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第四章
8.クレア
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お惚気会をしよう!と言い出したのはクレアの方だったが、フィリアも乗り気で、朝からワクワクするのを抑えられなかった。一日のお務めを終えた後に、今日はフィリアの部屋で一日中しゃべるのだと言って、クレアのお泊りも許可をもらった。
部屋にはお菓子やジュースなどもたくさん持ち込んで、フィリアとクレアは部屋の中央にクッションを抱いて座り込む。準備万端整って、お互いに顔をつき合わせて意味もなく笑った。
なんだか照れくさいし、変なテンションだ。
他愛もない話から始まって、もちろん惚気話にも花を咲かせ、夜は更けていく。
大きな声で笑いあい、はしゃいでいた二人も、いつしかベッドに寝転がって、小声で話し始めていた。
「サリエルはね、兄の友達で家によく遊びに来ていたのよ。私は友達がいなかったから、兄とサリエルだけが遊び友達みたいなものだったの」
珍しい四枚羽根である。そのことだけで、友人は作れなかった。家族とよほど近しい人たちでないと、親しくなることはほとんどない。四枚羽根の特殊性が敬遠される一因なのか、いずれ女神となるかもしれない彼女たちに抗えない畏怖の念を抱くからなのか。フィリアもほとんど家族以外のつながりは持っていなかった。だからフィリアもランディスだけが遊び相手だった。
「私が神殿にあがるって決めたとき、サリエルは反対しなかった。笑って、送り出してくれた。いってらっしゃいと優しい笑みを浮かべて」
クレアは目を閉じて、当時のことを思い出そうとしているようだった。
「万事が万事、優しい人だったわ。絶対に怒らなかったし、声を荒げることもなかった。いつもにこにこ笑って、私のわがままを聞いてくれていたのよ」
「クレアがわがまま言っている姿って想像できないんだけど」
「そう?」
おとなしそうな外見とは裏腹に結構はっきりとものを言うタイプだということは、一年以上付き合ってきて、フィリアにもわかる。数段クレアの方が大人びているし、落ち着いている。サリエル相手にいったいどんなわがままを言っていたのか、とても興味があった。そしてそんなクレアを想像するだけで、とてもかわいらしく思えた。
「あなたはそのまま、ランディスさまにいろいろ甘えていた感じよね」
「やっぱり、わかる?」
舌を出して、フィリアは首をすくめる。子供っぽいのは昔から変わらなかった。いまさらどうしようもない。
「んー、ランディスさまも苦労性っぽいから」
フィリアは笑うしかない。ランディスを苦労させているのは自分以外の誰でもないのだから。
「あ、サリエルの写真、見る?」
「あるの? うわぁ、もちろん見たい!」
クレアは頷くと、起き上がって、胸元からするすると銀の鎖を引き上げた。シンプルな銀細工のロケットだった。
「いつも持ち歩いているのね」
「もちろんよ」
クレアは首からはずしたロケットをフィリアに差し出す。
「いいの?」
「ええ、どうぞ」
こういう時、ドキドキしてしまうのは何故だろうか。意味もなく笑ってしまうような、興味と期待とが混ざり合っている。
フィリアがロケットの蓋を開けると同時にドアがノックされた。二人は顔を見合わせて、首をかしげる。
「なにかしら?」
就寝時間はとっくに過ぎている。もしかしたらはしゃぎすぎて、声が大きくなっていたのかもしれない。
フィリアはガウンを羽織りながら返事をし、扉を開けた。
「フィリア」
遠慮がちに声を潜めて、ランディスが顔を出す。
「どうしたの?」
「神官長がクレアどのをお呼びだ」
ランディスの声が聞こえたらしく、クレアは怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。
こんな遅い時間に呼び出されることなど今までなかったことだ。
なにかあったのだろうか。
思いつくことは何もなく、フィリアも首を傾げる。
「ルシリエさまがお呼びなら仕方がないわね、ちょっと行ってくるわ。遅くなるようだったら先に寝ていて」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
シグル隊長に付き添われていくクレアの後姿を見送っていたフィリアだったが、ふと、まだロケットを借りたまま持っていたことに気がついた。蓋はすでに開かれている。
「いけない、クレアに返しそびれちゃったわ」
何気なくロケットを裏返した。中の写真が視界に飛び込んできたとき、フィリアは思わずロケットを取り落としていた。
「どうした?」
無意識に悲鳴を上げていたらしい。ランディスは落ちたロケットを拾い上げる。
見間違いだろうか。
記憶違いだろうか。
「ランディ……ランディ、その人……クレアの恋人だって」
怪訝そうに覗き込んだランディスの顔が、一瞬にして険しいものに変わった。
「こんな……こんなことって……」
こんな馬鹿なことがあっていいのだろうか。まさかと思いたかった。
だがランディスの強張った表情が、フィリアの考えは正しいと物語っている。
「手にかけたのは俺だ」
「でも……!」
フィリアを守るためだった。
星織姫の候補を害しようとするものは、容赦なく斬る。それが近衛の仕事だ。
「彼はセラフィムの一員だった。サリエル・ブラーニ、他の四人の身元もすでに確認済みだ」
はっきりと断言するランディス。
フィリアはロケットの写真をもう一度見つめた。
どうしても信じられなかった。
そこには、穏やかに笑う、五人目の暗殺者だったあのときの青年の顔があった。
眠れない夜をすごしたのは何度目のことだろう。
ランディスのことで悩み、泣きながら夜を明かしたのはつい最近のことだ。
不安と罪悪感に苛さいなまれ、どうしても眠ることができなかった。
クレアにいったいどんな顔で会えばいいのだろう。何を言えばいいのだろう。
クレアにとってあの青年が、自分にとってのランディスと同じように、大切な、かけがえのない存在だということを知っていて。
ランディスは悪くない。
たとえ直接手にかけたのがランディスだと彼自身が言い張っても、彼は任務を忠実に遂行し、ただフィリアを守ろうとしてくれただけだ。その彼を誰が責められるだろう。
「でも、どうして……?」
フィリアにはあの優しそうな青年が、クレアの恋人でありながら、《セラフィム》に属していたことがどうしても信じられなかった。
あの時、青年が言いかけた言葉を、はっきりと聞き取れなかったのが悔やまれる。
何を言いたかったのだろう。
とても大事なことのように思えて仕方がなかった。
横になっていることもできなくて、フィリアは寝台からそっと抜け出した。
