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第二章

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注文し終わり画面を変えたことで、一弥も飽きて来たのかその場を離れた。

……やっぱ、チラシでも作ってみるかな。
一応従業員が増えたわけだし、せめて仕事の量は増やさなくては……。
デザイン性も考えながら、集客につながる文言も考えなければならない。
うんうん唸りながら考えていると、テーブルの横に、コトリとコーヒーが置かれた。

「ああ、ありがとう」

なんだ。凄く気が利くやつじゃないか。

そう言えば……。
洗濯機がさっきから回っている。

何も指示をしなくても動く一弥に感心すると同時に、もしかしたらそれだけよく躾けられていたという事なのかと思い当たり、複雑な気持ちになった。

「あ……!」
「え?」

一弥のぶかぶかなパジャマ姿を見て思い出した。

「確かTシャツで、小さすぎて窮屈な奴があったはずだ。ちょっと待ってろ」

随分前、俺が会社勤めをしていたころにビンゴ大会があって、その時の景品でもらった長袖のTシャツ。袖も短いし、おまけに窮屈だったから、一度も着ないでそのままになっていたんだ。
淡い空色の、綺麗なシャツだった。

箪笥の奥を引っ張り出してゴソゴソと漁ると、空色の綺麗な生地が見えた。

「一弥!」
「はあい」

大声で呼ぶと、一弥がトタトタと駆け寄って来た。
そして俺の手にするTシャツを見て、目をパチパチさせる。

「着てみろ。ぴったりだと思うぞ?」
「うん」

一弥は何の躊躇もなくバッとパジャマの上を脱いで上半身裸になり、Tシャツを着た。
一弥の瑞々しく白い肌に、その空色が映えて良く似合っている。

「……良く似合ってるな」
「本当?」

俺の誉め言葉に無邪気に反応し、一弥は俺んちの唯一の鏡がある洗面所へと走っていった。


不思議な奴だと思う。

たった二日の間に、一弥は俺にいろんな顔を見せた。
まるで同一人物とは思えないほどのいろんな顔を……。

だが多分、あれはどんな顔も一弥自身の本当の顔だ。あどけない無邪気さも年齢にそぐわない妙な色気も、険のある尖った面も総て。

「…………」

それでも、俺がそんな一弥に惹かれているのは間違いのない事実だ。
そして出来れば、あどけない無邪気な一弥のままでいさせてやりたいと切に願う。

……そうだ。ちゃんと契約書を作らなくては。
そして雇用主の権限として、雇用主が危ないと判断する他からの仕事を勝手に受けてはいけないと明記しておこう。万が一そうした場合は、相手方から違反金を受け取るという事も書いておかなければ。
一応谷塚を信用してはいるが、酒の席でポロリと誰かに零すことが無いとも言い切れないし。

用契約法が新たに修正されたのは最近のことだ。
人手が足りなく、互いの引き抜き合戦が過熱になり過ぎて問題が増えたことから、雇用主と従業員の完全なる話し合いと同意の下で作成し、一定の効力を持つこととされていた。

有る法律は、上手く利用するのが手だろう。

そうでなくても谷塚はどこか考え方が緩いし、一弥は一弥で見ていて危なっかしい。
余計な警戒心でも、ないよりはましだろう。

一弥がにこにこしながら戻って来た。もちろん、下はまだパジャマのままだ。ぶかぶかの腰を、ベルトでしっかりと留めている。
そのアンバランスがなんだか微笑ましい。

目が合うと一弥は、ボスンと俺の横にダイブするように座ってぴったりとくっ付いた。

「……おいっ」

近すぎると文句を言おうとしたのだが、一弥は俺ではなく画面に釘付けになった。

「なに? もしかしてチラシ作ってんの?」
「え? ああ。街頭で配るか、ポストに入れるかしようかと思ってさ」
「ふうん……」

よいしょと、体を起こした一弥がマウスを掴んでカチカチと弄り始めた。

「俺、やってもいい? こういうの結構好きなんだ」
「ああ。それは助かる」
「わかった。任せて」

いろいろと弄り始めた一弥を見て、少し席をズレた。と同時に、洗濯機から終了音が鳴った。

「あ……」

立ち上がろうとする一弥を手で制し、俺が立ち上がった。

「俺が干してくるから、そこ頼むわ」
「うん……。ありがと」

俺を見上げてあどけなく微笑むその表情に、トクンと心臓が波打った。

……ああ、どうやら俺は、一弥のこういう表情に弱いようだ。

猫だよなぁ。

可愛くて気まぐれで、くるくる変わるその表情。


……俺は犬派のはずなんだが。

脳裏をよぎるその考えに、俺は自分自身で呆れてクスリと笑った。



※この作中での設定になります。
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