どころか上半身の半分ほどが無くなった、辛うじて両脚で立つ異形のヒト。
人間であればすぐに死ぬはずの重傷を負って、大量の血を流しながらもその足取りは不釣り合いに軽快で、不気味さすら感じさせられた。
「さすがの私も防御の上から体をここまで壊すとは予想できなかったがな。皮下に骨で出来た鱗を仕込んでいたりしていたのだぞ?それらも意味をなさないとは…驚嘆に値する。褒めてやろう」
「…っづ」
まだ終わってないと分かり、動こうとするがもちろん動けるはずはない。
動くための筋肉や骨も全て魔石によって傷ついている故に。
「無理をするな。よくぞ一瞬とはいえどもあそこまで大量の魔力を支配下に置いた。人間の執念というのは恐ろしくもあり、凄まじくもあることを再確認したよ。あの男、アストルフもそうであった」
「…ぅ」
アストルフの名を聞いた瞬間、アニーの両目から涙が溢れる。
ここまでして仕留めることが出来なかったなんて。
殺せなかったことによる悔しさ。
もうガイや娘に会えなくなる悲しさ。
目の前の仇に対する憎しみ。
娘を想う愛しさ。
さまざまな情念がアニーの体を動かそうとするが、動くことは愚か、今度こそ声を出すこともできなくなっていた。
魔石が声を出す器官である声帯を突き破ったからだ。
流れゆく涙も含まれる魔力によって液状から砂状に変わっていく。
文字通り手も足も出ない。
体が治っていく目の前にいるはずの仇敵の姿すら見えなくなった。
魔石が両目を貫いた。
「死んだか…哀れな死に様であった」
死に際のアニーが最後に想ったのは何だったのだろうか?
アニーは拵解状態の聖剣の魔力増幅率を70倍にまで引き上げた。
しかし。
「きゃぁっ!?」
「そらそら、どうした?
動きにキレがなくなって来ているぞ?
私を殺すのではなかったのか?
それではとてもではないが殺されてやるわけにはいかんな。
もっと頑張れ、ははは」
異形のヒトが大剣を振るうたびに炎の斬撃が飛び出す。
それを避けながらアニーはどうして?と憤慨していた。
どうして目の前の仇敵を殺せないのか?
聖剣の性能を持ってすれば簡単に…それこそ、拵解、という切り札を使わずとも倒せると考えていた。
しかし、目の前に繰り広がる現状は何だ?
まるで敵わないでないか。
遊ばれている。
ボロボロになりすぎて痛みすら感じなくなって来た体を叱咤激励しながら、アニーは何故ここまで差があるのか?と不思議に思う。
流石のアストルフの特注大剣とて、魔科学武器としての性能は聖剣シリーズに数段劣るはずだ。
確か、生前のアストルフはあの大剣の制御盤をオフにした際の魔力増幅率は20倍だと聞いた。
それが彼に扱える限界値であるとも。
異形のヒトが振るう大剣もそうなのではないか?
それとも、自分と同じようにもっと高い倍率で増幅されている?
今のボロボロのアニーには分からない、それを考えるだけの余裕が無かったが、アニーの考えは一部合っている。
異形のヒトが振るうアストルフの大剣は多少見た目が変わっていようとも性能に変わりはない。
むしろ一度捕食したものを体内にある物質で再現しているものなので、若干だが性能が落ちてるくらいだ。
魔力増幅率としては15倍くらいだろう。
現在の魔力増幅率70倍の聖剣に比べれば、格段に劣る。
今現在の差は単に
所有者
の違いにある。
元の生き物としてのステージがあまりに違うのだ。
度重なる超進化によって異形のヒトは現段階で既にエルルを除いて地上最強の生物になっていた。
魔科学武器によって増幅される元となる魔力量が違うし、魔力が増えることによって増える身体機能の度合いも違う。
聖剣の70倍に比べて約20倍しか増幅してないと言えども、異形のヒトはアニーと比べて遥か上に位置する生物であった。
いかに速く動いても、それ以上の速さで追いつかれ、いかに力を振るってもそれ以上の力で捻り潰される。
黙らせるどころではない。
手も足も出ない。
「ほら?私を黙らせるのでは?まだまだ喋れるぞ?」
「……っ」
異形のヒトが会話を促すが、もちろん答えている余裕などあるはずもなし。
喋るどころか半ば意識が飛んでいた。
「そろそろ飽きたな…終いにするか」
逃避、の2文字が頭に浮かぶ。
仇を討つのは土台無理。
であればせめて。
せめて娘のために逃げ延びなくては、と。
「安心すると良い。私は優しい。お前とその仲間たちには殺されかけたが、恨みなどない。こんな素晴らしい力を得られたのだから」
最近オムツが取れたばかりのアニスの顔が目に浮かぶ。
「むしろ感謝しているとも。お前も喰ってやろう」
逃げなくては。
飛びそうな意識が飛ばないように、アニスを思う心の手で握りしめる。
「アストルフのようにな」
は?
