上 下
3 / 4

3 色仕掛け

しおりを挟む
 室内がすっかり綺麗に片付いたところで、ティータイムになった。

 片付けた箱の中から土産品の菓子箱を手に取り、お茶の準備をするからと言って席を外したリュディの戻りを、二人掛け用のソファーへと座ったミーアはそわそわとしながら待つ。


 飲み物とクッキーを用意してくれた彼がミーアの隣へと腰掛けた。昔のように、ぴったりと寄り添うミーアにもの言いたげな様子のリュディであったが、特に何も口にする事は無かった。

 後半は真剣に片付けや掃除を手伝ったのだから、色仕掛けのひとつやふたつ許されるはずだ。調子に乗ったミーアは更に身を寄せて、むっちりとした胸を彼の腕に押し当てた。

 しかしながら、リュディは涼しい顔をしている。

(もう、何なの!だから何で何も反応がないの?!)

 留学先での話を聞きつつもしっかりと巨乳アピールする事に注力したが、彼は気にせずに話を続けている。

(絶対分かってるくせに……。大きなおっぱいに興味ないの?)

 この世には、希少なちっぱい好きもいるらしいと風の噂で聞いた事がある。もしやと思いかけたミーアであったが、すぐに肩を落とした。

 ──もしかしたら、隣国で素敵な大人の女性の恋人が出来たのかもしれない。そうに決まっている。そのうち紹介でもされてしまうのかもしれない。そんな日が来たら、泣いてしまうかもしれない。でも、大好きなリュディの幸せは心から祝いたい。今はまだ気持ちの整理がつかないけれど。 

 ミーアは意気消沈した。

 こうなったら現実逃避をするしかない。不自然に胸を押し付けるのは止めて、クッキーを堪能する事にした。

 お土産の品というだけあって、非常に美味だ。

 話に耳を傾けつつ舌鼓を打っていると、ふと、リュディがクッキーに手を付けていない事に気が付いた。話もぴたっと止まってしまい不思議に思い隣に顔を向けると、彼は険しい顔をしている。

「リュディくんは食べないの?帰ってきたばかりだし疲れてる?」

「ん、いや、やっぱりおかしいから、改めてどういうカラクリか考えてるとこ……。ミーアは気にしないで食べてていいよ」

「ふーん?」

 カラクリとは何だろうと疑問を抱いたが、真面目な彼の事だから医学の事でも考えているのだろうと思い、ミーアは気にせずにひとりでクッキーを食べ続けた。

 お色気作戦は無駄に終わったし、リュディは自分の世界に入ってしまったので、ひたすら食に走る。色気より食い気だ。

 お腹いっぱいいただいたところで、隣から「……えっ!?」と静かに驚く声が上がった。

「どうしたの?カラクリが分かったの?」

「いや、ますます分からなくなった」

「そうなんだ?」

 彼は先程よりも深く考え込んでしまったようなので、飲み物をいただく事にした。のんきにカップへと手を伸ばすミーアに緊迫感のある声が投げられる。

「……ミーア」

「ん?」

「俺から指摘するのは悪いかなとは思うけど。……たぶんミーアがちょっと気にしてる事だと思うからさ。今黙ってたら、ミーアの性格を考えると後々まで引きずって引き籠もりかねないから、今言ってもいいかな」

「えっ、何?」

 何やら雲行きが怪しくなってきた。何を言われるのかと嫌な意味でドキドキしていると、謎のお言葉をいただいてしまう。

「どういう仕掛けなのか分からないけど、戻ってるよ」

「仕掛けって?」

「服、見てみて」

「……服?」

 意味が分からず、とりあえず右腕を目の前に持ってきてワンピースの袖口を見てみた。何も異常はない。道中でどこか破けてしまったのだろうかとスカートの裾も覗いて見るが、特に問題はない。ウエストのリボンも解けていない。