クレアが帰ってくる気配はない。結局、そのまま自室へ戻ったのかもしれない。
空は白々と明るみだしている。
窓の外を覗いてみれば、緑の庭園は霧に沈んでうっすらと影しか見えない。視線を移し、上空を見上げると、あちこちに飛び交う巡回の近衛たちの白い翼が見えた。潜めていても響く声に緊張がある。彼らの表情は遠目から見ても わかるほどに強張っていた。
何かあったのだろうか。
言い知れぬ不安がよぎる。
ランディスのところに行こうと思ったとき、ちょうど当人が顔を見せた。
「起きていたのか」
「何かあったの?」
ランディスの表情も硬く険しい。
廊下へ出てわかったが、神殿中がざわめいている。何かが起こっていることは明らかだった。
ランディスは答えようとせず、フィリアをもう一度部屋へ押し戻した。
「何なの、ねぇ?」
後ろ手で扉を閉めて、ランディスはそこで立ったまま、それ以上入ってこようとはしなかった。
「クレアどのがいなくなった」
苦しそうに、事実だけを述べて、ランディスは横を向く。
「うそ……クレアがどうして? ……いつ?」
「神官長のところから部屋に帰ったところまでは隊長が確認している。だがその後の消息がつかめない」
いなくなったとはいったいどういうことなのだろう。神殿の敷地内にいて、これだけの近衛たちに囲まれて、姿を消す方法なんてあるのだろうか。いくら自室で就寝するのを確認したとはいえ、その後の警備がなくなるわけではない。
「そんな……クレア」
体の力が抜けて、その場に座り込む。
ランディスが支えてくれなければ、そのまま失神していたかもしれない。血が一気に下がって、指の先までもが冷たくなった。
「大丈夫か?」
「ねぇ、もしかしてクレアはサリエルのことを知ったんじゃないの? ルシリエさまの御用ってそれだったんじゃないの?」
「……そうかもしれないな。クレアどのには客が来ていたんだ」
「お客様って、あんな時間に?」
昨夜はかなり遅くまでしゃべり続けていたのだし、客が来る時間だとは到底思えない。
「俺も詳しくは知らないが、実家からの使いだったらしい」
「実家って…」
候補としていったん神殿に上がった以上、俗世間から遮断されることはフィリアも承知している。いくら家族であっても、面会は許されていない。だからこそ別れは済ませてきているのだ。唯一、姿を見ることのできる機会はこの前のような式典の時のみ。選定を辞退しない限り、家には戻れないのだ。
実家からの使者というのが気になった。
サリエルがお兄さんの友人だったのなら、情報はそこから入ってくるのが妥当だろうと思う。
「クレアはサリエルのことを聞いたんだと思う?」
「さあ、わからないな、可能性はあると思うが……」
「ランディ……私、どうしよう」
フィリアは大きく息を吐き、ランディスにもたれ掛かって目を閉じる。
まぶたの裏側が熱くなる。我慢し切れなくてしゃくりあげたとき、ランディスに強く肩を揺さぶられた。
「大丈夫だ、俺たちが今、全力で探している。必ず見つけてみせる」
「うん…うん、でも…」
「お前が気にすることじゃない」
ランディスは強くフィリアを抱きしめる。
「俺が、お前を守りたかっただけだ」
ただそれだけだったのに。
どうして運命はこんなに残酷なのだろうか。
キャロルは岩陰にうずくまる人影を見つけた。
背には四枚の羽根。
クレアがいなくなったと近衛隊から緊急コールが入ったことをキャロルも知っていた。
神殿中がクレアの行方を探してざわめいてる。
ここは星織の塔の管理区域内だ。神殿からは少し距離もある。こんなところまでどうやって来たのだろう。神殿と星織の塔は隣同士だが、間には広大な森が立ちふさがっている。
恐る恐るキャロルは呼びかけた。
「クレアさま?」
細い肩が震えているのがわかった。顔は真っ青で、瞳は頼りなげに揺れている。
呼びかけられたクレアはキャロルの赤い制服をみて、息を飲んだ。
「お願い、見逃して!」
「クレアさま、待ってください。落ち着いて」
「サリエルに会いたいの。サリエルに会わせて」
キャロルはクレアの両腕を掴み支える。支えなければ、立っていられないくらいクレアは動揺し興奮していた。
「クレアさま、落ち着いてください」
「嫌!」
クレアはキャロルの手を払いのけ、耳をふさぐ。
何度も何度も頭の中で繰り返される兄の言葉。
サリエルは候補の暗殺を謀り、近衛隊に処罰されたらしい。今、彼はどこにいるのか分からない。と。
信じられなかった。
どうしてそんなことが起こるのか。
サリエルが候補を暗殺しようとしたなんて、絶対に何かの間違いだ。
だが、面会を禁じられていたのにもかかわらず、人目を盗んでまで会いに来た兄が、わざわざ嘘をつくとは思えない。
でも信じたくない。
「嘘よ、サリエルがそんなことするはずがないもの。絶対に、嘘よ」
「クレアさま、どうか落ち着いてください。いったいどちらへいらっしゃりたいのですか?」
キャロルは努めて冷静に問いかけた。
「サリエルに会いたいの。彼のいるところに行きたいの。彼はどこ?どこにいるの?」
「サリエル?」
キャロルは眉をひそめて繰り返す。
またこの名前を聞くとは思わなかった。≪セラフィム≫たちが旗印として祭り上げた人物の名だとキャロルは認識している。それがクレアとなんの関係があるのか。
「申し訳ありません。私は存じ上げません。クレアさま、近衛隊が探しております。どうぞ神殿にお戻りください」
キャロルが頭を下げると、クレアは悔しそうに唇を噛みしめ、眼をそらした。
「近衛隊なんて信じられない。私の、私のサリエルを殺したくせに!!」
いったんそらした目が憎しみに満ち、力が刃となってキャロルに放たれた。
激しい突風がキャロルの身体を弾き飛ばした。
岩場にたたきつけられ、キャロルは呻く。不意を突かれたとはいえ、受け身を取ることも間に合わなかった。
なんとか立ち上がって、クレアの姿を探すと、後悔と怯えに満ちた目でキャロルを見ていた。
「あ…ああ…」
クレアは顔を覆い泣き崩れる。
「クレアさま、どうかお戻りください」
クレアはうつ向いたまま首を横に振る。
その体が黄金色に輝き始めた。身体の輪郭が曖昧になって小さな球体に変化していく。
キャロルはその光景に呆然とつぶやく。
「光体…?」
たとえ候補でも、身体はまだ人のままだ。
星織姫となった暁には自在に光体への変化は可能だが、いまはまだできるはずがなかった。
ぞくりと背中に冷たいものが走り抜ける。
「まさか、暴走…?」
ふわりと天高く舞い上がって、クレアの光体は天をかけていく。
キャロルは急いで近衛隊本部に連絡を飛ばした。
「こちらフラウ・ウィング、キャロルです!クレアさまを塔管内で発見!光体に変化!追跡します!!」
