くたばれ番

あいうえお

文字の大きさ
上 下
13 / 28
第一章

10話

しおりを挟む

部屋の前に立つこの男は忙しく、会う時間すら取れないのではなかったのか。何故ここに?どうして?そんな考えが頭の中でぐるぐる渦巻くものの、どうすることも出来ず男の行動を見る。

「…どういう事だ、平民。我が番には細心の注意を払うよう命令したはずだぞ。我が番はなぜ泣いている?それに、早くその汚い手をどけろ」

思わず身体がすくんでしまうほどの殺気が一気に私とヴィルに向く。まただ…。この男がひと睨みしただけで体が動かなくなってしまう。
そもそも殺気を向けられるようなところで生活してこなかったのだからしょうがない。
涙は止まったが、私は動くことも出来ずにただ男の方を見つめていた。ヴィルは何を思ったのか口を開いた。

「失礼いたしました。陛下、失礼ついでではございますが、お願いがございます。番様を城内だけでよろしいので部屋から出す許可をお願いします」

ヴィルがそういった途端、男の殺気がもっと増した。どことなく部屋が寒くなってきて、呼吸もしづらくなってしまう。ヴィルも苦しそうな顔をするが、そんな殺気に負けずにただただ陛下を見つめ返す。

「貴様に許したのは我が番に魔法を教えるということのみだ。調子に乗るな…殺すぞ」

「申し訳ございません…!しかし、陛下もご存知の通り魔法を使うためには心の状態が保たれてこそです。どうか、どうかお願い致します。」

地面にまで頭を擦り着けそうな程深く頭を下げるヴィル。どうしてそこまでしてくれるのだろうか。今も自分の命が危ないというのに、ただ私を部屋の外から出す許可を貰うだけで体を張っている。

──本当に味方なのかもしれない

ヴィルが味方だとわかった私の行動は我ながら早かった。
私もヴィルと同じくらい頭を下げてあの男に頼み込む。
「なっ!?」と驚く男の前で嫌だという感情を我慢して言葉を発する。

「…私からもお願いします」

悔しい気持ちを耐えるために口を噛む。私が頭を下げれば先程までの殺気はなくなり、あの男の機嫌が治った。

「よい、早く顔を上げよ。そなたの願いは叶えると言ったであろう」

一転して甘く蕩けるような顔を向けて私をすぐさま自分の元に寄せる男に、吐き気がしたが、とりあえずヴィルの為だと我慢する。

「城内であれば歩いてよい。護衛を何人かつけるが、お前を守るためだ。それぐらいは許してくれ」

「…はい」

城ですら安心できる場所がないなんて、本当にこの世界は危険なところなのか…。


嵐が去るかのようにあの男が部屋を出た。部屋の中には、重苦しい空気が流れていたが私はそんなことよりもとヴィルに話しかけた。

「なぜ、あんなことをしたんですか?」

「あんなこととは?」

一気に老けたかのように見えるくらい疲労が前面に出ているヴィルは分からないといった顔をする。

「あんなの死ぬかもしれないじゃないですか!」

そうだ。あの男の殺気は本物だった。人から殺気を向けられたことの無い私でも分かる。1歩間違えればヴィルを殺す気だったのだ。なのにどうして私を外に出すためだけに、会っただけの私にそんなことをするのか、私には分からなかった。

「私に娘がいると言いましたよね?」

ヴィルは真っ直ぐと私の方を見てそんな言葉を発する。確か同じくらいの娘がいるとヴィルは言っていた。少し話しただけでもヴィルが娘を大切にしているのが伝わったのを覚えている。

「私は自分が不甲斐ないばかりに娘と喧嘩ばかりしてしまうのですが、それでも私はあの子を愛しております。そんな娘に恥ずべき父親にはなりたくないのです。それに…1人の親としてこんな誘拐まがいのことは許されるわけないと私は思います。私に出来ることが少ないですが、それでも番様の助けに少しでもなれたらいいと思い、行動したまでです。」

「そんな、でも…あなたの命がなくなってたかもしれないんですよ?」

「それは…実は大丈夫な自信があったのです。陛下は番様を大切にしております。目の前で殺すなどと番様の嫌がることはしないようにすると思い行動したのです。番様をある意味利用してしまって申し訳ありません」

深く礼をして謝罪する彼をすぐ様止める。また涙は止まらない。
ヴィルは先程陛下に言われたことを気にしてか、慰めることが出来ずにオロオロしていた。
すかさずアイカが私にハンカチを差し出す。ほっとした顔をするヴィルと何故だがか悔しそうにこちらを見つめるアイカ。
不思議に思い彼女を見詰めると
「申し訳ありません…私は行動することも出来ませんでした。」
そう言って項垂れた。
あの殺気に当てられてしまったら誰だって動けなくなるであろうに…。
「大丈夫だよ」と彼女の頭を撫でれば、照れたように顔が赤くなりながらも「次は頑張ります」と気合いを入れていた。

