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CHAPTER 21
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「黒猫さん、どちらですか?」
私を“黒猫さん”と呼ぶこの娘、亜麻色の髪の娘は“サディ”と呼ばれていた。
家族は父親だけ。その父親も、最近では本業をそっちのけで何かに夢中で家は傾きかけているのが実状らしい。
それが証拠に、街外れに位置する屋敷は、お世辞にも栄えているとは言い難いややくたびれた状態であった。
それでも市民階級は高いことが見て分かる程に屋敷は立派な造りをしていた。
そんな屋敷にメイドも使わず父親と2人暮らし。
医者だというのに、この1週間訪ねて来る者もなければ往診に出掛ける様子もない。
一体何なんだ?
亜麻色の髪の娘は屋根裏部屋から風が吹き抜けるのを感じて足を運んだ。
屋根裏部屋の窓が開け放たれたままになっているのを見つけてホッと胸を撫で下ろした。
「黒猫さん・・・?」
窓の外から返事が聞こえた気がして、開け放たれた窓から身を乗り出す。
「こちらでしたか。高い所お好きなんですね。」
娘が屋根裏部屋の窓から半身を乗り出して楽しそうに笑顔を見せた。
「?」屋根の上でのんびりしていた私は、困り顔をして笑った。
私は、この娘に弱みがある。(非常にまずいトコロを見られてます!)
父親の方には、借りがある。(下宿させて頂いてます!)
「お昼にしませんか?」
娘は忙しそうに手の甲で額の汗を拭うと、私を待たずに行ってしまった。
「・・・」
私は少しの間ポカンとしていたが“お昼”という単語に魅力を感じて、急いで彼女の後を追った。
「ドクトルは手が離せないそうだから、2人でいただきましょう」
父親の事を亜麻色の髪の娘はドクトルと呼ぶ。
いつも通り2人で使うには広すぎる部屋で、その部屋に合わせたサイズのテーブルに盛大に余白を残して用意された昼食は、ライ麦パンを盛ったカゴを中心に小さな肉片が幾つか透けて見える薄そうなスープと茹でた豆であった。
私は、まだ湯気が立ち昇る昼食を眺めながら思ったことを言葉にした。
「ドクトルも一緒がいい」
「黒猫さんは優しいのね」
亜麻色の髪の娘はそうは言ったが、仕方ないといった感じで1人で食べ始めた。
私は“この場所”での役割がまだハッキリと出来ていない。
ドクトルは屋敷の東側のラボにいる。
早足で向かって扉にジャブを打ち込む。
こんこんっと軽快な音をたてて入室の許可を求める。
「おぅ! 入っとくれ」
実は入室を許されたのは初めてであった。
ドクトルの許可を得たので速やかに入室する。
屋敷は、お世辞にも広いとは言えなかったが、決して小さくて狭いものでもなかった。
このラボも然り。
広々とした造り、高い天井、用途不明の道具類。ん?道具類は屋敷の規模とは関係なかったか。
とにかく、ドクトルのラボは一目見た瞬間から私の好奇心を掻き立てる場所になっていた。
「サディに言っておいたんだがな! 2人で先に始めていてくれと」
「わかっている、それ。しかし、一緒がいい」
私は言いながらドクトルの手元から目が離せないでいた。
少し視点を変えて見たなら、ドクトルの作業そのものの異常さに気が付いたかもしれない。
だがその時の私には、全てが珍しく興味の対象であった。
ドクトルは、入り口から半階下がった造りの部屋の、中央に据え付けられた手術台に固定されている大きなモノを中心にして、何事か呟きながらウロウロしていた。
その、手術台に固定されている大きなモノとは、人間のようでいて全身縫合の跡だらけ。
肌の色は褐色で、頭部と肘・膝から先は動物。
元の状態は動物、つまり、馬の形を留めていた。
「キミ、これを見てどう思う? 全く思う事がない、などという事こそないと思うが」
ドクトルの期待に満ちた眼に射貫かれた私は、この会話の意図を正確に理解してはいたが、素直に感想を述べるとか作品の評価を行うなどヌルイ考えは直ぐに消し飛び、自分の中の創作意欲に着いた火を燃焼させる事を優先させ、頭部の加工を任せてほしいとお願いした。
「キミがどういうつもりで言っているのか解らんが、まあいい。やってみなさい」
ドクトルは、これまで見てきた大人の人間の中でも、群を抜いて寛容であった。
私は好機を得た!
