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CHAPTER 22

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2年後

私はドクトルの右腕となってフランクスタイン家を盛り上げることに貢献していた。

ドクトルは、私という文字通りの“働き手”を得て医療現場へ復帰していた。
私は、ここへ至るまでにドクトルが知る限りの医療技術を伝授され、その尽くを吸収して自分のものとしていた。
私はドクトルの技術に自分なりの解釈を加えることはしなかった。
だが、より早く・より丁寧に、を施術に当たっては心掛けるようにしていた。
そうできるのだから、そうするのがベストだと心に決めていた。

ドクトルは、ある事がきっかけで人間の身体にメスを入れる事が出来なくなってしまっていた。
なんとかしようと動物を使って訓練を重ねていた時、私という“手”が転がり込んで来たという訳だ。

ドクトルは外科医であることに誇りを持っていた。
だが、誇りに固執してマトモなオペが出来なくなった自己を否定することはしなかった。
ドクトルは知恵を絞り、己の技術を用いて今出来ることを模索した。
そうして到達したのが“整形外科”だった。
(ここでは形成外科も兼ねているものとします)
幸い、動物での訓練も効果があったようで、ドクトルは人間であっても手足であればメスを入れ、オペが出来るまでに復調していた。
常に手術を行っている環境に身を置いていた事で、手術の感覚を忘れず保っていられたから出来たことだろう。

少し戻るが、人間の身体にメスを入れられなくなってしまったドクトルに代わって、私が患者の身体にメスを入れることになった。
これはドクトルの提案であり、願いでもあった。
私は断らなかった。
そういう事で落ち着いたのだ。
・・・話しを進めよう。

私を中心に左にドクトル、右にサディで手術を行なった。
ドクトルが指示を出して私が正確に作業する。
サディは器械出しを担当、ドクトルの指定した道具を復唱して私にタイミング良く手渡してくれた。
この3人のチームワークは抜群に良くて、もちろん施術も良く予後も良好で評判は、あっという間に近隣諸国にまで広まった。
屋敷は訪れる人が絶えることなく、また時には往診した先での手術も行なった。
何処へ出向くにも3人一緒だったこともあり、何の心配も不安もなく、この頃が私にとって思い出深く楽しくもある時期だった。

毎日が忙しく過ぎていく。

領内は言うに及ばず近隣諸国からも毎日届く病状を伝え診察を乞う手紙を、ドクトルは全てに目を通して丁寧に返事を返していた。

そんなある日、ドクトルの手紙を読み・返事を書く様子を見ていて、私は自分の弱点に気付いてしまった。
うっかりしていた。
私は“読み書き”が殆ど出来ない!
ドクトルの右腕とまで言われるようになったというのに、何たる事か。
私は屋敷の書庫への立ち入り許可をドクトルから貰うと、とにかく読んだ。
そして要点をまとめたり、感想を書いたりして空き時間を過ごした。

その様子を見て、ドクトルは“熱心なことだ!感心感心”わはは、と純粋に喜んでくれた。
なので、ドクトルに読み書きの教えを乞うのは彼を失望させる気がして出来なかった。
そんな私の力になってくれたのはサディだった。
サディは屋敷の維持管理を独りで行っていたので、相当忙しかっただろうに、書庫を通りかかると必ず覗いてくれて、単語の読み方・文字の綴り方を簡単に指南してくれたのだった。


フランクスタイン邸 書庫

その日は出張オペがあったので、馬車を急かしても屋敷に戻った頃には陽はとっぷり暮れていた。
遅い夕飯を済ませると、ドクトルはビールをジョッキ一杯ひっかけただけで早々に爆睡してしまった。
今夜の屋敷はいつもより静かで広々としているように感じた。


「黒猫さん、わたし、のこと、どう思って?」

サディは言うなり、いつもの3倍の近さで私に詰め寄って来た。
書庫で自習をしていた私を、変わらず気に掛けてくれた彼女だったが、今夜はどこか違うように感じられた。
既に外は闇に沈んで冷気が大地から白々と霞を立ち昇らせている。

