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第二章

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その後は、クリス達に修道院内を色々と案内してもらった。礼拝堂や食堂、図書室、祈りの間、憩いの間、中央広場や大浴場など修道院らしく娯楽の場というのは殆どなかったが、大きめの図書室があるのは元々読書をするのが好きな俺には有り難かったし、静かに暮らすには充分なように思えた。一通り案内してもらったあと、俺達三人が暮らす部屋へとやってきていた。

「一応、修道院での生活に必要なルールを教えておくね。讃美歌以外の歌を修道院内で歌ってはいけない、修道院内での喧嘩やトラブルなどを起こしてはいけない、修道院内での飲酒や葉巻を吸ってはいけない、修道院内では常に修道服を身に着けて行動すること、日の曜日の休日には私服で町に出てもいいけれど派手な服装や装飾品を身につけてはいけない。勿論、街に出た時もトラブルなど起こさず、賭け事などの行為もおこなってはいけないってことになっているよ」
「成程な。まあ特に問題はない、かな。毎日の行動の流れはどうなっている感じなんだ」
「基本的に何か特別な行事がある時以外は、朝6時に起きてまず礼拝堂に集まり朝のお祈りとミサを済ませてから30分の瞑想。朝食を7時半に済ませたらそれぞれ30分間神に祈りを捧げてから、昼食までは何人かのグループに分かれて修道院の外に出て奉仕活動を行い、12時半に昼食を終えてまた30分のお祈りを捧げてから再びグループに分かれての奉仕活動を夕食の時間まで行って19時に夕食を取った後夕食後の祈りを捧げてから入浴後は就寝時間の22時までは憩いの時間となっているよ。本を読んだり憩いの場で皆と語らったりとかルールに反しないことなら自由にしていい感じかな」
「へえ、本当に規則正しい生活って感じだな」
「あと奉仕活動についてだが、グループによっては修道院内の掃除や、食事当番を担当する時もあってな。その時は買い出しに出たりする時以外は院内でのお勤めになる。食事当番と清掃当番は週替わりで交代することになっているから、その時は朝食を作る為に起床時間は朝5時になるので慣れるまでは少し辛いかも知れないな」

二人の説明に俺はもう一度、なるほどと頷いた。確かに、今まで貴族としての生活に慣れていたけれど、ここでは何でも自分達で行わないといけないんだな。まあ一般市民にしてみれば当然のことだろうしな。確かに今まで何でもしてきてもらった身としては、慣れるまでは大変かもしれないけれど、慣れれば平気になるだろう。

それに覚えなければならないことが多いほうが今の俺には丁度いい。他のことに集中していれば、いらないことを考えて心を乱されることもきっとないだろうから。俺はもうこれから俗世のことから離れて、この清らかな場所で生きて行くと決めたんだ。だから余計なことを考える必要なんてないんだと脳裏に浮かびかけた誰かの顔を消し切るようにそっと目を閉じた。

「とりあえず、今日は修道院に慣れることから始めてくれればいいって大神官様が仰っていたから、自由にしてくれていいよ。街に出てみたいなら案内するしさ。僕達も今日はラルフの案内役として普段のお勤め話にしてもらってるから」
「んー、そうだな。ならもう一度図書室に行ってみてもいいだろうか?どんな本が置いてあるのか、じっくり見てみたくて」
「ラルフはもしかして読書するのが好きなの?」
「ああ。らしくないかもしれないけれどそうなんだ」
「じゃあさ、やっぱり街に出てみない?実はこの修道院のある街には大きな図書館があってさ、アンゼルシア国以外の国や他の大陸にある本が色々集められてるんだよ」
「え?本当に!?」
「ああ。それは俺も聞いたな。まあ修道院の図書室は殆ど娯楽関係のものは置いてないからな。神話関係や聖書が殆どだから俺も読書が好きなら、そっちに行った方が良いと思う。他の修道士や見習いたちも憩いの時間に読む本はそこで借りてるようだからな」

二人にそう言われて、俺はがぜんその街にある図書館が気になってしまう。本を読むのは昔から好きだった。特に自分に言ったことがない国や大陸について書いてある本だったり、架空の世界での冒険物だったり、俺が知らない世界について書かれている本を読むのが好きで、本を読んでいる時だけは俺の本の中の世界に没頭して他のことを考えずに居られたというのもあって、なおさら好きになったんだよな。

他の大陸からも入って来ている本か。
是非読んでみたい。

そう思った俺は二人に向かって大きく頷いていた。

「じゃあ、そうする。悪いけど案内してもらってもいいか?」

俺の頼みをクリス達は快く引き受けてくれて、街へ出ることに。案内してもらった図書館は思っていた以上に大きさで、本当に色々な本が揃っていた。一つの本棚だけ見ても、どれも読んだとのないタイトルの本ばかりで、これらを全部制覇するにはどれぐらいの時間がかかるんだろうかなんて楽しげに館内を見て回る俺をクリス達は微笑ましげに見守っていたらしいが、本に夢中になっていた俺は全く気がつかずにいた。

図書館にはいつまでいてもい飽きないぐらいだったが、流石にあまり長時間クリス達を付き合わせるわけにもいかなくて、数冊借りる本を選んで修道院へと戻って来る。途中街中も案内してもらっていたため、修道院へ戻った時には既に夕飯前の時間になっていた。修道院の食事は、俺が屋敷で食べていたような豪華のものではなく野菜がメインのポトフなど質素なものではあったが、食べてみたら思っていた以上に美味しくて、どこかほっとする味がしたし、家で食べるよりもずっと美味しく食べられたような気がした。

そしてその夜。クリス達が完全に眠っているのを確認した俺は。ゆっくりとベッドから起き上がる。時間は深夜1時。眠ろうと思ったもののどうにも眠れずに、仕方なく少しだけ外の空気を吸って来ようと、二人を起こさないようにそっと足音を立てないようにして部屋の外へと。薄暗い廊下を微かな明かりを頼りに向かったのは礼拝堂。扉を確認すれば鍵はかけられておらず、ゆっくりと扉を開けて俺は中へと足を進み入れた。

夜の礼拝堂は暗闇の中、月の光に照らされたステンドグラスが美しく光り輝き、その中央に置かれてある女神像を静かに照らし輝かせていて、しても神秘的で幻想的な感じがし、不思議と恐ろしさはなかった。そのまま俺は女神像の前まで移動すると優しい微笑みを浮かべたその表情を見上げる。言葉に表せない、なんと言えばいいのか上手く言葉に出来ない思いを胸に抱きながら。

ここに来たことを後悔はしてない。
友達も出来たし、まだ少し接しただけではあるけれど、周りの人達も皆心暖かい人達だというのも実感している。
だから、寂しいとかそういう思いではないんだ。
ただ。

「もう、伝わったんだろうな。俺が婚約解消したことも、どこかへと姿を消したことも」

それを知って、少しは驚いてくれただろうか。
悲しんでくれただろうか。
心配してくれただろうか。
なんて、有り得もしないことを思ってしまう。
悲しむどころか、清々しているだろうし、これでルイスと一緒になれると喜んでしかないだろうに。

「……馬鹿だな、俺は。忘れると決めたのに。俺の想いも愛情も全て神に捧げると決めてきたのに、まだ割り切れないでいるなんて。こんなんじゃ神様にだって愛想をつかされてしまうのにな」

静かに、自嘲めいた笑みを浮かべて呟いたその時だった。

「人間同士の愛情も等しく美しいものだと神は考えておられますよ」

という声が聞こえ、俺は慌てて後ろを振り返る。そこには静かな微笑みを浮かべた大神官セレーヌ様が立って居た。
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