『まて、キャロル!お前ひとりでは無理だ!』
クルトの緊迫した声がすぐさま飛んで返ってくる。
「分かってます。でも追わなきゃ!」
『すぐ向かう。無茶はするな』
「了解しました!」
キャロルは翼を広げると光体の飛んで行った方向へはばたく。
光体のスピードには到底追いつけないが、軌跡をたどることはできる。近衛隊の到着を待っていてはこの軌跡も消えてしまって、追いかけられなくなる。自分が代わりに目印を残していかなくてはならないのだ。
キャロルはまっすぐ前方を見据えて飛び立った。
キャロルからの通信を切ったクルトは苦い表情でメインパネルを睨みつける。
「救命艇を一緒に向かわせろ」
「はい」
「クルト、俺も行こう。数は多い方がいいだろう?」
セドリックは指令室のクルトを振り仰ぎ、言った。クルトは何か言いたげに見返してきたが、何度か言葉を飲み込んで、頷いた。
「頼む」
「了解」
親子の情は公では決して見せないクルトだが、さすがに光体化した候補相手にたった一人で対峙させるのは非情すぎる。近衛隊が全力で当たらねばならない事案だ。
まだ候補の身で、光体に変化したというのなら、それは紛れもなく暴走だ。
ランディスも同行を希望したが、却下された。候補付きが候補から離れることは許されない。クレア確保が最優先事項だとしても、ランディスにとってフィリアが最優先事項であることはゆるがないのだ。
その時だった。オペレーターから切迫した声が上がった。
「星杖、出現!」
「どこだ?」
「塔です。星織の塔、内部に反応があります!」
「何!?」
クルトがメインパネルを見上げると、モニターに星織の塔の全景が映された。
塔の上層部に高エネルギー反応を指し示すマークが表示される。
拡大投影された瞬間、真っ白な画面が新たに割り込んで映った。
『こちら星織の塔、フラウ・トップ、イリヤ・リーズ。音声のみで失礼する』
イリヤの声だった。重々しく、緊張を孕んだ声音。
「イリヤどのか」
『おそらくハレーションを起こして画面には何も映っていないことと思う』
「確かに、画面は真っ白だ。これは、星杖のせいか?」
クルトの質問にイリヤは答えなかった。
一拍の間を置いて、イリヤは切り出す。
『緊急連絡をお伝えする。星織の塔に星杖、顕現。これにより、明日の0時に選定が行われます。近衛隊の方々には、候補のお二人をお連れ願いたい』
「え?」
ランディスは愕然とイリヤが告げた言葉を聞いた。
こんな突然に、その時が訪れるのかと思った。
クルトは呆然自失と立ち尽くすランディスを視界の隅に捉えながら、自らも冷静になろうと軽く深呼吸をした。
「いま、クレアどのを追っている」
光体化したクレアがどこまで飛んでるのかまだ把握できていない。
明日の0時に間に合うか、クルトには疑問だった。
『承知しています。我々もここから追いかけます。近衛隊より早く追いつけるはずだ』
「フラウが動くのか?」
クルトはモニターの向こう側の人物に、見えていないだろうことは承知で剣呑な笑みを浮かべ、問う。
フラウは星織姫にのみ動く専用の部隊だったはずだ。いくら光体化しているとは言え、クレアはまだ候補にすぎない。候補に関しては近衛隊が動くのが道理だ。
「フラウ・ウィングが関わっている。見殺しにはしない。私はあなたの娘御が大好きなのでな」
返ってくる声もどこか剣呑だが、柔らかく微笑んでいるかのように優し気でもあった。
『クルト、出るぞ』
救命艇に乗り込んだセドリックからの通信が割り込んできた。
「ああ、頼む」
救命艇には医師と看護婦、近衛隊からは飛行艇にセドリックをはじめ、アレックス以下八名の隊員が乗り込んでいた。
「イリヤどのも、よろしく頼む」
『承知した』
塔からの通信も切れ、クルトは大きく息を吸って、頭を振った。
司令官という立場がある以上、ここから動けないのがもどかしい。
どうか無事でいてくれと願うだけだった。
クルトはすぐに切り替えて、指令室からシグルに直接通信を開く。
「星織の塔より通達。星杖顕現。明日0時に選定が決定。隊長のご指示をお願いします」
ほんの少し、シグルが答えるまでの間があった。
『…わかった。ランディス、神官長の元へ向かえ。指示はそこで与える』
「はい!」
ランディスは返事をすると、はじかれたように本部から飛び出して行った。
『クルト、選定後の人員配置を変更する。部隊を再編成せよ』
「了解しました」
『とにかくいまはクレアどのの確保が最優先だ』
「…はい」
クルトは声を絞り出すように答えた。
セドリックやイリヤたちに任せるしかない。
自分はここで待つしかないのだと言い聞かせていた。
キャロルは切り立った岩場に降り立つ。
クレアの光体の軌跡がうっすらとしか確認できない。
早すぎて追いつけないのは覚悟していたが、こんなに早く引き離されるとは思わなかった。
軌跡の光はチラチラと分散してしまって、方向もあっているのか分からなくなってしまった。
白く輝く山々をいくつも超えてずっと飛び続けてきたせいで、体力もかなり消耗してしまった。
「いったいどこへ」
クレアはどこに向かおうとしているのか。見当もつかない。
サリエルに会いたいと叫んでいたが、その彼の行方をクレアが知っているとも思えない。
キャロルは全方位ぐるりと見渡し、どこかに痕跡がないかと探すが、なにも見つけることができなかった。
「見失った…」
風の音だけが激しく、キャロルの耳を撃つ。
人の気配もない。なのに、正体の分からないプレッシャーがキャロルを襲っていた。
チリーン。と鈴の音が聞こえたような気がした。
「鈴?こんなところで?」
振り返ったその瞬間、どんっと大きな衝撃が背後からキャロルを襲った。
たまらず吹っ飛ぶ。
空中で一回転し、地面に手をつきながらも今度は受け身を取って立ち上がった。
「なに?」
風が唸りを上げてたたきつけてくる。
人の形のような輪郭がぼんやりと見えるが、人ではなかった。
残影のようだ。
その足もとに青い鈴が見える。
「青い鈴、なんでこんなところに…」
青い鈴は候補の羽根に重大な影響を及ぼすとして、第一級指定危険物になっている。
式典でも大量にばらまかれて、あやうく大惨事になるところだった。
「破壊しなきゃ」
青い鈴は見つけ次第破壊命令が出ている。
どこにいても候補がその音を聞きつけてしまうからだ。
クレアがこの鈴の影響を受けていないことを祈った。
鈴から、揺らぎ立ち登る、残影。
ここに何を残したかったのか。深く深く刻みつけられた強い想い。
悲しげな感情の揺らぎをキャロルは感じ取った。
この青い鈴を作ったのがサリエルなのだろうか。
クレアがいうサリエルと候補暗殺を企てたセラフィムのサリエルは同一人物なのか。
近衛隊が殺したというのなら、たぶん間違いないだろう。
この残留思念がサリエルだとしたら?