早速得物を選ぶと嬉々として馬の頭をいじりはじめた。
私は感覚に任せて皮膚を骨から剥ぐように捲りあげると、筋肉はそのままにして、露わになった髑髏のラインを把握する事に集中した。
一番奇麗なラインが見えたところで整形作業に入った。
私は無我夢中で手を動かした。
そうして満足のいく作業が完了した時、馬の頭はヒトの頭のようなものになっていた。
パチパチと、思わずしてしまった拍手に感情の高ぶりを自覚しながらドクトルが、
「・・・メスさばきといい縫合の手際といい“見事”としか言いようがないわい。オマエさん、何処でソレを修めなさった?」
と、べた褒めしつつ、その他の可能性について想像を巡らせては、笑いが止まらないといった感じだ。
私の目論見は当たったのだ!
ドクトルは私に興味を持った、それも相当深く知りたがっている。
「独学」
当たり障りのない風な本当のことを端的に言う。
余計な情報を与えないのがベストだ。
ウソもいけない!
根っこが偽りだと後々土台がもろくなる。
「なんと!? 冗談なら嫌みが過ぎるぞ」
こうなると作業どころではない!
ドクトルは一旦休憩にすると、私を伴い食堂へ向かう。
この時の私は、これから先のことなどまだ考える余地も無かった。
とっくに食べ終えて午後の用事に入っていた亜麻色の髪の娘は、運悪く我々と鉢合わせしてしまった為、食堂へ戻る羽目になった。
“ビクトル・フランクスタイン”
まず、ドクトルは自らをそのように名乗った。
食卓には、一旦下げられ温め直された昼食が、旨そうな臭いを漂わせていた。
温かい内に頂こうではないか。ドクトルは自らライ麦パンを手に取りながら私にも勧めてくれた。
「そう云えばキミ、名前は何というのかね?」ドクトルが尋ねた。
「あら嫌だ! わたし、黒猫さんに名前があるなんて考えもしなかったわ。」
娘は血色のよい赤みが差した舌をチロっと出して見せながら自分で自分の頭を軽くコヅいた。
「こらっ! サディ、失礼だぞ。まったく! 」ドクトルが私に目で先を促している。
「キールにゃあ」!・・・噛んだ“にゃあ”って?私は顔が真っ赤になるのを感じていた。
“キール”というのはこの地からうんと北に行ったところにある領地で、行ってみたいと思う憧れの地だ。名乗るのならこれが良い、ずっとそう思っていた。
「キー・ルニア、さん」亜麻色の髪の娘が勝手に誤解して名前を付けてくれた。意味なんてないが、私にとっては物凄く意味のある誤解だった。
「ではルニアくん、ようこそフランクスタイン家へ! 我が家はキミを心から歓迎しよう」ドクトルが水の入ったカップを高々と挙げて祝杯を気取ってみせた。
「本当よ。いつまでもいてくださいね、黒猫さん」亜麻色の髪の娘は天然らしい。
「おいおい、もうただの黒猫さんじゃないぞ?」ドクトルがイイ人なのは良く分かった。
「あら嫌だ! ごめんなさい、黒猫さん」どうしても私を“黒猫さん”と呼びたいらしい。
「だから黒猫さんじゃないというのに」笑い声が拡がる。ぬくぬくでまったりした空間が出来上がっていくのを感じる。なんて心地よい。
私にとって、この親子との暮らしは実に有意義な時間であった。
何といっても親族を知らない私にとって、はじめて出来た家族のようなものであったからだ。
この経験がなければ、私は人間ではなく、本物の化け物になっていただろう。
私を“黒猫さん”と呼ぶこの娘、亜麻色の髪の娘は“サディ”と呼ばれていた。
家族は父親だけ。その父親も、最近では本業をそっちのけで何かに夢中で家は傾きかけているのが実状らしい。
それが証拠に、街外れに位置する屋敷は、お世辞にも栄えているとは言い難いややくたびれた状態であった。
それでも市民階級は高いことが見て分かる程に屋敷は立派な造りをしていた。
そんな屋敷にメイドも使わず父親と2人暮らし。
医者だというのに、この1週間訪ねて来る者もなければ往診に出掛ける様子もない。
一体何なんだ?
