上 下
48 / 58
第三章

13

しおりを挟む
「ラルフ!しっかりして!」
「ラルフ兄様!!」
「え?あれ?ここ、は?」

気が付いた時にはアリアナの姿はなくて、俺がいた場所も暗闇の底ではなくて先程までいた丘の上で。俺の目の前には泣きそうな表情で俺の両手を握り締めているクリスと心配そうに俺を覗き込んでいるルイスの姿があって、その背後にはファルやセレーヌ様達を始め、この場にいた全員が俺の様子を心配そうに見守っていた。

「ラルフ兄様!気が付いたんですか!?僕が分かりますか!?」
「え?あ、ああ。勿論わかるけど、ルイスだろ。それにクリスも」

俺の言葉にクリスとルイスはほっと安堵した表情にその場にぺたりと座り込んだ。

「はーっ、よかったー。ラルフが戻ってきてくれて!」
「え?どういうことだ?俺に一体何が?」
「それはこっちが聞きたいよ!ラルフってば、あの天使の銅像と目が合ってから急に様子がおかしくなっちゃって。声かけても全然反応してくれないしさ、焦ったよ」
「まじか。なんかあの銅像と目が合って言葉を聞いた瞬間、意識が真っ暗な空間の中に落とされてたんだよ。って、そういえばあの天使の銅像は?」
「それが、ラルフが可笑しくなってから少しして急に苦しみだして、どこかに飛んで行っちゃったんだ」

クリスの説明に俺はなるほどと納得して頷いた。恐らく、その時にアリアナが正気の状態で抵抗していたんだろうと。俺をあの暗闇の底から救い出してくれるほどの力を持っていたアリアナならそれも可能なように思えたから。

「なら彼女が、アリアナが助けてくれたんだな」
「アリアナ?アリアナって、あの声の持ち主でしょ?それがどうして助けてくれたりするのさ?」

不思議そうなクリスの言葉に、俺は先程のことを皆に伝えた。暗闇のそこまで意識が落ちて行き、そこに閉じ込められそうになった時に助けてくれたのが本当の姿のアリアナなのだと。本当のアリアナは美しく清らかで俺の闇の底から引きあげてくれたこと。そして、俺を巻き込んでしまったことを謝ってくれて、終わりは自分で見替えなければならないと言って消えたことも全て話すと、セレーヌ様は苦しそうな複雑な表情に小さく零したのだった。

「やはり私達はとてつもない罪を犯してしまったのですね」
「大神官様。俺と話したアリアナからは全く悪い気を感じなかった。彼女が自ら望んでこんな状態を招く人物だとは俺にはとても思えないんです。教えてください。一体彼女の過去になにがあったんですか。三代前の国王と王妃と彼女の間に一体何が?」

俺の言葉に、セレーヌ様は目を閉じて少しの間何かを考えこんでいた様子を見せたものの、ゆっくりと目を開けると決意したように頷いてくれたのだった。

「……分かりました。全てお話ししましょう。ですが、場所は此処では少し、もう少し安全な場所で話すのでいいでしょう。ラルフの体調も心配ですしね」
「ならば我が王城に招待しよう。そこならば流石にあの天使像も容易には襲っては来れないだろう」

ジェライル王子の提案に、セレーヌ様もそれならばと頷いた。確かにここで話してまた天使像が攻撃して来ても厄介だしなと納得しつつ、俺は立ち上がろうとしたけれど。

「あ、あれ……?」

膝が地面に吸い付いたように力が抜けて立ち上がれなくなっていた。その様子にいち早く気が付いてルイスが気づかわしげに声をかけてきた。

「ラルフ兄様、どうしたんですか?」
「い、いや、なんか足の力が出なくて……」
「ああ、それは無理もないですよ。彼らから聞きました。体調が悪いのに無理に飛び出してきたのでしょう?……僕が肩を貸しますから、立てますか?」
「あ、ああ。有り難う、助かる。……って、そういえばルイス。お前までなんでこんなところにいるんだよ?」

