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第五章
これからは?
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まぶしい光。そして頬を撫でる感触に目を開けた。
陽が上り、明るい日差しの中、一弥が俺の真正面に顔を寄せ頬を撫でていた。
「起きちゃった」
「一弥……おはよう。相変わらず早いな」
一弥はにこりと笑い、俺の頬から手を離した。ちょっぴり名残惜しい。
「そうでもないよ。もう八時を回ってる」
「そうか。今日は急ぎの仕事は入ってなかったよな」
「うん。石川さんから、新しい部屋探しの詳細が入ってたくらいかな」
「んー、そろそろ起きるか」
伸び上がって体を起こした。隣では一弥も、起きてシャツに手を伸ばしている。
「ああ、そうだ建輔さん。松藤刑事の連絡先なんだけど、メールアドレスとかも教えてもらってる?」
「一応聞いてるよ」
「教えてもらえるかな」
「いいよ、はい」
蒲団の傍に転がっていたスマホを手渡した。一弥が一瞬躊躇する。
「いいの?」
「おお、そこに入ってるから」
「う、うん」
一弥の微妙な表情に、その意図を察した。だが俺は別に一弥に見られて不味いものは何もないので、そのまま流した。
一弥は携帯を手にしたまま、今度はパソコンに移動してなにやら熱心に作業している。どうやら、松藤刑事にメールをしているようだ。
「何を送ったんだ?」
「カルキの情報」
「えっ?」
驚いて一弥の顔を見ると、彼はまったくの平常心だった。
「何驚いて。前から考えてはいたんだよ。ただちょっと、踏ん切りがつかなかっただけで」
「…………」
「とは言っても、俺の持っている情報では逮捕までこぎつけられないから、これからどれくらい本気で捜査してくれるかにかかっているんだけどさ。さっ、起きようか。石川さんの新しい部屋見つけなきゃね」
「そうだな」
起きて顔を洗い、二人でいつものように朝食をとった。
そして一応物件をネットで探した後、石川さんが希望している地域の不動産やさんを訪ねた。
俺たちも一生懸命探したがそれ以上に、石川さんを励ましてくれていたあの婦警さんの協力もあり、意外と新しい引越し先は早々に決まったのだ。
「建輔さん、新しい依頼が入ってる。庭の草むしりと倉庫の片付けだってー」
「倉庫?」
「うん、結構古くて大きな家みたいだよ。長い間放っておいて何があるか分からないから片付けて欲しいんだって」
「そうか。じゃあ、都合のいい日を確認して受けてくれ」
「わかった~」
あれから特殊な依頼は来ていない。
正直ああいう事件性のある依頼は俺には荷が重すぎる。かと言って、それを安易に断っていいのかと言うとまた違う気もしてきている。
実際大変だったしミスもあったけど、依頼人の役に立つことは出来ていたと、今振り返ってもそう思えるから。
これは完全に、一弥がいたからこそ思えたことなんだよな。
『目を開けた獅子が関与しているのではないかと疑われています。では、次のニュースです――』
「え?」
「はっ?」
何気なく点けたテレビから聞こえてきたニュースに、俺らは思わず反応した。
「びっくりした ……。獅子がニュースになるくらい尻尾をつかまれることがあるなんて」
「松藤刑事が頑張ってくれてるんだな」
「うん、……期待してようかな。竹本たちだけじゃなくて、カン・ハイのオーナーと店長も逮捕されたんだもんな」
「そうだな」
伸びをして時計を確認してハッとした。そろそろリクとムムを散歩に連れて行く時間が迫っている。
「一弥、出掛けるぞ」
「あっ、ヤバ。……て、建輔さんも行ってくれるの?」
「ああ、他に予定もないからな。たまには一緒に散歩しよう」
「うん!」
時間に遅れないようにと急いで歩く。こういう時でも一弥の方が俺よりも足が速いとか、息も上がらないとか、歳の差を見せつけられるようで勝手に落ち込む自分に苦笑する。
少し鍛えなきゃな……。
「ねえ、建輔さん」
「ん?」
「――これからさ、また事件性があるような依頼が来たらどうする?」
「え?」
突然の問いかけに、一弥の意図が分からなかった。振り向き顔を見ると、ただ、普通の表情だ。
「なに?」
「ああ、いや……どういう意図で聞いてるのかなと思って」
「別に一従業員として聞いてるだけだけど」
「ああ、そうか」
ヘタに勘繰り過ぎだな。
「度合いに寄るかな。一弥がいくら出来る奴でも、俺が手に余ると思えば断るし。それと、警察に相談した方が絶対に良いと思える内容の場合には断る……かな? 加減は難しいが」
「うん……そうか。……そうだね」
「なんだ? 生温いか?」
俺の問いかけに、一弥は大股で一歩、二歩、三歩と飛ぶように歩く。そして笑いながら振り返った。
「建輔さんらしくて、凄く良いと思う」
「俺らしいか?」
「うん、そうでしょ?」
その表情は、信頼する大人を見つめる子供のように無垢な物だ。時折見せる妖艶さは欠片も無い。
「俺には無かった考えも混じってるだろ?」
「え?」
「一弥のお陰でいろんなことも知ることが出来たからな。四角四面で考えてばかりはよくないなと……思えたんだよ」
「建輔さん……」
一弥の目が丸くなった。
そんなに驚く事か?
