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第三章 カンザキ商会
◇鼠壁を忘る壁鼠を忘れずというけれど。
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「カイナ、大丈夫か。それに、今言ったことは……」
俺は、踞るカイナに慌てて駆け寄る。が、カイナはぶるぶると震えて、口もきけないようだ。今までの、傍若無人な振る舞いを見せるカイナからは想像出来ないような姿に、俺は驚くしかなかった。
少しでも落ち着かせようと、カイナの背中を擦りながら、タンガに目を向ける。
「タンガ! カイナが……」
俺の焦ったような声に、タンガは一瞬こちらをちらりと見るが、目の前のアカカブトと名乗った獣人から目を離さない。
しかも、それまでのどこか余裕のある佇まいを一変させていた。
タンガにも、カイナの言葉が聞こえていたようだ。その雰囲気は、あの禁足地でも見せた事がないような怖いものに変わっていた。全身から漂う刺すような殺気に、周りのヒューマン達が慌てて後ずさっている。
「おい、マーク・ハントという猫人の男を知っているか?」
タンガは殺気を隠さず、声音に乗せて言葉を発する。だが、熊人の男は意に介さず、鼻でせせら笑う。
「ふんっ、知らんな。そこの小娘が妙な事を口走っていたが、いつの話だ」
「……10年と少し前の事だ」
「ますます笑わせる。そんな昔の事を覚えてる訳がなかろう。たとえ、その小娘が言った通りだとしてもな」
「何!」
タンガから殺気が迸り、腰に差す剣の柄に手をかける。その瞬間、熊人の男から魔力の揺らぎを感じた。
「タンガ!」
警戒の声を上げるが、それとほぼ同時に熊人の男から、発光する熊の爪の形をした半透明の物が飛んでくる。
だが、それをタンガが剣を抜き打ち、迎撃して切り裂いた。
――今のは【ベアクロー】……。
【クロー】系のスキルは、魔素を爪の形にして飛ばすスキル。ゲーム内では獣人達が良く使っていたが、この世界に来て初めて見た。確か、タンガ達獣人は、魔法は使えないと言っていたが。
「気を飛ばすとは、随分な挨拶だな」
「今のはお前の殺気への挨拶だ。もっとも、今のはかなり手加減してやった積りだが」
熊人の男は「クックックッ」と含み笑いを漏らすと、ゆっくりと剣を抜きタンガに鋭い視線を送っていた。
その一触即発な雰囲気に、周りの皆はごくりと喉を鳴らす。
俺も、手を出して良いのか決めかねていた。
タンガと熊人の男が、互いに歩み寄り剣を交わそうとした時……。
「ギルド内での、争いは止めてくれぇぇぇ!」
耳障りな、甲高い声が響き渡る。そして、ちょび髭を生やした小柄な男が、慌てて走ってくる。
「待て待てぇぇぇ! 双方、剣を引いてください。ここで、モルガン家とサンタール家が争うと、ギルドの立場が無くなります。お願いします。どうか剣を納めてください」
目の前に走って来たちょび髭のおっさんが、二人の間に割って入り頻りに懇願していた。
――誰? このちょび髭は。
「私は新任のギルド長のアトルと申します。どちらが傷付いても新任早々、私の首が飛んでしまいます。どうか、どうか……」
甲高い声でぺこぺこと頭を下げるちょび髭に、毒気を抜かれたのか、タンガも熊人の男も「はぁ」と、太い息を吐き出し剣を納めていた。
「ふんっ、今回はサンタール家の顔を立て、引き上げてやる。次は無いと思え」
熊人の男が「おい、行くぞ!」と、チンピラ然としたヒューマン達に声を掛け、引き上げていく。その引き上げる時、俺の前で足を止めると、訝しげな顔を向けてくる。
「妙な力を感じるぞ。ヒューマン、お前の名前は?」
「……リュウイチ・カンザキ」
熊人の迫力に押され、思わず名前を口にしていた。
良く見ると、その熊人の男は左右の瞳の虹彩色が異なっていた。片方が黄色でもう片方が淡青色の、所謂、金目銀目と呼ばれる オッドアイだった。
――魔眼かぁ!