微笑ましいとこちらを見るヴィル、そんな彼にまた父を重ねてしまって、私も少し笑ってしまった。

この世界に来て色々なことを経験した気がする。

何よりアイカとヴィルに会えただけでも私にとっては大切な思い出だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍王の番

ちゃこ
恋愛
遥か昔から人と龍は共生してきた。 龍種は神として人々の信仰を集め、龍は人間に対し加護を与え栄えてきた。 人間達の国はいくつかあれど、その全ての頂点にいるのは龍王が纏める龍王国。 そして龍とは神ではあるが、一つの種でもある為、龍特有の習性があった。 ーーーそれは番。 龍自身にも抗えぬ番を求める渇望に翻弄され身を滅ぼす龍種もいた程。それは大切な珠玉の玉。 龍に見染められれば一生を安泰に生活出来る為、人間にとっては最高の誉れであった。 しかし、龍にとってそれほど特別な存在である番もすぐに見つかるわけではなく、長寿である龍が時には狂ってしまうほど出会える確率は低かった。 同じ時、同じ時代に生まれ落ちる事がどれほど難しいか。如何に最強の種族である龍でも天に任せるしかなかったのである。 それでも番を求める龍種の嘆きは強く、出逢えたらその番を一時も離さず寵愛する為、人間達は我が娘をと龍に差し出すのだ。大陸全土から若い娘に願いを託し、番いであれと。 そして、中でも力の強い龍種に見染められれば一族の誉れであったので、人間の権力者たちは挙って差し出すのだ。 龍王もまた番は未だ見つかっていないーーーー。

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

【完結】これでよろしいかしら?

ここ
恋愛
ルイーザはただの平民だった。 大人になったら、幼馴染のライトと結婚し、畑を耕し、子どもを育てる。 そんな未来が当たり前だった。 しかし、ルイーザは普通ではなかった。 あまりの魅力に貴族の養女となり、 領主の花嫁になることに。 しかし、そこで止まらないのが、 ルイーザの運命なのだった。

異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜

雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。 モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。 よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。 ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。 まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。 ※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。 ※『小説家になろう』にも掲載しています。

転生したら竜王様の番になりました

nao
恋愛
私は転生者です。現在5才。あの日父様に連れられて、王宮をおとずれた私は、竜王様の【番】に認定されました。

悪役令嬢は地下牢でただこの世界の終わりを願っていたのに変態魔術師と人生をやり直しすることになってしまった

ひよこ麺
恋愛
竜帝が統一しているドラコニア帝国。そこそこ平和に幸せに暮らしていた伯爵令嬢のベアトリーチェ・マグダラはある予言によってその日々を壊された。 『次の竜帝の番は銀髪に紫の瞳をしたこの国の少女である。いかなる場合も彼女を尊重しなければこの国は滅ぶだろう』 その予言により、帝国で唯一銀髪に紫の瞳だったベアトリーチェは第一皇子であるアレクサンドル・ドラコニアと婚約するが、アレクサンドルは、はじめからベアトリーチェに対して微妙な態度を貫いていた。 そして、それはベアトリーチェが隣国に嫁いだ叔母の娘、従兄弟のエリザベス・カスティアリャ子爵令嬢を伴い王宮に入った日に確信へと変わる。エリザベスは隣国の娘だが銀髪に紫の目をしていた。そこからこの国で生まれた彼女こそ運命の番だとアレクサンドルは言い切り冷遇されるようになる。しかし神殿は万が一ベアトリーチェが番だった場合も考えて婚約破棄を行わせず、ベアトリーチェは使用人もほとんどいない荒れた離宮へ幽閉されてしまう。 しかも、あれよあれよといううちにベアトリーチェがエリザベス殺害未遂の冤罪を着せされて処刑されることになってしまい、処刑はアレクサンドルとエリザベスの結婚式ならびに番の儀の翌日に決まる。 地下牢に閉じ込められたベアトリーチェがこの世界を呪っていた時、突然地上から恐ろしい轟音が鳴り響いた。番の儀式が失敗し、アレクサンドルが邪竜になったからだ。世界が滅びるのをただ地下牢から願っていた時、何故か妙にキラキラした男がやってきて……。 ※一部残酷な表現を含みますのでご注意ください。 ※タイトルにミスがあったので修正いたしました。 ※ ノーチェタグ追加のため竜帝タグを消しました。 ※ご指摘いただいたのと思ったより長くなったので『短編』⇒『長編』に変更しました。

私のことが大好きな守護竜様は、どうやら私をあきらめたらしい

鷹凪きら
恋愛
不本意だけど、竜族の男を拾った。 家の前に倒れていたので、本当に仕方なく。 そしたらなんと、わたしは前世からその人のつがいとやらで、生まれ変わる度に探されていたらしい。 いきなり連れて帰りたいなんて言われても、無理ですから。 そんなふうに優しくしたってダメですよ? ほんの少しだけ、心が揺らいだりなんて―― ……あれ? 本当に私をおいて、ひとりで帰ったんですか? ※タイトル変更しました。 旧題「家の前で倒れていた竜を拾ったら、わたしのつがいだと言いだしたので、全力で拒否してみた」

処理中です...