19 / 59
Ⅱ章 ミドガルズの街
18
しおりを挟む
王族、貴族。いや、商人で良い。
とりあえずお金持ちが悪漢に襲われて欲しい。
そんな不謹慎な思いを胸に裏路地や薄暗い路地をあえて歩くこと1週間が過ぎた。
日々、組合で仕事を貰いながら裏路地などを帰りにほっつき歩く。
ごろつきっぽい人が居る場所を探すけれどやはりそうそう都合よく襲われているのを見かけることはない。
それどころか僕に襲いかかってくる始末。
当然逃げる。
まともに殴り合ってもまず勝てると思うが、下手に手をだして警戒されても面白くない。
というかもっと出くわす可能性が減りかねない。
ともすれば、逃げるしかないわけで。
「・・・あれ?そもそもこんな場所を通る金持ちがいるのだろうか?」
おっと、気づいていけないことに気づいてしまった。
なんてこったい。
でも大通りで人に絡んで金を分捕ろうとする人はいないし、これってもしかしてかなり不毛な時間だったんじゃないだろうか?
おうまいごっど。
神は僕を見捨てた。
紙を求める僕だけに。
・・・大して上手くないね。
「や、やめてくださいっ!!」
前言撤回。神は我を見放さなかった!
ここで僕はティンときた。
商人ならばまずこんな場所にこない。
しかし、貴族や王族の坊ちゃん譲ちゃんだったらどうだろうか?
『道に迷って』という可能性があるのではないか?
この街の住人ということは無いだろう。
住人ならばこの場所の治安くらい分かってるはず。
いや、僕もさほど知らずに治安悪そう、チンピラいそうという適当な見当をつけてこの辺に居たわけだが。
現実に襲われている以上、そうなのだろう。
「こんなところに君のような女の子がいてはいけないよ。
おじさんたちがいいところへ連れて行ってあげようじゃないか。」
・・・チンピラというより変質者っぽいけど、とにかく恩を売れば良いのだ。
その変質者の前にいるのは身なりの綺麗な女の子。
髪の色はピンクで、縦ロールである。
こ、これは典型的な貴族、では?
身長は僕よりちょっと高いくらい。胸は・・・大きいほうかな。歳は15、6。
もうちょっと上かもしれない。
何にせよ、こいつは良いカモがやってきたぜっ!!
さぁ他のやつに横取り(助け)されないうちに僕が恩を売り飛ばさねばっ!!
君は僕の善意(したごころ)をいくらで買ってくれるのかしら?ふふふふっ!!
「言うことを聞かないとは悪い子だ。
・・・できれば穏便に行きたかったが・・・かかれ。多少の傷はかまわん。」
「了解しましばぁあああっ!?」
エアスラッシュを足裏から発生させる。
それにより僕は加速(ダッシュ)する。
結果1つの弾丸と化した僕が一人の男の背後に体当たりした。
めきめきと音を発てて、男は逆エビぞりになりながら飛んでいった。
・・・し、死んだ?
タコの体ゆえのスピードの無さを補うために、試してみた新技術なのだが・・・予想以上に威力があったようで男はその辺の地面に何度かバウンドしてピクリとも動かなくなった。
おおう・・・こ、こんなはずじゃ・・・
「・・・まぁいいや。多分生きてるでしょ。」
考えないことにした。
タコに手加減をしろというのが無茶なのだ。手が無い生き物なのだけに。
「・・・貴方はここ数日この辺をうろついてる方ですね?
なるほど、私達の組織をつぶしに来た王国騎士あたりですか?
一応、部下に調べさせたのですが・・・まったく、教育がいささか足りなかったようですね。」
親玉らしき変質者が何か意味の分からないことを言う。
良く分からんが、僕はお礼(お金)が欲しいだけだ。
「・・・とはいえ、貴方一人でここに来るのはいささか無謀でしょう。」
「・・・?」
「貴方の装備を見るに、接近戦よりも遊撃、斥候あたりが専門なはずです。この数に勝てますか?」
「は?」
というと?