亜麻色の髪の娘は屋根裏部屋から風が吹き抜けるのを感じて足を運んだ。
屋根裏部屋の窓が開け放たれたままになっているのを見つけてホッと胸を撫で下ろした。
「黒猫さん・・・?」
窓の外から返事が聞こえた気がして、開け放たれた窓から身を乗り出す。
「こちらでしたか。高い所お好きなんですね。」
娘が屋根裏部屋の窓から半身を乗り出して楽しそうに笑顔を見せた。
「?」屋根の上でのんびりしていた私は、困り顔をして笑った。
私は、この娘に弱みがある。(非常にまずいトコロを見られてます!)
父親の方には、借りがある。(下宿させて頂いてます!)
「お昼にしませんか?」
娘は忙しそうに手の甲で額の汗を拭うと、私を待たずに行ってしまった。
「・・・」
私は少しの間ポカンとしていたが“お昼”という単語に魅力を感じて、急いで彼女の後を追った。
「ドクトルは手が離せないそうだから、2人でいただきましょう」
父親の事を亜麻色の髪の娘はドクトルと呼ぶ。
いつも通り2人で使うには広すぎる部屋で、その部屋に合わせたサイズのテーブルに盛大に余白を残して用意された昼食は、ライ麦パンを盛ったカゴを中心に小さな肉片が幾つか透けて見える薄そうなスープと茹でた豆であった。
私は、まだ湯気が立ち昇る昼食を眺めながら思ったことを言葉にした。
「ドクトルも一緒がいい」
「黒猫さんは優しいのね」
亜麻色の髪の娘はそうは言ったが、仕方ないといった感じで1人で食べ始めた。
私は“この場所”での役割がまだハッキリと出来ていない。
ドクトルは屋敷の東側のラボにいる。
早足で向かって扉にジャブを打ち込む。
こんこんっと軽快な音をたてて入室の許可を求める。
「おぅ! 入っとくれ」
実は入室を許されたのは初めてであった。
ドクトルの許可を得たので速やかに入室する。
屋敷は、お世辞にも広いとは言えなかったが、決して小さくて狭いものでもなかった。
このラボも然り。
広々とした造り、高い天井、用途不明の道具類。ん?道具類は屋敷の規模とは関係なかったか。
とにかく、ドクトルのラボは一目見た瞬間から私の好奇心を掻き立てる場所になっていた。
「サディに言っておいたんだがな! 2人で先に始めていてくれと」
「わかっている、それ。しかし、一緒がいい」
私は言いながらドクトルの手元から目が離せないでいた。
少し視点を変えて見たなら、ドクトルの作業そのものの異常さに気が付いたかもしれない。
だがその時の私には、全てが珍しく興味の対象であった。
ドクトルは、入り口から半階下がった造りの部屋の、中央に据え付けられた手術台に固定されている大きなモノを中心にして、何事か呟きながらウロウロしていた。
その、手術台に固定されている大きなモノとは、人間のようでいて全身縫合の跡だらけ。
肌の色は褐色で、頭部と肘・膝から先は動物。
元の状態は動物、つまり、馬の形を留めていた。
「キミ、これを見てどう思う? 全く思う事がない、などという事こそないと思うが」
ドクトルの期待に満ちた眼に射貫かれた私は、この会話の意図を正確に理解してはいたが、素直に感想を述べるとか作品の評価を行うなどヌルイ考えは直ぐに消し飛び、自分の中の創作意欲に着いた火を燃焼させる事を優先させ、頭部の加工を任せてほしいとお願いした。
「キミがどういうつもりで言っているのか解らんが、まあいい。やってみなさい」
ドクトルは、これまで見てきた大人の人間の中でも、群を抜いて寛容であった。
私は好機を得た!
