猫奴隷の日常

ハルカ

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追憶 1

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「エイベル様、そろそろレイが戻ってきますよ。窓を閉めておきませんと、また怒られますよ」

背中から声がかかった。エイベルは ちら とそちらを見、すぐに視線を窓の外に戻した。
外を舞っていた粉雪が、部屋の中にまでちらちらと吹き込んできている。
部屋の温度は外と同じにまで下がってしまっており、確かにこれでは寒さに弱いレイには辛いに違いない。
エイベルはむしろ、寒い方が得意だ。夏の暴力的なまでの暑さよりは、よほどいい。
しかし、セバスにとっては、レイが凍えることのほうがよほど辛抱ならないのだろう。
反応のないエイベルに代わって、セバスが窓の桟に手を伸ばす。その手が不意にとまった。

「おや?噂をすれば、レイじゃありませんか」

正面玄関の前で、エイベルの外套を羽織って立っているのは、セバスの言う通りレイだった。
レイは、楽しそうに何か言いながら、金髪の男を見上げている。
フェリクスだ。それをしばらく眺め、セバスは不可解そうに首を傾げた。

「不思議ですね。あの二人、何が気が合うんでしょう」
「さあな」
「今も、フェリクスを見つけてわざわざ出て行ったんでしょう?エイベル様の外套まで羽織って」

レイの笑い声が、二階にあるこの部屋まで響いてくる。
エイベルはセバスによって閉められようとしている窓から離れかけ、不意に思いとどまって再び下を見下ろした。
そういえば、あの時あの場所に立っていたのは、今考えるとあの男だったのか。

「どうかなさいましたか?」

エイベルが浮かべた笑みを見咎めたセバスが、不思議そうな顔をする。

「いや。あいつも恐れなかったと思ってな。俺の目を」
「誰のことです?」
「・・・」

恐れなかったわけではなく、恐れることこそを、恐れていたのかもしれない。

再び笑い声が上がる。それを聞きながら、エイベルは初めてこの屋敷に来た時のことを思い出していた。






「ようこそおいでくださいました」

十四才のエイベルを迎えたのは、暗い目つきをした男だった。
男は決してエイベルの方を見ようとはせず、恭しく頭を下げることで年若い客人と目を合わせることを避けた。
慣れた反応に何かを感じる心は、もう持っていなかった。案内されるまま暗い廊下を進んだ。

王都から遠く離れた国境の街。そこからさらに街道を超えた鄙びた屋敷。
それが、今回の軟禁場所になる。
力を暴走させ、側近や側使いを傷つけるたびにエイベルはいずこかへと追放された。恐らくほとぼりが冷めれば、何事もなかったかのようにまた王都へ呼び戻されるのだろう。
そのまま塔にでも閉じ込めておけばいいものを、父はそうしようとはしなかった。
親子の情が、父との間に存在していないとは思わない。ただ、いくら権力を持っていても板挟みにならなくて済むことはまれだ。それを、エイベルは理解していた。

「おい、あれは誰だ」

調度品だけは潤沢に揃えられた客間に足を踏み入れたエイベルは、そこにいた人物に眉をしかめた。
部屋にいるということは、側仕えなのだろう。
しかしその人物は、およそ貴人の身の回りの世話ができるようには見えなかった。

くすんだ金髪は、元々というよりは、おそらく洗髪されていないせいなのだろう。エイベルよりも若い、十歳に満たない見た目と、この世界の全てを憎んでいるかのように荒み切った目。
少年は、エイベルの姿を認めると、その瞳にぐっと力を込めた。
ほとんどの者は、エイベルと目を合わせた瞬間にさっと目を逸らす。血を思わせる赤を、本能的に恐れるように。しかし、少年は目を逸らさなかった。意志の力で踏みとどまったような気配があった。

「歳の近い者の方がよろしいかと思いまして」

ここまでエイベルを案内してきた男が、へつらうように言う。
その言葉の意図を、エイベルは苦い思いと共に理解していた。
間違いない。その少年は、エイベルが力を暴走させた時のための『壊れてもいいオモチャ』として用意されたのだ。

「それでは、なにかありましたらお呼びくださいませ」

男が部屋を出て行く。
部屋には、エイベルと少年の二人だけが残された。王都の屋敷ならありえない不用心さだ。しかし、えてして地方でのエイベルの待遇はこんなものだった。
部屋や調度だけは一流品。しかし、側近く控えるものはいない。

少年は、部屋の隅でまだエイベルを睨んでいる。
エイベルは据わり心地だけはいいソファに腰かけ、少年に背を向けた。
勝手にすればいい。
エイベルには、少年を傷つけるつもりも、かといって優しくするつもりもない。
ここでの自分の役割は分かっている。波風を立てずに息をひそめて過ごすこと。自分が王都へ帰ることが決まれば、この不遇な少年も解放されることになるだろう。

エイベルは世界の一切を遮断するように目を閉じ、ただじっとして時が過ぎ去っていくのを待った。



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