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第六章:名もなき毒

藤内_6-2

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「俺達がリングの上で見せるのは殺戮ショーじゃない。倒れても倒れても立ち上がり、屈せず、立ち向かう――その姿だろ?」

 藤内選手の問いかけに棚神選手は無言だった。

「貴方がそれを飲むのを戸惑ったのは、頭のどこかでそのことを解っていたからじゃないのか?」
「……だが、もう俺は限界に近い。団体の為にできることはこれぐらいしか――」
「本当に貴方が団体のことを考え、実行していたならきっと俺は……いや、俺達はそのことを後押ししていたよ。だけど、今回、貴方が選らんだのは『逃げ』だ。それは許容できない」
「逃げた? 俺が?」
「そうだよ、気づいてないんだな。誰かに殺してもらうことで、途中でリタイア――それを逃げた、といわないでなんていうんだよ」
「俺は逃げてなんて――」
「だとしたら、何故死ぬことを選んだ!」

 藤内選手が叫んだ。飄々としている彼が見せた感情むき出しの叫びに、棚神選手も驚いたようだった。そんな彼に対して、藤内選手は叫ぶ。

「プロレスってのは人生だろ! 弱い奴が努力して強くなって、強い奴が輝いて、輝いた奴が老いて朽ちていく。その全てを見せなきゃいけねぇんだよ! 途中でリタイヤしようとすんな! それが逃げだろうが! 戦えよ! 進めよ! 無様に朽ち果てて、その無様さまでカッコいいって俺達に、ファンに思わせてみろ!」

 感情をぶつける。その表現がそのまま当てはまるような藤内選手の言葉だった。その真っ直ぐな感情を受けて、レスラーとしてしなければならないことは一つだけだった。

「……すまなかった。レスラーに『逃げる』の選択肢はないよな。受けきってみせるよ。俺の人生も、お前の気持ちも」

 棚神選手は憑き物がとれたような穏やかな笑顔でそう返した。
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