日本では猫等に見られる金目銀目のオッドアイは、縁起の良いものとされてきた。ゲーム内でもそのためか、オッドアイの獣人はかなり優遇されていた。能力値もさる事ながら、必ず彼らにしかないユニークスキルを持っていたのだ。
「ヒューマンのくせに家名持ちだと、ふざけてるのか……」
暫く俺を睨み付けた後、「ふんっ」とまた鼻を鳴らして立ち去って行った。
ちょび髭のおっさんも、頭を下げながらその後を追い掛けていく。
おい、サンタール家の者は無視かよ。新任のギルド長は、随分な態度だな。
俺はむっとしながらも、タンガに目を向ける。
「あいつら、行かせて良いのか?」
「仕方あるまい。俺も熱くなって剣を抜いてしまったが、相手はモルガン家の獣人頭だ。確たる証拠も無しに襲い掛かる訳にはいくまい……」
タンガは奴等が立ち去った方向に、歪めた顔を向けていた。
「それに……」
少し困った顔して、俺の側でぶるぶると震えるカイナに視線を向けた。
商業ギルドの一階では、先ほどまでの静けさが嘘みたいに、騒がしい競りが始まっていた。
俺達は頭を下げて礼を言うヒューマンの商人達に、適当に返事をしながらフロアの端に行くと、カイナを介抱していた。
タンガが水を飲ませると、カイナもようやく落ち着いてきたようだ。
俺はカイナの背中を擦りながら、タンガに物問い気な視線を向ける。すると、タンガはその重い口を開いた。
「……10年とちょっと前、このグラナダもまだ身分差別は酷いものだった。今でこそかなりましになったが、それはサンタール家のケイン様のお陰なのだ」
ほぅ、あの父親エルフはそんなに凄いのか。いつも、俺には苦々しい顔を向けてくるけど。
まぁ、屋敷のヒューマン達は尊敬の眼差しを向けてるようだが。もしかして、娘のサラが連れて来たヒューマンだからか。あの甘々とした、家族団欒を見たらありそうだな。
「その当時は、HKK団というヒューマン排斥を叫ぶ集団が、このグラナダには存在していた。その集団に、カイナの両親は標的にされていたのだ」
そんな危ない集団がいたのか。確かに、そんな集団からしたら、獣人とヒューマンの恋愛など赦せないものだったのだろうな。
「ある日、まだ二つか三つになるかという幼いカイナを連れて、両親が買い物に出掛けた時に襲われた」
「それは、そのHKK団とかいう危ない集団に?」
「あぁ、その当時はそう言われていたな。騒ぎに警備兵が駆け付けた時には、両親は殺害されてカイナも大怪我していた。だがな、俺には信じられん。直ぐに、HKK団の連中は逮捕されたが、どうって事もない数人の獣人達。マークはその当時、Aクラスのハンターだった。たかが、数人の普通の獣人に殺られる訳がない……俺はずっと不思議に思っていた。今日までな……」
そう言ったタンガは、慈しむような視線をカイナに向け、その背中を擦る。
「それ以来、このカイナは怪我が直った後も、口もきけず、ちょっとした音にもびくつく子になってしまってな」
俺の知ってるカイナからは想像つかないな。でも、今の震える姿を見ると……。
「だから俺は、カイナの心身を鍛えるために、武術を教える事にした。カイナがこうして元気に振る舞うようになったのも、ここ数年の事だ」
あぁ、そうか。幼い頃に受けたトラウマというやつか。だから、カイナが傍若無人に振る舞うのも……本来の弱い性格の裏返し。強気に出れば出るほど、本当のカイナは……。
「しかし、そうすると、あの熊人の男が本当の犯人なのか?」
「それは……分からん。あの場では俺も勢いて剣を抜いてしまったが……実際のところは、その場にいたカイナにしか分からん。カイナにしても、その当時の記憶はずっと封印していたはず」
タンガが困ったような顔を浮かべた。
「……あいつよ……あいつが……思い出したの。まだ幼かったけど、あの顔……あの他人を小馬鹿にしたようなあの顔を、鮮明に記憶している」
