猫奴隷の日常

ハルカ

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豹と狼の噛み合わない会話 2

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まずい所に出くわした。
近道をしようなどと考えて、普段は使わない路地裏などを通ったのがまずかったのか。

「で?話って何」

戻って別の道を行くべきかと考えていたヒューは、返しかけていた足を止めた。聞き覚えのある声だった。
ヒューは気配を殺して壁に背をつけたまま、顔だけ出して路地の奥を見た。そこでは、三人の男たちが不穏な気配をさせたまま対峙している。
その一人の顔に見覚えがあった。
リュカだ。フェリクスと一緒にいるところを何回か見たことがあるのだ。本人に間違いない。
しかしその表情は、フェリクスと一緒にいる時とは明らかに違った。
険がある。

「お前、フェリクスの奴とデキてるんだってなぁ」
「ぁあ?」

不機嫌そうだった顔がさらにしかめられる。

「なんの話だよ」
「とぼけんなって。二人して宿屋に入ってくのを見た奴が何人もいるんだよ」

リュカが舌打ちし、腕を組んで石壁に凭れかかる。
ヒューの中のリュカ像がどんどん崩壊していく。頭の中では、先日事務所を訪れた狼族の男が言った「アイツは昔っから悪ガキで」という言葉がリフレインしていた。やはりフェリクスの前では猫を被っていたのか。

「で?何が言いてーんだよ」
「オレたちの相手もしてくれよ」
「バカか。なんでオレがンなことに付き合わなきゃなんねーの」
「そんなにつれなくすることねぇだろ?」
「あの野郎よりずっと悦くしてやるからよぉ」

壁に手をついた男が、グイっと顔を近づける。リュカは挑みかかるように男達を睨んでいるが、二対一ではいかにも分が悪い。

「・・・その辺にしとけよ、オメーら」
「怯えてんのかよ、かわいいとこあんじゃねぇか」

男の手がリュカの手首を掴む。苦痛に顔を歪ませながらも、リュカは一歩も引かない。事実、背を向ければ、男達は一瞬でリュカを獲物と認識して襲ってくるだろう。そうでなくとも、男達はすでに狩る側の顔になっている。
ゲスだ。胸糞が悪くなってきた。
ヒューは大きく息を吸い込むと、路地の奥へ向かって声をかけた。

「憲兵隊のみなさん!こっちです!路地の奥で人が襲われてまーす!」

続けて頭の中で謝りつつ、狭い路地にありったけの魔力を流す。
路地裏を塒にしている人々が、その空気の流れに反応してせわしなく行き来する足音が遠く近く聞こえてきた。これで二人の男達には、憲兵隊が駆けつけて来た足音のように聞こえるだろう。
ヒューはそれに合わせて指笛を吹いた。

男二人が醜い捨て台詞を吐いて駆けていく。それを見送ってから、ヒューはため息をついた。

体から力が抜けていく感覚がある。ヒューは魔力を持って生まれたが、あまり潤沢に使える方ではない。今のように予期せぬ場面で使ったりすると、すぐに枯渇する。
ある程度力が戻るまで、しばらく休憩する必要がありそうだった。

しゃがみ込んで壁に背をつけたまま、路地裏から見える狭い空を眺める。それが人影によって遮られた。

「今の、あんた?」
「うおっ!」

リュカだ。とっくにどこかへ行ったかと思っていたのに、声をかけた者を探していたのか。というよりもマズイ。フェリクスの前で猫を被っていることをヒューは知ってしまった。それをリュカがどう思うのか。
しかしヒューの心配をよそに、リュカは笑顔だった。

「ありがとな、おっさん」
「おっさん!?」
「ま、あの程度のヤツなら蹴り食らわして終わりだったけどな」

アハハ、とリュカは軽く笑う。

「とにかく、ここ出よーぜ。さっきのヤツらが戻って来ても面倒だし」
「そうしたいんだけどね」

恥ずかしながらまだ立てそうにない。

「どーしたんだよ、おっさん。立てねーの?」
「ちょっと、魔力を使い過ぎたみたいなんだ」
「おっさん魔法使えんの?」
「まあね」
「オレ助けるためにそれ使っちまったってことだよな・・・」