そう聞くつもりだったのだが、聞くまでも無く回りにぞろぞろと人が出てくる。
一様に物騒なものを持ち、柄が悪そうなのは分かる。
「出来るだけ傷をつけないように。
彼女も商品にすれば下手な貴族よりも高値で売れるでしょうから。少なくとも傷跡が残らないように痛めつけて捕らえなさい。」
『オオオオオオッ!』
変質者の言葉を合図に一斉にかかってくる悪漢どもらしき人々。
ははぁん?
なるほど。
貴族のお嬢さん一人にこれだけの人数をそろえるとは馬鹿なのかと思ったりしたが、まぁ馬鹿なのだろう。
なぜなら悪漢どもは狙うべき人間を間違えて僕のほうにやってきたのだから。
彼らはおそらくピンクの髪の縦ロール―今は便宜上、ロールちゃんとする―ロールちゃんを捕らえろと命令されたのに、狙う相手を間違えてこっちに来ている。
ばかめっ!!
そっちの方がお嬢さんを守る僕にとってやりやすいのだ!!
・・・だったら良かったのにね。
僕も一緒に狙われるとか、どうしたらいいだろ?
想定外の事態である。
どうも変質者は僕にターゲットを移したようだ。
何が目的なのかは分からないが、降りかかる火の粉は振り払わねばなるまい。
自分でかかりにきたんだろって?
・・・こまかいことを気にしてると立派な大人になれないぞっ!
向かってきた人間達総勢40人ほど。
数の力を知っている僕としては真面に相手するにはさすがに怖いので、エアスラッシュでボーリングよろしく人間をピンに見立てて吹き飛ばす。
エアスラッシュは確かに細かい制御が利かないものの、彼らを吹き飛ばす上ではかなり有効な術である。
なぜなら・・・
「ごあっ!?」
「ぎゃあああっ!!」
「ひでぶっ!?」
「なんんだおあっ!?」
10人くらいの人間が不可視の刃で吹き飛ばされた。
不可視。
そう、風なんて目に見えない。
ゲームやアニメではエフェクトの都合上、見えるけれど現実に色が付いてるはずも無く。空気のよどみが見えるというわけでもなく。
風を感じたらすでに当たっている。という魔法だ。
加減しているのと、割と良い防具を使ってるからか、死にこそしないものの、付近の地面や壁に叩きつけられてぐったりしてる人たち。
「・・・詠唱破棄?
全員、武器を構えてゆっくり距離を縮めなさい。
たとえ魔法士でも魔力を使わせればいずれ・・・」
僕はエアスラッシュをひたすら打ちまくる。
風の刃のガトリングである。
「斬り切り舞い」と名づけよう。
ちなみにこの世界における人殺しに関する法が分からないので、一応加減してある。
切れ味を極端に鈍らせたエアスラッシュは、たとえるなら木刀の見えない斬撃のようなもの。
つぎつぎ倒れていく悪漢たち。
5分と経たないうちに、うめく男どもで床が埋まった。
やり過ぎた気がしないでも無い。
「え~っと・・・せいとうぼーえいということで。」
「・・・ふむ。なるほど。なかなかの魔力量を持っているようですね。
ならば彼に任せるとしましょう。
捕らえたかったのですが・・・手持ちの駒では貴方を捕らえることはできなさそうです。
かといってそちらの少女をも諦めるのは惜しいので、切り札を使ってでも貴方を処分させてもらいます。」
「・・・え?がっ!?」
ふと気づくと、左隣に見覚えのない男が立っていた。
そして突き出された光り輝く槍が僕の横っ腹に突き刺さる。
そのまま力の方向に従って、吹き飛ばされる。今度は僕が地面をバウンドした。
「・・・グーングニルの味はどうですか?
