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第二章
ローザ
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「……ん」
朝、いつものように目覚めて伸びをした。
寝不足のぼんやりとした頭でぼーっと部屋を見ると、布団がもう一組敷かれている。
……ああ、そう言えば。
昨日、一弥という少年が行く当てがないからという事で泊めてやったんだ。
そう言えば、うちで働くことにもなっちまったな。
まあ、良いか。
実際人手があれば、もう少し効率よく仕事もこなせるだろうし。仕事の枠も広がるかもしれないし。
昨夜、さんざん俺を翻弄した一弥は既にここにはいなかった。行く当てが無いと言っていたしここに居たがっているようだから、出て行ったわけでは無いだろう。
もそもそと起き上がって顔を洗おうと洗面所に向かった。
「おはよう、健輔さん」
「おはよう、早いな」
「そんなんでもないよ。30分前くらいだもん、起きたのは」
「ふうん……。顔、洗ってくる」
ガシガシと歯を磨きながら、「あ」と気付いた。
そう言えば一弥の奴、着替えも何も持ってなかったんだよな。俺とはサイズが合わないから、貸して済みそうには無いし……。
しょうがない。後で一弥に上下数枚、ネットで注文させよう。
顔を洗い終わって出てきたら、一弥が味噌汁を作っていた。
「……お前」
「え、なに?」
「……ああ、いや。料理できるんだなって……意外だったから」
「――ああ。……必要に駆られてさ。美味い飯を作ると、……優しくしてくれる奴がいたから」
「…………」
谷塚が言っていた、『目を開けた獅子』のトップのことだろうか。
そう思うと気持ちが何となく重くなったが、もしも本当に彼が谷塚の言っていたローザだったとしても、一弥は俺がそのことを知っているとは思ってもいないんだ。知らないふりをしていることが親切だってこともある。
だから敢えてそのことには触れずにおこうと思った。
「お味噌汁出来たよ。食べよう」
「ああ、悪いな」
「いいよ、それくらい。……これからお世話になるし。良いんだよね? 俺、ここに居ても。健輔さんの仕事、手伝うからさ」
「ああ。……そのパジャマもぶかぶかだよな。俺とは服のサイズが違うから、食べ終わったら適当にネットで数着買えよ。代金は給料から差っ引いてやるから」
「う……、うんっ!」
余程うれしかったのか、一弥はまた邪気の無い朗らかな笑顔で頷いた。
「ところでお前、今幾つなんだ? ……高校生じゃないよな?」
「19だよ。もうそろそろ20歳になる」
「……そうか」
「どうかした?」
「ああ、いや。もっと若く見えるなと思っただけだ」
「ふうん……」
その感想も事実だが、今が19ならローザとして愛人として囲われていた時はいくつだったんだろうと思ったら、胸が傷んだんた。
綺麗過ぎるし妙な色気がある奴だが、素直であどけないところもあるのだから、本来なら普通のありきたりの少年たちのように楽しい学生生活を送れていたかもしれなかったのに。
ご飯を食べ終わると、一弥は食器をいったん洗い桶に入れてすぐに戻って来た。
「ねえ、健輔さん。今から服注文してもいい?」
「ああ、いいよ」
スマホを一弥に渡そうとして、思い直した。客からの依頼があった時にすぐに対応できないと困ると思ったからだ。
「客から電話がかかって来たら面倒だから、パソコン使ってくれ」
「うん、分かった」
一弥はそれこそ楽しそうに画面に映るシャツやジャケット、パンツなどを物色している。
「欲しいの、ありそうか?」
「うん。ちょうど今、セール中になっててさ。この中から……、ハイネックの色違い2つにデニムのシャツにしようかな。パンツは……、このデニムのでいいか」
「ああ、じゃあ……」
注文しろと言いかけたところで、スマホに着信が入った。慌てて確認すると、常連の客からだった。
「はい、いつもお世話になっております。なんでも屋・川口です」
「おはようございます、川口さん。今週の予約なんですけど、火木土でいつもの散歩をお願いしてもいいかしら?」
「はい、大丈夫ですよ、前橋さん。いつもありがとうございます」
「こちらこそ助かってますから。……それと、これはいつでもいいのですけど、またお掃除をお願いできないかしら?」