早速得物を選ぶと嬉々として馬の頭をいじりはじめた。
私は感覚に任せて皮膚を骨から剥ぐように捲りあげると、筋肉はそのままにして、露わになった髑髏のラインを把握する事に集中した。
一番奇麗なラインが見えたところで整形作業に入った。
私は無我夢中で手を動かした。
そうして満足のいく作業が完了した時、馬の頭はヒトの頭のようなものになっていた。
パチパチと、思わずしてしまった拍手に感情の高ぶりを自覚しながらドクトルが、
「・・・メスさばきといい縫合の手際といい“見事”としか言いようがないわい。オマエさん、何処でソレを修めなさった?」
と、べた褒めしつつ、その他の可能性について想像を巡らせては、笑いが止まらないといった感じだ。
私の目論見は当たったのだ!
ドクトルは私に興味を持った、それも相当深く知りたがっている。
「独学」
当たり障りのない風な本当のことを端的に言う。
余計な情報を与えないのがベストだ。
ウソもいけない!
根っこが偽りだと後々土台がもろくなる。
「なんと!? 冗談なら嫌みが過ぎるぞ」
こうなると作業どころではない!
ドクトルは一旦休憩にすると、私を伴い食堂へ向かう。
この時の私は、これから先のことなどまだ考える余地も無かった。
とっくに食べ終えて午後の用事に入っていた亜麻色の髪の娘は、運悪く我々と鉢合わせしてしまった為、食堂へ戻る羽目になった。
“ビクトル・フランクスタイン”
まず、ドクトルは自らをそのように名乗った。
食卓には、一旦下げられ温め直された昼食が、旨そうな臭いを漂わせていた。
温かい内に頂こうではないか。ドクトルは自らライ麦パンを手に取りながら私にも勧めてくれた。
「そう云えばキミ、名前は何というのかね?」ドクトルが尋ねた。
「あら嫌だ! わたし、黒猫さんに名前があるなんて考えもしなかったわ。」
娘は血色のよい赤みが差した舌をチロっと出して見せながら自分で自分の頭を軽くコヅいた。
「こらっ! サディ、失礼だぞ。まったく! 」ドクトルが私に目で先を促している。
「キールにゃあ」!・・・噛んだ“にゃあ”って?私は顔が真っ赤になるのを感じていた。
“キール”というのはこの地からうんと北に行ったところにある領地で、行ってみたいと思う憧れの地だ。名乗るのならこれが良い、ずっとそう思っていた。
「キー・ルニア、さん」亜麻色の髪の娘が勝手に誤解して名前を付けてくれた。意味なんてないが、私にとっては物凄く意味のある誤解だった。
「ではルニアくん、ようこそフランクスタイン家へ! 我が家はキミを心から歓迎しよう」ドクトルが水の入ったカップを高々と挙げて祝杯を気取ってみせた。
「本当よ。いつまでもいてくださいね、黒猫さん」亜麻色の髪の娘は天然らしい。
「おいおい、もうただの黒猫さんじゃないぞ?」ドクトルがイイ人なのは良く分かった。
「あら嫌だ! ごめんなさい、黒猫さん」どうしても私を“黒猫さん”と呼びたいらしい。
「だから黒猫さんじゃないというのに」笑い声が拡がる。ぬくぬくでまったりした空間が出来上がっていくのを感じる。なんて心地よい。
私にとって、この親子との暮らしは実に有意義な時間であった。
何といっても親族を知らない私にとって、はじめて出来た家族のようなものであったからだ。
この経験がなければ、私は人間ではなく、本物の化け物になっていただろう。
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