そこで漸くルイスがこの場にいる違和感を思い出し、俺は肩を借りながらも怪訝に思って問いかけた。けれど、何だろう。不思議とこうして会話していても、以前ほどルイスに対しての劣等感や罪悪感は感じられなくなっていて、自然の言葉が口に出ていた。やはり修道院での生活は、確かに俺の心の醜さを消してくれていたのかもしれない。グレイシス王子とは、やはり微妙に距離感を感じてはしまうけれど、ルイスとはこうして話す事ぐらいは平気になったのかと思えばやはり少し嬉しく感じられた。

「ラルフ兄様がいなくなってから必死に探してたんです。そして、とある知り合いからラルフ兄様に似た修道士をどこかで見たという噂を耳にして、それでフランハルトで近々各国の修道士達が集まる祭りがおこなわれるからという話を知ってラルフ兄様のことを知っている修道士に会えるかもと思ったので、父上の知り合いに頼んで招待してもらったんですよ」
「そ、そうなのか。じゃあ、本当にグレイシス王子と一緒に見に来たわけじゃないんだな……?」
「はあ?当然じゃないですか!言っておきますが、婚約だって結んでませんからね。お互いに拒否し続けているので父上達もとりあえず延期というか保留という形で落ち着いてますが」
「そう、なのか」

グレイシス王子の言っていたことは嘘じゃなかったんだ。本当にルイスと一緒に聖歌祭を見に来たわけじゃなかった。そうか、そうだったんだな。そう実感して俺はほっと安堵の息をついた、次の瞬間はっと我に返る。俺は何を安心してるんだよ。別にグレイシス王子とルイスが一緒に見に来ていようと俺には関係ないことだし、むしろ祝福しなくてはいけないことだったのに。なんでこんなことで嬉しいと感じてしまうのか。俺とグレイシス王子とはもう何の関係もないのに。

いや、これはあれだ。
うん、きっとそうだ。
まだ笑顔でおめでとうっていう自信がなかったから。
今はまだ言わずにすんだことが嬉しいだけだ。

絶対にそうだ、うん。なんて自分に必死に言い聞かせていた俺は、そんな俺の様子を見ていたルイスが複雑そうな表情で溜息をつき。

「……本当になんだってそんなにあの馬鹿王子が良いのかなあ。僕の方が絶対に幸せに出来るのに」

と呟いたことに気が付いていなかったのだけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息は断罪を利用されました。

いお
BL
レオン・ディーウィンド 受 18歳 身長174cm (悪役令息、灰色の髪に黒色の目の平凡貴族、アダム・ウェアリダとは幼い頃から婚約者として共に居た アダム・ウェアリダ 攻 19歳 身長182cm (国の第2王子、腰まで長い白髪に赤目の美形、王座には興味が無く、彼の興味を引くのはただ1人しか居ない。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました

かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。 ↓↓↓ 無愛想な彼。 でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。 それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。 「私から離れるなんて許さないよ」 見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。 需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。

炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 男爵家出身のレーヴェは、婚約者と共に魔物討伐に駆り出されていた。  婚約者のディルクは小隊長となり、同年代の者たちを統率。  元子爵令嬢で幼馴染のエリンは、『医療班の女神』と呼ばれるようになる。  だが、一方のレーヴェは、荒くれ者の集まる炊事班で、いつまでも下っ端の炊事兵のままだった。  先輩たちにしごかれる毎日だが、それでも魔物と戦う騎士たちのために、懸命に鍋を振っていた。  だがその間に、ディルクとエリンは深い関係になっていた――。  ディルクとエリンだけでなく、友人だと思っていたディルクの隊の者たちの裏切りに傷ついたレーヴェは、炊事兵の仕事を放棄し、逃げ出していた。 (……僕ひとりいなくなったところで、誰も困らないよね)  家族に迷惑をかけないためにも、国を出ようとしたレーヴェ。  だが、魔物の被害に遭い、家と仕事を失った人々を放ってはおけず、レーヴェは炊き出しをすることにした。  そこへ、レーヴェを追いかけてきた者がいた。 『な、なんでわざわざ総大将がっ!?』  同性婚が可能な世界です。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

処理中です...