彼の十八番であり、最強のスキルです。」
巻き起こった土煙が晴れると、依然変わらない僕が立ち上がる。
とは言え。
「・・・久しぶりに痛い攻撃を受けたよ。」
「っ!?」
「なん・・・だとっ!?」
ここで初めて変質者の余裕が崩れた。
僕を突き刺した男も一緒に驚いている。
ちなみに槍は短く携帯性を高めた物で、僕の横っ腹に刺さったままだが、その傷は浅い。
ううむ。
彼らの話からするともうちょいダメージを食らっといたほうがいいのだろうか?
しかしまぁ、この結果は妥当だろう。
人はどんなに鍛えようと熊に勝てない。
そういう話を聞いたことが無いだろうか?
どんなに筋肉をつけようと熊の筋肉の鎧にはまったく通用しないという。
それくらい人間と野生の動物は身体能力に差があるらしい。
白熊なんかはとんでもない力を持つとテレビで見たことがある。
白熊の腕力は70キロのサンドバッグを3メートル以上の高さに打ち上げるという。そして顎の力は800キロになるとか。
人間が50キロ前後であることを考えるに、その化け物具合が分かるというものである。
ここまで言えば分かると思うが・・・
「脆弱だなぁ・・・」
「ば、ばかなっ・・・」
しかも僕の体は「常に引き締まっている状態」である。
これは人型の姿にタコの質量を押し込む形になっているからだ。
同じ人間同士ならば油断して筋肉が緩んでいる間に骨の無い場所を狙えばまず致命傷だったろう。その点で彼の狙いは適格だった。
だが、僕にそんな隙間は無い。
意識的に油断をしていたのは認めるが、筋肉の緩みなど一片たりとも存在しないのだ。
オクトパスフォームよりも防御力だけならば今の美少女形態(まほうしょうじょ)のほうが高い。
ただでさえ非力な人間が僕を貫けるはずが無かった。
せめて業物の槍を持っていればもう少し違っていたのかもしれない。
だが、向こうもやりなれているのだろう。
ならばと気を取り直して、ナイフを片手に筋肉の無い眼球を狙ってくる。
狙いは良い。
だが。
「っ!?」
黙って受けるほど僕はドMじゃない。
ただ払う。
それだけで男の手がひしゃげてあらぬ方向にひん曲がる。
とはいえ僕のように軟体動物というわけではない彼の体には骨があり、その骨がちょっと突き出ていてグロかった。
痛みにうめく隙に、蹴り飛ばして終了。
気配を感じなかったのは何かの魔法かスキルか。
なんにせよ油断しちゃいけないね。
感覚で格下だと分かっていたとしても度が過ぎてた。要反省。
もしくは弱く見せることで油断を誘う高度な擬態だったのかもしれないし。
「お、お前はなんなのですかっ!?」
またもやエアスラッシュを使った加速、これをエアジェットと名づけよう。
そのエアジェットを使って、彼に肉薄。
彼は尻餅を付いて、ワタワタと後ずさる。
「お、おやめなさいっ!?
私を倒せば貴方は・・・」
「どうなるの?」
「この街に居れなく・・・」
「別にかまわないよ。
そして仮にそうだとしても貴方をこの場で殺せば問題ないよね。」
もともと狙って殺す気など無かったが、そうとなれば別である。
殺さないと逆に面倒だ。
厳しい自然界に慣れたといえど、流石に一年も立たずして日本人としての価値観を捨てられるはずもなし。
当然あまり殺したくないのだけど、まだ準備がすべて整ったというわけでもない。
そうも言ってられないということだ。
ただ濃密な死の気配に囲まれた自然界での日々で生き抜いてきた僕にとって殺すこと事態に対する精神的忌避感はかなり緩く、というと語弊があるか。
殺したく無いが、殺したとしてもさほど気に病まないというのが正しい。
というわけで。
殺さざるを得ないだろう。
しかし自分の手で直接殺すのは目覚めが悪い。
ならば。
「えい!」
彼の首根っこを持って、ジャンプ。
思いっきり投げた。
地面へ。
予想以上に威力が高く、また彼が脆かった様で下手に殺すよりも怖い死に様になってしまった。
ま、まあアレだよ。
見た目はアレだけど楽に死ねただろうし。
グロいのは慣れっこだし。
「さて、それで・・・大丈夫?」
出来るだけの満面の笑みの表情を作って襲われていた少女に話しかけた。
少しクールっぽい?無口っぽい目が特徴的だが、その目を最大限に見開いて彼女は股(もも)から液を垂らす。
・・・え?
