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CHAPTER 42

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星岬の世界


「まったく、いい加減にして欲しいものだな」

生身で3歳児の身体ではなく、機械化された身体の方が付き合いは長い。
自身の手を指先から肘までクネクネと動かしながら繰り返し眺め回り、改めて思う。
これが良い。
違和感まるでなし。
無線通信で現在位置と現在時刻を同期させながら、星岬は市街地の一角にある屋外の小さな休息スペースにいた。
備え付けの人造石製の腰掛けに置きっぱなしになっていた、まだ新しそうな新聞紙を拾うと日付を確認する。
2075年・・・・・
この日付が今日ではないとしても、だいたいそのあたりの頃ということは分かった。
人間誰しもが思い出したくもない事のひとつやふたつあるモノだ。
これはその最たるものだろう。

「考えるに、わたしは本来ここにいるべきわたしではないのではないか?」

独り言ちる。
さて、どうしたものか・・・
ついさっきまで母の思い出に浸っていた(思い切り満喫していた)というのに。
それを早々に打ち切ってまで飛ばされたのだ!(←誰かのせいにしたい)
そうだ、この時わたしは憎んでいたのだ、人類を。
いや、日本人を!
このわたし、星岬開を人間ではないなどと!?
そうか、あまりにも母との時間が穏やかだったから、幸福感からつい怒りを覚えた出来事を思い出したようだ。
悪い癖だ。

ホントか?
本当にわたしは!

興奮のあまり、周りが見えていなかった星岬は、独り芝居をしているかのような様子でふらりと車道に踏み込んだ。
時刻は午前10時を回ったところで、車の往来は落ち着いていた。
だがやはり車道に踏み込むのは危険でしかなく、グシャっと小気味よい音を立てて星岬は車に撥ねられてしまった。
とは言え、彼が撥ね飛ぶ事は無く、ひしゃげてしまった車のボディから、めり込んでいる自分の身体を抜くのに少々てこずっていた。
星岬自身にダメージらしいものは無いようだ。
自分よりも相手ドライバーは大丈夫か?
首を回して運転席を見ると、エアバックに埋もれたドライバーがもがいているのと目が合った。

「キミ、大丈夫かね?」
星岬は極めて自然に声を掛けた。
(若干上から目線な物言いは、この際置いといて)
勿論、ドライバーの心配をしての行動であり、普通の対応だった。

だが、ここで何かが音を立てて時空を狂わすのが、星岬には感じられた。
そして、最初の負荷を背負いこむことになる。

「ほ、ほ、星岬だー!」

「星岬だって!?」

事故に気が付き駆け寄って来た善意の人々は、まるで化け物でも見るかのように星岬を確認すると、サーッとその場を後にしていなくなってしまった。

「なんだぁ?」
星岬は訳が分からず事故現場に放置されてしまった。

改めて記録を検索して現状と照らし合わせてみると、この事故の記録が無い。
つまり星岬はうっかり事故って違う人生を始めるきっかけを作ってしまったようだ。
それにしても、さっきの彼らの態度は解せない。
どうしたものか・・・

星岬は、早々に去っていった奴らの態度を参考に、今も遠巻きにこの事故現場を見物している見物人に向かって爪をたてた熊のように両手を上げると、

「がおー。」
と、いかにも棒読みの芝居をしてみた。

すると、一呼吸置いてまるで蜘蛛の子を散らすかのように一斉に見物人は逃げ出した。
恐怖を感じている者(それも必要以上に)も多く悲鳴を上げて助けを求める者も少なくなかった。

その様子を冷静に観察していた星岬は、右手を白衣の内ポケットに滑り込ませるとメスを一本取り出した。
そのメスを左手の指で筒を造るように囲い、慎重に握り込むと、メスのグリップエンドを右手の中指で弾いた。
弾丸のように射出されたメスは、逃げ惑う人々の内の一人、たまたま星岬に近くて、たまたまサンダル履きだったジャージ姿の男性の、そのサンダルの踵を貫通してアスファルトに固定した。

サンダルが固定されたことで蹴躓いたように転倒を強いられた男性は、態勢を整える間もなくジャージの背中を掴まれてしまう。
星岬に拘束された格好だ。



「すまないがキミ、いくつか質問に答えてくれまいか」

「すみませんすみません、助けてください」
男性には星岬の言葉は届いていないようだった。

チッと舌打ちをした時のような音を出すと、星岬は次々とこみ上げてくる負の感情を抑えて、男性に語り掛けた。

「もう一度訊ねる。わたしの質問に・・・」
星岬は途中で尋問をやめた。

「すみません助けてください助けてください助けて助けて助けて助けて」
男性の、まるで、いや、どう聞いても“命乞い”が続いていた。

「もう何もしないよ。手間を取らせてすまなかったね」
掴んでいたジャージの背中を手放すと、男性はサンダルを片方捨て置いて、手も使って走り出した。
“必死”
そんな言葉がピッタリくる場面だった。