破壊より確保した方がいいのではないかと思った。
けれど、その確証はない。
全く別の人物のものかもしれない。
うっすらと人の輪郭が見える。
幼い少女が笑っている。背中にあるのは四枚羽根。
クレアさまだとキャロルは思った。
鈴の主の記憶に残るクレアさまの笑顔なのだろう。純粋な愛情が鈴の主に向けられているのが分かる笑顔だ。ただまっすぐに目の前の人物を想っている。
だとしたらサリエルはなぜセラフィムだったのか。
暗殺を企てたのは何故なのか。
この笑顔が、輝くような優しい思い出が、サリエルの残したものであるならば、キャロルはこの鈴を破壊したくなかった。
風の抵抗を体中に感じながら、キャロルは両手をまっすぐに伸ばす。
照準を青い鈴に定め、集中する。
「手はまっすぐ、対象物を掴む感じで」
ランディスに教えてもらった捕縛のやり方をなぞる。
悔しいが、ランディスの方が実力は何倍も上だ。なんであんなに何でもできるのかと地団太を踏んだ。それだけの努力はしてきたのだろうとは思うが、悔しくて仕方がなかった。
いまなら、なんとなくわかる。
そう、彼はいつでもフィリアさまを守るために全力で戦ってきたから、あんなに強いのだ。
自分の力不足を悔しいと嘆いている暇はない。
ただ自分でできることを全力でやるだけだ。
「捕縛!」
キャロルの発した声と同時に金色に光る網がまっすぐに伸び、青い鈴を捕捉した。
ぐるぐると鈴の周りに強固な結界が張られ、完全に封じ込めると、くいっと手を引き、引き寄せた。
「出来た!」
ホッと息をつき、手のひらに収まるほどの小さな球をポケットに入れる。
とにかく、現状を報告しなくてはならない。
キャロルはイヤホンマイクを装着し、居場所を知らせる信号も発信した。
「こちらキャロル。申し訳ありません。クレアさまを見失いました」
『信号捕捉した。救命艇がすぐ追いつく。無事か?』
「私は大丈夫です。青い鈴を発見しました。能力者のものかは分かりませんが、残留思念が強く、攻撃してきました。破壊せず結界捕縛してあります」
『分かった。イリヤどのもそちらに向かっている。お前は合流して指示を仰げ』
「了、…解?」
風に乗って、誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。
キャロルは振り返って、息を飲む。
『どうした?キャロル?』
クルトの呼びかけにキャロルは答えることが出来なかった。
白い岩岩の隙間を埋め尽くすほどの青い鈴。
その中で、四枚の羽根を大きく広げて、幽鬼のようにクレアが立っていた。
「クレアさま発見!」
獣のような咆哮を上げ、クレアの絶叫があたり一帯に響き渡った。
「……!!!」
激しい衝撃波がキャロルを直撃した。悲鳴すら途切れ、身体が小石のように吹き飛ぶ。
地面へと叩きつけられた後ももんどりうって転がり、崖のすぐ間際で止まった。羽根は曲がり、折れたのか、右の翼が半分曲がっていた。力なく投げ出された手足。原型なく破壊されたイヤホンマイクの残骸がポロリと風に吹かれて落ちた。
「キャロル!!」
突然の衝撃波をやり過ごしたイリヤたちが岩場へと降り立つ。
崖のすぐ間近で倒れ伏すキャロルの姿を発見し、舞い降りる。
赤い制服を着た三人のフラウたちだった。
イリヤは傷だらけのキャロルの身体をそっと抱き上げる。
「この大馬鹿者が!」
額から頬へと撫でながら、キャロルの顔についた土を払う。
意識はないが、まだ生きている。イリヤはほっと息を吐く。
だが体中が傷だらけのボロボロだ。
あの衝撃波を至近距離で受けたのだろう。命があるだけでも奇跡だ。
「イリヤさまが甘やかすからですよ。もっと厳しくなさらないと」
フラウ・トップに君臨するイリヤと同じトップを名乗る双子の片割れ、マイラが柔らかく叱責する。
「ウィングももう一人お付けになった方がよろしいのでは?その子一人を溺愛しすぎですわ」
長い銀の髪を後ろに一つで結い上げて、赤い制服に黒いシールドを付けたのがマイラ。肩の辺りでバッサリと切りそろえているのはアイリ。同じ顔をしているが、髪型で印象もまるで違う二人だ。だがしゃべり方も声も同じなので二人でしゃべられるとステレオ放送のように聞こえ、イリヤはうるさそうに眉を顰める。
背後の様子に目を遣ると、キャロルをもう一度地面に横たえ、厳しい表情で立ち上がった。
「おしゃべりしている暇はなさそうだ」
双子たちも気配を感じ取り、顔を見合わせた。
「そのようですわね」
「近衛隊が到着するまでに、終わらせたいものね」
剣呑な笑みを浮かべて、マイラが言う。戦闘モードへのスイッチが入ったようだった。そんなマイラをイリヤは戒める。
「間違えるな。相手は候補だ。敵ではない」
「…そうでした」
はっとしてマイラは首をすくめる。
「三方向から囲んで封じ込める。とにかくこの場所から引きはがさねば」
「御意!」
地面に埋め尽くされた青い鈴の中では身動きしただけで鈴は鳴る。正気を保っていられるはずがない。
煩わし気にクレアは空を払う。
軽い一閃だった。その直線上の大きな岩が音を立てて崩れていく。
「ご機嫌は…麗しくなさそう」
ひらりと軽やかに衝撃を躱し、冷静に感想を述べるアイリにイリヤは冷ややかに諫める。
「アイリ」
「はあい、分かってます」
三人が同時に印を結び、三角の光でクレアを囲い込む。
眩い光がクレアを包み込み、地表の三点から光が立ち上がって線を結ぶ。
外界との接点を切り離し、封印する。
大きな三角錐の結界が一瞬のうちに結ばれた。
拘束されたクレアの動きが止まる。
「あ、イリヤさま!」
「なんだ?」
マイラがはしゃいだ声を上げ、アイリの後方を指さす。
救命艇と飛行艇が岩陰に着陸した。着陸と同時に近衛隊員が飛び出し、駆け寄ってきた。
「近衛隊、ご到着ですわね」