「ああ、はい。……でしたら、新しく一人入りましたので、もし前橋さんが良ければ火曜日にでも散歩の最中に先に掃除をさせておきますが、どういたしましょうか?」
「まあ、そうして戴ければ……。早い方がこちらとしてもうれしいです」
「畏まりました。では、明日、お伺いします」
「はい。よろしくお願いいたします」
電話を切ってふと視線を向けると、一弥とパチリと目が合った。
「注文したか?」
「うん。……一人入ったって、俺のことだよね? お掃除、俺がするの?」
「ああ。そのつもりだが、……嫌なのか?」
「ううん。そんなこと無いけど。……一人だとちょっと不安」
「なにが?」
「俺、人見知りだから……。他人とうまく喋れないし、気に入らないとカッとなっちゃうとこあるし」
「ああ……。それじゃあ、犬の散歩を担当するか?」
「いいの?」
「ああ、ちゃんと散歩して連れ帰ることが出来るならな」
「もちろん、大丈夫だよ! ……もう、勝手に逃がそうとかそんなこと考えないから」
「そうか。じゃあ決まりだ」
「ありがと!」
一弥は、わーいと言った感じで俺にぴょんっと抱き着いた。
一瞬ドキリとしたけど、今の一弥の雰囲気は無邪気そのものだ。このくらいなら俺としても……うん、別に……、気にすることもない。
ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
こんな朝から誰だろうと思いながら玄関に出ると、谷塚だった。
「よお」
「どうしたんだ、こんな朝っぱらから」
「ああ。仕事に出かける途中で時間変更が入ってさ、戻るには中途半端な時間だったからお前の顔を拝もうかと思ってさ。上がるぞ?」
「ああ……。ええっと……」
「――何?」
ローザに興味を持っているという谷塚に、一弥を合わせても大丈夫なのかと言い淀んでいると、それを不審に思ったのだろう。谷塚が、探るような表情になった。
「健輔さん、誰?」
「……おいっ!」
人が躊躇しているのに、当の一弥がやってきて俺の背中にピタリとくっ付いて谷塚を覗き込んだ。
「……えっ?……ああっ!!」
至近距離でローザを見つけた谷塚が、素っ頓狂な声を上げて目を丸くして俺を見た。
朝、いつものように目覚めて伸びをした。
寝不足のぼんやりとした頭でぼーっと部屋を見ると、布団がもう一組敷かれている。
……ああ、そう言えば。
昨日、一弥という少年が行く当てがないからという事で泊めてやったんだ。
そう言えば、うちで働くことにもなっちまったな。
まあ、良いか。
実際人手があれば、もう少し効率よく仕事もこなせるだろうし。仕事の枠も広がるかもしれないし。
昨夜、さんざん俺を翻弄した一弥は既にここにはいなかった。行く当てが無いと言っていたしここに居たがっているようだから、出て行ったわけでは無いだろう。
もそもそと起き上がって顔を洗おうと洗面所に向かった。
「おはよう、健輔さん」
「おはよう、早いな」
「そんなんでもないよ。30分前くらいだもん、起きたのは」
「ふうん……。顔、洗ってくる」
ガシガシと歯を磨きながら、「あ」と気付いた。
そう言えば一弥の奴、着替えも何も持ってなかったんだよな。俺とはサイズが合わないから、貸して済みそうには無いし……。
しょうがない。後で一弥に上下数枚、ネットで注文させよう。
顔を洗い終わって出てきたら、一弥が味噌汁を作っていた。
「……お前」
「え、なに?」
「……ああ、いや。料理できるんだなって……意外だったから」
「――ああ。……必要に駆られてさ。美味い飯を作ると、……優しくしてくれる奴がいたから」
「…………」
谷塚が言っていた、『目を開けた獅子』のトップのことだろうか。
そう思うと気持ちが何となく重くなったが、もしも本当に彼が谷塚の言っていたローザだったとしても、一弥は俺がそのことを知っているとは思ってもいないんだ。知らないふりをしていることが親切だってこともある。
だから敢えてそのことには触れずにおこうと思った。
「お味噌汁出来たよ。食べよう」
「ああ、悪いな」
「いいよ、それくらい。……これからお世話になるし。良いんだよね? 俺、ここに居ても。健輔さんの仕事、手伝うからさ」
「ああ。……そのパジャマもぶかぶかだよな。俺とは服のサイズが違うから、食べ終わったら適当にネットで数着買えよ。代金は給料から差っ引いてやるから」