「わ、私・・・えと・・・あ、あの人たちの仲間じゃなくて・・・ほ、ほんとですっ!!
本当ですから・・・あの・・・わ、わた・・・私・・・」
「えっと・・・」
幸い会話が通じることから魔力があるのだろう。
・・・いや。通じてるかな?
通じてない気がする。
「もう大丈夫・・・」
「ひっ!?」
近くに寄っただけで身をすくませる。
それだけやつらが怖かったということか。
可愛そうにっ!!
あいつらめぇっ!!
と、思っていたのだがどうも様子がおかしい。
まるで目の前に畏怖の対象があるようなリアクションを取っている。
後ろを振り向く。
はじけたザクロのような死体。
顔を彼女へと向ける。
「ひぅ・・・」
引きつった声を上げる彼女。
その目線は僕に釘付けだ。
・・・あれ?
もしかしてあれだった?
殺し方が凄惨すぎたのかな?
いや、僕も思いつきでやってから後悔したのだが、いやそのね?
さすがにあそこまでぐちゃぐちゃに飛び散るとは神も仏様も知らないわけで・・・
なるほど。
つまり、あれか。
「君は僕にビビッて粗相してしまったと。」
「・・・あう・・・」
恐怖と羞恥の入り混じったような複雑そうな表情をする彼女。
湯気のたつ液体は今も彼女の股からツーっとたれているわけで。
逆の立場になって考えてみた。
あくまでもタコとしての価値観が入り混じったわけではない普通の人間としての価値観の元。
今の光景を見たらどうだろう?
タコになる前の僕がこの光景に出くわしたら?
「・・・ちびって動けなくなるよね。そりゃ。」
こうして人間と触れ合って、改めて価値観がずれ始めてることを自覚する僕だった。
とりあえずお金持ちが悪漢に襲われて欲しい。
そんな不謹慎な思いを胸に裏路地や薄暗い路地をあえて歩くこと1週間が過ぎた。
日々、組合で仕事を貰いながら裏路地などを帰りにほっつき歩く。
ごろつきっぽい人が居る場所を探すけれどやはりそうそう都合よく襲われているのを見かけることはない。
それどころか僕に襲いかかってくる始末。
当然逃げる。
まともに殴り合ってもまず勝てると思うが、下手に手をだして警戒されても面白くない。
というかもっと出くわす可能性が減りかねない。
ともすれば、逃げるしかないわけで。
「・・・あれ?そもそもこんな場所を通る金持ちがいるのだろうか?」
おっと、気づいていけないことに気づいてしまった。
なんてこったい。
でも大通りで人に絡んで金を分捕ろうとする人はいないし、これってもしかしてかなり不毛な時間だったんじゃないだろうか?
おうまいごっど。
神は僕を見捨てた。
紙を求める僕だけに。
・・・大して上手くないね。
「や、やめてくださいっ!!」
前言撤回。神は我を見放さなかった!
ここで僕はティンときた。
商人ならばまずこんな場所にこない。
しかし、貴族や王族の坊ちゃん譲ちゃんだったらどうだろうか?
『道に迷って』という可能性があるのではないか?
この街の住人ということは無いだろう。
住人ならばこの場所の治安くらい分かってるはず。
いや、僕もさほど知らずに治安悪そう、チンピラいそうという適当な見当をつけてこの辺に居たわけだが。
現実に襲われている以上、そうなのだろう。
「こんなところに君のような女の子がいてはいけないよ。
おじさんたちがいいところへ連れて行ってあげようじゃないか。」
・・・チンピラというより変質者っぽいけど、とにかく恩を売れば良いのだ。
その変質者の前にいるのは身なりの綺麗な女の子。
髪の色はピンクで、縦ロールである。
こ、これは典型的な貴族、では?
