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第一章 才媛

ジェニーの猛特訓――1

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「あら、初めまして。ジェニーだったっけ」

「は、初めまして! これからお世話になるジェニーという者です!」

 ジェニーは丁寧にお辞儀をする。
 ジェニーが入った部屋――即ちラピスが居た部屋とは図書室であった。
 壁一面に、というか壁自体が本棚であり、数え切れない程の本が蔵書されている。

 ここには、様々なジャンルの本が置かれており、特に魔法関係の本が多い。
 これがラピスが図書室に入り浸る理由なのだが、他の下僕たちからしたら誤差としか感じないし、興味も薄かった。

 ディストピアの下僕の中でも、図書室を利用する者は少ない。ラピスを除くと、せいぜいレフィカルくらいであろう。
 ラピスは過疎化しないよう、言わば村おこしのような気持ちで、ジェニーを図書室に呼んだのだが、少々手応えはあるように思えた。
 ジェニーは興味があるようで、キョロキョロと周りを見回している。

「すごい数の本ですね……どれほど読まれたんですか?」

「まあ、魔法関係の本は全部読んでるわ」

「す、すごいです!」

「あなたも読みたかったら、何時でも来てくれて構わないわよ。さて、雑談もこれくらいにして授業をしましょうか」

「よ、よろしくお願いします!」

 少し会話が弾んでしまったが、ラピスは何とか話を元に戻した。
 閑話休題だ。

「聞いてると思うけど、あなたには魔法を学んで貰うわ。そうね……英雄級魔法ヒーローズマジックまで覚えましょう」

「す、すみません。ひーろーずまじっくって何ですか?」

 ジェニーが律儀に手を挙げて質問する。
 その質問は、とても初歩的なものであった。

「そうね、簡単に言うと魔法のレベルかしら。一番強いものから言うと、神級魔法ゴッドマジック伝説級魔法レジェンドマジック天級魔法ヘヴンズマジック災害級魔法ディザスターマジック英雄級魔法ヒーローズマジック一般魔法ノーマルマジックね」

「な、なるほど。じゃあ英雄級魔法ヒーローズマジックっていうのはどれくらい難しいんでしょうか……」

「うーん、普通の人間の魔法使いなら、一生かかっても使えないんじゃないかしら」

 ラピスから返ってきた答えは、驚くべきものだった。下から二番目だからといって、馬鹿にできないものである。

 もしかして普通の人間が一生かかっても使えないものを、一日で習得しなくてはいけないのだろうか。
 ジェニーの頭の中には一つの不安が過ぎったが、アルフスの期待に応えるため褌を締め直す。

「まあ、普通の人間の話だからね。そんなに心配しなくてもいいわよ」

「が、頑張ります!」


****

 そこから、ジェニーの猛勉強は始まった。
 まずはコツを覚えること。
 ラピスから教えてもらった魔法を、繰り返し練習し、地道に感覚を掴んでいく。

 魔法を放つこと自体は、案外すぐに出来るようになった。しかし、如何せん命中が悪い。
 威力は申し分ないのだが、思い通りに飛ばすことが出来ない。
 英雄級魔法ヒーローズマジックも同じような要領で身につける。


「ラピスさんって神級魔法ゴッドマジックとか伝説級魔法レジェンドマジックとかって使えるんですか?」

「勿論使えるわよ。一応魔女だしね」

「すごい……どれだけ練習されたんですか?」

「一回目で殆ど完成してたわね」

「…………」


 途中で才能の差に絶句しそうになったが、ジェニーは諦めない。
 昼を過ぎる頃には、課題であったコントロールも克服し、威力は更に増した。
 総合的に見ても、ほぼ完成していると言っていいだろう。

 ジェニーのお腹が、かすかにくぅーっと情けない音を発すると、それは食事の合図となった。
 数分の内にとても豪勢な料理が支給される。
 口に運ぶと、体の芯から幸せになるような感覚だった。
 ちなみにこれはラピスが作ったものではない。
 ディストピアが誇る料理人(モンスター)が腕を奮ったものだ。

「美味しい……あれ、ラピスさんは食べないんですか?」

「私ってあまり動かないから、食べ過ぎちゃうと、あの……お腹が、ね?」

「た、大変なんですね……」

 食事中の二人は他愛のない、いわばガールズトークらしきものをしていた。
 ラピスが意外とそういう事を気にすると知ったジェニーは、少々驚いてしまう。
 今まで特に気付かなかったが、意識してラピスを見てみると、若干お腹が出ているのかもしれない。
 当然言うことは出来ないのだが。

 しかし、それはぽっちゃりというより、ムッチリといった感じで、ジェニーからしたら少し羨ましくもあった。特に胸部。
 当然これも言うことは出来ない。

 といった感じで、食事の時間だった。
 二人の距離は、段々と近づいているようにも感じる。
 一見そうでもなさそうな組み合わせでも、案外相性がピッタリというのも珍しくないのだ。

 食事が終わると少しの休憩の後、練習は再開する。お腹が満たされたからか、効率も成果も良くなっているような気もする。

 そして、夜も深まり足に痛みを感じ始める頃には、英雄級魔法ヒーローズマジックは完成していた。

氷結フリーズ!」

 氷が地面を伝わり、的に向かって拡散する。
 威力もコントロールも十分だった。

「うん、完璧ね。お疲れ様」

「あ、ありがとうございます!」

 ラピスは合格をジェニーに伝えた。
 ジェニーはやりきったように、その場にへたりこむ。見かけ以上に疲労が溜まっていたらしく、表情にも疲れが見えていた。

「疲れたでしょ? 今日はもう寝なさい」

「はい……ラピスさんも是非お休みになってください」

「フフフ、私は大丈夫よ。ベッドは向こうにあるわ」

「……じゃあ、お先に失礼します」

 ジェニーは一足先にベッドへと向かう。
 眠気と戦いながら、フラフラになりつつも、堪えるように歩いていた。
 ずっと真剣に練習していたため、魔力はもうすっからかんだろう。
 ベッドに寝転んだ瞬間、ジェニーは深い眠りについていた。

「……本当に一日でマスターするなんて、案外侮れないものね」

 一人残ったラピスは、意識していないかのように呟いた。
 その一言はジェニーへの賞賛の一言でもあり、ジェニーを認める一言でもある。
 アルフスがジェニーに期待している理由も、何となく分かってくるようだった。

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