私は、彼女に好意を抱いていたが、それを口にした瞬間に、何か魔法のようなものが解けて“猫”に戻ってしまいそうな不安があった。
もちろん、そんなことはこれまでなかったのだけれど、こんなに充実した生活を送ったことなど無かったので、私はかなり臆病になっていたようだった。

私が返答に窮していると、サディは質問を変えて更に詰め寄った。

「わたしは今年、28(歳)になる。自分で言うのもナンだけど女盛りってやつよ。」

サディは珍しくイライラしたような感じを見せて詰め寄ってくる。

「それがどうして浮いた話しも、許婚も何もないのかわかる!?」

私は詰め寄って来る彼女の凄味のある眼差しを受け止めるのが精一杯で、質問の回答をひねり出す余裕などなかった。

「わたしは領主に遊ばれて、始末された女だからよ!」

サディはハイネックのボタンを外して青白い首を露わにした。
私は彼女の艶めかしい首を見せられて、頭が芯から冷えていくのを感じていた。
サディの首には、赤黒い色で隆起して残ってしまった、首周りをぐるりと取り巻くミミズ腫があった。

「わたしと肌を合わせようとする男は、もっとおぞましいモノを目にすることになるわ!」
サディがそこまで言ったところで、私は彼女の口を口で封じると、彼女の手を掴んで屋根裏部屋にある寝床まで連れて行った。

「ちょっ、黒猫さん!」

サディが私の行動に戸惑っている。

「見せて、全部。」

そう言うと、私は彼女の背後にまわり、ゆっくり着衣のボタンを外していった。
間もなく、ほの暗い屋根裏部屋に色白の裸体が露わになった。
私以外ここには誰もいないというのに、サディは恥じらうように手ブラで前を隠している。
だが、その立ち姿は堂々としていて女性としての自信を感じさせた。

「どうかしら? 見苦しい身体でしょう!」

サディの、答えが分かっていると言わんばかりの感情剥き出しの発言だ。
捨て鉢な発言も納得の状態だった。
確かに一瞥しただけで充分印象に残る傷痕が背面を覆っていた。
人間というのは、ここまで残酷になれるモノなのか?
これだけの事をしておいて、命まで奪おうだなんて。

「これがキミなんだね」

私が傷痕をひとつひとつ指でなぞる度に、サディは小さくぴくっと反応して、小刻みに震えた。
背面の傷痕をなぞり終わる頃には、サディは何故か立っているのがやっとといった感じに、肩で息をしていた。
前にまわる。
サディはハッとして目を見開くと直ぐに瞼を硬く閉じ、歯を食いしばってうつむいた。
前は背面に比べれば全然キレイな状態だった。
一ヶ所、ヘソから下に真っ直ぐある縫合痕を除いて。
私はその縫合痕を上から下へ、ゆっくりとなぞった。
サディがぶるるっと見た感じでも分かる程大きく震えたのがわかった。
直後!
私の頭はサディの手で彼女の下腹部に押し付けられた!

「もぉぉぅ! さっきから何してんのよぉぉぅ!?」たまらずサディが吠える!

「もが!むぐ!がっは!げへごほ! ぷはぁー死ぬかと思った!」別の意味でも。

危ういところで昇天を免れた私は、サディに言った。

「身体の傷痕、消せるよ。」

サディは両手で口を押さえて、眼を潤ませていた。

「完全には無理だけど、目立たなくする事はできるよ。」

今の私であれば可能だ!

「あぁ、黒猫さん! わたし、なんて言ったら・・・って、黒猫さんは何とも思わないの?」

再び両手を降ろして私の頭を優しく引き寄せると、サディが神妙な顔をして私に尋ねる。

「その姿こそがサディの生きた証だろう?」

私は素直に答えた。

サディは、ハッとした。
目の前にいるモノは猫が変異した怪物などではなかった。
出自はどうであれ、彼のようなモノこそが本当に人間と呼べるモノではないのか?
サディは自分を黄泉返りの化け物として同類を求めていた。
サディは自分が領主の特殊な性癖によって歪められたと自分を殺していた。
同じモノ同志、傷を舐め合う相手が欲しかった。
だが、その考えは間違いだと悟った。
自分は、人間ではない彼の事を好きになってしまっている。
そもそも“黒猫さん”という呼び方は、彼を人間と錯覚しない為の策だったはずだ。
なのに今は“黒猫さん”と呼ぶたびに彼を愛しく想ってしまう。
“黒猫さん”は、わたしにとって一番の特別!