身長は僕よりちょっと高いくらい。胸は・・・大きいほうかな。歳は15、6。
もうちょっと上かもしれない。
何にせよ、こいつは良いカモがやってきたぜっ!!
さぁ他のやつに横取り(助け)されないうちに僕が恩を売り飛ばさねばっ!!
君は僕の善意(したごころ)をいくらで買ってくれるのかしら?ふふふふっ!!
「言うことを聞かないとは悪い子だ。
・・・できれば穏便に行きたかったが・・・かかれ。多少の傷はかまわん。」
「了解しましばぁあああっ!?」
エアスラッシュを足裏から発生させる。
それにより僕は加速(ダッシュ)する。
結果1つの弾丸と化した僕が一人の男の背後に体当たりした。
めきめきと音を発てて、男は逆エビぞりになりながら飛んでいった。
・・・し、死んだ?
タコの体ゆえのスピードの無さを補うために、試してみた新技術なのだが・・・予想以上に威力があったようで男はその辺の地面に何度かバウンドしてピクリとも動かなくなった。
おおう・・・こ、こんなはずじゃ・・・
「・・・まぁいいや。多分生きてるでしょ。」
考えないことにした。
タコに手加減をしろというのが無茶なのだ。手が無い生き物なのだけに。
「・・・貴方はここ数日この辺をうろついてる方ですね?
なるほど、私達の組織をつぶしに来た王国騎士あたりですか?
一応、部下に調べさせたのですが・・・まったく、教育がいささか足りなかったようですね。」
親玉らしき変質者が何か意味の分からないことを言う。
良く分からんが、僕はお礼(お金)が欲しいだけだ。
「・・・とはいえ、貴方一人でここに来るのはいささか無謀でしょう。」
「・・・?」
「貴方の装備を見るに、接近戦よりも遊撃、斥候あたりが専門なはずです。この数に勝てますか?」
「は?」
というと?
そう聞くつもりだったのだが、聞くまでも無く回りにぞろぞろと人が出てくる。
一様に物騒なものを持ち、柄が悪そうなのは分かる。
「出来るだけ傷をつけないように。
彼女も商品にすれば下手な貴族よりも高値で売れるでしょうから。少なくとも傷跡が残らないように痛めつけて捕らえなさい。」
『オオオオオオッ!』
変質者の言葉を合図に一斉にかかってくる悪漢どもらしき人々。
ははぁん?
なるほど。
貴族のお嬢さん一人にこれだけの人数をそろえるとは馬鹿なのかと思ったりしたが、まぁ馬鹿なのだろう。
なぜなら悪漢どもは狙うべき人間を間違えて僕のほうにやってきたのだから。
彼らはおそらくピンクの髪の縦ロール―今は便宜上、ロールちゃんとする―ロールちゃんを捕らえろと命令されたのに、狙う相手を間違えてこっちに来ている。
ばかめっ!!
そっちの方がお嬢さんを守る僕にとってやりやすいのだ!!
・・・だったら良かったのにね。
僕も一緒に狙われるとか、どうしたらいいだろ?
想定外の事態である。
どうも変質者は僕にターゲットを移したようだ。
何が目的なのかは分からないが、降りかかる火の粉は振り払わねばなるまい。
自分でかかりにきたんだろって?
・・・こまかいことを気にしてると立派な大人になれないぞっ!
向かってきた人間達総勢40人ほど。
数の力を知っている僕としては真面に相手するにはさすがに怖いので、エアスラッシュでボーリングよろしく人間をピンに見立てて吹き飛ばす。
エアスラッシュは確かに細かい制御が利かないものの、彼らを吹き飛ばす上ではかなり有効な術である。
なぜなら・・・
「ごあっ!?」
「ぎゃあああっ!!」
「ひでぶっ!?」
「なんんだおあっ!?」
10人くらいの人間が不可視の刃で吹き飛ばされた。
不可視。
そう、風なんて目に見えない。
ゲームやアニメではエフェクトの都合上、見えるけれど現実に色が付いてるはずも無く。空気のよどみが見えるというわけでもなく。
風を感じたらすでに当たっている。という魔法だ。
加減しているのと、割と良い防具を使ってるからか、死にこそしないものの、付近の地面や壁に叩きつけられてぐったりしてる人たち。
「・・・詠唱破棄?
