タコのグルメ日記

百合之花

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I章 始まりの森

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傷だらけになりつつもいつもの木の洞に戻ってきた僕。
正直、死にそうだ。
別に傷自体は致命傷というほどでもなかったのだが、なにせここは自然界。
手負いの獣が生きていられるほど甘くは無い。
ゆえにいつも以上に警戒して戻ってきた。
ただでさえ早いとは言えない移動速度が、脚が使えなくなったことによってさらに遅くなったため、ほかの動物に見つからないように慎重に、かつ迅速に戻ってくるという作業は思いのほか体力的にも精神的にも疲弊した。
血は途中で止まっていたのでそれを付けてくる、なんてことは多分無いだろうが、ともかく一眠りしたい。
今日の成果はギンタの足が一本というむなしいものとなった。
ぼりぼりとそれをかじりつつ、眠る。

次の日。
狼とは群れる生き物。
昨日のギンタの仲間がやってくるかなぁと思ったがそれも無いようで安心した。
さて、狩りに出かけよう!
と思ったのだが、さすがに昨日の今日。
傷がある程度癒えるまで自愛することに。

代わりといってはなんだが、反省会でもしよう。
昨日のあれ。
あれは完全な油断だ。
今までは獲物の付近を見回ってから狩りに挑んでいた。
これは獲物を捕らえることにのみ神経を集中させたかったから、はじめに危害を加える存在が周辺にいないかの確認をしていたためで、昨日のあれはそれを怠ったために起きた事故‐というのもおかしな話だが、事件である。
狩りに慣れ、餌を安定的に手に入れることができるようになって調子に乗って、面倒くさがって周囲の確認を怠った、怠ってしまった。
ここは自然界。次の瞬間には何が起こるかわからない。
命を守るためには些細なことでも面倒くさがらずに買ってでもやるべきだったのだ。
もしも木の上から周辺を見渡せばあのギンタがやってきたであろう道の軌跡を確認し、速やかに避難できたはずである。
周りはほとんど草なのだからどんなに音を発てずに忍び寄ろうとも、倒れた草花や足跡までは隠せない。
まったく持って手痛い失敗である。
でもしょうがないじゃない、人間だもの BY タコ

などとアホなことを言いつつも深く反省する。
昨日のあれは運が良かったというべきだろう。
調子に乗っていた鼻っ柱をへし折ってくれたギンタには感謝である。
もし、あれで致命傷を負っていたとなれば、今頃は昨日の帰り道で見かけた同胞のような無残な屍をさらすだけなのだから。

ちなみにその同胞は人間の頭よりも一回りは大きいくらいのクモにちゅーちゅーと体液を吸われて、膨らます前の風船のようになっていた。
確かクモは体外消化という特殊な食事形態をとっていたはず。
獲物に人間で言うところの胃酸にあたる消化液を流して、体外で溶かしてからまとめて啜るのである。
体液を啜る、というのとはちょっと、というかかなり違う。
生きながらに消化されるという経験はしたくないものだ。

そんな教訓を得ながらも僕は細々と一月ほどを生き延びたころ。
体長(足を除く)60センチくらいになったところで、新しい生き物を見かける。
いや、知ってはいる。
良く知っているが、生まれ変わって初めて見かける生き物。
それは『人間』である。


☆ ☆ ☆

今日も今日とて、狩りに精を出して二匹目の獲物、いつぞやのクモ、もといヨロイのように刺々しくも堅そうな甲殻を持つクモ、略してヨロイグモを捕らえたときのこと。
がさがさとやたらと音を発てる生き物を発見した。
音だけならば『あれだけの音を発てるほどに無用心とは、どれほどの大物なのか、それとも間抜けか・・・面を拝んでやろう』と思って音のした方向へいくとそこには人間がいたのである。
とりあえず手元のクモを一飲みにして、人間を観察する。
なつかしい人の姿である。
元人間としては、喋ることができるのならば是非に会話したかったのだけれどタコが喋っては気持ち悪いだろうし、いまやこの生活も気に入っている。
ただ人間かぁと思った程度。
思った以上に感慨は抱かなかったけれど、しかしそれでもこう、テンションがあがるのは否めない。
現状、この森にいる敵は一部を除いて捕食対象に過ぎないため、ゆっくりとこの世界の人間を観察することにする。
ある程度の距離を取ってつけて見る事にした。
今まで見かけなかった人間。
一体何の目的でやってきたのだろうか?
いや、今まで見かけなかったのは行動範囲が狭かったからかもしれない。体が大きくなり、さらには食べた後の充足感によって強くなった今の行動範囲があるからこそ出くわした、というだけという可能性もある。
というかそっちのほうが可能性は高いだろう。
なにやら彼らはこなれている様子だし。

ちなみに人間は全部で4人。
二人は男で、もう二人は女。
それぞれ剣や防具で武装している。
それを見るに中世くらいの技術力を持っていることが分かる。
彼らは警戒して音を発てない様に森の奥へ進むが、野生の動物である僕からしたらばればれである。
音を発て過ぎ、姿勢が高すぎ、動きに無駄がありすぎ・・・というのは人間に求めすぎか。

ちなみに何事かを話しているが案の定、理解不能だった。
彼らの身なりといい、完全に異世界であることが決定した瞬間である。

「おいジョニー、ここから先か?」
「ああ、メイソン。気をつけろ。いつ出てくるか分からないぞっ!」

彼らの言葉を翻訳するならこんな感じだろう。
ちなみに表情と言葉の強弱、状況を見ての適当なエキサイト翻訳である。
合ってるかどうかは保障しないぜっ!

