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CHAPTER 32

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人間は自らの欲するモノを自ら創出して生き延びてきた。


それは地軸の変化によって引き起こされた地球環境の悪化に伴い、その悪環境に適合するために自らを改造し、何世紀にも亘って改良を重ねた結果だった。
言葉の壁も・人種も・男女の区別も・病気もない世界。
現代から時を重ねることおよそ1万年後の遙か遠い世界。
そこは、その世界は“ユートピア”(理想的世界)と呼ばれていた。


渦巻く光のトンネルを歩いているモノがいる。
先刻、星岬技術研究所・東研究棟・第3実験室で爆発事故を起こした張本人だ。
彼は名をKE-Q28という。
彼は今、俗に言う“タイムトンネル”を未来に向かって移動している。
向かう先は“ユートピア”だ。
彼に内蔵されている航時計(こうじけい)は安定して移動している事を示している。
体感時間はここでは当てにならない。
しばらく独りで歩いていると、「ハァイ、ストレンジャー」と茶化すような物言いで大きな角砂糖のような形をした小型乗用航時機が正面から近づいて来る。

「遅い・・・」KE-Q28が呟いた。

「聞こえたわよ~。時間通り!に“わ・ざ・わ・ざ”迎えに来たのに、別に頑丈そうなその足でそのまま歩き続けてもいつかは辿り着ける所だから、乗ってくれなくても良くってよ!」

マジョーラカラーの外装の一部がほぼ無音で開くと、そこから桃色の髪の小柄な女性が身を乗り出した。
彼女はSDR-03。
KE-Q28とは相当長い付き合いらしく、棘のある言葉の端々に愛を感じるような、無いような。
どうやら日頃から彼の後始末やら何やら何故かやる羽目になっているようで。
そんな役回り、もとい、損な役回り、をそれでもこなしてくれる唯一無二の存在であった。

「そうしようかな・・・」KE-Q28は呟いた。

はぁ・・・。
ため息をつくと、SDR-03は面倒くさいな!と独り言ちる。
「はいはい、勝手に言ってろ、ほら帰るよ」と言って、キューブの中へとKE-Q28を引き込んだ。

「やっぱり狭い」KE-Q28は呟いた。



外観のシンプルさに反して内部の密度の濃さといったら・・・。
KE-Q28にしてみれば有難迷惑なことだった。
大きな身体を何とか折りたたんで着座する。
するとKE-Q28は落ち着かない様子でそわそわしだした。

「どうかした?」SDR-03が苛立ちも露わに聞いた。

「さっきから背中に何か当たって痛い。」

「少しはジッとしていられないの」

「うっ」KE-Q28が小刻みに震えている。

「ちょっと、あーた! どーしたの? どっか悪くした?!」あまりの状態の豹変にSDR-03も危機感をもって対応した。

「アイツが・・・」KE-Q28は小刻みに震えながらも懸命に何かを伝えようとしている。

「アイツ? アイツってのは?! Q28!」SDR-03は乗用航時機の操縦をしながら、KE-Q28の変化に対応しなければならず、落ち着かない状態だった。

「ぐあぁ!」丸く小さくなって小刻みに震えていたKE-Q28だったが、耐えかねたように大の字になろうと全身を使って伸び上がった。
だが、不幸なことにそこは随分狭かった。
両手足は勿論、頭を乗用航時機の内部メカに強打して意識が遠退き一瞬おとなしくなった。 
その一瞬をSDR-03は見逃さなかった!
さっき背中が何とか言ってたわね・・・。冷静に思い出すとKE-Q28の背中を、よく見えないので手でも探る。
「あら? Q28、あーた背中のこれは?」
そう言ってSDR-03がKE-Q28の背中の異物に手を伸ばした瞬間だった!

KE-Q28はガクッと首を垂れると裏拳を繰り出した。

寸での所でそれをかわしたSDR-03は、「いきなり何よ? 危ないじゃない!」と猛抗議した。
SDR-03の抗議に耳を傾ける気配すらなく、KE-Q28は長い手足を振り回して暴れ出した。
あちこちにぶつけ回っているので、早くも手足は傷だらけで血肉が爆ぜて飛び散り機内を惨状に変えている。
SDR-03は、目の前を横切るように振り回されている手足を、ひょいひょい避けながら操縦していたが、同時に暴れるKE-Q28をよく観察していた。