「やっぱり建輔さんだ。優しいよね」
「…………」
それはお前もだろと言おうとして止めた。その代わり、くしゃくしゃと頭を撫でる。
「さっ、そろそろ急ごう。遅刻するぞ」
「あっ、本当だ!」
歩く速度を速めた俺らの横を、温かくなり始めた風が通り過ぎて行った。
―完―
陽が上り、明るい日差しの中、一弥が俺の真正面に顔を寄せ頬を撫でていた。
「起きちゃった」
「一弥……おはよう。相変わらず早いな」
一弥はにこりと笑い、俺の頬から手を離した。ちょっぴり名残惜しい。
「そうでもないよ。もう八時を回ってる」
「そうか。今日は急ぎの仕事は入ってなかったよな」
「うん。石川さんから、新しい部屋探しの詳細が入ってたくらいかな」
「んー、そろそろ起きるか」
伸び上がって体を起こした。隣では一弥も、起きてシャツに手を伸ばしている。
「ああ、そうだ建輔さん。松藤刑事の連絡先なんだけど、メールアドレスとかも教えてもらってる?」
「一応聞いてるよ」
「教えてもらえるかな」
「いいよ、はい」
蒲団の傍に転がっていたスマホを手渡した。一弥が一瞬躊躇する。
「いいの?」
「おお、そこに入ってるから」
「う、うん」
一弥の微妙な表情に、その意図を察した。だが俺は別に一弥に見られて不味いものは何もないので、そのまま流した。
一弥は携帯を手にしたまま、今度はパソコンに移動してなにやら熱心に作業している。どうやら、松藤刑事にメールをしているようだ。
「何を送ったんだ?」
「カルキの情報」
「えっ?」
驚いて一弥の顔を見ると、彼はまったくの平常心だった。
「何驚いて。前から考えてはいたんだよ。ただちょっと、踏ん切りがつかなかっただけで」
「…………」
「とは言っても、俺の持っている情報では逮捕までこぎつけられないから、これからどれくらい本気で捜査してくれるかにかかっているんだけどさ。さっ、起きようか。石川さんの新しい部屋見つけなきゃね」
「そうだな」
起きて顔を洗い、二人でいつものように朝食をとった。
そして一応物件をネットで探した後、石川さんが希望している地域の不動産やさんを訪ねた。
俺たちも一生懸命探したがそれ以上に、石川さんを励ましてくれていたあの婦警さんの協力もあり、意外と新しい引越し先は早々に決まったのだ。
「建輔さん、新しい依頼が入ってる。庭の草むしりと倉庫の片付けだってー」
「倉庫?」
「うん、結構古くて大きな家みたいだよ。長い間放っておいて何があるか分からないから片付けて欲しいんだって」
「そうか。じゃあ、都合のいい日を確認して受けてくれ」
「わかった~」
あれから特殊な依頼は来ていない。
正直ああいう事件性のある依頼は俺には荷が重すぎる。かと言って、それを安易に断っていいのかと言うとまた違う気もしてきている。
実際大変だったしミスもあったけど、依頼人の役に立つことは出来ていたと、今振り返ってもそう思えるから。
これは完全に、一弥がいたからこそ思えたことなんだよな。
『目を開けた獅子が関与しているのではないかと疑われています。では、次のニュースです――』
「え?」
「はっ?」
何気なく点けたテレビから聞こえてきたニュースに、俺らは思わず反応した。
「びっくりした ……。獅子がニュースになるくらい尻尾をつかまれることがあるなんて」
「松藤刑事が頑張ってくれてるんだな」
「うん、……期待してようかな。竹本たちだけじゃなくて、カン・ハイのオーナーと店長も逮捕されたんだもんな」
「そうだな」
伸びをして時計を確認してハッとした。そろそろリクとムムを散歩に連れて行く時間が迫っている。
「一弥、出掛けるぞ」
「あっ、ヤバ。……て、建輔さんも行ってくれるの?」
「ああ、他に予定もないからな。たまには一緒に散歩しよう」
「うん!」
時間に遅れないようにと急いで歩く。こういう時でも一弥の方が俺よりも足が速いとか、息も上がらないとか、歳の差を見せつけられるようで勝手に落ち込む自分に苦笑する。
少し鍛えなきゃな……。
「ねえ、建輔さん」
「ん?」
「――これからさ、また事件性があるような依頼が来たらどうする?」
「え?」
突然の問いかけに、一弥の意図が分からなかった。振り向き顔を見ると、ただ、普通の表情だ。
「なに?」
「ああ、いや……どういう意図で聞いてるのかなと思って」
「別に一従業員として聞いてるだけだけど」
「ああ、そうか」
ヘタに勘繰り過ぎだな。
「度合いに寄るかな。一弥がいくら出来る奴でも、俺が手に余ると思えば断るし。それと、警察に相談した方が絶対に良いと思える内容の場合には断る……かな? 加減は難しいが」
「うん……そうか。……そうだね」
「なんだ? 生温いか?」
俺の問いかけに、一弥は大股で一歩、二歩、三歩と飛ぶように歩く。そして笑いながら振り返った。
「建輔さんらしくて、凄く良いと思う」
「俺らしいか?」
「うん、そうでしょ?」
その表情は、信頼する大人を見つめる子供のように無垢な物だ。時折見せる妖艶さは欠片も無い。
「俺には無かった考えも混じってるだろ?」
「え?」
「一弥のお陰でいろんなことも知ることが出来たからな。四角四面で考えてばかりはよくないなと……思えたんだよ」
「建輔さん……」
一弥の目が丸くなった。
そんなに驚く事か?
「やっぱり建輔さんだ。優しいよね」
「…………」
それはお前もだろと言おうとして止めた。その代わり、くしゃくしゃと頭を撫でる。
「さっ、そろそろ急ごう。遅刻するぞ」
「あっ、本当だ!」
歩く速度を速めた俺らの横を、温かくなり始めた風が通り過ぎて行った。
―完―
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