「気をつけて、メイソン。気配を感じたわ!」
「ケリーの尻を見てる場合じゃないよ!」

残り二人の女が警戒を促すような動きをする。
何度も言うが、言葉はエキサイト翻訳である。
ぶっちゃけ名前部分も適当(エキサイト)だったりする。
発音がネイティブすぎて聞き取れないッス。

そして彼らの目の前に現れたのは僕が苦手としてる相手。
その顔は醜く、ゆがめられており、赤い肌にずんぐりむっくりとした体型。
とがった耳と獣の毛皮で覆われた下半身は無駄な筋肉など無く、日々の生活で自然とついたものであるということが伺える。
そしてその手にはさびたナイフや、さびた剣、木でできたコンボウを持ち、腐食しかかった盾をもってる個体もいる。

彼らはゴブリン。

なんせ武器を使ってくるからやりにくいし、必ず4~5匹がまとまっているので面倒な相手である。
元日本人としては無益な殺生はしたくないし、労力的な意味でも全員仕留めたとしても食べきれないので意味が無い。
かといって彼らにも情のひとつふたつはあるらしく、1匹しとめると全滅するまでかかってくるのだから困り者である。(中には一目散に逃げるのもいるけれど)
彼らはそこそこ体が大きいのでその場で食いきることも運び出すこともできず、結局倒さざるを得ないのである。

ゴブリン達は早速、人間の4人パーティーと争いを始めた。
ちょうど良い。
この世界の人間がどれほどの強さかを見極める良い機会である。
漫画やアニメでは悪党側を好きになる僕としてはゴブリンたちに勝って欲しいが、どうなんだろうか?
ちなみに人間を助けることはまず考えていない。
弱肉強食の世界に入り込む人間が悪い!
というかゴブリンたちだって生きているのである。
わざわざ彼らの住処にまで入ってきた人間はむしろこちらからしてみれば侵略者。
どう考えても人間側のほうが悪いだろう。
彼らが友人だったならばともかくどちらとも関係の無い僕としては、狩場を荒らす人間さんたちにはさっさとお帰り願いたいものである。
ちなみに小説ではちらほらゴブリンは人をさらって女性を孕ませる、みたいな設定があるが少なくともこの世界のゴブリンはただの餌としてしか見ていないようである。
それらの小説と同じように好んで女性をさらうが、それはあくまでも食肉としてしか使わない。女の人のほうが脂肪が付きやすいと聞くし、おそらく肉が柔らかいとかそんな感じだろう。
さらに言えば、人間を殺せばその仲間から報復されることを知っているのか好んで人を襲うわけでも無い。

とは言え、この奥にあるゴブリンの住処の家屋の一つに首なしの人間の死体が吊り上げられていたのを見たときは、野生の獣と化した僕もサッと血の気が引いたものである。
ゴブリンの文化が気になる~と興味本位で適当に入り込んだゴブリンの家屋が食肉倉庫だったというのは運がいいのやら悪いのやら。血抜きの最中だったんだろうか?
所詮雑魚キャラ筆頭ゴブリンだろ?と甘く見てはいけない。彼らは意外としっかりとした生活様式を持っているのだ。
グロいのはすでに慣れっこであるのだが、日本人の倫理観に多大なダメージを受けたというべきか。
さすがにそこまで人間やめれてません。

なんてことを考えてるとゴブリンは皆々死んでしまった。
残念。ゴブリンをレベル1とするなら彼らは大体5前後といったところか。
ちなみに僕は20前後。

パーティーリーダーと見られるメイソンは8くらいかな?
この戦闘で一番目を引いたのはケリーと呼ばれた‐というか名づけた軽装の女性である。
なんと彼女。
炎の玉でゴブリンを焼き殺したのだ。
これはすごい。
この世界には魔法があったのだ!!

・・・うすうすは気づいてたけどね。
他の生物を食べると満ちる充足感。
それに羽ウサギのような飛べる構造をしていないにもかかわらず、飛ぶことができること。
ここからおそらくあの不思議な充足感は魔力的な何か。
そして羽ウサギはその魔力的な何かで空を飛んでいるのだろう。


魔法。
練習してみようじゃないか。
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