「この動きは、Q28の動きではない!」

SDR-03の高密度結晶体中央演算処理装置がハイスピードカメラのように、動く被写体の細部を捉え分析していた。
解答を見出す。
・・・・・
・・・

動作分析結果:デバイス習熟訓練不足

訓練が不足しているだと?
バカな。
KE-Q28が習熟訓練不足という事の方が有り得ない!
では、起こり得る可能性が高い・・・いや、待てよ、Q28は、いったい何をしに時間を遡ったんだ?
こうしている間もKE-Q28の雑なパンチやキックが繰り出され、それらを避けながら航時機の操縦をしているSDR-03。
既に警告灯が幾つか点灯している。
こうなると航時機自体の機能が維持出来なくなる。
KE-Q28には早急におとなしくしてもらわなくてはならない。
最初にKE-Q28は背中を気にしていた。
やはり背中に何か問題があるとみて間違いないだろう。
だが、簡単には見せてもらえそうにない。
どうする?

うばばばばばばば

KE-Q28が異音を発して動作を停止した。
膝を抱えて丸くなる。

「どしたん? 急に。大丈夫?」SDR-03は声を掛けた。

「気にしないでくれたまえ」
まるで何事もなかったかのようにKE-Q28は席に収まった。

「本っ当に、大丈夫?」

「勿論だ!」

ほとんど眼だけでKE-Q28の様子を見ていたSDR-03は「あっそ・・・」と素っ気ない返事をすると、航時機の操縦に集中した。

ようやく静かになった隣の席だったが、時々ぶるぶると震えている事をSDR-03が気にする事はなかった。

その後は隣で窮屈そうに丸まってるヤツが暴れだす事もなく順調に時空移動をこなしていた。

セーブモードに入っていたSDR-03は定期的に起動しては航時計の確認をしていた。

それから、どの位時間が経ったのか?

「さぁ、着いたわよ」テキパキと手順をこなして航時機の狭い室内の電源がほぼ全て落とされるとほぼ無音でハッチが開いた。気圧差でパシューという空気がぬける音だけがする。


降機後、KE-Q28が大きく伸びをすると背中から何かが落ちた。
だが、それを気にすることもなく、KE-Q28は辺りを、まるでスキャンでもしているように、凝視して回った。

「Q28! 行くわよ」SDR-03が声を掛ける。

「すまん、今行く!」KE-Q28が元気よく答えた。ご丁寧にこちらに向かって手を挙げて駆け寄って来る。

SDR-03は勝手知ったる何とやらで、遠くに見える管制塔と思しき建物に向かって歩いている。

「何を急いでいるのかね?」追い付いてきたKE-Q28が SDR-03に訊いた。

「何も」

「私を置いて行く気なのかと思ったよ」

「置いていくって・・・あーた! ココでどんだけ過ごしたと思ってるの!? いつもの場所に行くだけなんだから、わからないの?」
呆れた、という感じでSDR-03が吐き捨てる。

「そ、そうだった・・・かな?」自信なさげにKE-Q28が答えをはぐらかす。

「・・・」SDR-03は歩みを止めてKE-Q28を頭のてっぺんからつま先までまじまじと見ている。

「うん・・・?」KE-Q28がキョトンとしてみせる。

ふんっとそっぽを向くと、踵をかえしてSDR-03は再び歩き出した。
さっきより早い位だ。

管制塔の足元まで来ると、手近なドアを開けて塔内に入る。
特にセキュリティはないようだ。また、自動でもない。21世紀になっても愛用されてるごく普通の外開きのアルミ製ガラス戸だ。
ドアが閉まりきらないうちに追いつくと彼女に続いて入る。
SDR-03が奥のドアから出て行くのが見えたので追いかける。
通路に出た。左側は行き止まり。右側奥、左側の部屋に彼女は入った。
追いついた、入室する。

「?」

ドアはここだけ、窓もない。彼女はどこへ?
背後でドアが閉まる。
開かない!
閉じ込められた!

KE-Q28は少しの間、入って来たドアの破壊に努めた。しかし、破壊は無理だと諦めた。
状況が全く分からない。
何故、私は幽閉されたのだ?
彼女は私を迎えに来たと言っていたが、あの光が渦巻くトンネルのような場所は何だったのか?
そもそも彼女は誰だ?何者だ?
あの機械は一体なんだ?
それに、これは・・・

この身体は“人工人間装置”ではないか!
 
おかげで拝借するのに苦労はなかったが、ん?
航時機?
航時計?
何だそれは?
時空移動制御機構だと?
そうか、わかってきたぞ!

「案外、察しがいいのね」

「ん? さっきの女か!?」

「あーたの思考はすべてモニタしている! もう好き勝手は出来ないと思いなさい」

「なに? 見ているだと? それは好都合!」
言うなりデータの足跡を辿って、無邪気な悪意が遡行する。



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