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対策その1
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「どうしたんだよ。祐、変だぞ?なんかあった?」
「ストーカーが特別講師で今日俺の受けてる講義をしてた。」
「どういうこと?」
「そのまんまだよ。」
祐樹は詳しく説明した。
「嘘だろ。その、ストーカーハイスペックすぎね?祐、逃げ場ないじゃん。」
確かに、圭太の言う通りだ。逃げ場がない。理事長には歓待され教授には敬意を払われる。大学では、一学生の自分より幅を利かせている。そういえば、今朝アパートの大家も楽しそうに昌磨と話をしていた。自分の空間が自然にかつ合法的に侵される。もはや、祐樹とその事情を知る圭太のみが味方だ。
「俺、どうすればいい?」
「どうって言われても、俺じゃあ、手に負えない感じだよな。」
圭太も困惑気味だ。
「今日健一と練と会うじゃん。次の授業で。あいつらにも相談してみよ。練は、あんまだけど、健一なら何か考えてくれるよ。」
圭太は気を遣って、励ますように言ってくれた。二人が、あのスーパー変態に何か強い対抗手段を持っている訳ではないが、仲間がいるということは心強い。
祐樹と圭太はファミレスで食事を済ませると居座ることはせず、直ぐに会計を済ませた。
二人ははファミレスから大学に戻り、次の講義が行われるA棟の302の教室に入った。入り口近くの席に仲間の日笠練と村木健一が座っていたのがみえたので、祐樹と圭太は二人に合流した。
「もしさ、断っても断ってもしつこく付きまとってくる女がいたらどうする?」祐樹は二人にもアイディアを求めた。
「なんだ、それ。」練は話の趣旨がいまいちつかめず逆に聞き返した。
「仕方ないから、あきらめて付き合うかな。ただし、顔が最悪だったらほかに付き合ってるやつがいるから無理って言う。」健一は、事情を気にする風でもなく本音を含めて直ぐに答えた。健一の後半の解答に関しては試してみる価値があるかもしれない。
「なあ、なんかあったの?」練は、興味をそそられたようでもう一度祐樹に聞き返してきた。しかし、祐樹には無視されたので、事情を知ってそうな圭太に聞いた。
「なあ、圭太。なんかあったんだろ。祐、もしかしてストーカーにあってる?」練は適当に言ったのかもしれないが、完全に的を射ている。
四人が話している間に、教授が教室に入ってきたので、一旦話を切り上げて講義の準備を始めた。しかし、講義中にも練は話を聞き出そうと圭太と祐樹にこっそり絡んできたが、全て曖昧にごまかした。
この講義が終われば、今日はおしまいだが、練だけはこの後ゼミがあるので別れた。残りの三人は、就活の情報収集をしようとパソコン室に向かった。空いている席に着くと、祐樹はもう一度健一に先ほどのことについて話そうと思った。練は、口が軽いというわけではないが、話してはいけないということを時折忘れてしまう。話が盛り上がったり興奮したりするとポロっと口から出てしまうのだ。その点、健一は口が堅く、人の事情に深入りしようとしない。それに、頭が回る。頼るにはいい相手だ。それでも、全ては話せないから、要点だけかいつまんで説明した。
なるほどねと言いつつ、健一は少し笑った。
「でも、祐の見た目に騙されるのはわかる気がするな。」
「健一、お前を笑わせるために話したんじゃねえぞ。」
「そうだな。一連の行為をその昌磨の親に言ってみたら?もしくは、講義前に言ったように、恋人がいるとか。でも、話を聞く限りそいつの親がまともか、恋人がいるといった場合、普通の人のように諦めるかは保証しないけど。」
