上 下
243 / 250
タクマの決心

嬉しい提案と久々のお祈り

しおりを挟む
 「おお、そうだ。タクマ殿。別部屋を用意すると言ったが、もしよかったら奥さんと王都に出てみてはどうだ?」

 タクマたちが執務室から出ようとすると、ふいにノートンが王都に出てみてはどうかと提案する。

「王都にですか?」
「うむ。あのお三方の様子だと、まだまだ時間が掛かるだろう。それまで君たちを城に留めるのは申し訳ない。私としては王国としてやらなければならない事は終わっているし、一旦戻ってもらって後日としても良いのだが……」

 こうした気遣いが抜けているのが残念だとため息を吐きながらタクマ達を気遣うノートン。そしてタクマ達にとってもその気遣いはありがたいものだった。落ち着かない城で待つなら外に出たいとも思っていたからだ。

「俺たちとしてはありがたい申し出ですがよろしいので?」
「構わんよ。むしろ待たせてしまう事の方が申し訳ない。それに普段はのんびり夫婦で行動などあまりできんだろう?なにせ君たちの所は子だくさんだからな。折角二人でいられる時間があるのだ。ゆっくりとその時間を楽しんでくれ」

 そう言って笑うノートンの申し出にタクマ達はありがたく乗る事にした。アークスが城に残り念話で呼び戻してくれることになった。

「ありがとうございます。お気遣いありがとうございます。ではそうさせていただきますね」
「ああ、楽しんできてくれ。一旦案内する部屋で待っていてくれ。送りの馬車を用意させる」

 タクマ達が執務室から出ると、そのタイミングで案内をしてくれる使用人が現れ、そのまま来賓用の部屋へと移動した。
 案内の使用人が退室すると、そばに控えていたアークスが口を開く。

「タクマ様。城での雑事はお任せください。心配ないとは思いますが王都はトーランとは違います。どうかお気をつけて。そして絡んでくるような輩が居た場合……自重をお願いします。良いですか?自重ですよ」

 普段行動するトーランとは違い、王都の治安はあまり良くない。タクマが居て危険があるとはアークスも思ってないが、注意は怠らないようにと言われてしまう。そんなアークスの口ぶりにタクマは苦笑いを浮かべてもちろんだと返す。
 そもそもアークスはタクマがヴェルドミールに来たばかりの容赦ないタクマを知っているのだ。自分に敵対する相手に対する苛烈さは誰よりも知っているからこその言葉だった。

「……分かった。のんびりとさせてもらうさ。まあそうそう絡まれることもないだろ。最近は比較的平穏な毎日だしな」

 そう言って忠告を素直に受け取るタクマだが、その答えを聞いている夕夏とアークスは心の中で思う。「あ、これなんかある」と。
 息をする様にフラグを立ててしまうタクマだが、本人は本気でそう思っている。

「タクマ様。お待たせしました。ご準備の方が出来ましたので馬車までご案内させていただきます」

 そうこうしていると使用人の女性が迎えに来てくれた。タクマと夕夏は立ち上がり王都へと繰り出すことにした。

「さて……まともに王都内をぶらつくのも久しぶりな気がするな。用があってくるときは殆ど直で動いていたし」
「タクマは空間跳躍があるからそうなっちゃうわよね。折角ノートン様がのんびりと巡れるように手配してくれたのだから楽しみましょ」

 夕夏は笑みを浮かべてタクマとの行動を楽しんでいる。いつもの家族に囲まれた生活も大好きだが、こうして二人きりでのんびりと歩き回るのも好きなのだ。
 嬉しそうな夕夏の姿にこうして出かける時間も作ろうと心に決めると共に、アークスが自重をしろと言った本当の意味も理解するのだった。
 馬車は城を出てゆっくりと動き出し、あらかじめ頼んでおいた場所へと進んでいく。

「そういえば乗る時に行先を言っていたみたいだけど何処へ行くつもりなの?」
「ああ、ずっと馬車で動き回るのは好きじゃないし、王都の教会で降ろしてくれって言ったんだ。久しぶりにヴェルド様の本体にも挨拶しておきたいから。分体のあの方はエンジョイしているけど、本体はきっと待っていると思うしな。ちょっとあってからぶらつく感じにしよう」

 いつも分体と顔を合わせているから忘れそうになるが本体は別にいるのだ。折角機会が来たのだからデート前に済ませておきたいと考えた。
 何気ない会話を交わしているとあっという間に教会へと到着し、馬車の扉が開かれた。タクマ達は御者に礼を言って教会内へと入っていく。礼拝堂は祈りの時間ではないせいか人の姿はなかった。
 二人はゆっくりとヴェルド像の前に進むと跪いて祈りを捧げる。

(ご挨拶が遅くなりすいません。機会が出来ましたので伺わせていただきました)

 祈りを捧げるとすぐに浮遊感を感じ目を開ける。いつもの白い空間にポツリと立っているヴェルドの姿があった。

「お久しぶりですね。タクマさん、ユウカさん」
「お、お久しぶりですヴェルド様」
「はい、遅くなってしまってすいません」

 女神を前に緊張気味の夕夏に続いて改めて挨拶をする。そんな二人にヴェルドは優しい笑みを浮かべて迎えてくれた。

「さあ、折角来てくれたのです。少しお話しましょう。タクマさん、テーブルなどをお願いできますか」

 嬉しそうなヴェルドを横目にタクマはテーブルセットを取り出し、お菓子やお茶などを準備している。きっとそれを楽しみにしているのは分かっていたから。

「あらあら、そんなにたくさんありがとうございます。さあ、おしゃべりをしましょう」

 ヴェルドは椅子に座り二人とお話したかったのだと笑う。タクマ達も席に着き久しぶりのお茶会(?)が始まるのだった。

 




 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

連帯責任って知ってる?

よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。