顔を上げたカイナが、ぽつりぽつりと話し出す。
「大丈夫なのか、カイナ。今日はもう屋敷に帰ろう」
「いえ、私ならもう大丈夫……」
そこには、今まで見た事もないような、儚げに弱々しく微笑むカイナがいた。
俺は、踞るカイナに慌てて駆け寄る。が、カイナはぶるぶると震えて、口もきけないようだ。今までの、傍若無人な振る舞いを見せるカイナからは想像出来ないような姿に、俺は驚くしかなかった。
少しでも落ち着かせようと、カイナの背中を擦りながら、タンガに目を向ける。
「タンガ! カイナが……」
俺の焦ったような声に、タンガは一瞬こちらをちらりと見るが、目の前のアカカブトと名乗った獣人から目を離さない。
しかも、それまでのどこか余裕のある佇まいを一変させていた。
タンガにも、カイナの言葉が聞こえていたようだ。その雰囲気は、あの禁足地でも見せた事がないような怖いものに変わっていた。全身から漂う刺すような殺気に、周りのヒューマン達が慌てて後ずさっている。
「おい、マーク・ハントという猫人の男を知っているか?」
タンガは殺気を隠さず、声音に乗せて言葉を発する。だが、熊人の男は意に介さず、鼻でせせら笑う。
「ふんっ、知らんな。そこの小娘が妙な事を口走っていたが、いつの話だ」
「……10年と少し前の事だ」
「ますます笑わせる。そんな昔の事を覚えてる訳がなかろう。たとえ、その小娘が言った通りだとしてもな」
「何!」
タンガから殺気が迸り、腰に差す剣の柄に手をかける。その瞬間、熊人の男から魔力の揺らぎを感じた。
「タンガ!」
警戒の声を上げるが、それとほぼ同時に熊人の男から、発光する熊の爪の形をした半透明の物が飛んでくる。
だが、それをタンガが剣を抜き打ち、迎撃して切り裂いた。
――今のは【ベアクロー】……。
【クロー】系のスキルは、魔素を爪の形にして飛ばすスキル。ゲーム内では獣人達が良く使っていたが、この世界に来て初めて見た。確か、タンガ達獣人は、魔法は使えないと言っていたが。
「気を飛ばすとは、随分な挨拶だな」
「今のはお前の殺気への挨拶だ。もっとも、今のはかなり手加減してやった積りだが」
熊人の男は「クックックッ」と含み笑いを漏らすと、ゆっくりと剣を抜きタンガに鋭い視線を送っていた。
その一触即発な雰囲気に、周りの皆はごくりと喉を鳴らす。
俺も、手を出して良いのか決めかねていた。
タンガと熊人の男が、互いに歩み寄り剣を交わそうとした時……。
「ギルド内での、争いは止めてくれぇぇぇ!」
耳障りな、甲高い声が響き渡る。そして、ちょび髭を生やした小柄な男が、慌てて走ってくる。
「待て待てぇぇぇ! 双方、剣を引いてください。ここで、モルガン家とサンタール家が争うと、ギルドの立場が無くなります。お願いします。どうか剣を納めてください」
目の前に走って来たちょび髭のおっさんが、二人の間に割って入り頻りに懇願していた。
――誰? このちょび髭は。
「私は新任のギルド長のアトルと申します。どちらが傷付いても新任早々、私の首が飛んでしまいます。どうか、どうか……」
甲高い声でぺこぺこと頭を下げるちょび髭に、毒気を抜かれたのか、タンガも熊人の男も「はぁ」と、太い息を吐き出し剣を納めていた。
「ふんっ、今回はサンタール家の顔を立て、引き上げてやる。次は無いと思え」
熊人の男が「おい、行くぞ!」と、チンピラ然としたヒューマン達に声を掛け、引き上げていく。その引き上げる時、俺の前で足を止めると、訝しげな顔を向けてくる。
「妙な力を感じるぞ。ヒューマン、お前の名前は?」
「……リュウイチ・カンザキ」
熊人の迫力に押され、思わず名前を口にしていた。
良く見ると、その熊人の男は左右の瞳の虹彩色が異なっていた。片方が黄色でもう片方が淡青色の、所謂、金目銀目と呼ばれる オッドアイだった。
――魔眼かぁ!