全員、武器を構えてゆっくり距離を縮めなさい。
たとえ魔法士でも魔力を使わせればいずれ・・・」
僕はエアスラッシュをひたすら打ちまくる。
風の刃のガトリングである。
「斬り切り舞い」と名づけよう。
ちなみにこの世界における人殺しに関する法が分からないので、一応加減してある。
切れ味を極端に鈍らせたエアスラッシュは、たとえるなら木刀の見えない斬撃のようなもの。
つぎつぎ倒れていく悪漢たち。
5分と経たないうちに、うめく男どもで床が埋まった。
やり過ぎた気がしないでも無い。
「え~っと・・・せいとうぼーえいということで。」
「・・・ふむ。なるほど。なかなかの魔力量を持っているようですね。
ならば彼に任せるとしましょう。
捕らえたかったのですが・・・手持ちの駒では貴方を捕らえることはできなさそうです。
かといってそちらの少女をも諦めるのは惜しいので、切り札を使ってでも貴方を処分させてもらいます。」
「・・・え?がっ!?」
ふと気づくと、左隣に見覚えのない男が立っていた。
そして突き出された光り輝く槍が僕の横っ腹に突き刺さる。
そのまま力の方向に従って、吹き飛ばされる。今度は僕が地面をバウンドした。
「・・・グーングニルの味はどうですか?
彼の十八番であり、最強のスキルです。」
巻き起こった土煙が晴れると、依然変わらない僕が立ち上がる。
とは言え。
「・・・久しぶりに痛い攻撃を受けたよ。」
「っ!?」
「なん・・・だとっ!?」
ここで初めて変質者の余裕が崩れた。
僕を突き刺した男も一緒に驚いている。
ちなみに槍は短く携帯性を高めた物で、僕の横っ腹に刺さったままだが、その傷は浅い。
ううむ。
彼らの話からするともうちょいダメージを食らっといたほうがいいのだろうか?
しかしまぁ、この結果は妥当だろう。
人はどんなに鍛えようと熊に勝てない。
そういう話を聞いたことが無いだろうか?
どんなに筋肉をつけようと熊の筋肉の鎧にはまったく通用しないという。
それくらい人間と野生の動物は身体能力に差があるらしい。
白熊なんかはとんでもない力を持つとテレビで見たことがある。
白熊の腕力は70キロのサンドバッグを3メートル以上の高さに打ち上げるという。そして顎の力は800キロになるとか。
人間が50キロ前後であることを考えるに、その化け物具合が分かるというものである。
ここまで言えば分かると思うが・・・
「脆弱だなぁ・・・」
「ば、ばかなっ・・・」
しかも僕の体は「常に引き締まっている状態」である。
これは人型の姿にタコの質量を押し込む形になっているからだ。
同じ人間同士ならば油断して筋肉が緩んでいる間に骨の無い場所を狙えばまず致命傷だったろう。その点で彼の狙いは適格だった。
だが、僕にそんな隙間は無い。
意識的に油断をしていたのは認めるが、筋肉の緩みなど一片たりとも存在しないのだ。
オクトパスフォームよりも防御力だけならば今の美少女形態(まほうしょうじょ)のほうが高い。
ただでさえ非力な人間が僕を貫けるはずが無かった。
せめて業物の槍を持っていればもう少し違っていたのかもしれない。
だが、向こうもやりなれているのだろう。
ならばと気を取り直して、ナイフを片手に筋肉の無い眼球を狙ってくる。
狙いは良い。
だが。
「っ!?」
黙って受けるほど僕はドMじゃない。
ただ払う。
それだけで男の手がひしゃげてあらぬ方向にひん曲がる。
とはいえ僕のように軟体動物というわけではない彼の体には骨があり、その骨がちょっと突き出ていてグロかった。
痛みにうめく隙に、蹴り飛ばして終了。
気配を感じなかったのは何かの魔法かスキルか。
なんにせよ油断しちゃいけないね。
感覚で格下だと分かっていたとしても度が過ぎてた。要反省。
もしくは弱く見せることで油断を誘う高度な擬態だったのかもしれないし。
「お、お前はなんなのですかっ!?」
またもやエアスラッシュを使った加速、これをエアジェットと名づけよう。
そのエアジェットを使って、彼に肉薄。
彼は尻餅を付いて、ワタワタと後ずさる。
「お、おやめなさいっ!?