健一に話した意義はあった。なかなかいい案だと感じた。何もやらないよりは、やった方が可能性がある。今日昌磨に迎えに来させて、家の方に行けるかどうか聞いてみよう。
三人で就活に向けて、ある程度の調べものをしてから解散した。健一と圭太には別れ際、詳細報告しろよといって帰っていったが、二人ともニヤついていたのが気に入らない。
祐樹は携帯電話を取り出して、昌磨に電話をかけた。最初のコールが鳴りやまないうちに、昌磨は電話に出た。
「もしもし、俺だけど、朝いつも下ろしてくれてるところで待ってるから迎えにきてよ。」
昌磨はうれしそうな声で、返事をして電話を切った。
指定した場所で待つこと十分。祐樹の立っている場所にぴったりの位置で、綺麗に車が停まった。朝とはまた違う車で、黄色のスポーツカー。そう言えば、練は車好きだ。見かけたら、すごい勢いで食いついてきそうだ。祐樹が車に乗り込んでドアを閉めると、前方でゼミを終わらせた練がちょうど数人の仲間とこっちに向かってくるところだ。なんて、タイミングだ。
昌磨は祐樹が車に乗ると嬉しそうに話しかけた。
「祐樹さんが帰りに呼んでくれるなんて初めてですね。」
「ああ、そうだっけ。」祐樹は昌磨のそんな様子には目もくれず、練がこっちに気づくのではないかと心配していた。はやく車を出してほしかったが、それほど大きくない道でも交通量が多い道路だ。ウィンカーの合図が見えても、譲ってくれる車はなかなか現れない。
「祐樹さんどうかされましたか?」
そんな祐樹の様子に昌磨は気が付いたのか、祐樹の目線の先をたどった。
「ご友人ですか?」
「そうだよ。それより、まだ出発しねえの?」
「道がなかなかあかなくって。もしご友人なら、一声かけられますか?」
そんな、面倒ごとを自分から作るまねはしない。そういえば、練って目は良かったっけ?今乗っている車はスモークガラスでない。遠くから、ガラス越しに祐樹だと気づかれたら確実に絡まれる。
練は今日の祐樹の質問にまだこだわっていた。ゼミ仲間で祐樹と顔見知りのやつらに片っ端から最近の祐樹の噂について聞きまわったが、何も得られなかった。諦めて、ゼミが終わった今、みんなでラーメン屋に行くところだ。
校門をくぐって歩いたところで少し離れた場所に黄色のスポーツカーが見えた。練はその車に見覚えがあった。車専門雑誌で特集が組まれていた超高級車。ギェノムHT。一億円以上する車だ。それをこんなところで拝めるなんて。練は交通量を確認した。あと何台か車が通りすぎれば、道路は空く。そしたら、あの車は行ってしまう。それより前に、近くで拝んでみたい。練は、仲間に声もかけず地下道を降りて慌てて車の傍まで駆け寄った。
しかし、近くで見た瞬間その車の流れるようなフォルムよりも助手席に座っている人物に目がいってしまった。助手席にいたのは祐樹だ。なんで祐樹が乗ってるんだ?もっと近くで、確認しようとしたが、ちょうど道が空いたようでそのまま車は出て行ってしまった。運転手は誰だろう。祐樹とどんな関係がある人なんだ。もしかして、今日の講義前に話していたことと関係がある?今すぐ理由を聞きたい。携帯電話でメッセージを入れたが、既読にはならなかった。
結局、練に見られてしまった。あいつのことだ、絶対騒ぎ立てる。そう思っているうちに、携帯電話が鳴った。確認しなくてもわかる。練だ。
昌磨は先ほどから練とのことが気になっているようで、携帯電話を確認しなくてもよいのかと聞いてきた。無視させて、車を出させたのは祐樹が指示したからだ。
「いいんだよ。あそこで、色々話してたら面倒になるから。それより、お前の親父って今何してんの?」
「僕の父親ですか?今は確か、商談のためにイギリスにいると思います。」
