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第一章

トイレに変態

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教室でも廊下でも、今日はやたらロベールの名前を耳にした。それは大体が女子の口から嬉しそうに飛び出すのだけど、中には少数とはいえ男子の姿もあった。
耳をそばだててみると、大体がかっこいいだの色気があるだのと、ロベールの外観に関する言葉が主だ。
……分からないでもないけどね。

「なあなあ、南ー」

奏多と自分の席でおしゃべりをしていたら、同じクラスの笹山がやって来た。

「なに?」
「来週から学年末考査だろ? 俺、頭わりーからさ、南の家で一緒に勉強したいんだけど、良い?」
「え? 僕?」

何で、僕?
僕なんて、特別頭がいいわけでもないのに。

「こいつ、そんなに頭良くないぞ?」
「そうだよ。……って、奏多も僕と変わらないだろー!」
「知ってる。俺ら平均値だもん。並だ、並」
「……だね。て、わけだから、僕じゃ役に立たないよ?」
「下から数えた方が早い俺らよりはいいじゃんか!」
「え?」
「俺の周りの雄基や康徳やすのりや 昌義だって、みんな下から数えた方が早いくらいの頭の悪さだぞ。……かと言って委員長みたいに切れる奴は、俺らのことバカにしそうだし」

「……ばかにはしないと思うけど。でもちょっと敷居は高いかもね」
「だろ、だろ? だからお願い! お願いします、南先生!」
「じゃあ、奏多も一緒でいいな?」
「お願いします、奏多先生!」
「しょうがないなー」
「でも僕んちはパスね。教室で残ってってことならいいよ」
「ええ~? 何でさ。あ、アダルトグッズとか隠し持ってんだな?」
「バ、バカ言うなよ! そんなんじゃなくて、他人を家に上げるのが面倒くさいだけだから」
「ふうん。じゃあ、いいや教室で。今日からお願いな!」
「うん、分かった」
「ありがと。じゃなー」

嬉しそうに去って行く笹山を見ながら、奏多がぽつりと呟いた。

「……珍しいよな。笹山たちが勉強のこと気にするなんて」
「だよね。……進級、出来ないレベルなのかな?」
「……かなー?」

でもそうなら尚更、僕らなんかより頭のいい委員長の日暮ひぐらしに頼めばいいのにな。

「あ!」
「なに?」
「トイレ、トイレ行きたくなってきた!」
「わかった、行こう」

連れションだなんて、奏多にそんなことまで頼むのも悪いとは思うんだけど、前にトイレで変態に遭遇したことがあって、それからは奏多が出来るだけついて来てくれるようになっていた。

「近江くーん、先生がプリント取りに来てくれって言ってたよー」
「ええ? あー、日直か。小川さん、行って来てよ」
「ええー? 1人で? 他に資料もあるんだよ。か弱い女子一人に行かせる気?」
「奏多、良いよ。大丈夫、行って来いよ」
「うー。……悪い。気を付けて行けよ」
「うん。ありがと」

バタバタと走り去っていく奏多を横目に、僕もトイレへと急いだ。

不味い、不味い、漏れちゃう、漏れちゃう。

タタ―ッと走ってトイレに入ると、誰もいない。空いてる空いてる。

シャーッと気持ちよく用を済ませて、一物を仕舞おうと手にかけた時、背後からぬっと手が出てきて両手と僕のブツを纏めて握られた。
全身を鳥肌が駆け上がる。

ウギャー―――ッ、出た!
変態っっ!!

拳を振るおうにも、出たまんまの僕のアソコと両手を一緒に握られて体が硬直しちゃってる。
ぐにゅっと、僕の両手の上から緩急をつけた絶妙な力加減で揉まれて、気持ち悪いし虫唾が走るし、なのに体がビクンと反応して泣きそうだ。

どうしよう、どうしたらいいんだよ!
だって、絶対手を離したら直接僕のモノを握られちゃう!
ヤダ、ヤダ、それ、気持ち悪い~~~!!!

ガスッ!!
「ウギャッ!!」

横から勢いよく誰かに蹴られ、変態はトイレの奥へと吹き飛ばされ壁のタイルに激突した。

た……、助かった。

「なんでまたお前は一人なんだ」
「ロ、ロベール!」
「ロベール先生だろ」
「ロベ……、ロベール先生こそ、どうしてここに……」
「うん? 何となくだ。何となく気になってきてみたら、……これだ」

ロベールの視線を追って僕もその先を見ると、突き飛ばされた変態(見おぼえないし上級生っぽいから三年せいか?)が白目をむいて倒れたままだ。

「助かったけど……、あれ、やり過ぎじゃないの?」
「なに、もっとスマートに魔力でも使えと?」
「魔力? い、いや……そういう訳じゃないけど、大丈夫なのかなこの人」
未だ気が付かないけど……。

「大丈夫だろ。まあ、もろに頭ぶつけたようだから記憶は一部飛んでそうだけどな」
「え? もしかして記憶操作……!」
「だから使ってないって。どんな小さな力でも近場で何度も使うのはまずいんだよ。言ったろ? ウザい奴に気づかれるって。……あいつ、本当に面倒くさいんだ」

「…………」
「なんだ?」
「なんでもない……」

助けてくれたのは心底有難いけど、なんだか妙に気になるんですけど!

「――?」

訝しい表情でロベールが僕を見るけど、自分でも分からないこのモヤモヤした気持ちを、ロベールに話す気にはとてもじゃ無いけどなれなかった。
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