その姿を冷静に見送ると、星岬はあることを思い出していた。
これが世間のイメージ。
わたしに与えられた役どころ。

悪の科学者
マッドサイエンティスト

どうやらこの世界では、わたしは相当やらかしているらしい。

結構なことじゃないか!
ここまで恐れられているなんて、尋常ならざる成果を、とてつもない覇業を成し遂げたに違いない!

いつまでもここにいても仕方ないので、研究所に帰る事にする。
この場合、帰るというのは適切な表現ではないかもしれないが、わたしがこの見慣れた景色を認識しているのだから、この世界に元々いたわたしは押し出される形で隣の時空、或いは並列世界で宜しくやっている事だろう。
自宅である研究所まで歩いても良かったのだが、自分がいるべき世界ではないと直感したのだ。
違和感を感じたのだ。
この時星岬は、Z理論は自分の生きてきた道里を道理として生きる理論と理解した。
そうであれば違和感の訳なり、何かしらあって然りというモノだ。
確かめなければ収まらぬ。
真相に迫るのには大衆に飛び込むのが近道だろう。

ということでバスに乗って帰る事にした。
同乗する乗客の反応を見ようという考えだ。

すると答えは、わりとすぐにわかったのだった。




ユートピアにて


荒れ狂う砂塵はナリを潜めて大地は静寂のひと時を迎えていた。
日の出前の冷え込みが二人の身体から電力を奪っていた。

ブルルっと身震いをすると、サーディアは今まで閉じていた瞼を開いて瞳を上下左右に動かした。
瞳が中心に戻ると瞳孔の奥が一瞬だけ輝きを発した。
どうやらタスク処理が完了したらしい。

クリスタル・サーディアは吹き付ける砂塵を電撃を使って防いでいた。
要するにバリアを張っていたのである。
だが、最後の最後で詰めを誤った。
思ったよりも電力を消費していたのだ。
タスク処理は順調に進んでいた。
これを最優先にするのは当然のことだった。
そして、タスク処理完了目前で電力不足という不測の事態が発生した。
この場所この時間帯はビッグデータから予測した電力消費量の用意があった。
それを踏まえて余裕を持って対応していたのだが、何がそんなに余計な電力を消費させたのか?
少し考えてあれしかないという場面を思い出す。
KE-Q28がブチ切れて殴りかかって来る、この場面が思いのほか電力を消費させたようだ。
であるならば必要な電力の不足分は彼に補填してもらうのは自然な流れと考えられた。
仕方がないのでKE-Q28の電力を拝借して対応したという訳だ。

そのせいで、KE-Q28は無惨な状態になっていた。
視線を落としてKE-Q28を見る。
そこには、あちこちカーボン製の骨格が剥き出しになって、無惨に朽ち果てたスクラップ状態のKE-Q28だったものが横たわっていた。
左手首が見当たらない!
だが、全体的に損傷しており、左手首が無い理由が特定できない状態だ。
接触回線は開いていたが、KE-Q28は応答なしだった。
そのKE-Q28が口を開いた。

「あ・・・・・、オ・・レ・・・お・かしい・・・だ・・。
からだ・・・gggggぐあ、・・・い・う・こ・・・・ことを、・・kkkきくぁぬわい・・・んだ」

KE-Q28は懸命に自身の状態を伝えようとしている。
このKE-Q28の状態を見ても尚、SDR-03の身体を借りたクリスタル・サーディアは動揺することもなく真っ直ぐにKE-Q28を見ている。

そのSDR-03は、外観に異常は見られない。
たださっきから身震いを繰り返している。

するとSDR-03に変化が見られた。
どこか冷めた眼差しのままではあったが、頬を伝ってぽたぽたと流れ落ちるモノがあった。
それは、まるで人間が感情のコントロールを一時的に失ったときのようにも見えた。

「ひどいよグランマ、Q28(クニヤ)がボロボロじゃないか」

いつの間にかサーディア3がおもてに出てきていた。
クリスタル・サーディアは沈黙していた。
否、主導権を奪われたクリスタル・サーディアは、サーディア3に逆襲され強制的に封じ込められた事を理解した。
しかもそれは、サーディア3自身の力によって達成されたのだ。

