フェロモン？ そんなの僕知りません！！

第三章

甘い家庭教師 2

「ほら、じゃあ解いてみろ」
「え？　う、うん」

何度も丁寧に日暮が教えてくれたところは、さすがに僕でも覚えていた。少しもたつきはしたものの、何とか問題を解くことが出来た。

「正解だ」

そう言って僕の掌を取り、まるで騎士がお姫様にするようにチュッと口付ける。え？と目を丸くする僕に、ロベールがにこりと笑った。

「褒美だ。一問正解するたびに、してやるから張り切って取り組め」
「はああ～？」

驚きと呆れと、それと同時に照れの嵐だ。
う……、うれしくないとは言わないけど、それで張り切ったりしたらめっちゃ恥ずかしい奴じゃん！
しかも僕の葛藤に絶対気付いてるよね。意地悪にニヤニヤしてるし！

ううう。

「ほら、もう時間が無いんだろ？　次はどこだ？　分からないところがあるなら教えてやる」
「え？　えと……、じゃあ、ここ」

凄い。まさかとは思ったけど、ロベールって頭がいいんだ。教え方も丁寧だし、呑み込みが悪くても根気よく教えてくれるし、意外と教師向きじゃん……。びっくりした。

何度か同じような問題を教えてもらい、その後に僕一人で解いてみた。少し時間はかかっちゃったけど。

「よしっ……、解けた！」

どうだ！とロベールに見せると、軽く眉間にしわが寄る。

「よく出来ましたと言いたいところだが、ここ、違ってるぞ。落ち着いて見直してみろ」
「……え？」

何が違ってるんだと最初から見直してみると、公式を見誤り掛ける数字が違っていた。
慌てて消して、計算をし直す。

「どれ。……正解だな。テストのときは慌てて間違えないようにしろよ？」
「うん、わかった」

「ほら、南」
「え？」

チュッ。
「！」

軽く啄むバードキス。
どうやら褒美は指先から唇へと昇格したようだ。

なんだこれ、照れる。

ロベールの顔を直視するのが恥ずかしくて、ついつい下を向いちゃった。

「……もうそろそろ日付が変わるな。南、続きは明日にして今日はもう休め。私は帰るから」
「えっ？」

帰る？　帰っちゃうの？

昨日みたいにずっといてくれるのだと思っていたから、ショックを隠し切れない。

……でもどうしちゃったんだろ、僕。
今までだって誰かと一緒にいるのが楽しくて、帰りたくないとか別れが名残惜しいとかって思う事くらいいくらでもあったけど、こんなふうに寂しくて帰らないでほしいだなんて駄々を捏ねたくなるほどの気持ちになることなんて無かったのに……。

ぽふん。

凹んで唇を尖らす僕の頭に、ロベールの掌が優しく乗っかった。

「知ってるか？　覚えたことはちゃんと寝た方が頭に入るんだ。だから今日はちゃんと休め。その方がいい」
知ってるよ。そんな事くらい。僕だって聞いたことあるもん。

手を伸ばしてロベールのシャツをキュッとつまんだ。

「ロベール居ても寝れるし」
「お前……」

ゾクリ。
……あ、腰にクル低音ボイス。
こんな声出しといて、帰っちゃうなんて酷いよ。

僕の頭上に乗っかっていた手が離れ、代わりに思いっきり抱きしめられた。

「本当に質が悪いな、南は。フェロモンをこんな時に使うな」
「……え？　使うって……、何？」
「――無意識か。……ったく」

「ギャァ！」
ガシャン！

は……？

鳥獣でも鳴くような奇妙な声に驚いて、バッと窓の方を見ると、気味の悪い蝙蝠こうもりのようなものが張り付いていた。蝙蝠にしては異様なしっぽが伸びている。

ロベールもそれを見たとたん僕を抱きしめていたその手を離して、窓へと駆け寄った。瞬時に逃げ出したその蝙蝠を、ロベールも追いかけるようにして飛び出して行ってしまった。

「ロベール！」

慌てて窓から外を見たときには、蝙蝠の姿はおろかロベールの姿すら見えなくなっていた。