さすがに、金持ちだけあって忙しい。これは、会うのも一苦労だ。
「どうかされましたか?」
「いや別に。」
祐樹は仕方ないので、健一が提案した別の案を採用することにした。早速、携帯電話を取り出して、誰か、協力してくれる女の子はいないかメッセージを送った。健一は顔が広く知り合いが多い。送信して間もなく返事が来た。
『了解。ちょっとあたってみる。』
メッセージを確認して祐樹は携帯電話をしまった。結局、昌磨をよんで父親に会うという計画は実行不可能。その上、練に事の一部を知られただけ損してしまった。
「祐樹さんは僕の親族に、会いたいですか?」
「まあそうだな。」
「兄と、母なら今日本にいます。」
「本当か?」
そうか、別に父親でなくてもいいわけだ。兄はともかく、母親なら話をすれば、自分の子供のバカな行動を諫めてくれる。
「じゃあ、お前のお母さんでイイや。会わせてほしい。」祐樹の随分失礼な言い方に昌磨は気にするそぶりもなく、むしろなぜか照れるように承諾した。その変な態度には少し引っ掛かったが、今更昌磨のおかしな言動に祐樹はいちいち気に留めることはしなかった。車を走らせること一時間弱。目的の家に着いた。
予想していた通り、昌磨の家は想像をはるかに超える規模で大きく、家と呼ぶよりは邸宅といった方が、相応しい佇まいだった。もう、こいつのことに関しては驚かないと決めていたのに、そのあまりの豪華ぶりに開いた口がふさがらない。車は、自動で開いた門を通り広大な日本庭園を抜けた先にあるガレージに停まった。その横長に広がるガレージには、何十台もの車が停まっていて、一目で高級車だと分かる。
「祐樹さん。こちらです。」祐樹は昌磨に案内されるまま、ついていった。これほど大きな邸宅なのだから、当然のように何人かの使用人が働いており、すれ違いざまに丁寧にお辞儀をされた。おかげで、自分は、明治時代の華族の邸宅に迷い込んだのではないかと一瞬疑ってしまった。それほど、自分が場違いな場所にいるように思えた。
「祐樹さん、母を呼んできますのでここでお待ちください。」通されたのは、高そうな絨毯がひかれ、装飾が施されたソファーが置かれた客室だった。襖は開けられており、先ほど車で通った庭とは違う方角なのだろうか、趣は異なるが見事な日本庭園が広がっていた。祐樹はソファーに腰を下ろし、庭を眺めた。ソファーは遠目から見れば新品同様だったが、近くで見ると使い込まれていることが分かった。しかし、綺麗に磨かれているおかげで、そんなことは気にならない。むしろ、小さな傷がビンテージのようないい味わいを出していた。それに、これだけ豪華なのに、こうしていると妙に落ち着く。庭の木々も、長い間この空間で生きてきたのだろう。美しく剪定されていても、それが浮くことはなくなじんでいる。設計士が優秀ということだろうか。ぼうっとして魅入っているうちに、昌磨は母親を連れて現れた。母親を日本人だと想定していたが、顔立ちと青の瞳から、外国の方だと一目でわかった。そして、ゴージャスな美人だった。
祐樹が戸惑っていると、昌磨が紹介をしてくれた。父の3番目の奥さんでナオミさんという名前で、ナオミ・キャンベルと同じ綴りだそうだ。
「初めまして。」日本語が通じるかどうか不安だったが、簡単な言葉ならわかるみたいで、片言の日本語で、挨拶をしてくれた。
祐樹は昌磨の袖を引っ張って、産みの親について聞いてみた。気を使ってこっそり聞いたのに、昌磨は気にするそぶりもなく普通の声量で説明した。今はフランスでデザイナーをしており、日本にはいないという。二人が話している内容を、今の母親ナオミが英語で聞いてきた。由美子のことですよ。と、英語はわからない俺でも、日本人の名前の発音部分は聞き取れたので、祐樹と昌磨が話した内容をごまかすことなくそのまま伝えたのだと分かった。ナオミは気分を害することもなく、普通のことのように笑顔で応えていた。第三者の俺がそれ以上立ち入るのはおせっかいかもしれないが、心配になって聞いてしまった。
