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CHAPTER 23

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まさかドクトルの元に届けられた一通の招待状が、運命のカードだったとは!
その時の私には知る術も無かった。

その招待状は領主からで、有識者懇親会を催すので参加くださいとか何とか。

毎日忙しい日々を送っていたフランクスタイン家の面々は、そういう催しには不参加で通してきたのだが、今回に限ってはおよそ魔が差したとしか言いようがない。

「ドクトル、本気なの?」サディが珍しく冷ややかな視線を送っている。

「まあ、そういきり立つな。どうだねルニアくん?」ドクトルは出席の意志が固そうだ。

「私は、別に」興味が無い、訳じゃない。ただ、大勢の人の注目を集めるのは、正直苦手だ。火炙りの時を思い出す。

そんな私の思いを他所にドクトルは独りで3人の出席計画を進めていたのだった。




運命の日


「ドクトルもヒトが悪い」サディが腹立たし気に言う。

私は笑顔を引きつらせて何も出来ずにいた。

「お前たちを一度で良いから、公式の場で紹介したくて、・・・勝手をした、すまん。」

目的地に到着した馬車の中でドクトルは、それこそ死ぬほど後悔している、と言った風で縮こまっている。

有識者懇親会会場“フリダマウシュ城”前である。

緑豊かな山々に囲まれたベッケン州の中心に位置するフリダマウシュ城は城主マスモルト・ウングルクリフ伯の居城である。白い石積みの城で相当古くから建っていると土地に伝わる。この城の伝承といえば、戦争の際に敵軍を城内へ引き入れて残らず討ち取るという、戦の勝利が目的というより人殺しが目的ではないかという残忍なやり口が挙げられ、俗称を“吸血城”と伝えられる。そのような城である故か、幽霊の噂と長く滞在すると精神を病むという流言がまことしやかに伝えられている。

そんな城の前に馬車を綺麗に横付けして大分経つが、御者は、未だ降りる気配のない客に、それほど興味が無い感じで、時々手で口を隠して欠伸をしていた。

「ま、来てしまったからには、せいぜい楽しませてもらいましょ!」
サディが前向きな気持ちを示した。

「そうだな、それが良さそうだ。」私はサディの意見に同意した。

この時のドクトルの嬉しそうな顔といったら・・・。


御者に、待たせた分のチップを渡して馬車を降りると、着こなしの良い長身のボーイが我々を出迎えてくれた。
私と同じくらいの身長のボーイは、自信に満ちた顔で我々に一礼すると、私に向かって小声で訊いてきた。
「お客様、身長は如何ほどありますか?」

「195cm。キミもありそうだが?」

「2cm負けました。城内、通路の天井が低くなっています。頭上にご注意下さい。」

「ありがとう」私はチップを渡すと彼がマニュアル通り手を伸ばしてきたので、手にしていた黒カバンを渡した。

「お荷物をお預かりしムウン!」予想外に重かったらしくガクッと傾いだボーイだったが、根性で立て直すと強張った笑顔で受付へ案内してくれた。
ドクトルのカバンは手術道具が満載されているので重いのだ。
カウンターにやっとこさ黒カバンを預けると、長身のボーイは深く一礼して次の招待客を出迎えに行った。

サディが私を見上げている。

私はサディに微笑んでみせたが、彼女は視線を正面に戻すと“ふん!”と鼻を鳴らして気合いを入れた様子だった。

ここが領主の居城か・・・。私は敵地に乗り込んだ気分を疑似体験している。恐らくサディも。私の事はともかく、領主はサディの事を覚えているものだろうか。

「開始まで時間があるようだ。休憩室とやらを使わせてもらうとしよう」ドクトルが言うので我々は奥へと進んだ。

さすが領主の居城。
広さ半端ない。
散歩気分で休憩室を見て回る。

「どこも使用中みたいですね」私が言うと、

「なに、休憩室はまだまだある。」と、ドクトルが返す。

「わたしは広間で立っていても構わないわ。」サディが(多分気を遣って)言う。

それにしても、あのボーイが言っていたように通路の天井が低い!
そして、この通路。広くなったり狭くなったりしている。
推測だがこれは剣を振り回しにくくする目的ではないだろうか? 



「サディーヤ・クリステイル!」

背後からの声だったが聞き覚えがある。それよりも“サディーヤ・クリステイル”?

「やはりそうであったか! まさか生きていようとは・・・。」

隣で、声に振り返ったサディの背筋がピンと伸びるのがわかった。

「おやぁ、そちらは・・・森の主ではないか!?」

私も振り返る。やっぱりそうだ。裁判の時、火炙りを求める声の主だ。

「ドクトル:フランクスタイン、これは一体何の冗談だ?」

言われたドクトルは真剣に答える。

「これはウングルクリフ様、ご紹介させていただきます、この二人は」

「ええい、黙れフランクスタイン、挨拶はよい! サディーヤよ、12年ぶりか? 私との愛の日々が忘れられずに黄泉の地より戻ったか? 森の主よ、お前の手引きか?」

ウングルクリフは顎を上げ、両手を広げて悦に入っている。

「よくもしつこく12年も前に始末したモノの事を覚えてらっしゃることで」

サディは毒づいた。

「なんだサディーヤ、私の勘違いか?」

マスモルト・ウングルクリフはガックリと肩を落とした。

「勘違い? それこそ大間違いよ!」

サディが啖呵を切り出した! その時だった!!