「黒猫さん、わたしをあなたのモノにして」

「本気か? サディ」

未だ私は自分の中の臆病者の支配下を脱せずにいた。

「疑うの?」 サディが問う

「君は見たはずだ!? 私は化け物だぞ!」 私は絞り出すように声にした

「それが何?」 サディは揺るがない

「人間じゃないんだぞ!?」 喉がカラカラだ

「どう言えば伝わるのかしら?・・・・黒猫さんは、わたしをお嫌い?」

サディの真っ直ぐな問いに、私は遂に臆病者の支配を退けた。
もう、それ以上、ふたりの間に言葉は要らなかった。







明けて翌朝

屋根裏部屋には早々に陽が差し込む。

「おはよ、黒猫さん!」 既に服を着て髪を整えてあるサディ

「おはよう、サディ」  私は朝が苦手だ

「あのね、黒猫さん、わたし、身体の傷痕、消さないことにしたわ。あなたが気にしないなら、消す理由がないでしょ? それに、虫よけにもなるし・・・ 今日からこの傷痕たちは、あなたに誓うみさおあかしとなったの」

これが本来の彼女、なのか? 幼さにも似た危うさを感じなくもないが・・・
恐らくは彼女の時間は止まっていたんだ。私との新たな関係が彼女を呪縛から解放した、といったところか。

「朝御飯作るから、少ししたら下りてきて」 派手な両手投げキッスを残してサディは階下へ消えていった。




フランクスタイン邸 食堂

のんびりと食堂に顔を出した私を待っていたのは、ドクトルによる事情聴取だった。

「ルニアくん、何か知らんかね?!」

ドクトルは戸惑っていた。
サディの何やら愉しそうな感じを見るのは何年ぶりだろう・・・?
いや、違う。
今、朝食の準備をしてくれているのは、自分が見たことのないサディだ。
何か吹っ切れたような、いや、そうじゃない。
じゃあ、なんだ?
この感じ、自分にも思い当たる感じがあるような気がするが、なんだったろう?

そんな所へ下宿人がのそっと入室してきた。
ドクトルは気持ちをぶつける先が見つかったとばかりに目標を確保する。

まさか真っ正直に“お嬢さんを頂きました”などと、とてもとても言えることではない。
私は脳細胞を総動員して何か良い言い回しが無いものかと考えた。
だが途中からドクトルの気持ちに気が付いた。
“親心”というやつだろう。
娘の幸せを願う気持ちが、私と彼女の間に何かあったことを見抜いている!
だが、彼は彼で野暮な事を口にしたくはないのだろう・・・

そんなやり取りをドクトルと私がやっている所へ、サディが朝食を運んで来た。
男どもは、まるで何か良からぬ事でも企んでいたかのようにバタバタと席に着いた。

サディの動きを追いながら、ドクトルと私は、奇妙にシンクロしていた。

「お待たせしちゃって、ごめんなさい。さあ、どうぞ。」

サディはふわりと優雅な感じで着席すると、先ずはカップに手を延ばした。
ホットミルクを口にする。
男どもはそれを眼で追う。

「もう、なぁに? さっきから二人して同じ動きして、ちょっと面白いじゃない。」

パタパタと何かを振り払う仕草で誤魔化すと、咳払いをして体裁を整える男どもを見て、サディはくすくすと笑った。
私とドクトルは、そんなサディを見て、お互いに安堵の溜息をつくとぎこちなく笑った。
こんな所までシンクロしているのを見て、サディも再びくすくすと笑った。

手にしていたカップをテーブルに置くと、サディは自然な感じに姿勢を正して言った。

「ドクトル、わたし今、とっても幸せよ。」

ドクトルは、サディと私を交互に見ると、眼に涙を溜めながら、しきりにウンウンと頷いていた。



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