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第十三話 敗北の代償

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「リオーネさん、ちょっとお話いいですか?」


「なんだ、我から搾取できるもの等もうないぞ⋯⋯」


「そういうのじゃないんで、ただ聞きたい事があるだけです」



 項垂れて「もう払えるお金なんてありません!」とでも言いたげなリオーネさん。

 もうどっちが被害者なのか分からない。



「あの、魔王について教えてくれません?」


「魔王だと? まさかあんな糞野郎に興味があるのか?」


「全く知らないので知りたいだけです。それにそう言われるとどう糞野郎なのかも気になります」



 ルアさんから聞いた話では、「魔王の所有物」といった意味合いで「魔物」と聞いていたけれど、リオーネさんの反応から全員が魔王に付き従う訳ではないのかもしれない。


  「魔王はこの村よりずっと先にある、世界の最果てと呼ばれる場所、魔王城に住んでいる」


「ありきりたりですね」


「そして世界を牛耳ろうとしている」


「ありきたりな魔王ですね」


「ありきたりでも普通に世界征服とかヤバいだろ」



 真顔で突っ込んでくるリオーネさんに、確かにと頷く。

 ファンタジーゲームの設定でよく使われているため、ありきりたりだなぁと脳死で聞いていたが、よくよく考えたら普通に世界征服はヤバい。

 魔王が世界征服をしたら、明らかに種の異なる人間は迫害されるに違いない。


 少しだけ、自分が勇者だという事に使命感を覚える。



「それで魔王が糞野郎だと言うのは? ワイバーンとは仲が悪いんですか?」


「当たり前だ。あんな歴史の浅い奴に我々ワイバーンが下につくわけがないからな」


「はぁ」


「アイツ、長年の歴史を持つワイバーン一族に自分の下につけと上から物を言ってきたんだ。当然ワイバーンの長は断ったが、何れまた来ると言っていたらしい」



 聞く所によると、魔王の歴史は浅いらしい。

 割と最近現れた類なのか、そして世界中全ての魔物が魔王の手先というのは認識違いみたいだ。



「なるほど、一体魔王の手先というのはどの程度いるんですか?」


「ん? 我々ワイバーン一族と、一部のエルフを覗いては大体魔王の手先だと思うが」


「マジですか。殆ど手先にされてる上にめちゃくちゃワイバーン一族反乱分子じゃないですか」


「いや、他の魔物達のプライドが低いだけだ。あんな百年ちょっと前にいきなり現れた奴にへりくだるなんて⋯⋯」



 思った以上にこの世界は魔王に短期間の内に侵食されているのか。

 というか、そこまで行くと付き従わないワイバーン達の立場が危ういのでは?

 邪魔者は消すスタイルで来られると命までもが危うい可能性もある。

 別に心配している訳ではないけど、少し気になる。



「魔王に逆らって大丈夫なんですか?」


「なに問題ない! 長年の歴史を誇る我々ワイバーンが魔王如きに屈するわけないだろう!」


「そうですか」



 長年の歴史を持っていようが、歴史が変わる時はそんなもの無かったように一瞬で移り変わる。

 少なくともボクの学んできた歴史はそうだった。



「どれだけ長い歴史を持っていても、形あるものは何れ壊れるという事を覚えていて下さい」


「ふん、我らワイバーンが滅びの道を辿るとでも言いたいのか?」


「いえ、そういう訳ではありませんが。可能性はあるということをお伝えしたくて」


「安心しろ。魔王如きに屈するワイバーン一族ではない」


「そですか」



 魔王には屈しないのにお酒には屈するのか。


 まああくまでも、ボクの話は以前いた世界基準での話だ。

 こちらの世界でも全く同じとは思わないし、転生したばかりのボクがこれ以上偉そうな事は言えない。



「魔王の性格とかって分かります?」


「我は直接会ったことがないから分からないが、かなり高圧的な性格らしい。そして直接目にした訳では無いが容姿は案外幼いのだとか」


「へえ、意外ですね」


「そして臆病だ。邪魔になると思った奴は数の暴力で徹底的に叩きのめすと聞く」



 リオーネさんはフェアでない戦いを挑むのは臆病者だと思っているのか、言葉尻に不快感をたっぷりと含んでいた。


 人物像としては意外と幼くて性格はゴミ(リオーネさん視点)という感じか。

 正直リオーネさんの主観がかなり入っているようにも見えたが、いい情報だろう。


 最後にひとつ、気になる事がある。


 


