薄明かりの下で君は笑う

ひいらぎ

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「諭吉くんだ」

「その金、支払いに必要だから無くすなよ?」


温めておいたミルクココアをカップに注いでミニテーブルへ置いた。


「そういうことは知ってんのな」

「諭吉くん?  だってお金は大事だよ」

「まぁな。いまはさして不便しないだろ」

「不便……じゃないけど。どこまで遠慮しなくていいのかわかんないし、どこまでしたいのかもよくわからないから、難しい……」

「周りに肇の敵はいない。もしわからないことがあったらすぐ誰かに聞け。それができれば大したもんだ」

「ウン、ワカッタ!」


抱えていたペンギンのぬいぐるみの手を動かしながら裏声を出した肇の額を小突く。
本当にわかってるのか、こいつは。


「先が思いやられる……」

「志野もぺん太パジャマいる?」

「うるさいぞ、3歳児」

「わーっ」


肇の肩を押してベッドへ倒すと、また体調の悪そうな顔でこちらを見上げてきた。


「志野ー……」

「っ、いいから寝ろ。看病してやるから」


病人だというのに、うっかり手を出してしまいそうな自分を抑制するのは大変だ。
ましてや、なにも自覚のない3歳児は俺の手を抱いて安心しようとしている。
このバカ、少しはこっちの身にもなりやがれ……


「志野の手、ゴツゴツしてるね……あったかい」

「肇はぶよぶよだ。肉しかねえ」

「ぶふっ、お肉たぷたぷだよ~。あ、今日ね、亮雅とおそろいコーデしたんだ」

「昨日だろ」

「そうそう、昨日だった。丸いメガネのレンズがオレンジ色でね、亮雅は青色のやつ」

「肇がえらんだのか?」

「ううん、亮雅だよ。おれが選んだらセンスないって」


間違いねえ……
亮雅はよくわかっているらしい。
今度、肇のプロデュースをあいつに任せるか。


「あとバケットハットってやつ、白いのおれに合うんだって」

「肇は暗い色より白や暖色が似合うからな」

「似合う色って本当にあるんだ。亮雅がテキトーに言ってるのかと思ってた」

「おい……一番の友人だっつってなかったか。疑ってやんなよ」

「だって亮雅はおれのこと子どもみたいに扱うんだよ。ちょっとおれより背が高いからってすぐからかってくる」


……背は関係ないだろ。
肇の言動はいちいち保護欲をかき立てられる。
たとえ友人であっても、からかいたくなる気持ちはわからなくもない。


「でも亮雅と優斗くんは悪い人じゃないから、怖い顔したらダメだよ」

「あいつらはふしぎと信用できる。肇の体目当てなやつは下心丸出しなんだよ」

「……」


なにかショックを受けたように肇は視線を下げた。
出会ったばかりの頃、さびしさを埋めるように誰彼かまわず誘っていたが、本当はセックスへの恐怖心を持っている。

痛みを与えられることが生きがいだと思い込み、相手に痛いセックスを要求。
そして抑制の聞かない相手の頼みを断ればなにをされるかわからない恐怖が肇の頭を占領し、まるで奴隷になる。

だが、俺と出会ってからの肇は、痛みにひどく敏感になった。
もっともそれを感じるのは、やりたくない、怖いという感情が顔に出るようになったことだ。


「ぺんぺんぺん太~……んふふ、かわいいぃぃ……」

「肇、朝ごはんは何がいい」

「ヨーグルトとサンドイッチが食べたい」

「わかった」


肇なりに成長しているのが目に見えてわかると、俺も安心だ。
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