「そういうことって、普通に言って良いのかよ。」
昌磨は一瞬理解できなかったようで、動きを止めたが直ぐに笑って、大丈夫ですよと話してくれた。祐樹の意図を汲んで説明してくれた。
「確かに、母親が離れていった時は悲しかったけど、その悲しみを補ってくれるものがたくさんありました。フランスにいる母に加えて、もう一人僕を大切に思ってくれる母親がいることは僕の自慢です。それに、母は僕のことを嫌いになって出て行ったわけではないんです。その事実だけで、十分です。」祐樹には、昌磨の屈託のない笑顔をみて、辛い時期を既に乗り越えていることが理解できた。目の前にいる、昌磨と継母のナオミは楽しそうに話している。きっと、ナオミは昌磨の父と再婚した後、母としての役割を果たし昌磨の寂しさを埋めるように手と尽くしてくれた一人なのだろう。
祐樹は、そんな素晴らしい環境で成長できた昌磨を羨ましく思った。
「祐樹さんは賛成ですか?」
祐樹が物思いにふけっている間に話題は随分進んだようで、突然の昌磨のふりに返事できなかった。
「悪い。聞いてなかった。なに?」
「今度、母の由美子を呼んでちょっとした食事会を開きたいと思います。もちろん、ゲストは祐樹さんです。」
なぜ、自分がゲストなのか理解できなかった。それよりも、話題がだいぶそれている。自分がここへ来た本来の目的を早く言わなければ、また話題が別の方向に行ってしまうだろう。そう思ったが、ナオミは大きな目をこちらに向けてパーティに招待した返事を待っている。仕方なしに、予定が合えばといった。遠まわしに断ったつもりだったが、昌磨が通訳した後の反応を見れば、通じてはいないようだ。このまま、パーティについて緻密な計画を立てられては困る。祐樹は一度咳払いをすることで二人の注目を集めた。相手が、日本語に詳しくないというのならまどろっこしい言葉は避けて、単刀直入に聞いた。昌磨が、男の自分を追っているのだが、それをどう思っているか。シンプルな日本語で聞いたつもりだったが、理解できなかったらしく昌磨が通訳してくれた。
ナオミは大きく笑うと、祐樹にもわかるようにノーブログラムと答えた。その返事に、驚いたが、なんとなく予想はできた。失敗だ。理由を聞くべきだろうが、聞いても自分の考えが狭いという結果になりそうで、祐樹は聞かないことにした。目的は果たしたが、これで、いきなりお暇することはできなかった。話題は祐樹の顔の可愛らしさに移り、どんな手入れをしているのか、本当に男の子なのかと、質問攻めにあった。顔のことを言われるのは嫌だが、言葉の通じない相手だと伝えることもできず、祐樹は諦めてされるがままになっていた。
ナオミのトークは止まらなかったが、ここで突如昌磨が写真を撮ろうと提案してきた。昌磨の提案に、ナオミはすぐ賛成して祐樹を間に挟んで使用人に写真を撮らせた。写真は、誘ったが今日急遽日本を立つからと断った昌磨の兄に贈られるらしい。既に兄にも、知られているようだ。しかも、写真を送りつけることに抵抗はない点を見ると、大方昌磨の家族は、昌磨のストーキング行為を、よい方にとらえているのではないかと感じた。ストーキングではなく、恋に必死な息子。
この時になって祐樹は、家族に諫めてもらうという案が失敗どころか、墓穴をより深めてしまったことに気が付いた。こっちにとっては、たちの悪ストーカーなのに、これでは事情を知らない第三者からすれば、お付き合いを前提に考えて相手の家族に会いに来たように見えるだろう。昌磨に普通を当てはめて考えたことが間違いだった。