セドリックを先頭にアレックスが続き、その後ろを若い近衛が付いてくる。
イリヤは先頭のセドリックを怪訝そうに眺めた。セドリックは迷わずイリヤに向かってくる。
「イリヤどのか?」
「そうだが、貴殿は…ランディスどのの」
「セドリック・エルガートだ。ランディスは息子だ」
「ああ、ランディスどののお父上でしたか。よく似ていらっしゃる」
イリヤは警戒を解いてにっこりと笑った。遠目から見るとランディスにも見えた驚いたのだが、右足を庇うような動きが気になった。
遅れて到着したアレックスは、イリヤの背後に目を向け、目を見開いた。
「姉さん!?」
羽根は折れ曲がり、ボロボロの状態で意識がないキャロルが横たわっていた。
一緒に同行したイサークとカイも息を飲み、立ち尽くす。
「姉さん…嘘だろ?」
アレックスはキャロルを抱き起こし呼びかける。ぐったりと力なく投げ出される四肢は頼りないほど細く、いまにも何かが消え去ってしまいそうな恐怖を感じた。
「姉さん!」
「動かすな」
イリヤはアレックスの肩に手を遣り、制止した。
「早く救命艇に」
「は、はい!」
蒼白なアレックスを宥め、セドリックは救命艇を指し示す。
まだ生きているが処置が遅れればそれだけ危険な状態は続く。万が一を考えて救命艇を指示したクルトの采配だったが、出来ることならこうなる前に追いつきたかったセドリックだった。
「クルト。聞こえるか、セドリックだ」
『聞こえる』
「フラウと合流した。キャロルは負傷して意識がない。救命艇で生命維持カプセルに入れて先に送らせる。もう一機、救命艇を回してくれ」
『…分かった』
クルトは余計なことは問わず、短く答えただけだった。
意識がない。生命維持カプセル。そのワードで察したのだろうと思った。
本部からかなり距離はある。別基地の救命艇の手配をするだろう。だが、それでも今すぐにというわけにはいかないことはセドリックでも分かった。この後起こることを考えたとき、救命艇が少しでも早く到着していてくれたらいいと願った。
ドンッと衝撃音が響き、全員がはっとして振り返る。
クレアを封じた三角錐にひびが入っていた。
「まずい、破られるぞ」
二度目の衝撃で亀裂は更に広がった。まだ、キャロルを動かせていない。
「くるぞ!」
セドリックは短く言い放つ。
三度目の衝撃で三角錐が弾け飛んだ。
凍りつくような冷気が押し寄せる。
セドリックは右手を伸ばし、シールドを作って冷気を防ぐ。後ろにいたフレッドたちもその盾に守られた。イリヤたちも同様に手でシールドを作り防いでいる。
アレックスは片手でキャロルを抱きかかえながら左手で防いでいたが、手首まで凍り付き、今なお冷気とせめぎ合っていた。
冷気は凍気となって、アレックスの腕を浸食しようとする。アレックスは自らの気でこれを抑え、押し返そうとしていた。
チラリと横目で見ながら、セドリックは厳しく言い放つ。
「押し戻せ!左手が死ぬぞ」
「くっ…!」
手首の辺りで凍りついていたのが少しずつ手のひらから指先まで戻っていく。
「うあぁっ」
気合いとともに、冷気を押し戻した。激しく呼吸は乱れていたが、左手からは完全はシールドが形成されていて、アレックスはドヤ顔で笑って見せた。
「へへっ」
「よし、いいぞ!長男坊」
セドリックも笑みを浮かべて褒める。ただすぐにでもキャロルを運び出さなくてはならない。二歩ほど横に移動し、セドリックのシールドの内にアレックスたちを入れた。
「今のうちに急げ!」
「はい」
アレックスはキャロルを再び抱き上げ、冷気から距離を取って救命艇に向かう。
悔しいが、ワンドのトップである自分でもここでは足手まといになっている。やはりソード以上にならなければ、何の役にも立たないのだとアレックスは思い知った。
三角錐の結界が完全に消滅し、辺り一帯が氷付いていた。
白い岩肌がすべて凍り、陽光にさらされてまぶしいばかりの白銀の世界を作り出している。
冷たい風が肌を刺す。
その中で、さらに透き通るように美しく白い四枚の羽根を大きく広げて立つのは一人の少女。
怒りと悲しみの中で、荒れ狂う感情を制御できないでいる。
彼女の中にあるのは、絶望か。
セドリックは憐れむことも彼女への冒涜だと感じていた。
幸か不幸か、青い鈴をも凍らせたクレアは、呪縛も外れ、呆然と立ち尽くしていた。
「あ…ああ…」
涙は止まることを知らないかのように、クレアは泣き崩れる。
「殺して…殺してよ!」
「クレアどの」
「サリエルを殺したように、私も、殺して!!」
イリヤはゆっくりとクレアに近付いていく。
「クレアどの、明日の0時に選定が行われます」
ぴくっとクレアの肩が揺れた。
「あなたに選定を受ける意思があるのなら、我々は候補であるあなたをなんとしても時間までに塔へお連れせねばならない」
クレアはじっとイリヤを見上げた。
彼女にとって選定は恋焦がれた星織姫へと繋がる唯一の道だ。
その想いにかけるしかない。
このまま暴走し続けたら、クレアの身体が壊れる。
「殺してほしいとお望みでも、あなたの背にその四枚の羽根がある限り、我々にはあなたに向ける刃は持ち合わせてはおりません」
静かだが気迫のこもったイリヤの言葉に、クレアはゆっくりと目を閉じる。
「連れて行ってください。…塔に」
消え入りそうな声で、クレアはつぶやく。
ほっとイリヤが息をついた。
その時、クレアの身体の周りで、黒く揺らぐ負の感情を可視化できたのはセドリックだけだった。
黒い闇が煙のように立ち上り、力を得て実体化する。
黒い刃となってそれは放たれた。
「伏せろ!」
ドンッと爆発音が響いた。
セドリックは背後からイリヤの身体を引き寄せ、身をよじる。
セドリックの脇をかすめて、黒い刃が飛ぶ。後れ毛が触れて焼き切れた。
双子のフラウと近衛たちは間一髪で黒い刃をかわしていたのをセドリックは視界の隅で捉える。
