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西方編

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大男は悟の胸ぐらを掴み、上げた。
「やめて!お兄ちゃんは私を逃がす為に逃げたの!」

風花の叫びを無視して大男は悟に腹に一撃。悟が俯いたとこを背中に一撃。地面に叩き落とし力無く倒れた悟を見て大男は広間に戻ろとして歩んだ途端に後ろから殺気を感じ振り返った時には大男の顔の前まで悟の拳が迫っていた。

「うっ!」
間一髪、悟の攻撃を左手で受けて掴むと悟は掴まれた手首を捻り、右足で大男の横腹を蹴った。

「おー!すげえ俊敏な動きだ!」
「やる気だぞ!」
「小僧!倒しちまえ!」
広間から歓声が上がる。

「まるでさっきの覇気のない者とは別人のような動きだ」
悟を今坂城に連れてきた男が呟いた。


悟は低い姿勢から飛び上がり空中で三段蹴りを大男に当てた。

「効かん!」

大男が大きな振りで殴ると、悟は容易く避けて懐に入り大男の腕の関節を殴った。
腹に連撃を当てると、一旦距離を置き片足を大きく上げて構えた。

「あの構え……どこかで見たぞ。覚えているか?数年前に拳法使いの趙烏龍って強い男が中庭で練習中に突然死したの。あの趙の構えに似ている」
広間にいた男が隣の男に聞くと、頷いた。
「間違い趙烏龍の構えだ!なんであの青年が趙の構えを知っているんだ?」

悟は大男に躊躇なく向かう。また大男に蹴りを当てた。しかし大男と悟の対決は速さと技の上では悟が優勢だが、大男の巨体と力には及ばなかった。
悟の顔に大男の渾身の一撃が入ると、悟は気絶した。そして大男は叫んだ。

「いいか皆のもの。藤次郎は親友だ!藤次郎は2人の命を助けた。我が名は権野寺武彦。親友が託した2人の命は預かる!」

「おー!」
「いいぞ!権野寺!」
「強く鍛えてやれよ」
今坂城の広間にいた皆は悟と風花を温かく迎え入れた。


 数時間後、顔の痛みと共に起き上がると権野寺が座っていた。
「ひぇ!」

「恐ろしいか?先程はよい勝負であった」

「勝負?」

権野寺の横に座る風花が口を開く。
「お兄ちゃん。すごく強かったよ。権野寺さんより強くて格好良い動きだった」

「覚えてない。ただお腹を殴られた記憶はあるけど、それ以降の記憶がない」

「すまない。少々強く殴り過ぎた」

権野寺が頭を下げる。
太く長い眉毛は目尻にかけて吊り上がり常に鋭い眼光が光る。鼻の下には顔の両端まで髭が伸びている。髪は長く後ろで束ねられていた。
身長は2m近くあり藤次郎よりも大きい。

「ここは侍衆が使える長屋。2人の為に一軒用意させたから自由に使ってくれ」

「侍衆?」

「うむ。まずは格という称号の最底辺が足軽だ。足軽から侍になり、侍から剣豪と格が上がる。悟が今坂の殿に仕えるなら、格は足軽から始まる」

「仕えたいです!争いのない世にしたい」

「争いのない世か……同じ考えだ。それに今坂の皆も同じ気持ちでだろう。戦ばかりの世も懲り懲りだ。よし!主従の誓いは守られてた。ここに悟を今坂の兵として認めよう」

「もういいのか?」

悟は、あっさりした誓いの儀式だと思った。何より殿様との誓いなのに権野寺武彦によって認められ不自然に思った。

「殿様との誓いは?主従の誓いは終わりですか?」

「うむ。今坂の地を治めるのは、我が権野寺家の使命。我がここの領主だ」

「「えーー!」」

慌てて土下座する悟と風花。

「権野寺様が殿様!数々の無礼申し訳ございません」

「殿様ではなく、権野寺と呼んでくれ。皆もそう呼んでいる。それに堅苦しいのは嫌いだ。頭を上げよ」

「はい」

「傷が癒えたら今坂城に来い。次の戦の前に鍛錬をせねば」

「はい!」

権野寺が長屋を出ると2人はぐったりと疲れた。
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