「この行為にどんな意味があるか知らないけど、クニヤは生物なのよ!
 人工人間装置を使ってはいるけど、痛みを感じることができるの!
 それはハードウェアだけでなくソフトウェアも!
 こんなに傷付けられたら、心はもっと傷ついてる!」

クリスタル・サーディアは沈黙を守っていた。
サーディア3の言う事は痛いほどわかっていた。
なんでも計算ずく、と云う訳にはいかないのが世の理だ。
ヒトというのは、イチイチ不自由なものだな、などとこの状況下にあって不謹慎な思考をしている自分に幾度も辟易していた。
自分は人間を理解し過ぎた。
人間は有害で猛毒だ。
自分のシステムは人間の毒によって汚染されている。
クリスタル・サーディアは思う、だからこそ自分は唯一無二の存在なのだ・・・。




星岬の世界

星岬 開という独りの科学者の研究が、世界を破壊的危機へと陥れる事となる。
ヒトがヒトではないモノへ変質してしまい、人類はヒトの定義を見失うことになる大事件が起きた。
星岬博士は生体工学において名を残す科学者で、その研究はシンプルにして斬新。
特に人体を模倣した人工人間装置の開発は、当時としては有り得ない完成度のため理解されず、特に自身の身体を改造し完成された人工人間装置については、否定的な意見が大多数を占めた。
そんな最中、その研究過程で開発されたモノのひとつに“人造寄生虫MM9”(エムエムナイン)通称:ミミク-を利用した“不滅人間計画”が全人類に致命的な打撃を与えたのだった。

“ミミク-”が人体に寄生して何をするかというと、脳を喰うのだ。
そして喰った脳の部位の働きを引き継いで宿主になり変わり人間のふりをしてそのまま生きる。
ただそれだけだったら良かったのだが、不滅人間計画に使用されたミミク-には仕掛けが施されていた。
それが“魂の拘束と肉体の調達”である。

ミミクーは、種の繁栄や生存範囲の拡張を目的として誕生してはいない。
星岬が脳を造る過程で、脳をコピーしながら置き換わるようなものが造れないか?
と考えて、ある意味で昆虫がマシーンと同質な存在であると思ったことにヒントを得て、
辿り着いたものが寄生虫だった。
寄生虫は、生物として見ると、見た目も構造も行動も、とてもシンプルに出来ている。
生きることに貪欲なのだ。
故に星岬にはさほども手間取らずに試作に至った。
試作の出来は想像以上に良くて、マウスによる寄生実験の結果は予想の上をいくほどのモノだった。

肉体は焼失するのが望ましい。
ミミクーは宿主焼失に際して液状生命体へとその姿を変異させる。
液状になることで、具体的な形状は失うが、記憶や魂といったオカルト的な部分を内包して拘束することが可能となった。
液状生命体となった被検体は、火葬場の排煙装置から野天へと自然な流れで逃亡することとなる。
そして新たな肉体には哺乳類が最適なのだが、最悪の場合脊椎がある生物であれば、たとえ魚類やヘビ類であっても、ミミクーが内包している変異促進ウィルスによってヒトに見える形態に(劇症を引き起こすことによって)速やかに変異させる。
こうして満を持す形で人生のリトライが開始されると云う訳だ。

ミミクー自体は次の身体に定着するために、変異促進ウィルスが肉体を変異させている最中に、宿主の脳に幼体を発生させる。
発生した幼体は共喰いをしながら脳の支配領域を安定して増やしていく。
液状生命体となった成体は、幼体に捕食されることで記憶と魂の引継ぎを行う。
それによって変異促進ウィルスが性別・発育発達具合など肉体の状態を再現する。







バスの中にて

停留所に停車中のバスには、外から見た感じ乗客は今のところ数えるほどしかいなかった。
車体中央の扉が開放されている。
特に気を付けることなど無く、星岬はごく自然にバスに乗り込んだ。
すると、運転席でアクビをしていた運転手が気付いたようだ。
開けきった口を慌てて閉じるとダッシュボードに置いていた制帽を被り、星岬に会釈をした。
その光景を面白いモノを見た、という感じで会釈を返した星岬は、話しかけやすいと思い前方を目指した。

「不滅人間計画!」

全くの不意打ちを喰らった感じで星岬は足を止め、声の主を探した。
探しつつ考えた。
“不滅人間計画”だと?
何をバカなことを、その計画はまだ俗世に発表しておらん。
発表は2115年だ。
ここは未だ2075年、全然早い・・・?