リュカは考える顔になり、ヒューに向けて手を差し出した。

「掴まれよ。礼するし」
「礼はいいけど、路地から出るところまで肩を貸してくれると助かるよ」

リュカの言う通り、憲兵隊が来ないことを悟られたら、先ほどの男たちが戻ってくる可能性があった。ヒューが自分たちの獲物を逃がした張本人だとはバレまいが、用心するに越したことはない。それに、ああいう若者は妙に鋭い所がある。

「なんつーか、前はこんなことなかったんだけどな」

ヒューに肩を貸して歩きながら、リュカはぼやくように言った。

「はあ」
「おっさん、オレの事どう思う?」
「どう、とは?」

リュカは自分の体を見下ろし、物憂げなため息をついた。

「アイツのせーで、男を引き寄せる体になっちまったのかな」
「ゴフッ!」

路地裏に漂う澱んだ空気がモロに肺に入って咽た。
なんちゅーことを言い出すんだこの子は!
焦るヒューには構わずに、リュカはぶつぶつと文句を言い始めた。

「グレンがオレのこと犯ろうとした時点でおかしいと思ったんだよなー。普通なら絶対アイツら二人の二択だろー?なんか、分かんないフェロモンみたいなもんが出てんのかな。だとしたら絶対アイツのせーだし」
「な、なんだって?」
「なんでもねー。独り言」

ぐいぐいと引っ張られる。ちょっと歩くペースが速い。
路地裏から外に出ると、リュカはほっとしたように息をついてヒューを見た。その顔は、以前会ったリュカのものと相違なかった。

「おっさん、オレんちすぐそこだから寄っていけよ」
「いや、それには及ばないよ。礼もいらないから」
「いーからいーから。礼もしねーんじゃオレの気が済まねーし」

辞退しようと振った手を掴まれる。それを拒む体力ぐらいはあったが、振りほどいてしまうのも気が引ける。

「着いたぜ。入れよ」

着いた先は、詩吟亭と書かれた看板のかかった定食屋だった。ここまで来れば辞退する理由もない。ヒューはリュカに続いて店の中に入った。
そこでヒューは、先日男が相談してきた「息子」が誰を指して言ったものだったのかを、知ることとなったのだった。




―――――

「便利屋さん!?」

カイとリュカが話しに興じている隙をついて、先日の狼族の男が厨房からやってきてヒューの脇腹をつついた。

「なぜアイツといるんですか!?」
「いや、すみません。不可抗力で・・・」
「調査はしないと言ったじゃありませんか!?」
「で、ですから・・・」
「勝手なことをしてもらっては困ります!!」

「もう!」と言って怒ったように去っていく。もうって何だ。もうって。
転じて見ると、息子二人がなにやらもめていた。

「フェリクスと二人っきりで話しがしたいって、どういうこと?」
「いや、だからよー、リュカ兄には関係ないっつーか、ないわけじゃねーけど、アイツに釘差しときたいことがあるっつーか」
「なんでボクがいたらいけないの?」
「そりゃ聞かれたら色々めんどくせーから・・・ じゃなかった、余計な心配をかけねーためだって」
「めんどくさい・・・」

リュカが言葉を失う。どうやら禁句だったらしい。
見るからに落ち込んでしまったリュカに、弟であるカイは困ったような表情になった。

「わーったって。リュカ兄も居ていーって。その代わり、聞いても落ち込むなよなー」

やがて根負けしたようにカイがため息をついて言った。口の悪さとは裏腹に優しい青年らしい。
賑やかしい会話を聞きながら、ヒューは礼だと言って出された定食を一人ありがたく頂戴した。




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