イリヤを軽く突き放し、体を回転させクレアの正面に入り込む。
間髪入れず、セドリックはクレアの首筋に手刀を叩きこんだ。
「…っ!!」
「捕縛」
気を失い、倒れこむクレアの身体を受け止め、ゼロ距離での捕縛をかける。
セドリックの手から金色に光る力の網がクレアを覆いつくす。
「もう一度、結界を張れ」
厳しい表情のまま、セドリックはフラウたちに命令する。
近衛隊を退いて久しいが、ガーディアンだったころの癖か、命令口調になっていることに気が付いていなかった。
マイラとアイリはムッとして眉をひそめたが、イリヤは笑みを浮かべて頷いた。
「承知した」
イリヤの合図でしぶしぶと定位置につく双子たち。
「縛止!!」
界を閉じ、セドリックはその場から離れる。
それを合図に、フラウたちが再び三角錐の結界を施した。
物理的に意識を失わせ、その上で捕縛をかけ、さらに結界を施すという、二重三重で封じ込めなければならないほど危険があるということが厄介な問題だった。
イリヤはセドリックの元に歩み寄り、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いや」
「あなたのその目は、天眼ですね」
「ああ」
見えないものも見える、世界の理を見通すことができる天の眼。天眼の持ち主であるセドリックにイリヤは敬意を表する。
セドリックは千切れた髪の毛を残念そうに見やり、息をつく。
「選定を受ける気があるというなら、連れて帰らねばならんが、さて、どうする?」
セドリックは肩をすくめ、イリヤに問いかけた。
連れて帰って、意識が戻った時にまた暴れでもしたら、頭を抱えることになる。
かといって、ここに置いていくわけにもいかない。
「私は、あの言葉を信じたい」
イリヤの答えに、セドリックは頷く。
セドリック自身、四枚羽根を持つもう一人の少女のことをよく知っている。フィリアを自分の子どものように可愛がってきた。あの娘の望みを叶えたいと願うたった一人の息子の思いもよくわかっている。だからこそクレアのことも見過ごせないのだ。
「ちょっと!さっきから、あなた何様?イリヤさまに向かって、口の利き方に気をつけなさい!」
マイラが仁王立ちしてセドリックを叱りつける。アイリもその横に立ち、うんうんと頷いている。
「イリヤさまはガラ宗家のお嬢様ですよ。あなたのようなどこの馬の骨ともわからないおじさんが気安く命令できるお方ではない!!」
セドリックは目を丸くして絶句し、イリヤは額を押さえ呻いた。
背後の近衛たちからもざわめきが上がる。
「申し訳ない。双子の非礼をお許しいただきたい」
イリヤは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「お前たち、無礼にもほどがあるぞ!」
双子たちは納得がいかないようで文句たらたらでこぼす。
しかし、イリヤがガラ宗家のお嬢様と聞いて、セドリックはなるほどと納得した。この美貌と気品、育ちの良さが分かる佇まいとカリスマ性を感じさせる威厳のようなもの。
セドリックは面白そうに笑った。
「ガラ宗家のお嬢様が、フラウのトップか。それもまたすごいな。ガラ一族は非情に優秀な人材がそろっているから不思議はないが。家の方から何も言われないか?」
「文句ばかりです。なので家にはもうずっと帰っていません」
「ま、うちのバカ息子も、まったく家に寄りつかんが」
イリヤは苦笑した。
「しかし、失礼ですが、近衛隊でいままで貴殿のお名前は聞いたことがありませんが…」
「ああ、少し手伝いに来ているだけだ。もう二十年前に除隊している」
「そうでしたか。でもその天眼といい、相当なお力をお持ちだ。現役でもいけるのでは?」
セドリックは首を振り、自分の右足を指し示す。
「これが言うことを聞かん。昔のようには動けない。だからガーディアンは返上した」
「ガーディアンで十分構わないかと」
イリヤはセドリックの足が不自由なのは気づいていたが、何も言わなかった。片足だけでも、ここにいた誰よりも動けているのに、昔のようには動けないと断言する潔さ。最盛期を知っているからこその己の能力の低下が分かってしまう。だがそれを認める心の強さ。称賛に値するし尊敬できる人物だとイリヤは思った。
「意地かな。まだまだ息子たちには負けられないのでな」
「ランディスどのもソードより上にすぐ到達すると思っています」
「早く追いついてもらいたいものだ」
ソードで満足しているようでは困る。セドリックは心の中でそう呟いた。
セドリックは本部のクルトに再び連絡を入れた。
「クルト。クレアどのは保護した。救命艇はあとどれくらいで到着する?」
『保護した? そうか、良かった。救命艇はそこから一番近いセサリーの基地から向かわせた。それほど待たせなくて済むはずだ』
クレア保護の一報にクルトの声色が一気に緩む。
キャロルを載せた救命艇はまだ本部に到着していないはずで、心配も不安もあるだろうに、それを隠して冷静でいようとしているのをセドリックは分かっていた。
「了解した。保護したとはいっても、クレアどのの精神状態はあまり良くない。捕縛して三角錐の結界に封じている。これを解いたあとがどうなるかわからん。選定の日時は伝えたが…これが歯止めになっていればいいが」
『選定を受けると答えたのか?』
「塔に連れてってくれと言った」
それを是であると受け取った。
塔へ向かう意思はあるのに、セドリックたちがクレアを拘束し封じなければいけなかったことをクルトはおそらく気付いてくれるだろう。
『分かった。また連絡する』
「了解」
万全の体制を取って捕縛を解かなくてはならない。
クルトが動いてくれることをセドリックは信じているのだ。