 いつ見ても視界良好。無駄なお肉の付いていないスタイリッシュな胸元のおかげで、お腹周りも楽に観察出来る。

 そこでミーアは異変に気が付いた。

 ──おかしい。確か自分は豊満な胸を手に入れたはずではないのか。視界制限と引き換えに、豊かな胸を手に入れたのでは。

 そっと胸元に目をやった。そこには、悲しいくらいにブカブカになった服とネグリジェの中から、大変慎ましやかな胸が覗いていた。巨乳用へと縫い直した胸元のぱっくり仕様が惨事を生み出している。かろうじて胸の先端は見えていない、と思いたいが、隣のリュディからどう見えているのかは分からない。

 ミーアはパニックに陥った。

(ひぃっ!!何という事なの?!たわわに実っていた果実がまな板に戻ってるーー!!)

「ミーア?大丈夫?すごい汗が……」

 混乱する頭で、しどろもどろになりながらリュディへ嘘八百の弁明をする。

「ち、違うのこれはっ……!私のおっぱいはちっぱいじゃなくて、おっぱいなの!本当におっぱいなの!魔法の果実でおっぱいがもっと大きなおっぱいになって……、魔法が解けちゃったから何故かちっぱいになっただけでして……!!」

「とりあえず冷静になろうか」


 胸元を隠しながら飲み物を喉に通すと、次第に頭が冷えてきた。そして、澱んだ空気を纏いながらミーアは絶望した。大好きなリュディにちっぱいを見られてしまったのだ。

 ボソボソと今朝起きた事のあらましを説明し終えると、ミーアは自宅に一生引き籠もる決意を固めた。

「そんなこの世の終わりみたいな顔しないでも」

「終わりだよ……。こんな間抜けな形でリュディくんにちっぱいバレちゃったんだもん。……そうですよ。私は元からちっぱいですよ。どうしようもないちっぱいですよ」

「だからそんな自虐的にならなくても」

「……だって、男の人は大きな胸の女の人が好きでしょう?リュディくんだってそうなんでしょう?……私なんて……」

 隣に座るミーアの頭に手を乗せながら、言い聞かせるようにリュディが口を開いた。

「何年ミーアを見てきたと思ってるんだよ?ミーアの事なんて、全部お見通しだよ。そもそも15の時点でこじんまりした胸だったのに、それから3年であんなに大きくなるだなんて信じられるわけないだろ」

「……こ、こじんまり。バレてたの?」

「全くバレてないと思ってるミーアが可愛いよ。……それにしても」

 苦笑していたリュディが急に真面目な表情へと変わったため、ミーアは少しビビった。この顔は何度も見た事がある。お説教タイムだ。

「森で怪しいものを拾い食いなんてしちゃだめだろう!……とりあえず一時的におかしな魔法がかかっただけで副作用も後遺症もなさそうだから良かったけど。何かあってからじゃ遅いんだからな」

「ひ、拾い食いじゃないよ!食べられる木の実の区別くらいつくもん!」

「はいはい、もう絶対変なもの食べちゃだめだからな?」

「……ごめんなさい。私が悪かったです」

 シュンとしているミーアの頭を撫でてから、リュディは穏やかな声を掛けた。

「お説教はもうおしまい。俺も甘い物でも食べようかな……あ」

「……クッキー、さっき私が全部食べちゃった。ごめんなさい」

 色仕掛けは不発に終わり、リュディが全く構ってくれないからと食に走ったばかりか、出されたおやつをついつい食べ尽くしてしまう己の食の太さをミーアは呪った。そして、好き嫌いなくこんなに何でも美味しく食べるのに、なぜ肝心の部分に栄養が回らないのだと、働きの宜しくない胸へ手をかざして苦情を訴えた。

 そんなミーアの様子を愛おしそうに見つめるリュディの瞳が、どこか悪戯めいたものへと変わる。

 リュディの視線に気が付いたミーアは言葉を失った。突然、リュディがミーアに抱き着いてきたからだ。そして、耳元で囁いてくる。

「こんなに胸元開けた服着てべたべたくっついてきて。俺にどうして欲しかったの?誘ってるようにしか見えなかったけど?」

「そ、それは!……はい。ちょっと色仕掛けをですね……、その……」

 腰に回された手の力が強くなった。

「ミーアは俺の事大好きだもんな?」

「え?」

「あれ、違った?俺の思い違いだったかな。それとも3年の間に心変わりしちゃったのかな?」

「ち、違くない!!……ずっと大好き」

 耳元から顔を離したリュディが、ミーアの瞳を真っ直ぐに捉えた。真っ赤になっているミーアの頬へと手を伸ばしてくる。

「俺も、ミーアの事大好きだよ。……本当はもっとロマンチックにしたかったんだけどな」

 瞼を閉じる暇など無かった。リュディの顔が至近に迫り、薄く柔らかな唇が、ミーアのふっくらとした唇に触れて、すぐに離れた。

 一瞬の出来事に頭が追いつかないながらもこの先の展開に胸を高鳴らせるミーアであったが、彼が口にした言葉は期待していたものとは程遠いものだった。

「今日はここまで。家まで送ってくよ。……俺の上着、かけた方がいいな」

 ミーアの服を見て、ひとり頷くリュディがクローゼットの方へ向かうために立ち上がろうとしたため、ミーアは咄嗟にリュディの腕を引き寄せて、逃げられないように身体に抱き着いた。

「……ミーア?もう帰るよ」

「嫌。もっとリュディくんと一緒にいたい。……私の事本当に好きなら、抱いてほしいの」

「それはまだ早いよ。ミーアの事、大切にしたいんだ」

「私、もう大人だよ?子供扱いしないで。……やっぱり、私の胸が小さいから?子供みたいな胸だから、触ってくれないの?」

 困り顔のリュディが、今にも泣き出しそうになっているミーアの目元に手を触れる。

「そんな事思ってないよ。ミーアはこういう事、初めてだろう?ゆっくり慣れてもらおうと思ってたんだけど……。だめだな。ミーアのお願いには幾つになっても勝てないな」

 リュディの手が、もう一度ミーアの腰へと伸ばされる。

「嫌だったらちゃんと抵抗するんだよ」

 しゅるりとリボンを解かれた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。 ※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。 ※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。

完結 チート悪女に転生したはずが絶倫XL騎士は私に夢中~自分が書いた小説に転生したのに独占されて溺愛に突入~

シェルビビ
恋愛
 男の人と付き合ったことがない私は自分の書いた18禁どすけべ小説の悪女イリナ・ペシャルティに転生した。8歳の頃に記憶を思い出して、小説世界に転生したチート悪女のはずが、ゴリラの神に愛されて前世と同じこいつおもしれえ女枠。私は誰よりも美人で可愛かったはずなのに皆から面白れぇ女扱いされている。  10年間のセックス自粛期間を終え18歳の時、初めて隊長メイベルに出会って何だかんだでセックスする。これからズッコンバッコンするはずが、メイベルにばっかり抱かれている。  一方メイベルは事情があるみたいだがイレナに夢中。  自分の小説世界なのにメイベルの婚約者のトリーチェは訳がありそうで。

【R-18】逃げた転生ヒロインは辺境伯に溺愛される

吉川一巳
恋愛
気が付いたら男性向けエロゲ『王宮淫虐物語~鬼畜王子の後宮ハーレム~』のヒロインに転生していた。このままでは山賊に輪姦された後に、主人公のハーレム皇太子の寵姫にされてしまう。自分に散々な未来が待っていることを知った男爵令嬢レスリーは、どうにかシナリオから逃げ出すことに成功する。しかし、逃げ出した先で次期辺境伯のお兄さんに捕まってしまい……、というお話。ヒーローは白い結婚ですがお話の中で一度別の女性と結婚しますのでご注意下さい。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

処理中です...