異世界隠密冒険記

リュース

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第一部「六色の瞳と魔の支配者」編

王都感謝祭・二日目・夜中

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 リンカは、部屋で一人になった後、呟きを漏らした。


「クロトさん・・・。私は、あなたが好きです。」


 リンカの瞳からは涙が零れている。

 
「とても優しいあなたのことが、どうしようもなく好きです。」


 とても辛そうな表情で、自分の想いを口にした。


「でも、私は・・・あなたを諦めます。私には、勿体ない人だから・・・。」


 自分とクロトでは、余りにも釣り合わない。

 振られることも分かりきっている。

 だから、自分の想いを、消し去ることにしたのだ。


「でも、今日だけは、あなたを好きで居させてください・・・。」


 リンカのそんな懇願は・・・・・・







「馬鹿ですわね、あなた。」

「っ!?」


 マリアの声に遮られた。


 自分以外の声が近くから聞こえて、自分の部屋を見回す。

 すると、部屋の外から、人が入って来た。


「マリア、さん・・・?」

「わたくしは種族的に耳がいいんですの。隣の部屋まで聞こえてきましたわ。」


 マリアの部屋は、リンカの隣なのだ。


「っ・・・このことは、クロトさんには黙っていて貰えませんか・・・?」

「黙っているもなにも・・・・・・。」


 少し躊躇った後、マリアは衝撃の発言をした。






「クロトであれば、とっくに気づいていると思いますわよ?」

「・・・・・・えっ?」


 マリアの言葉を理解できないリンカ。


「わたくしでも気づいたことを、クロトが気づかないとは思いませんわ。」

「えっ・・・じゃあ・・・。」


 頭の中が混乱して、収拾がつかない。

 
「恐らく、あの花火はメッセージですわ。」

「メッセージ・・・?」

「ええ。あなたの想いに答えられないことへの謝罪も含めているんですの。」

「っ・・・。」


 つまり、自分は遠回しに振られていたのかと。

 再び涙が溢れ出す。

 分かってはいても、実際に突き付けられると辛いものだ。


「誤解なさらないでくださいまし。振られた訳ではありませんわよ。」


 泣き出したリンカを見て、慌てて続きを話すマリア。


「つまり、時間を貰えないか、ということですわ。」

「時間、を・・・?」

「ええ。必ず答えを出すから、早まらずに待っていて欲しいということですわ。」

「なぜそんな風に思うんですか・・・。」


 正直、そんなことを言われても信じられない。

 全て、マリアの出鱈目なのではないか。

 失礼ながらも、そう思わざるを得ない。


 その疑問への答えは、至極簡単なものだった。










「クロトがどうでもいい人のために、あそこまでするわけが無いですわ。」


 その答えは、リンカの中に浸透していった。



 
 クロトとて、あれ程の花火は、一朝一夕には作れない。

 時間を掛けたし、苦労もした。

 リンカの為に、それ程の労力を使った。


 クロトがリンカの想いに気づいたのは、宿で暴漢から助けた翌日。

 あの時から、この日の準備をしていた。

 肩の力を抜かせて、同時に、メッセージにしようと思った。

 ローナにそういった才能もあったのは僥倖だったし、クロトの知識も役立った。

 王都の祭りで使うことになったのは、予想外のことだったが。



 クロトは、リンカのことを好きではない。

 だが、好意が無い訳では無い。

 あの合理的なクロトが、合理的判断で振ることを躊躇うほどには。

 その程度には好意を持っている。


 気づいていながら、受け入れることも、振ることもできない。

 気づかない振りということもしたくない。
 

 そんなクロトに出来たのが、今回のメッセージだ。


 今の自分に、リンカを受け入れることは出来ないから。

 少しだけ待っていてはもらえないか。

 その間にリンカが心変わりしても、何も言わないから、と。



「私は、クロトさんを好きでいてもいいんですか・・・?」

「そういうメッセージを送った以上、当然ですわね。」


 それを聞いたリンカは、涙を流した。

 今回は、嬉し涙だったが。



 

 その後リンカは必要以上に、肩に力が入らなくなった。

 そして、恋を諦めずに済んで、とても幸せそうだった。

 ほんの少しでも、受け入れてもらえる可能性があると分かったのだ。

 嬉しくないわけがない。

 陰ながら心配していた女将さんも、一安心だった。









 そして、リンカの部屋を出たマリアは。



「クロト、私をメッセンジャーに使うなんて、いい度胸ですわね?」

「ごめんよ。流石に、あんな分かり辛いメッセージは伝わらないからね。」


 そう、クロトは始めから、マリアに頼んで伝えてもらうつもりだったのだ。


「だいたい、あんな小さい声が聞こえる耳って、どんな耳ですの・・・。」

「ああ・・・まあ、無理があったよね、その言い訳。」

「いつバレるかとヒヤヒヤしましたわ。」

「ありがとう、マリア。じゃあ、おやすみ。」


 クロトはそう言って、その場を去った。


 マリアはそれを確認して、一人呟いた。








「あのメッセージ、わたくしにも送っていると思って、いいんですわよね・・・?」



 マリアは、自分の想いを整理しながら、自分の部屋に戻ったのだった。







 そしてクロトは・・・・・・


「リンカにも、マリアにも、ちゃんと伝わったよね・・・?」


 普段のクロトは、こんな手の込んだことは、当然しない。

 だが、リンカとマリアは、早まった真似をしそうで怖かったのだ。

 それが怖かった、ということはつまり・・・。


「何年かかるか。20歳になっても答えは出ないかもしれないけど・・・。」


 自分の中に、確かに芽生えつつある気持ちを、確かめつつ。


「少しだけ、僕に時間をください。リンカ、マリア。」



 こうして、王都感謝祭二日目の夜は過ぎて行った。



 なお、ちゃんとアクアたちには報告済みだ。

 その辺は抜かりないクロトであった。


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