部屋にはお菓子やジュースなどもたくさん持ち込んで、フィリアとクレアは部屋の中央にクッションを抱いて座り込む。準備万端整って、お互いに顔をつき合わせて意味もなく笑った。
なんだか照れくさいし、変なテンションだ。
他愛もない話から始まって、もちろん惚気話にも花を咲かせ、夜は更けていく。
大きな声で笑いあい、はしゃいでいた二人も、いつしかベッドに寝転がって、小声で話し始めていた。
「サリエルはね、兄の友達で家によく遊びに来ていたのよ。私は友達がいなかったから、兄とサリエルだけが遊び友達みたいなものだったの」
珍しい四枚羽根である。そのことだけで、友人は作れなかった。家族とよほど近しい人たちでないと、親しくなることはほとんどない。四枚羽根の特殊性が敬遠される一因なのか、いずれ女神となるかもしれない彼女たちに抗えない畏怖の念を抱くからなのか。フィリアもほとんど家族以外のつながりは持っていなかった。だからフィリアもランディスだけが遊び相手だった。
「私が神殿にあがるって決めたとき、サリエルは反対しなかった。笑って、送り出してくれた。いってらっしゃいと優しい笑みを浮かべて」
クレアは目を閉じて、当時のことを思い出そうとしているようだった。
「万事が万事、優しい人だったわ。絶対に怒らなかったし、声を荒げることもなかった。いつもにこにこ笑って、私のわがままを聞いてくれていたのよ」
「クレアがわがまま言っている姿って想像できないんだけど」
「そう?」
おとなしそうな外見とは裏腹に結構はっきりとものを言うタイプだということは、一年以上付き合ってきて、フィリアにもわかる。数段クレアの方が大人びているし、落ち着いている。サリエル相手にいったいどんなわがままを言っていたのか、とても興味があった。そしてそんなクレアを想像するだけで、とてもかわいらしく思えた。
「あなたはそのまま、ランディスさまにいろいろ甘えていた感じよね」
「やっぱり、わかる?」
舌を出して、フィリアは首をすくめる。子供っぽいのは昔から変わらなかった。いまさらどうしようもない。
「んー、ランディスさまも苦労性っぽいから」
フィリアは笑うしかない。ランディスを苦労させているのは自分以外の誰でもないのだから。
「あ、サリエルの写真、見る?」
「あるの? うわぁ、もちろん見たい!」
クレアは頷くと、起き上がって、胸元からするすると銀の鎖を引き上げた。シンプルな銀細工のロケットだった。
「いつも持ち歩いているのね」
「もちろんよ」
クレアは首からはずしたロケットをフィリアに差し出す。
「いいの?」
「ええ、どうぞ」
こういう時、ドキドキしてしまうのは何故だろうか。意味もなく笑ってしまうような、興味と期待とが混ざり合っている。
フィリアがロケットの蓋を開けると同時にドアがノックされた。二人は顔を見合わせて、首をかしげる。
「なにかしら?」
就寝時間はとっくに過ぎている。もしかしたらはしゃぎすぎて、声が大きくなっていたのかもしれない。
フィリアはガウンを羽織りながら返事をし、扉を開けた。
「フィリア」
遠慮がちに声を潜めて、ランディスが顔を出す。
「どうしたの?」
「神官長がクレアどのをお呼びだ」
ランディスの声が聞こえたらしく、クレアは怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。
こんな遅い時間に呼び出されることなど今までなかったことだ。
なにかあったのだろうか。
思いつくことは何もなく、フィリアも首を傾げる。
「ルシリエさまがお呼びなら仕方がないわね、ちょっと行ってくるわ。遅くなるようだったら先に寝ていて」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
シグル隊長に付き添われていくクレアの後姿を見送っていたフィリアだったが、ふと、まだロケットを借りたまま持っていたことに気がついた。蓋はすでに開かれている。
「いけない、クレアに返しそびれちゃったわ」
何気なくロケットを裏返した。中の写真が視界に飛び込んできたとき、フィリアは思わずロケットを取り落としていた。
「どうした?」
無意識に悲鳴を上げていたらしい。ランディスは落ちたロケットを拾い上げる。
見間違いだろうか。
記憶違いだろうか。
「ランディ……ランディ、その人……クレアの恋人だって」
怪訝そうに覗き込んだランディスの顔が、一瞬にして険しいものに変わった。
「こんな……こんなことって……」
こんな馬鹿なことがあっていいのだろうか。まさかと思いたかった。
だがランディスの強張った表情が、フィリアの考えは正しいと物語っている。
「手にかけたのは俺だ」
「でも……!」
フィリアを守るためだった。
星織姫の候補を害しようとするものは、容赦なく斬る。それが近衛の仕事だ。
「彼はセラフィムの一員だった。サリエル・ブラーニ、他の四人の身元もすでに確認済みだ」
はっきりと断言するランディス。
フィリアはロケットの写真をもう一度見つめた。
どうしても信じられなかった。
そこには、穏やかに笑う、五人目の暗殺者だったあのときの青年の顔があった。
眠れない夜をすごしたのは何度目のことだろう。
ランディスのことで悩み、泣きながら夜を明かしたのはつい最近のことだ。
不安と罪悪感に苛さいなまれ、どうしても眠ることができなかった。
クレアにいったいどんな顔で会えばいいのだろう。何を言えばいいのだろう。
クレアにとってあの青年が、自分にとってのランディスと同じように、大切な、かけがえのない存在だということを知っていて。
ランディスは悪くない。
たとえ直接手にかけたのがランディスだと彼自身が言い張っても、彼は任務を忠実に遂行し、ただフィリアを守ろうとしてくれただけだ。その彼を誰が責められるだろう。
「でも、どうして……?」
