猫奴隷の日常

ハルカ

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新しい日常 5

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午後になり、レイはサヤと二人で屋敷の中を一回りした。その後は別れ、一旦はカイの所に顔を出した。しかし結局は気になってエイベルの執務室の前に立っていた。

控えめにノックするとセバスが顔を出し、レイを見て笑顔になった。

「レイ、丁度いい所に来ましたね」
「丁度いいところ?」
「入ってください」

セバスに言われて、中に入る。
その途端に目に飛び込んできた光景に目を見開いた。


時々レイがエイベルに勉強を教えてもらっているソファに、エイベルとルカが並んで座っていた。その周りを、光でできたオーブ状のものがいくつも浮遊している。
両手を広げて不思議そうにそれを見るルカの手の間にも、小さな光球が次々と生まれていく。ふよふよと頼りなく浮遊それが魔法によるものだと気づき、レイは驚いた。

「レイ、ルカはなかなか見所があるな」

入ってきたレイに気づいて、エイベルが言う。

「凄い!これルカが出したの?」
「二人で出した。なぁ?ルカ」

エイベルに頭を撫でられたルカが、得意そうに笑う。
その様子は。

「親子みたい」

思わず口に出すと、エイベルはおかしそうに笑った。

「なら、レイがお母さんか?」
「昨日は兄弟みたいって言ってたじゃない」
「まあ、息子に嫉妬する困ったお母さんだしな。まだ兄弟の方が合ってるか」
「嫉妬なんてしてないし」

反射的に反論してから、ルカの横に座る。
エイベルの手がレイの頭を撫でてくるが、なんとなく子ども扱いされているような気がする。
その不満が顔に出ていたのだろう。エイベルがレイの顔を覗き込んできた。

「怒ったのか?」
「・・・」
「レイ?」

頭を撫でていた手が、ぐにぐにと頬をつまむ。

「もー、やめてってば」
「機嫌を直せ」
「そもそも怒ってないってば」
「嘘をつけ。それなら俺の目を見て言ってみろ」
「・・・ヤダ」
「レイ・・・」

子ども扱いされて少し腹が立っただけで、本当はもう怒っていない。でも、エイベルの声が珍しく困ったような色を帯びていて、つい引き時が分からなくなってしまった。
どうしたものか。迷うレイの耳に、カシャン という何かが壊れる音が聞こえてきた。
驚いて辺りを見ると、周りを浮遊していた沢山の光球が音を立てて霧散していた。

「ほらほら。お二人が喧嘩しているからルカが怯えてしまったではないですか」

セバスに言われて、ハッとしてルカを見る。ルカはしばらくエイベルとレイを交互に見上げ、疲れたようにエイベルの膝の上に寝転がった。

「失敗したな」

苦笑するようなエイベルの声が聞こえて、ルカ越しにふわりと抱きしめられる。

「許してくれ、レイ。軽率なことを言って悪かった」
「・・・だから、怒ってないって言ってるのに」

怒ってはいないけれど、宥めるように背中を撫でる手が心地良い。思わず堪能していると、エイベルの膝に寝転がっていたルカがごそごそと身を起こした。

「仲直りが済んだようなら、レイ、悪いですけど先にルカを連れて厨房に行っていてください。もうすぐ夕食ですからね」
「わかった」

少し眠たそうなルカに手を差し出す。ルカは大人しく席を立ってレイの手を取った。

「また夜、ルカ連れて行くね」
「ああ。待っている」

少しだけ名残惜しく背を向ける。世のお父さんとお母さんは、子どもが見ている時はどこで仲直りのキスをするものなのか。どっちみち今はセバスもいるのでできないけれど。ルカの手を引いて部屋を出ながら、レイはつい真剣にそんなことを考えてしまった。







ルカの手を引いてゆっくりと廊下を移動し、厨房を覗く。しかしそこにカイは居なかった。代わりに、裏口でブーツの靴ひもを結んでいるフェリクスの後ろ姿があった。

「フェリクス」

呼びかけると、フェリクスはこちらを満面の笑みで振り返った。

「姐さん!昼ぶりっすね」
「姐さんじゃないって。まだいたの?」
「一回帰ったんすけど、カイさんに頼まれた香辛料持ってきて今帰るとこっす」

靴ひもを結び終えたらしいフェリクスが、立ち上がってレイとルカを見下ろしてくる。
体は大きいのに身軽そうな動作だった。

「本当に便利屋さんなんだね」

子どもを預かったり、香辛料を持ってきたり、昨日は浮気調査もすると言っていた。

「もちろんそうっすよ。ここにもよく呼ばれて来るっす」

そう言うが、レイは昨日会ったのが初めてだ。不思議に思っていると、フェリクスはがしがしと頭をかいた。

「いつもは街で仕事してるんっすけどね、ちょっと別の仕事でしばらく離れてたんす」
「別の仕事?」
「そうっす。詳しくは言えないんすけどね」
「それが終わったから戻って来たんだね」
「終わってはなかったんすけど、急に打ち切りになったんす。そんで、ヒューが・・・ あ、ヒューっていうのはオレの相棒っすけどね。先方が急に断ってきたってメチャクチャキレてたんすけど、まあ金は払ってくれたから戻ってこいって言うんで、一昨日帰ってきたとこなんす」
「そうだったんだ」

「ヒューは人使いが荒いんす」と、フェリクスは軽く言うが、あちこち走り回るのは本当に大変だろう。

「カイは?」
「カイさんなら外にいたっすよ」

フェリクスに続いて外に出ると、カイとヴァイスが裏庭の土の上を指さして何か話をしていた。
こちらに気づいたカイが片手を上げる。ヴァイスを押し出しても悪いので、レイは戸口に立ったまま二人に手を振った。

「何してたの?」
「この辺畑にして、コイツにハーブでも植えさせようかと思ってよー。虫よけになるヤツとか」
「ハーブ!確かに、庭に生えてたら便利だよね」

それに、殺風景な裏庭が賑やかになるのは大歓迎だ。

あれこれとヴァイスに指示を出しているカイの姿を見ていると、ちょいちょいと袖を引かれる。見ると、フェリクスがレイの服を引っ張っていた。

「誰っすか?あれ」
「ヴァイスのこと?」
「なんか、ちょっと離れてた隙に人口増えずぎじゃないっすか?」
「ヴァイスはカイの大事な人だよ」
「レイ、なんちゅー紹介のしかたすんだ」

振り返ったカイが真顔で言う。しかし、そんなカイよりも反応したのはフェリクスだった。

「大事な人ってなんすか!? カイさんの一番の舎弟はオレっすよ!?」
「舎弟?親友じゃなかったの?」
「レイ、そいつのことはほっとけ」

呆れたように言いながら近づいてきたカイが、ルカの横でしゃがむ。

「よー、ルカ。今日はオレと一緒に寝るか?」
「カイ、子ども好きなの?」
「まーな。で?どうよ」

カイに覗き込まれたルカが、戸惑ったような顔になる。やはりまだ誰にでも心を開ける状態ではないのだろう。

「カイ、もう少し慣れるまでは僕とエイベルが連れて寝るよ」

レイの手と服の裾を握っているルカを見下ろしながら言うと、カイは至極残念そうにため息をついた。

「しゃーねーな。でも、ウサギよりは先にオレと寝てくれよな」

カイの手がくしゃくしゃとルカの髪をかき回す。
小さく頷いたように見えて、レイはカイと視線を合わせて笑った。
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