「ストーカーが特別講師で今日俺の受けてる講義をしてた。」
「どういうこと?」
「そのまんまだよ。」
祐樹は詳しく説明した。
「嘘だろ。その、ストーカーハイスペックすぎね?祐、逃げ場ないじゃん。」
確かに、圭太の言う通りだ。逃げ場がない。理事長には歓待され教授には敬意を払われる。大学では、一学生の自分より幅を利かせている。そういえば、今朝アパートの大家も楽しそうに昌磨と話をしていた。自分の空間が自然にかつ合法的に侵される。もはや、祐樹とその事情を知る圭太のみが味方だ。
「俺、どうすればいい?」
「どうって言われても、俺じゃあ、手に負えない感じだよな。」
圭太も困惑気味だ。
「今日健一と練と会うじゃん。次の授業で。あいつらにも相談してみよ。練は、あんまだけど、健一なら何か考えてくれるよ。」
圭太は気を遣って、励ますように言ってくれた。二人が、あのスーパー変態に何か強い対抗手段を持っている訳ではないが、仲間がいるということは心強い。
祐樹と圭太はファミレスで食事を済ませると居座ることはせず、直ぐに会計を済ませた。
二人ははファミレスから大学に戻り、次の講義が行われるA棟の302の教室に入った。入り口近くの席に仲間の日笠練と村木健一が座っていたのがみえたので、祐樹と圭太は二人に合流した。
「もしさ、断っても断ってもしつこく付きまとってくる女がいたらどうする?」祐樹は二人にもアイディアを求めた。
「なんだ、それ。」練は話の趣旨がいまいちつかめず逆に聞き返した。
「仕方ないから、あきらめて付き合うかな。ただし、顔が最悪だったらほかに付き合ってるやつがいるから無理って言う。」健一は、事情を気にする風でもなく本音を含めて直ぐに答えた。健一の後半の解答に関しては試してみる価値があるかもしれない。
「なあ、なんかあったの?」練は、興味をそそられたようでもう一度祐樹に聞き返してきた。しかし、祐樹には無視されたので、事情を知ってそうな圭太に聞いた。
「なあ、圭太。なんかあったんだろ。祐、もしかしてストーカーにあってる?」練は適当に言ったのかもしれないが、完全に的を射ている。
四人が話している間に、教授が教室に入ってきたので、一旦話を切り上げて講義の準備を始めた。しかし、講義中にも練は話を聞き出そうと圭太と祐樹にこっそり絡んできたが、全て曖昧にごまかした。
この講義が終われば、今日はおしまいだが、練だけはこの後ゼミがあるので別れた。残りの三人は、就活の情報収集をしようとパソコン室に向かった。空いている席に着くと、祐樹はもう一度健一に先ほどのことについて話そうと思った。練は、口が軽いというわけではないが、話してはいけないということを時折忘れてしまう。話が盛り上がったり興奮したりするとポロっと口から出てしまうのだ。その点、健一は口が堅く、人の事情に深入りしようとしない。それに、頭が回る。頼るにはいい相手だ。それでも、全ては話せないから、要点だけかいつまんで説明した。
なるほどねと言いつつ、健一は少し笑った。
「でも、祐の見た目に騙されるのはわかる気がするな。」
「健一、お前を笑わせるために話したんじゃねえぞ。」
「そうだな。一連の行為をその昌磨の親に言ってみたら?もしくは、講義前に言ったように、恋人がいるとか。でも、話を聞く限りそいつの親がまともか、恋人がいるといった場合、普通の人のように諦めるかは保証しないけど。」
健一に話した意義はあった。なかなかいい案だと感じた。何もやらないよりは、やった方が可能性がある。今日昌磨に迎えに来させて、家の方に行けるかどうか聞いてみよう。