日本では猫等に見られる金目銀目のオッドアイは、縁起の良いものとされてきた。ゲーム内でもそのためか、オッドアイの獣人はかなり優遇されていた。能力値もさる事ながら、必ず彼らにしかないユニークスキルを持っていたのだ。
「ヒューマンのくせに家名持ちだと、ふざけてるのか……」
暫く俺を睨み付けた後、「ふんっ」とまた鼻を鳴らして立ち去って行った。
ちょび髭のおっさんも、頭を下げながらその後を追い掛けていく。
おい、サンタール家の者は無視かよ。新任のギルド長は、随分な態度だな。
俺はむっとしながらも、タンガに目を向ける。
「あいつら、行かせて良いのか?」
「仕方あるまい。俺も熱くなって剣を抜いてしまったが、相手はモルガン家の獣人頭だ。確たる証拠も無しに襲い掛かる訳にはいくまい……」
タンガは奴等が立ち去った方向に、歪めた顔を向けていた。
「それに……」
少し困った顔して、俺の側でぶるぶると震えるカイナに視線を向けた。
商業ギルドの一階では、先ほどまでの静けさが嘘みたいに、騒がしい競りが始まっていた。
俺達は頭を下げて礼を言うヒューマンの商人達に、適当に返事をしながらフロアの端に行くと、カイナを介抱していた。
タンガが水を飲ませると、カイナもようやく落ち着いてきたようだ。
俺はカイナの背中を擦りながら、タンガに物問い気な視線を向ける。すると、タンガはその重い口を開いた。
「……10年とちょっと前、このグラナダもまだ身分差別は酷いものだった。今でこそかなりましになったが、それはサンタール家のケイン様のお陰なのだ」
ほぅ、あの父親エルフはそんなに凄いのか。いつも、俺には苦々しい顔を向けてくるけど。
まぁ、屋敷のヒューマン達は尊敬の眼差しを向けてるようだが。もしかして、娘のサラが連れて来たヒューマンだからか。あの甘々とした、家族団欒を見たらありそうだな。
「その当時は、HKK団というヒューマン排斥を叫ぶ集団が、このグラナダには存在していた。その集団に、カイナの両親は標的にされていたのだ」
そんな危ない集団がいたのか。確かに、そんな集団からしたら、獣人とヒューマンの恋愛など赦せないものだったのだろうな。
「ある日、まだ二つか三つになるかという幼いカイナを連れて、両親が買い物に出掛けた時に襲われた」
「それは、そのHKK団とかいう危ない集団に?」
「あぁ、その当時はそう言われていたな。騒ぎに警備兵が駆け付けた時には、両親は殺害されてカイナも大怪我していた。だがな、俺には信じられん。直ぐに、HKK団の連中は逮捕されたが、どうって事もない数人の獣人達。マークはその当時、Aクラスのハンターだった。たかが、数人の普通の獣人に殺られる訳がない……俺はずっと不思議に思っていた。今日までな……」
そう言ったタンガは、慈しむような視線をカイナに向け、その背中を擦る。
「それ以来、このカイナは怪我が直った後も、口もきけず、ちょっとした音にもびくつく子になってしまってな」
俺の知ってるカイナからは想像つかないな。でも、今の震える姿を見ると……。
「だから俺は、カイナの心身を鍛えるために、武術を教える事にした。カイナがこうして元気に振る舞うようになったのも、ここ数年の事だ」
あぁ、そうか。幼い頃に受けたトラウマというやつか。だから、カイナが傍若無人に振る舞うのも……本来の弱い性格の裏返し。強気に出れば出るほど、本当のカイナは……。
「しかし、そうすると、あの熊人の男が本当の犯人なのか?」
「それは……分からん。あの場では俺も勢いて剣を抜いてしまったが……実際のところは、その場にいたカイナにしか分からん。カイナにしても、その当時の記憶はずっと封印していたはず」
タンガが困ったような顔を浮かべた。
「……あいつよ……あいつが……思い出したの。まだ幼かったけど、あの顔……あの他人を小馬鹿にしたようなあの顔を、鮮明に記憶している」
顔を上げたカイナが、ぽつりぽつりと話し出す。
「大丈夫なのか、カイナ。今日はもう屋敷に帰ろう」
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そこには、今まで見た事もないような、儚げに弱々しく微笑むカイナがいた。
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