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商会ヴィンセント

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 「またのご利用をお待ちしております」

 本日最後のお客様を見届け終わると、従業員たちの緊張の糸が途切れたのか近くのカウンターの椅子に座り込んだ。

 「そんな疲れる?」
 「お頭、考えても見てくださいよ。作法なんて知らねぇんすよ?こっちは」
 「まぁそうだが⋯⋯ある程度は教えたろ?」

 従業員はこの場に三名。
 男二人に女性一人。

 カウンターに突っ伏す若い少年の名前はリンダ。
 金髪サラサラのイケメン。

 その隣で黙ってリンダを横から笑って皿洗いをする茶髪の少年はアルトン。 
 この世界の基本は顔面偏差値が高い。
 二人とも綺麗系のイケメンだ。
 
 少女の名前はローネ。
 金髪のウルフヘアがお似合いのロックが好きそうなビジュアルだ。

 3名とも、今は小綺麗だが、俺が拾った浮浪者だ。
 全容はまだ分からないだろうが、なんとなくこの事業では大人にやらせると碌な事にならないのは何となく察して欲しい。
 そこでこの世界の格差を利用して子供を使う。
 彼らからすればしっかりとした労働環境で金をもらえるということが当たり前ではない価値観なので、喜んでこうして働いている。捕まるとか、どうのこうのなどは関係ない。外国の情勢的に考えれば分かるだろうか。
 中々良い拾い物をした。

 「しっかしまぁ⋯⋯俺達は構わねぇすけど、これで儲かるんすか?」
 「まぁ外から見れば儲からんようにしか見えないだろうな」
 「確か、あの契約書は神の名を使った制約っすよね?」
 「そう。だから大事な書面は神との誓いを交わして行うから裏切り行為が起こらない。だから奴隷契約が存在するわけだな」

 そう。地球との違いは、神の名だ。
 この世界では契約の際に使われる神に誓ってという言葉が絶大な力を及ぼす。
 その為、こういう契約書を交わす際はマジで便利で、こちら側は最高なのだ。
 破棄した際の即効性と理不尽な設定をしても、君破ったから仕方ないよね?みたいな感じで行われる。

 「あ、お頭」
 「どうしたリンダ」
 「俺の知り合いが取引したいって言ってるんですけど、どうしたらいいんすかね?招待制っすよね?」
 「信用はあるのか?」
 「⋯⋯んー」
 「ならなんで言ったんだ」
 「いや、その⋯⋯どうしようもないやつなんすけど、良い奴ではあるんで、どっちだろう⋯⋯みたいな?」

 鼻で笑うと首を横に振ってそう答える。
 まぁ⋯⋯良いか。

 「連れてこい。日時は?」
 「出来るだけ早い方が⋯⋯」
 「ほう?なら今からでもいいぞ?」
 「⋯⋯マジすか!?行ってくるっす!」

 

 それから、リンダの知り合いと契約を終え、俺はバーを後にして次なる目的地へと向かう。
 場所は一つの商会。このシャルの街の端っ子の方にある⋯⋯小さい商会だ。置いてあるシンプルな黒い看板に『ヴィンセント商会』と書かれてある。

 「いらっしゃい⋯⋯あ、お疲れ様です」
 「おっ、お疲れ~」

 店員はよく知ってる青年だった。名前は覚えていないが。

 「会長いる?」
 「すぐに呼んできます!」
 
 ドタドタ階段を急いで駆け上る様子を見た俺は溜息をつく。
 いや、急ぐのはいいんだけど、こんなの貴族の前でやったら失礼になるんじゃないか?知らんけど。

 「すっ、すいません!会長室にお越し頂けますか?」
 「もちろん。今の時期忙しいもんね」

 先導する青年に付いていき、一番奥のこじんまりとしている部屋に入る。
 
 「おーお疲れ様」
 「お疲れ様です、ノア殿」

 座ってくれと手を出されたのでソファに座る。
 会長も向かいに座ると、丁度良く青年のお茶がやってくる。

 「どうも」
 「それで? あんまり来たがらないノア殿がどうしましたかな?」
 「あぁ⋯⋯とりあえず話題として、春の調子はどう?」
 「ここ最近で一番の絶好調ですな。商会で取引してる物もそうですが、額が額ですからな」

 この商会⋯⋯ヴィンセント商会は、元は小さな今にも潰れる手前の底辺商会だった。
 そこを俺が投資して、商会を急成長させた。
 結果、今ではこのシャルの領主も手を付けられない程までに成り上がった商会の一つである。

 あの時はかなりの博打をうったと思うが、結果上手く行ってるから良しとしているがな。

 「そうか。今日来たのは、とりあえず当分の砂糖は確保出来そうだという話をしに来た」
 「⋯⋯ほう!それら願ってもない話ですな!」

 膝を叩いてヴィンセントの口元がほころぶ。
 
 「あと、約束の金を貰いにきた」
 「あぁ⋯⋯そうでしたな」

 壁に貼り付けてあるこの世界の日付をチラ見して、机の下から重そうな袋をいくつも取り出す。
 俺はここの筆頭株主みたいなもんだから、毎年春先に投資した分の1割⋯⋯まぁ白金貨n枚が入った袋を受け取りに来る。
 決してヤクザじゃないからな?
 それなりに投資していると言ってほしい。

 「いやはや、一体誰が信じるでしょうな?」
 「ん?」
 「僅か成人直後の青年が、もう既に働かなくても良いくらいの金を手にしている⋯⋯などと耳にしたら、戦意喪失する者もいそうですがね」
 
 魔法鞄にしまう俺にそう軽く鼻で笑ってニコニコしながら話すヴィンセント。
 まぁ、投資したのは数年も前の事だ。
 今の貯金額からすれば、俺の歳でここまで持ってる奴もいないだろう。
 まぁ居たとて貴族の坊っちゃんとかその辺か?

 「だと良いがな⋯⋯これからどの道まだまだヴィンセントには俺の代わりに働いてもらわないと」
 「もう私も40半ばですよ⋯⋯。ノア殿がここを継いでもらわないと困りますよ?10年後辺りには」
 「冒険者じゃないんだから大丈夫でしょう?」

 軽く鼻で笑われた。
 勘弁してくれ。20代後半とかいうクソ面倒な時期にデカくなった商会の面倒なんて最悪以外の何物でもない。

 「⋯⋯早く後継者を見つけられるといいな」
 「ノア殿なら意地でもそう仰ると思ってました」
 
 微笑みながら茶を飲み終えると、俺に一枚の封筒を手渡すヴィンセント。
 
 「どうした?」
 「ギルドを通そうと思いましたが、個人的に依頼したいリストです」
 
 開けるとこれまた様々な種類の薬草が大量に記載されていた。
 間違いなく過労死するな、これは。

 「通した方がいいんじゃないか?俺一人で扱う量じゃない」
 「手数料が掛かりますから、こちらの方がと思いましたが、では一部だけ依頼させてください」
 「それなら問題ない。即持ってくれば?」
 
 縦に頷くヴィンセント。
 んー暫くやる事が増えそうだな。

 「了解ー、何かあったらまた手紙送って~」
 「はい」

 まぁ裏の顔⋯⋯とまでは行かないだろうが、こうして金の工面は⋯⋯行っている。
 ヴィンセントには魔法鞄をいくつも与えているので、商人としてもあまりスペースを必要とさせないという情報を周囲に与え、俺という存在を消す。

 ⋯⋯いやぁいいよな。裏ボスみたいな感じで。
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