「間違いは正そう。今度こそ逝くがよい」

マスモルト・ウングルクリフは、どこに隠し持っていたのか、クロスボウでサディを撃ち抜いた!
首筋を撃ち抜かれたサディは即死こそ免れたがその場にへたり込むとパタッと横になり動かなくなった。
どうやら動脈を傷つけられたようで、小さな傷から信じられない速さで血が抜けている。僅かに唇が動いているように見える。
私はハッとして床に両手をつくと、サディの口元に耳を傾けた。

「・・・きぃ・・・る・にゃあ・・・・・す・き・・」

それを最後にサディは動かなくなってしまった。

「マスモルト! お前は!!」

ドクトルが領主に詰め寄った!

「フランクスタイン、黙れと言った」

今度はドクトルが撃たれた!

「医者とはいえ領主を呼び捨て、お前呼ばわりは有り得ないだろう? なぁ?森の主よ」

私は二人を両肩に担ぐと、天井に擦らないように注意して来た道を戻った。

「領主を無視、有り得ない」

マスモルトは肩をすくめてみせるとルニアの背中を狙い撃った。
命中するが、ルニアは倒れない。
その後マスモルトは担がれた二人を避けて、正確にルニアに当てること実に10本。
矢を撃ち尽くすとマスモルトは、急な不調に見舞われ医者を求めたが、一番手近な頼れる医者を自分で始末してしまったため、処置が遅れ、その日の内に心不全で亡くなってしまった。
主を失ったベッケン州・フリダマウシュ城は、マスモルト・ウングルクリフに代わってその妹ミザラベル・アインベッケンと叔父ブータリティト・ウングルクリフが争うかにみえたが、ミザラベルが継承権を辞退したことで、争い無く次期領主は決定した、というのは余談である。


話しは余談の前に戻る。
で、主を失うかどうかの最中にあるフリダマウシュ城受付けは、正に忙しさMAXで招待客を捌いていたが、私たちの状態を見ると直ぐに対応してくれた。長身のボーイは良くやってくれた。彼が手配してくれた馬車は血で汚れることを嫌がらなかったし、ドクトルの黒カバンを忘れず積み込んでくれた。
帰りの車中も行きと同じで静かだったが、そこがぬくぬくでまったりな空間になることはなかった。




フランクスタイン邸 玄関


玄関扉を閉めると、振り返って屋敷内を見渡した。
吹き抜けになっているので、見上げたこの天井の向こうに私の部屋がある。
退屈などしたことなかった。
戸外で馬がいななく。
ひと通り役目を果たした御者が引き上げていく。
私の足元に横たわる二人。
その肌の色は暗い色をしていた。
屋敷に戻っても陽はまだ充分に高く、いつもならサディがくるくると目を回しながら屋敷内を駆けずり回って・・・

あれ?

景色が滲んでよく見えない。
・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
ドクトル、こんなとき、どうしたらいいですか・・・?






・・
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・!!
私は嗚咽を漏らした。

それからの出来事はさっぱりわからない。
酷い耳鳴りと頭痛に襲われて、
気が、意識が、遠退くのを感じながら、
そう!
私は願い望んだのだ!

初めてのあの朝に“戻りたい”と。

そして全てが初めての事だった。
耳鳴りが収まると私はバタッと倒れた。

遠くで誰かが走って来る足音が聞こえる。
 
大丈夫です、ドクトル。私は頑丈ですから。
心配しないで、サディ。私は不死身だから。

(。´・ω・)ん?

跳ね起きようとした私は、派手に額を打ち付けて沈黙した。
どうやらまだ夢を見ているらしい。
何者かが私を覗き込んでいる気配がする。

どうしたことか?

うつぶせ寝?

何故?

ところで、ここ何処?


「黒猫さん、生きてる?」
「!」

跳び起きようとして、またしても額を強打した私だったが、今度は耐えた!
今の声は、そうだ、聴き間違えるなんて有り得ない!

「サディ!」

間違いない!
この立ち姿!
亜麻色の髪!

私は嬉しさのあまり彼女に抱きついた。

“ミシッ”私の背中が軋んだ音がした。

「どうだねサディ、ルニアくんの容態は?」

ドクトルは口ひげを抓みながら入って来たが、二人を確認すると笑いながら踵を返した。
「ほっほっほ。若いっていいなぁ」

「もう、ドクトルったら」

「サディ、何があった?」

「何があったですって? こっちが聴きたいくらいよ」

「え~っと、私は一体どうしたんでしょう?」



 
星岬技術研究所南研究棟2階 開発主任室(兼紀伊邦哉自室)


「え~っと、私は一体どうしたんでしょう?」

応接セットのソファーに横になっていた邦哉が寝ぼけ眼で上半身を起こした。
すると邦哉のPCの前で眼を閉じてジッと座っていたサーディアがサッと動いた!

「申し訳ないのですが、今いいトコロなのでもう一度寝てください」
サーディアが私の手を握ると、ビリッときて私の意識は再び遠退いていった。

「今のは間違いなくZ理論に基づく時空移動現象だわ、やはり邦哉だから、と考えるのが自然よね」

もう少し見せて下さい、邦哉。
サーディアは再びPCの前に座ると眼を閉じた。


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