上 下
10 / 54
火曜日

9話

しおりを挟む
「昨日の云話事町TV。時々曇りだって言ってません?」

 今日は火曜日。
 奈々川さんとコンビニ前。

「ああ。でも、当たるのかな? 藤元が出る時の天気予報って、正確じゃなくて占いみたいになるから」

 前は藤元がでない時は普通の天気予報で正確だったのだ。
 私は緊張する顔で銃をズボンのホルスターに入れて、島田のゴミと自分のゴミを捨てるところでもある。
 当然、両手は塞がっているが、危険な時にはゴミを素早く降ろして、銃を抜ける自信がある。そういえば、私の射撃経験は高校時代からだ。近くの射撃場で遊んでいた。人を撃った経験もある。サラリーマン時代に、通勤途中でA区の酔っぱらいが絡んできた時に発砲し、致命傷を負わせた。

「うーん。洗濯物があるしなー?」
「うん?」
「ねえ、少し歩きましょうよ。一緒に」
「ああ」

 私はその提案にのぼせそうな頭と顔をしている。ゴミをさっさと捨ててから緊張した足取りでついて行った。

「どこまで行くんだ?」

 奈々川さんは微笑み。

「どこか、遠いところで安全なところですよ。私の秘密を知っている夜鶴さんのことをもっとよく知りたいんです」

 弾む息の奈々川さんの声。
空気はすっきりとしている。空は雲が少し多いけど晴れ間が見える。
(そういえば、弥生も知っているのだよな。奈々川さんがあの総理大臣の娘だってこと、俺だけじゃないんだ……)
 私は奈々川さんがB区の連中に見つかったら、この近辺が現実に火の海になりかねないことを、もう少し深刻に考えたほうがよかったのだろうか?

 でも、私は奈々川さんともっと知り合え、互いに笑って話しかけて、そんな関係になりたいと心の底から願っていた。それが、今、叶ったのだ。

「あの。チャーシューメンからお肉を全部取ったら、何て名前になるんですか?」

 奈々川さんが話しかけてくれる。
 近所のラーメンショップを横切るところだ。

「はあ。多分、ただのラーメン」
 緊張をするが、そして胸がドキドキするが、私はこの時のことをいつまでも大切にしたい。
 奈々川さんの目元のホクロが見える。奈々川さんの髪のシャンプーの匂いが嗅げる。

「メン。じゃなくて?」
「恐らく」
「ねえ、夜鶴さん。お友達とかいるんですか?」
「ああ、島田って名だ。俺がB区でリストラになって、A区に来たときに暴漢と争っていたんだ。その時に助けに入ったら友達になった。けっこういい奴さ」

 奈々川さんが優しく微笑む。

「へえ。夜鶴さんってB区にいたんですか」

 あの時は何故、島田を助けたのだろうか? 今でも解らない……。

「実はB区の一等地の云話事ベットタウンで育ったんだよ。おやじもサラリーマンをしてて……。今じゃ俺のこときっと心配しているんだろうな。リストラの違約金を払って一文なしなんだから」

 奈々川さんが俯いた。。

「父のせいかも知れないわね。ごめんなさいね。私の父はB区の発展にしか興味を持たない選挙の亡者なの。でも、厳しいところもあるけど優しいところも持っているの。だから、私から謝ります」

 A区から選挙権を奪うと、B区を住み心地よくしなければ、選挙で生き抜いていけないのも事実である。鬼のような政治だが選挙で戦うのなら現実的な方法だし。大規模な都市開発。今現在の都市開発プロジェクトも、B区だけを発展させる方が選挙活動をするのには、はるかに有利だろう。日本のためと頑張っているだけなのだろうか? 任期は廃止され、その代わり選挙存続期間というのがある。選挙で選ばれ続ければ何十年もいられるのだ。

 私は首を振って、
「いいのさ。会社を首になったのは俺が悪いところがあるし。違約金は確か老後に貰えるんだったよね?」

 そう。違約金のメリットはそのお金を少しだが老後に貰えることだ。けれど、違約金の大半はB区に吸収されてしまう。非常に厳しい社会になったことは解るが……。

「ええ、そうです」

 近所から離れて云話事町の第三公園に歩を進める。遊歩道を歩いて10分足らずだ。

「父はやっぱり優しいところがあるって解って下さいますか?」

 奈々川さんが顔を少しだけ綻ばせる。きっと、その優しい心に父親がいるのだろう。

「ええ、まあ」

 私は曖昧な言葉を選んだ。
 奈々川さんが少し考える表情をした。
 第三公園に着くと、子供たちのはしゃぎ声が木霊する。
 公園はブランコや滑り台はないが、広い砂場があった。
 子供たちは砂場で何かの「ごっこ」をしている。

「俺はB区の金持ちだ!」
「俺はB区の大富豪だ!」
「あたしはB区の総理大臣の娘だ!」

 子供心にはA区とB区の悲惨な関係は当然解らない。

「場所変えようか?」
「いいの。ここが、安全だから子供たちが遊んでいるんです」

 奈々川さんが、子供のはしゃぎようを眺められるベンチに座る。その隣に私が座る。

「B区とA区の関係が深刻化しているのは解ります。でも、私は自由を掴みたいのです。きっと、夜鶴さんも……。私に気があってくださいますよね。顔を見れば解ります。私、一度見た時あるから……でも、夜鶴さんは違う」
「見た時。って、フィアンセのこと?」


 彼女は俯き。

「……ええ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

処理中です...