「魔王の能力、弱点、配下について教えてください」


「お主⋯⋯本気で魔王を倒す気なのか?」


「でなければこんなこと聞かないでしょう? ボクはお姫様になりたいんです」



 物珍しそうに見つめてくるリオーネさんにボクは少し笑ってみせる。



「本気ならば答えよう。配下は大勢いるが、魔王には直属の部下が六人いる。我も詳しい事は知らないがこの六人がとにかく手強いらしい」


「まずはその六人から倒せばいいと。で、残りのふたつは?」


「あ、そこまでは知らん」


 リオーネさんはきっぱりと言い放った。

 流石に魔王の能力と弱点が割れていては、攻略もされやすいだろう。


 流石にそこは情報管理が徹底されている。


 しかし話を聞けば聞くほど、相手がかなり壮大だということに気付かされるな。

 お姫様になる人生、思ったよりもハードモードだ。



「しかしお主の様な小娘が勇者とはなぁ⋯⋯。世も末だ」


「小娘じゃないです、ノエルです」


「じゃあノエル。お主顔は良いのだし冒険なんて危険を侵さずに、適当に男でも作って街で安全に暮らしてた方がいいんじゃないのか?」



 そう言ってボクの顔を覗き込むリオーネさん。


 誇りと戦闘しか頭に無いのかと本気で思っていたから、正直ワイバーンが意外と人間に近い思考を持っているとは思わなくて少し驚いた。


 あとやっぱりリオーネさん勘違いしている。

 訂正する気はあまりなかったが、一応ボクの身を案じてくれているのかもしれないし言っておかなければいけない。



「あの、ボク女の子じゃないんですけど」


「は?」


「男の娘なんですけど」


「は!?」


「は? と言われましても⋯⋯」



 リオーネさんは口をぱくぱくとさせながら、ボクの顔や身体をじっくりと観察し始めた。


 透き通る銀の髪に空色の瞳、自分で言うのも何だが、何よりもこの可愛らしい顔立ち。

 身体も小さいし華奢だし、「男の娘です」と言われても到底信じて貰えないだろう。


 前の戦いで少し傷んでしまったが、服装だって女の子だし。



「んー絶対嘘だろ」


「本当ですって」


「確かに見た目は貧相だなと思ったけど、でも男はないわ」


「男じゃないです男の娘です」


「なんも変わんないだろ」



 リオーネさんは「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな顔をしているが、男と男の娘では意味合いが全く違うんだ。

 気安く男扱いしないで欲しい。



「まあ一旦信じるとして、何故魔王討伐を目指す?」


「お姫様になるためです」


「いよいよ分からん!」


「王と攫われたお姫様を見事連れ戻せば、ボクをお姫様にしてくれると約束したんです」



 だから、こうしてリオーネさんに魔王の性質を細かく聞き込んでいる。

 まあリオーネさんは相も変わらず首を傾げっぱなしだが。



「男の娘で王子じゃなくてお姫様⋯⋯? 我にはもうよく分からんぞ」


「まあ世の中には色んな人がいるってことです」


「ん、そういう事にしておこう。お主と話しているとなんだかもっと視野を広げろと言われている様な気分になる」



 そう言ってリオーネさんは難しい顔をする。

 そんな深いメッセージ性を含んだ覚えはないが、確かにリオーネさんは凝り固まった思考をしている様に見える。


 なんだろう、一部の価値観でしか物を見ていないような。



「ノエル様、食事の用意が出来ました」


「あ、今行きます」



 再び村長が現れて、ボクに声をかけた。

 どうやら村の食堂に料理を用意したらしく、移動することになった。

 


「行くのか」


「リオーネさんは行かないんですか?」


「我の分はないだろ。それに敗者に情けは無用」


「じゃ、ボクの分半分こしてあげますよ」


「だから情けは無用だ!」



 面倒くさいなぁ。

 お腹が空いたら食べる、人間でいう三大欲求にはワイバーンといえど素直に従うべきだと思うんだけど。


 というか情けが云々って武士か!


 ほんのり感じていたが、ワイバーンからなんか武士臭がする。



「敗者なんだからいちいち口答えしないで言う事聞いて貰えます? 敗者なんだから」


「うぐっ⋯⋯それはずるいぞ」


「では食べましょうか」



 敗者を強調したらリオーネさんは渋々立ち上がった。

 後は先程からただ黙ってボクたちのやり取り見ていたルアさんに声をかけ、ボクたちは食堂へと移動した。



「さてさて、どんなご馳走が用意されてるんでしょうね」



 これから更に大変になる予感がするけど、今は一時の安らぎを楽しもう。

 空腹からか、食堂からほのかに香る匂いに珍しくボクの胸は期待に高鳴っていた。


 そして、そろそろこの村に別れを告げる頃かな。


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