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第五章

幸せと心配

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キッチンの方からカチャカチャという音が聞こえ、味噌汁の良い匂いもしてきた。ぱたんと腕をのばし、布団を撫でる。一弥の気配も温もりもない。

あんなにしっかり腕の中に抱いていたのに。気づかないうちに俺を起こさないように、一弥はすんなり俺の腕の中から出て行ってしまっていた。

「あ、建輔さんおはよう」
「……おはよう。相変わらず早いな」
「もうこれは癖みたいなもんだから」
「そうか。顔を洗ってくる」
「うん。じゃあこっちも準備しておくね」

一弥が来てからの、これはもう朝の日常だ。誰かと一緒に住むという幸せを当たり前に思ってしまっている俺は、今までどうやって一人の時間を過ごしてきたのか、わからなくなってしまっている。
茶碗の重なる音や戸棚の開け閉めの音を聞きながら、俺は歯ブラシを手に取った。

「つけてあるよ。冷めないうちに食べよう」
「サンキュ」

今日はジャガイモと白菜の味噌汁に、カボチャの煮物と卵焼きだ。一人の時のいい加減な食事とは違って、朝からちょっとうれしくなる。

「俺、今日女装しようかな」
「はっ?」

突然の一弥の言葉に素っ頓狂な声が出て、箸を落としそうになった。女装?

いくら美少年とはいえ、そんな趣味があったのかと驚愕して一弥を凝視する。そんな俺に気がついて、彼は笑いながら手を振った。

「嫌だな、変な想像して。あの店のあるところはカルキと関わりがあるようだから、竹本を探りに行った先で万が一奴らに出会ったりしたらまずいと思ったんだよ」

「でも、なんで女装?」

「……以前潜入とかしてた時に、よく女装してたんだよ。だから慣れてるんだ。それに、俺が女装していたのを知っていたのはカイリだけだったから、ばれる心配はないと思うよ」

「そうか……」
と言いつつ、かなり複雑だ。こんなに綺麗な顔をしているのだから、女装したらかなりの美少女だろう。他の男たちの視線を考えたら、もやもやする。

「一弥」
「うん?」
「美少女に化けるなよ。なるべく目だたないようにしろ」
「え……」

一弥は目を丸くして小首を傾げた。

「誰かが本気になったら困るだろ」

真顔で俺がそう注意をすると、一弥は心底うれしそうな顔をした。

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