飛んだ。
意識が。
ではない。
逃避の2文字が頭から消し飛んだ。
意識を握りしめていたはずの心の内の手が、固く拳を作る。
仇を赦すなと金切声をあげる。
意識を飛ばしている場合ではないと、切歯扼腕する。
異形のヒトの言葉に対し
アニーの口から返答が告げられた。
いや、返答、ではない。
アニーの口から漏れた言葉は懺悔であった。
「ごめんね、エリン」
エリンとは戦闘に赴いている今、アニーの娘を預かって貰っている親友の名だった。
「ごめんね、ガイ」
次に零れたのは今も隙を伺っているであろう小さい頃からの幼馴染の1人であり、今は亡き夫の親友であった男に対する詫び。
「ごめんなさい、アニス」
娘のこれからの苦労を思って謝る母親。
申し訳ないと思う。
嫌に決まっている。
娘の成長を見届けたかった。
でも。
「…アストルフはね、私が1番愛した人なの。それを殺されて、馬鹿にされたまま逃げ出すなんて…死んだ方がマシよね?」
小さい頃から共にいた旦那の顔を思い出す。
アニーは母親である。
母親であるが、母親である前に女であった。
母親失格だとは思う。
考え直せとエリンやガイは言うだろう。
ここで逃げるべき理由など幾らでもある。
なんなら一度退いて、再度殺しに来てもいい。
だがしかし。
今のアニーの心には憎しみしか無かった。
逃避の心を一瞬で焼き潰すほどの復讐の念が全ての道理を蹴っ飛ばす。
体中の痛みも一緒に蹴り飛ばされた。
怒りに身を任せたアニーは聖剣の魔力増幅率を最大にまで上げることを決めた。
「死ね」
最大魔力増幅率の120倍。
殺意を込めた全霊の拳が異形のヒトの体に突き刺さる。
アニーの拳は、ただの拳にも関わらず、街の地面とその下にある地殻も一緒に纏めて消しとばした。
いや、魔女は普通の人間と違って想いを魔法にすることができる。
莫大な魔力によって何らかの魔法も発動していたのかもしれない。
街ごと異形のヒトも消し飛んだ。
「…っ」
もはや口も開かぬとばかりに、倒れるアニー。
殴るために振るった右腕は肩から先が無くなり、あまりの高密度の魔力は体内の至る所で結晶化して魔石と化し、それらが内臓や血管を次から次へと傷つけて、アニーは虫の息。
生きているのは聖剣による自動で行われている肉体強化のおかげだろう。
それを踏まえても間もなく死ぬ。
生きていられるのが奇跡だ。
拵解状態を解いて魔力量を減らしても減らすよりも先に死ぬ方が早そうだ。
とはいえ仇は討ったのだ。
もはやこれまでと、アニーが娘の顔を思い浮かべながら、永遠の眠りに入ろうとした矢先。
「…また、死にかけるとは思いも寄らなかったな」
「…な、…んっでっ…?」
ピクリとも動かなかった体が、言葉など到底出せなかったはずの唇があまりの驚きに動いた。
「ははは、私が人を侮るわけなかろう?
もしかしたらくらいには考えていたさ。
私を殺しうる一撃を放てるとな」
防御に使ったのであろう大剣は丸々吹き飛び、両腕どころか上半身の半分ほどが無くなった、辛うじて両脚で立つ異形のヒト。
人間であればすぐに死ぬはずの重傷を負って、大量の血を流しながらもその足取りは不釣り合いに軽快で、不気味さすら感じさせられた。
「さすがの私も防御の上から体をここまで壊すとは予想できなかったがな。皮下に骨で出来た鱗を仕込んでいたりしていたのだぞ?それらも意味をなさないとは…驚嘆に値する。褒めてやろう」
「…っづ」
まだ終わってないと分かり、動こうとするがもちろん動けるはずはない。
動くための筋肉や骨も全て魔石によって傷ついている故に。
「無理をするな。よくぞ一瞬とはいえどもあそこまで大量の魔力を支配下に置いた。人間の執念というのは恐ろしくもあり、凄まじくもあることを再確認したよ。あの男、アストルフもそうであった」
「…ぅ」
アストルフの名を聞いた瞬間、アニーの両目から涙が溢れる。
ここまでして仕留めることが出来なかったなんて。
殺せなかったことによる悔しさ。
もうガイや娘に会えなくなる悲しさ。
目の前の仇に対する憎しみ。
娘を想う愛しさ。
さまざまな情念がアニーの体を動かそうとするが、動くことは愚か、今度こそ声を出すこともできなくなっていた。
魔石が声を出す器官である声帯を突き破ったからだ。
流れゆく涙も含まれる魔力によって液状から砂状に変わっていく。
文字通り手も足も出ない。
体が治っていく目の前にいるはずの仇敵の姿すら見えなくなった。
魔石が両目を貫いた。
「死んだか…哀れな死に様であった」
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