三人で就活に向けて、ある程度の調べものをしてから解散した。健一と圭太には別れ際、詳細報告しろよといって帰っていったが、二人ともニヤついていたのが気に入らない。
祐樹は携帯電話を取り出して、昌磨に電話をかけた。最初のコールが鳴りやまないうちに、昌磨は電話に出た。
「もしもし、俺だけど、朝いつも下ろしてくれてるところで待ってるから迎えにきてよ。」
昌磨はうれしそうな声で、返事をして電話を切った。
指定した場所で待つこと十分。祐樹の立っている場所にぴったりの位置で、綺麗に車が停まった。朝とはまた違う車で、黄色のスポーツカー。そう言えば、練は車好きだ。見かけたら、すごい勢いで食いついてきそうだ。祐樹が車に乗り込んでドアを閉めると、前方でゼミを終わらせた練がちょうど数人の仲間とこっちに向かってくるところだ。なんて、タイミングだ。
昌磨は祐樹が車に乗ると嬉しそうに話しかけた。
「祐樹さんが帰りに呼んでくれるなんて初めてですね。」
「ああ、そうだっけ。」祐樹は昌磨のそんな様子には目もくれず、練がこっちに気づくのではないかと心配していた。はやく車を出してほしかったが、それほど大きくない道でも交通量が多い道路だ。ウィンカーの合図が見えても、譲ってくれる車はなかなか現れない。
「祐樹さんどうかされましたか?」
そんな祐樹の様子に昌磨は気が付いたのか、祐樹の目線の先をたどった。
「ご友人ですか?」
「そうだよ。それより、まだ出発しねえの?」
「道がなかなかあかなくって。もしご友人なら、一声かけられますか?」
そんな、面倒ごとを自分から作るまねはしない。そういえば、練って目は良かったっけ?今乗っている車はスモークガラスでない。遠くから、ガラス越しに祐樹だと気づかれたら確実に絡まれる。
練は今日の祐樹の質問にまだこだわっていた。ゼミ仲間で祐樹と顔見知りのやつらに片っ端から最近の祐樹の噂について聞きまわったが、何も得られなかった。諦めて、ゼミが終わった今、みんなでラーメン屋に行くところだ。
校門をくぐって歩いたところで少し離れた場所に黄色のスポーツカーが見えた。練はその車に見覚えがあった。車専門雑誌で特集が組まれていた超高級車。ギェノムHT。一億円以上する車だ。それをこんなところで拝めるなんて。練は交通量を確認した。あと何台か車が通りすぎれば、道路は空く。そしたら、あの車は行ってしまう。それより前に、近くで拝んでみたい。練は、仲間に声もかけず地下道を降りて慌てて車の傍まで駆け寄った。
しかし、近くで見た瞬間その車の流れるようなフォルムよりも助手席に座っている人物に目がいってしまった。助手席にいたのは祐樹だ。なんで祐樹が乗ってるんだ?もっと近くで、確認しようとしたが、ちょうど道が空いたようでそのまま車は出て行ってしまった。運転手は誰だろう。祐樹とどんな関係がある人なんだ。もしかして、今日の講義前に話していたことと関係がある?今すぐ理由を聞きたい。携帯電話でメッセージを入れたが、既読にはならなかった。
結局、練に見られてしまった。あいつのことだ、絶対騒ぎ立てる。そう思っているうちに、携帯電話が鳴った。確認しなくてもわかる。練だ。
昌磨は先ほどから練とのことが気になっているようで、携帯電話を確認しなくてもよいのかと聞いてきた。無視させて、車を出させたのは祐樹が指示したからだ。
「いいんだよ。あそこで、色々話してたら面倒になるから。それより、お前の親父って今何してんの?」
「僕の父親ですか?今は確か、商談のためにイギリスにいると思います。」
さすがに、金持ちだけあって忙しい。これは、会うのも一苦労だ。
「どうかされましたか?」
「いや別に。」