私を倒せば貴方は・・・」
「どうなるの?」
「この街に居れなく・・・」
「別にかまわないよ。
そして仮にそうだとしても貴方をこの場で殺せば問題ないよね。」
もともと狙って殺す気など無かったが、そうとなれば別である。
殺さないと逆に面倒だ。
厳しい自然界に慣れたといえど、流石に一年も立たずして日本人としての価値観を捨てられるはずもなし。
当然あまり殺したくないのだけど、まだ準備がすべて整ったというわけでもない。
そうも言ってられないということだ。
ただ濃密な死の気配に囲まれた自然界での日々で生き抜いてきた僕にとって殺すこと事態に対する精神的忌避感はかなり緩く、というと語弊があるか。
殺したく無いが、殺したとしてもさほど気に病まないというのが正しい。
というわけで。
殺さざるを得ないだろう。
しかし自分の手で直接殺すのは目覚めが悪い。
ならば。
「えい!」
彼の首根っこを持って、ジャンプ。
思いっきり投げた。
地面へ。
予想以上に威力が高く、また彼が脆かった様で下手に殺すよりも怖い死に様になってしまった。
ま、まあアレだよ。
見た目はアレだけど楽に死ねただろうし。
グロいのは慣れっこだし。
「さて、それで・・・大丈夫?」
出来るだけの満面の笑みの表情を作って襲われていた少女に話しかけた。
少しクールっぽい?無口っぽい目が特徴的だが、その目を最大限に見開いて彼女は股(もも)から液を垂らす。
・・・え?
「わ、私・・・えと・・・あ、あの人たちの仲間じゃなくて・・・ほ、ほんとですっ!!
本当ですから・・・あの・・・わ、わた・・・私・・・」
「えっと・・・」
幸い会話が通じることから魔力があるのだろう。
・・・いや。通じてるかな?
通じてない気がする。
「もう大丈夫・・・」
「ひっ!?」
近くに寄っただけで身をすくませる。
それだけやつらが怖かったということか。
可愛そうにっ!!
あいつらめぇっ!!
と、思っていたのだがどうも様子がおかしい。
まるで目の前に畏怖の対象があるようなリアクションを取っている。
後ろを振り向く。
はじけたザクロのような死体。
顔を彼女へと向ける。
「ひぅ・・・」
引きつった声を上げる彼女。
その目線は僕に釘付けだ。
・・・あれ?
もしかしてあれだった?
殺し方が凄惨すぎたのかな?
いや、僕も思いつきでやってから後悔したのだが、いやそのね?
さすがにあそこまでぐちゃぐちゃに飛び散るとは神も仏様も知らないわけで・・・
なるほど。
つまり、あれか。
「君は僕にビビッて粗相してしまったと。」
「・・・あう・・・」
恐怖と羞恥の入り混じったような複雑そうな表情をする彼女。
湯気のたつ液体は今も彼女の股からツーっとたれているわけで。
逆の立場になって考えてみた。
あくまでもタコとしての価値観が入り混じったわけではない普通の人間としての価値観の元。
今の光景を見たらどうだろう?
タコになる前の僕がこの光景に出くわしたら?
「・・・ちびって動けなくなるよね。そりゃ。」
こうして人間と触れ合って、改めて価値観がずれ始めてることを自覚する僕だった。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる