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第一章カトリの街

エピソード34 天使幸運を見届ける

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 さて、私は見守るとしますか。


「あ、あれ。レミリエルさんもいたんだ」


 いや、私に話しかける前に言うべきことがあるでしょう。


「しっかりやってくださいよ、シューベルさん」


 それだけ言って、私は物陰に姿を隠しました。


 舞踏会から抜け出して夜に意中の相手と二人きり、この状況ならば想いを伝えられるでしょう?


「二人とも頑張ってください。お膳立てはしましたよ」


 シューベルさんとティアさんは、澄んだ夜空を背景に二人、見つめ合っています。


 そこから暫くの静寂を経て、シューベルさんが口を開きました。


「あっ、あのさ。少し寒くない?」


「少しだけ、寒いかも」


 ティアさんは手に吐息を吹きかけ、白い息を吐いています。


「あの、寒いならさ」


 シューベルさんはティアさんに近寄り、両手を伸ばします。抱き寄せる気なのでしょう。


「ん、寒いなら何?」


「あっ、いや、何でもない!」


 ティアさんは頬を染めてその気になっているというのに、シューベルさんは抱き寄せようとする手を引っ込めてしまいました。


「はぁ、シューベル」


「な、なに」


「格好悪い」


 ティアさんめっちゃ素直です。シューベルさんは格好悪いと素直な感想を伝えられ、「無理だ、振られた」と絶望的な表情になりました。


「でもね、格好悪いシューベルも好きだよ。大好き」


「えっ⋯⋯てぃ、ティア!?」


 思いもよらない、ティアさんからの告白にシューベルさんは目を見開きながら自分の頬をつねりました。


「夢、じゃない?」


「もう⋯⋯シューベルったら」


 シューベルさんは深く、呼吸をした後ティアさんを今度こそ抱きしめました。


「僕も、ずっとティアのことが好きだった」


 ティアさんは嬉しそうにシューベルさんを抱き締め返しました。


 お互い好きと言えたので、これで私の役目は終わりですね。


「私がいなくてもきっとあの二人は結ばれていましたね」


 これ以上ここに居る必要が無くなったので、私がそっと立ち去ろうとした所、お二人に見つかってしまいました。


「レミリエルさん、貴女は僕たちの恋のキューピットだ!」


「レミリエルさん、私今とっても幸せよ」


 私、今回そんなに目立った活躍はしていないと思いますが、お礼は貰っておきましょう。


「どういたしまして。お二人とも、お幸せにですよ」


 それと、シューベルさんには「ティアさんの事泣かさないでくださいね」と釘を打っておきました。


 まあ彼に限ってそんなことはしないと思いますけどね。どちらかと言うと泣かされる方でしょう。

 今度こそ、私は彼等に別れを告げて立ち去りました。


 後日、私がカフェでエリルと談笑をしていた時のことです。


「あ、新聞読むの忘れてました」


「えー、あんな字ばっかりの紙読むの?」


 普段はカフェで新聞を読みながらコーヒーを飲んでいるのですが、今日はエリルがいるために読むのを忘れていました。


「字ばっかりって、人間界はこれくらいしか情報源がないんだから仕方ないじゃないですか。それに、結構面白いのでエリルも読んでみたらどうですか?」


 私は手に持っていた新聞をエリルへ手渡します。エリルは新聞を眺めながら、夕焼け色の瞳を闇色へと変えていきました。


「あ⋯⋯あ⋯⋯文字⋯⋯死ぬ」


「すみません、エリルに新聞を勧めた私が馬鹿でした」


 慌てて瀕死のエリルから新聞を取りあげ、ブラックコーヒーを口に含みながら視線を新聞に移します。


 そこで、気になる記事がありました。あまり注目はされていない様で小さな記事ですが、私にとってはとっても嬉しい記事でした。


「ティアさん、シューベルさん、ご結婚したんですね」


「へー、レミの知り合い?」


 首を傾げるエリルに「まあ出会い方は珍妙でしたが」と苦笑して返します。


 あの二人ですから、結婚はまた言い出せず仕舞いでまだまだ先の話かと思いましたが、こんなに早いとは驚きです。


 今回はどちらから先に結婚を切り出したんでしょう。またティアさん?それとも今度こそシューベルさん?

 うぅ、何だか現場を見てしまっただけにモヤモヤします。


「結婚、かぁ。レミは結婚とかしたい?」


「え、全く考えたこと無かったです」


 結婚ですか、心奪われるような意中の相手がいたら話は別ですが、私にはそういった方はいないし今後できる予定もないので縁のない話ですね。


「十年後お互いに独り身だったらさ。私達、結婚しようよ」


「いや、そういうのは男性に言ってください。いないんですか?幼馴染とか」


 エリルは「う~ん」と考え込んだ後、「いないね!!」と元気だけは百点満点な返事をしました。うるさい。


「まぁ、無理に結婚する必要なんてないじゃないですか。私は独りを生涯貫くつもりです」


 喋り疲れたのでブラックコーヒーで口の中を満たします。


「まっ、それもそうだねぇ」


 エリルも頷き、同意します。


 惹かれあった二人の方が、絶対に幸せになれますから。


 今度、お二人に改めてお祝いでも言いに行きますかね。






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