祐樹は仕方ないので、健一が提案した別の案を採用することにした。早速、携帯電話を取り出して、誰か、協力してくれる女の子はいないかメッセージを送った。健一は顔が広く知り合いが多い。送信して間もなく返事が来た。
『了解。ちょっとあたってみる。』
メッセージを確認して祐樹は携帯電話をしまった。結局、昌磨をよんで父親に会うという計画は実行不可能。その上、練に事の一部を知られただけ損してしまった。
「祐樹さんは僕の親族に、会いたいですか?」
「まあそうだな。」
「兄と、母なら今日本にいます。」
「本当か?」
そうか、別に父親でなくてもいいわけだ。兄はともかく、母親なら話をすれば、自分の子供のバカな行動を諫めてくれる。
「じゃあ、お前のお母さんでイイや。会わせてほしい。」祐樹の随分失礼な言い方に昌磨は気にするそぶりもなく、むしろなぜか照れるように承諾した。その変な態度には少し引っ掛かったが、今更昌磨のおかしな言動に祐樹はいちいち気に留めることはしなかった。車を走らせること一時間弱。目的の家に着いた。
予想していた通り、昌磨の家は想像をはるかに超える規模で大きく、家と呼ぶよりは邸宅といった方が、相応しい佇まいだった。もう、こいつのことに関しては驚かないと決めていたのに、そのあまりの豪華ぶりに開いた口がふさがらない。車は、自動で開いた門を通り広大な日本庭園を抜けた先にあるガレージに停まった。その横長に広がるガレージには、何十台もの車が停まっていて、一目で高級車だと分かる。
「祐樹さん。こちらです。」祐樹は昌磨に案内されるまま、ついていった。これほど大きな邸宅なのだから、当然のように何人かの使用人が働いており、すれ違いざまに丁寧にお辞儀をされた。おかげで、自分は、明治時代の華族の邸宅に迷い込んだのではないかと一瞬疑ってしまった。それほど、自分が場違いな場所にいるように思えた。
「祐樹さん、母を呼んできますのでここでお待ちください。」通されたのは、高そうな絨毯がひかれ、装飾が施されたソファーが置かれた客室だった。襖は開けられており、先ほど車で通った庭とは違う方角なのだろうか、趣は異なるが見事な日本庭園が広がっていた。祐樹はソファーに腰を下ろし、庭を眺めた。ソファーは遠目から見れば新品同様だったが、近くで見ると使い込まれていることが分かった。しかし、綺麗に磨かれているおかげで、そんなことは気にならない。むしろ、小さな傷がビンテージのようないい味わいを出していた。それに、これだけ豪華なのに、こうしていると妙に落ち着く。庭の木々も、長い間この空間で生きてきたのだろう。美しく剪定されていても、それが浮くことはなくなじんでいる。設計士が優秀ということだろうか。ぼうっとして魅入っているうちに、昌磨は母親を連れて現れた。母親を日本人だと想定していたが、顔立ちと青の瞳から、外国の方だと一目でわかった。そして、ゴージャスな美人だった。
祐樹が戸惑っていると、昌磨が紹介をしてくれた。父の3番目の奥さんでナオミさんという名前で、ナオミ・キャンベルと同じ綴りだそうだ。
「初めまして。」日本語が通じるかどうか不安だったが、簡単な言葉ならわかるみたいで、片言の日本語で、挨拶をしてくれた。
祐樹は昌磨の袖を引っ張って、産みの親について聞いてみた。気を使ってこっそり聞いたのに、昌磨は気にするそぶりもなく普通の声量で説明した。今はフランスでデザイナーをしており、日本にはいないという。二人が話している内容を、今の母親ナオミが英語で聞いてきた。由美子のことですよ。と、英語はわからない俺でも、日本人の名前の発音部分は聞き取れたので、祐樹と昌磨が話した内容をごまかすことなくそのまま伝えたのだと分かった。ナオミは気分を害することもなく、普通のことのように笑顔で応えていた。第三者の俺がそれ以上立ち入るのはおせっかいかもしれないが、心配になって聞いてしまった。
