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第一章
10話
しおりを挟む部屋の前に立つこの男は忙しく、会う時間すら取れないのではなかったのか。何故ここに?どうして?そんな考えが頭の中でぐるぐる渦巻くものの、どうすることも出来ず男の行動を見る。
「…どういう事だ、平民。我が番には細心の注意を払うよう命令したはずだぞ。我が番はなぜ泣いている?それに、早くその汚い手をどけろ」
思わず身体がすくんでしまうほどの殺気が一気に私とヴィルに向く。まただ…。この男がひと睨みしただけで体が動かなくなってしまう。
そもそも殺気を向けられるようなところで生活してこなかったのだからしょうがない。
涙は止まったが、私は動くことも出来ずにただ男の方を見つめていた。ヴィルは何を思ったのか口を開いた。
「失礼いたしました。陛下、失礼ついでではございますが、お願いがございます。番様を城内だけでよろしいので部屋から出す許可をお願いします」
ヴィルがそういった途端、男の殺気がもっと増した。どことなく部屋が寒くなってきて、呼吸もしづらくなってしまう。ヴィルも苦しそうな顔をするが、そんな殺気に負けずにただただ陛下を見つめ返す。
「貴様に許したのは我が番に魔法を教えるということのみだ。調子に乗るな…殺すぞ」
「申し訳ございません…!しかし、陛下もご存知の通り魔法を使うためには心の状態が保たれてこそです。どうか、どうかお願い致します。」
地面にまで頭を擦り着けそうな程深く頭を下げるヴィル。どうしてそこまでしてくれるのだろうか。今も自分の命が危ないというのに、ただ私を部屋の外から出す許可を貰うだけで体を張っている。
──本当に味方なのかもしれない
ヴィルが味方だとわかった私の行動は我ながら早かった。
私もヴィルと同じくらい頭を下げてあの男に頼み込む。
「なっ!?」と驚く男の前で嫌だという感情を我慢して言葉を発する。
「…私からもお願いします」
悔しい気持ちを耐えるために口を噛む。私が頭を下げれば先程までの殺気はなくなり、あの男の機嫌が治った。
「よい、早く顔を上げよ。そなたの願いは叶えると言ったであろう」
一転して甘く蕩けるような顔を向けて私をすぐさま自分の元に寄せる男に、吐き気がしたが、とりあえずヴィルの為だと我慢する。
「城内であれば歩いてよい。護衛を何人かつけるが、お前を守るためだ。それぐらいは許してくれ」
「…はい」
城ですら安心できる場所がないなんて、本当にこの世界は危険なところなのか…。
嵐が去るかのようにあの男が部屋を出た。部屋の中には、重苦しい空気が流れていたが私はそんなことよりもとヴィルに話しかけた。
「なぜ、あんなことをしたんですか?」
「あんなこととは?」
一気に老けたかのように見えるくらい疲労が前面に出ているヴィルは分からないといった顔をする。
「あんなの死ぬかもしれないじゃないですか!」
そうだ。あの男の殺気は本物だった。人から殺気を向けられたことの無い私でも分かる。1歩間違えればヴィルを殺す気だったのだ。なのにどうして私を外に出すためだけに、会っただけの私にそんなことをするのか、私には分からなかった。
「私に娘がいると言いましたよね?」
ヴィルは真っ直ぐと私の方を見てそんな言葉を発する。確か同じくらいの娘がいるとヴィルは言っていた。少し話しただけでもヴィルが娘を大切にしているのが伝わったのを覚えている。
「私は自分が不甲斐ないばかりに娘と喧嘩ばかりしてしまうのですが、それでも私はあの子を愛しております。そんな娘に恥ずべき父親にはなりたくないのです。それに…1人の親としてこんな誘拐まがいのことは許されるわけないと私は思います。私に出来ることが少ないですが、それでも番様の助けに少しでもなれたらいいと思い、行動したまでです。」
「そんな、でも…あなたの命がなくなってたかもしれないんですよ?」
「それは…実は大丈夫な自信があったのです。陛下は番様を大切にしております。目の前で殺すなどと番様の嫌がることはしないようにすると思い行動したのです。番様をある意味利用してしまって申し訳ありません」
深く礼をして謝罪する彼をすぐ様止める。また涙は止まらない。
ヴィルは先程陛下に言われたことを気にしてか、慰めることが出来ずにオロオロしていた。
すかさずアイカが私にハンカチを差し出す。ほっとした顔をするヴィルと何故だがか悔しそうにこちらを見つめるアイカ。
不思議に思い彼女を見詰めると
「申し訳ありません…私は行動することも出来ませんでした。」
そう言って項垂れた。
あの殺気に当てられてしまったら誰だって動けなくなるであろうに…。
「大丈夫だよ」と彼女の頭を撫でれば、照れたように顔が赤くなりながらも「次は頑張ります」と気合いを入れていた。
微笑ましいとこちらを見るヴィル、そんな彼にまた父を重ねてしまって、私も少し笑ってしまった。
この世界に来て色々なことを経験した気がする。
何よりアイカとヴィルに会えただけでも私にとっては大切な思い出だ。
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