「う……、うんっ!」
余程うれしかったのか、一弥はまた邪気の無い朗らかな笑顔で頷いた。
「ところでお前、今幾つなんだ? ……高校生じゃないよな?」
「19だよ。もうそろそろ20歳になる」
「……そうか」
「どうかした?」
「ああ、いや。もっと若く見えるなと思っただけだ」
「ふうん……」
その感想も事実だが、今が19ならローザとして愛人として囲われていた時はいくつだったんだろうと思ったら、胸が傷んだんた。
綺麗過ぎるし妙な色気がある奴だが、素直であどけないところもあるのだから、本来なら普通のありきたりの少年たちのように楽しい学生生活を送れていたかもしれなかったのに。
ご飯を食べ終わると、一弥は食器をいったん洗い桶に入れてすぐに戻って来た。
「ねえ、健輔さん。今から服注文してもいい?」
「ああ、いいよ」
スマホを一弥に渡そうとして、思い直した。客からの依頼があった時にすぐに対応できないと困ると思ったからだ。
「客から電話がかかって来たら面倒だから、パソコン使ってくれ」
「うん、分かった」
一弥はそれこそ楽しそうに画面に映るシャツやジャケット、パンツなどを物色している。
「欲しいの、ありそうか?」
「うん。ちょうど今、セール中になっててさ。この中から……、ハイネックの色違い2つにデニムのシャツにしようかな。パンツは……、このデニムのでいいか」
「ああ、じゃあ……」
注文しろと言いかけたところで、スマホに着信が入った。慌てて確認すると、常連の客からだった。
「はい、いつもお世話になっております。なんでも屋・川口です」
「おはようございます、川口さん。今週の予約なんですけど、火木土でいつもの散歩をお願いしてもいいかしら?」
「はい、大丈夫ですよ、前橋さん。いつもありがとうございます」
「こちらこそ助かってますから。……それと、これはいつでもいいのですけど、またお掃除をお願いできないかしら?」
「ああ、はい。……でしたら、新しく一人入りましたので、もし前橋さんが良ければ火曜日にでも散歩の最中に先に掃除をさせておきますが、どういたしましょうか?」
「まあ、そうして戴ければ……。早い方がこちらとしてもうれしいです」
「畏まりました。では、明日、お伺いします」
「はい。よろしくお願いいたします」
電話を切ってふと視線を向けると、一弥とパチリと目が合った。
「注文したか?」
「うん。……一人入ったって、俺のことだよね? お掃除、俺がするの?」
「ああ。そのつもりだが、……嫌なのか?」
「ううん。そんなこと無いけど。……一人だとちょっと不安」
「なにが?」
「俺、人見知りだから……。他人とうまく喋れないし、気に入らないとカッとなっちゃうとこあるし」
「ああ……。それじゃあ、犬の散歩を担当するか?」
「いいの?」
「ああ、ちゃんと散歩して連れ帰ることが出来るならな」
「もちろん、大丈夫だよ! ……もう、勝手に逃がそうとかそんなこと考えないから」
「そうか。じゃあ決まりだ」
「ありがと!」
一弥は、わーいと言った感じで俺にぴょんっと抱き着いた。
一瞬ドキリとしたけど、今の一弥の雰囲気は無邪気そのものだ。このくらいなら俺としても……うん、別に……、気にすることもない。
ピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
こんな朝から誰だろうと思いながら玄関に出ると、谷塚だった。
「よお」
「どうしたんだ、こんな朝っぱらから」
「ああ。仕事に出かける途中で時間変更が入ってさ、戻るには中途半端な時間だったからお前の顔を拝もうかと思ってさ。上がるぞ?」
「ああ……。ええっと……」
「――何?」
ローザに興味を持っているという谷塚に、一弥を合わせても大丈夫なのかと言い淀んでいると、それを不審に思ったのだろう。谷塚が、探るような表情になった。
「健輔さん、誰?」
「……おいっ!」
人が躊躇しているのに、当の一弥がやってきて俺の背中にピタリとくっ付いて谷塚を覗き込んだ。
「……えっ?……ああっ!!」
至近距離でローザを見つけた谷塚が、素っ頓狂な声を上げて目を丸くして俺を見た。
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