白いスープと死者の街

主道 学

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不死の儀

39話

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「おうちに帰ったら、まずはみんなに話しなさいね。こんなことだもの無理にとはいわないわ。きっと、君のお父さんもお母さんも寝ていたから、何が起きているのかはわからないはずなんだから」
 看護婦長が聞こえやすい軽い声を発している。
 ぼくは思考を中断して、聞いてみた。
 そういえば、ぼくは一人だった。

 けれど、死人だけれど大原先生やこの人たちがいるんだ。

「ぼくも死んでいるの?」
 村からだいぶ離れてきた。
 ただ、闇雲に考えると、小さな疑問が口から出て来た。
「……そう。多分、子供たちの血を飲んだからだ」
 村田先生のテープレコーダーは悲しく鳴った。
 ぼくも村田先生も体が死んでいた。
 傷ついて、裂けて、破損して……。
 目の前の駅を通り過ぎた。
 よく見ると、利六町の駅だった。
 見慣れた景色にホッとしてきた。
 利六町も御三増町も死者の街なのかな?

 境界線? なんて引っ張ればいいんだ。
 でも、疑問が一つあって、死んでいる人か生きている人かまるっきりわからない。
 そういば、二部木さんや三部木さんたちの家は知らない。
 母さんに聞けばわかるはずだけど……。
 車窓越しからことり幼稚園が見えてきた。子供たちははしゃいでは、元気に走り回って、どこか遠い存在だった。

 何故かって? ぼくは死んでいる。けど、彼らは生きているんだ。
「もう少しかかるからね」
 村田先生の優しいテープレコーダーの声が聞こえ。ぼくは考えを口にした。
「ねえ、村田先生。この街で死者は何人いるの?」
 村田先生は少し咳き込み。
「数え切れないほど……。昔の人たちが今も生きているんだ。ああ……死んでいるけどね」
「じゃあ、子供たちを毎日食べているの?」
 ぼくは、また悲しい歌を歌おうとしたけど、止めた。だって、もうおしまいだ。街の真相は、多分、全員が犯人。例外? いるにはいるかも知れないけど、あまり意味がないんじゃないかな?
「うーん……。私自身は人は食べない。実は人を食べなくても不死でいられるんだ。何故なら空腹を耐えればいいんだし……死ぬほどつらいけどね」
「ふーん」
 いつの間にか、ぼくは滅びの詩を歌っていた……。


 稲荷山小学校が見えてきた。
 もうすぐ家だ。
 久しぶりにおじいちゃんに、幸助おじさんに、亜由美に会える。
 ぼくは死んでしまったけど、なんだか元に戻ったみたいだ。


 車が裏の畑の砂利道に停車した。
 停車と同時に玄関が開いた。
 おじいちゃんだ。
 幸助おじさんもいる。
 こちらに、向かって血相変えて走って来た。

 車の窓からぼくたちのボロボロの姿を見ると、二人とも厳しい顔をした。
「どうして……」
 おじいちゃんの言葉は、それだった。
 何に対してなのかは、わからない。
 信じられないのかな?
 不死を知っているのかな?
「この街から出た方がいい」
 幸助おじさんが腰に差している真剣なのかな? に手を置いた。
「早くこの街から出るんだ」
 村田先生もテープレコーダーの声を鳴らす。
「父さんと母さんは?」
「無事だ。危ないから私が家にしばらくいるから」
 幸助おじさんの溝の深い顔から出た言葉。
 おじいちゃんは、今まで考え事をしていたかのような。深い皺を寄せた顔をしていた。


 玄関先には、幸助おじさんのための刀箱が開いていて、おじいちゃんがタオルを持って来てくれた。
「何も言わなくていいからね」
 おじいちゃんはいつものように優しかった。
 傷ついた僕の体を白いタオルで撫でるように拭きながら、耳元で囁いていた。
 ところどころから、穴が開いて血も流れている。
 そんなぼくにおじいちゃんは、目を瞬かせた。
 やっぱり、おじいちゃんは知っているんだ。
 この街のことを……。
 村田先生たちが車で帰る音と同時に、幸助おじさんが来た。何かしら? 幸助おじさんの背中からオーラのようなものが発せられていた。
 殺気っていうのかな?

 確か幸助おじさんは、隣町の道場で師範をする前に、あちこちで武者修行をして免許皆伝という名を貰ったと、遥か昔に聞いた。

 二部木さんや三部木さん。四部木さんに五部木さんと六部木さん。後は、一番初めに生まれた一部木? さんもきっと、今頃は何かよくないことを考えているはず。二部木さんたちの両親はどうなのだろう?
 こんな時だから幸助おじさんがいてくれて助かった。
「おじいちゃん。亜由美は?」
 おじいちゃんは首を傾げて、
「はて、昼間から。二階に上がったまま降りてこないな」
「え!?」
 ぼくは嫌な予感を覚えて、二階へ駆けていく。幸助おじさんも物凄い無駄のない動作でぼくの後を追った。
 亜由美の部屋のドアを開けると、机で本を読んでいる亜由美がこちらを睨んだ。
 ぼくはホッとして、亜由美に謝った。

 事件は街全体っているけど、何が起きるのかとんとわからない。
 幸助おじさんが、ホッと安心の息を吐いて一階に降りて行った。
 ぼくはこの時に、すごく大事なことを思い出した。今までの悪夢のせいでよく覚えていなかったけれど、急に浮上してくる疑問がある。
「亜由美。数日前の裏の畑で、ぼくたちが遊んでいた時。誰かぼくたちを見てなかった?」
 亜由美はめんどくさそうに、本を置いて、白いルーズリーフの紙を取り出した。
 ぼくは勢いでルーズリーフを覗くと、綺麗な字で「田中さん」と書いてあった。

「じゃあ、二部木さんたちが犯人か……」


 亜由美は首を振り、めんどくさそうに、またペンを持ち出し、「もう一人の田中さん」と書いた。
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