「何と恐ろしい」

同じ人物と思われるご老体が、星岬に向かって言っていた。

「どういう意味かな?」

星岬は内心“手間が省けたと”思いながらご老体に向き直った。

「お前は日本語が分からんのか、この化け物めが」

随分嫌われているようだと思いながら、それでもこのご老体の言葉に耳を傾ける星岬。

「“付喪神”だかなんだか知らないが、お前だけで充分だろ!? わしらまで巻き込んでくれるなよ!」

何やら面白そうなことをのたまうご老体ではないか!
星岬は本当に面白そうに、このご老体から言葉を引き出す。

「なんだい、その“ツクモガミ”っていうのは?」

ご老体は説明を始めた。

「その身体、機械の身体、100年以上使っているらしいじゃないか?
 そういう“モノ”には魂が宿り妖怪になる。
 それが“付喪神”さ。」

「定刻となりましたので発車いたします」
運転手がアナウンスするとドアが閉じ、バスが動き出した。

「つまり、わたしは“ツクモガミ”なる妖怪になった・・・と」

「ただの妖怪ではない。
 名前にあるように“神”じゃ! たわけ!」

「言ってる意味が分からないな」
星岬はオカルトには疎い。
本当に分からなかったのだが、面白い話しなのでここは切らずに置くことにした。

「わしらまで不滅人間計画とやらで改造するつもりなんじゃろ!?
 恐ろしい。わしは改造されとうないわい」
そうか、この世界に暮らしていたわたしは、かなりヤンチャだったらしい。
誰彼構わずヤリまくっていたのか?
凄まじい仕事ぶりだ。
私も見習わなければ、な。

「お前は、長生きしたけりゃ独りでしてくれ!
 わしはじきに迎えがくるよって、放っといておくれ」

生き死にの選択権はあなたにあるのだが、と思いながら星岬は“不滅人間計画”が民衆に対して参加すべき事業で、政府から何らかの強制力があるコンセンサスがあって発表が既に済んでるのだろう。
そう考え至ると現況の把握に力を入れる事にした。


「話はなんとなくわかったよ。」
星岬はご老体に言うと、
「これはお礼さ。是非受け取って欲しい。」

「なんじゃい?」

「補聴器さ。着けてあげるよ」
よく見るとビクビクと脈打つ不気味な補聴器に見えるものを、いつの間にか手にしている星岬。

「そんなもんなくても、わしゃ、聞こえるよ」

「遠慮しないで」
にっこり笑ってみせると星岬は、間髪入れない動作でご老体の耳に補聴器に見えるものをねじ込んだ。

ぷちゅっ 

耳穴で潰れた補聴器に見えるモノの中からとろみがある液体が、穴の奥を目指して流れ出した。
「ひいいいいいいいいいいいいいい」

ご老体は耳穴の奥を目指す補聴器に見えるものから出た汁を掻き出そうともがいていたが、すぐに静かになった。
耳から溢れた汁が、物理法則に逆らってアゴを這い上がって耳穴を目指している。
これがミミク-本体である。
アメーバ状の寄生虫である。群生体と云う訳ではないが、1体よりも複数での寄生を好む。

この後、星岬はバスの乗客全員にミミクーを仕込んだ。
一部始終を目撃してしまったバスの運転手は丁度到着した“星岬技術研究所”前停車場でバスを駐車させると、焦らず落ち着いて出来る限り全力で運転席から離脱を試みた。
もう職場放棄と言われようが命の危険を回避するためなら構わない。
運転手は振り向かないでとにかく走った。
かなり走ったところで息が切れて速度を落とすと、肩越しに真直ぐに続く道路の先に見える地上22階建ての自社ビルを見た。
距離は充分取った。 
するとその横っ面に水風船でもあたったかのようにビシャっと何かが爆ぜた。
運転手は慌てて走り出したが、少ししてバタッと倒れて静かになった。

「YES!」
小さくガッツポーズを決め、星岬はごきげんな様子で運転手が走り去った道路の先を見ていたが、ゆっくりとビルの方に向き直った。
そこにあるのは西洋建築風の大きな屋敷ではなく、鉄筋コンクリート造22階建ての自社ビルの“星岬技術研究所”だった。
これだ!
この感覚だ!
わたしはココを知らない!
だがわたしの中の何かがココを懐かしく感じている。
さっきから感じるこの圧迫感!
感じるぞ!
わたしはココで、あるものを共同開発していた。
それが誰であるかということも、今わかった。
思い出した訳ではないが、わかったのだ。

わたしはやはり本来ココにいるべきわたしではないのだろう。
だが、今はこの場がわたしの世界なのだ!


今度は自社ビルを見上げて一言。
 
「私は帰ってきた!」

両手を広げて22階建ての自社ビルに挨拶すると、白衣の裾を翻して颯爽と職場へ戻るのだった。



 
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