「そういうことって、普通に言って良いのかよ。」
昌磨は一瞬理解できなかったようで、動きを止めたが直ぐに笑って、大丈夫ですよと話してくれた。祐樹の意図を汲んで説明してくれた。
「確かに、母親が離れていった時は悲しかったけど、その悲しみを補ってくれるものがたくさんありました。フランスにいる母に加えて、もう一人僕を大切に思ってくれる母親がいることは僕の自慢です。それに、母は僕のことを嫌いになって出て行ったわけではないんです。その事実だけで、十分です。」祐樹には、昌磨の屈託のない笑顔をみて、辛い時期を既に乗り越えていることが理解できた。目の前にいる、昌磨と継母のナオミは楽しそうに話している。きっと、ナオミは昌磨の父と再婚した後、母としての役割を果たし昌磨の寂しさを埋めるように手と尽くしてくれた一人なのだろう。
祐樹は、そんな素晴らしい環境で成長できた昌磨を羨ましく思った。
「祐樹さんは賛成ですか?」
祐樹が物思いにふけっている間に話題は随分進んだようで、突然の昌磨のふりに返事できなかった。
「悪い。聞いてなかった。なに?」
「今度、母の由美子を呼んでちょっとした食事会を開きたいと思います。もちろん、ゲストは祐樹さんです。」
なぜ、自分がゲストなのか理解できなかった。それよりも、話題がだいぶそれている。自分がここへ来た本来の目的を早く言わなければ、また話題が別の方向に行ってしまうだろう。そう思ったが、ナオミは大きな目をこちらに向けてパーティに招待した返事を待っている。仕方なしに、予定が合えばといった。遠まわしに断ったつもりだったが、昌磨が通訳した後の反応を見れば、通じてはいないようだ。このまま、パーティについて緻密な計画を立てられては困る。祐樹は一度咳払いをすることで二人の注目を集めた。相手が、日本語に詳しくないというのならまどろっこしい言葉は避けて、単刀直入に聞いた。昌磨が、男の自分を追っているのだが、それをどう思っているか。シンプルな日本語で聞いたつもりだったが、理解できなかったらしく昌磨が通訳してくれた。
ナオミは大きく笑うと、祐樹にもわかるようにノーブログラムと答えた。その返事に、驚いたが、なんとなく予想はできた。失敗だ。理由を聞くべきだろうが、聞いても自分の考えが狭いという結果になりそうで、祐樹は聞かないことにした。目的は果たしたが、これで、いきなりお暇することはできなかった。話題は祐樹の顔の可愛らしさに移り、どんな手入れをしているのか、本当に男の子なのかと、質問攻めにあった。顔のことを言われるのは嫌だが、言葉の通じない相手だと伝えることもできず、祐樹は諦めてされるがままになっていた。
ナオミのトークは止まらなかったが、ここで突如昌磨が写真を撮ろうと提案してきた。昌磨の提案に、ナオミはすぐ賛成して祐樹を間に挟んで使用人に写真を撮らせた。写真は、誘ったが今日急遽日本を立つからと断った昌磨の兄に贈られるらしい。既に兄にも、知られているようだ。しかも、写真を送りつけることに抵抗はない点を見ると、大方昌磨の家族は、昌磨のストーキング行為を、よい方にとらえているのではないかと感じた。ストーキングではなく、恋に必死な息子。
この時になって祐樹は、家族に諫めてもらうという案が失敗どころか、墓穴をより深めてしまったことに気が付いた。こっちにとっては、たちの悪ストーカーなのに、これでは事情を知らない第三者からすれば、お付き合いを前提に考えて相手の家族に会いに来たように見えるだろう。昌磨に普通を当てはめて考えたことが間違いだった。
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