フィリアにはあの優しそうな青年が、クレアの恋人でありながら、《セラフィム》に属していたことがどうしても信じられなかった。
あの時、青年が言いかけた言葉を、はっきりと聞き取れなかったのが悔やまれる。
何を言いたかったのだろう。
とても大事なことのように思えて仕方がなかった。
横になっていることもできなくて、フィリアは寝台からそっと抜け出した。
クレアが帰ってくる気配はない。結局、そのまま自室へ戻ったのかもしれない。
空は白々と明るみだしている。
窓の外を覗いてみれば、緑の庭園は霧に沈んでうっすらと影しか見えない。視線を移し、上空を見上げると、あちこちに飛び交う巡回の近衛たちの白い翼が見えた。潜めていても響く声に緊張がある。彼らの表情は遠目から見ても わかるほどに強張っていた。
何かあったのだろうか。
言い知れぬ不安がよぎる。
ランディスのところに行こうと思ったとき、ちょうど当人が顔を見せた。
「起きていたのか」
「何かあったの?」
ランディスの表情も硬く険しい。
廊下へ出てわかったが、神殿中がざわめいている。何かが起こっていることは明らかだった。
ランディスは答えようとせず、フィリアをもう一度部屋へ押し戻した。
「何なの、ねぇ?」
後ろ手で扉を閉めて、ランディスはそこで立ったまま、それ以上入ってこようとはしなかった。
「クレアどのがいなくなった」
苦しそうに、事実だけを述べて、ランディスは横を向く。
「うそ……クレアがどうして? ……いつ?」
「神官長のところから部屋に帰ったところまでは隊長が確認している。だがその後の消息がつかめない」
いなくなったとはいったいどういうことなのだろう。神殿の敷地内にいて、これだけの近衛たちに囲まれて、姿を消す方法なんてあるのだろうか。いくら自室で就寝するのを確認したとはいえ、その後の警備がなくなるわけではない。
「そんな……クレア」
体の力が抜けて、その場に座り込む。
ランディスが支えてくれなければ、そのまま失神していたかもしれない。血が一気に下がって、指の先までもが冷たくなった。
「大丈夫か?」
「ねぇ、もしかしてクレアはサリエルのことを知ったんじゃないの? ルシリエさまの御用ってそれだったんじゃないの?」
「……そうかもしれないな。クレアどのには客が来ていたんだ」
「お客様って、あんな時間に?」
昨夜はかなり遅くまでしゃべり続けていたのだし、客が来る時間だとは到底思えない。
「俺も詳しくは知らないが、実家からの使いだったらしい」
「実家って…」
候補としていったん神殿に上がった以上、俗世間から遮断されることはフィリアも承知している。いくら家族であっても、面会は許されていない。だからこそ別れは済ませてきているのだ。唯一、姿を見ることのできる機会はこの前のような式典の時のみ。選定を辞退しない限り、家には戻れないのだ。
実家からの使者というのが気になった。
サリエルがお兄さんの友人だったのなら、情報はそこから入ってくるのが妥当だろうと思う。
「クレアはサリエルのことを聞いたんだと思う?」
「さあ、わからないな、可能性はあると思うが……」
「ランディ……私、どうしよう」
フィリアは大きく息を吐き、ランディスにもたれ掛かって目を閉じる。
まぶたの裏側が熱くなる。我慢し切れなくてしゃくりあげたとき、ランディスに強く肩を揺さぶられた。
「大丈夫だ、俺たちが今、全力で探している。必ず見つけてみせる」
「うん…うん、でも…」
「お前が気にすることじゃない」
ランディスは強くフィリアを抱きしめる。
「俺が、お前を守りたかっただけだ」
ただそれだけだったのに。
どうして運命はこんなに残酷なのだろうか。
キャロルは岩陰にうずくまる人影を見つけた。
背には四枚の羽根。
クレアがいなくなったと近衛隊から緊急コールが入ったことをキャロルも知っていた。
神殿中がクレアの行方を探してざわめいてる。
ここは星織の塔の管理区域内だ。神殿からは少し距離もある。こんなところまでどうやって来たのだろう。神殿と星織の塔は隣同士だが、間には広大な森が立ちふさがっている。
恐る恐るキャロルは呼びかけた。
「クレアさま?」
細い肩が震えているのがわかった。顔は真っ青で、瞳は頼りなげに揺れている。
呼びかけられたクレアはキャロルの赤い制服をみて、息を飲んだ。
「お願い、見逃して!」
「クレアさま、待ってください。落ち着いて」
「サリエルに会いたいの。サリエルに会わせて」
キャロルはクレアの両腕を掴み支える。支えなければ、立っていられないくらいクレアは動揺し興奮していた。
「クレアさま、落ち着いてください」
「嫌!」
クレアはキャロルの手を払いのけ、耳をふさぐ。
何度も何度も頭の中で繰り返される兄の言葉。
サリエルは候補の暗殺を謀り、近衛隊に処罰されたらしい。今、彼はどこにいるのか分からない。と。
信じられなかった。
どうしてそんなことが起こるのか。
サリエルが候補を暗殺しようとしたなんて、絶対に何かの間違いだ。
だが、面会を禁じられていたのにもかかわらず、人目を盗んでまで会いに来た兄が、わざわざ嘘をつくとは思えない。
でも信じたくない。
「嘘よ、サリエルがそんなことするはずがないもの。絶対に、嘘よ」
「クレアさま、どうか落ち着いてください。いったいどちらへいらっしゃりたいのですか?」
キャロルは努めて冷静に問いかけた。
「サリエルに会いたいの。彼のいるところに行きたいの。彼はどこ?どこにいるの?」
「サリエル?」
キャロルは眉をひそめて繰り返す。
またこの名前を聞くとは思わなかった。≪セラフィム≫たちが旗印として祭り上げた人物の名だとキャロルは認識している。それがクレアとなんの関係があるのか。
「申し訳ありません。私は存じ上げません。クレアさま、近衛隊が探しております。どうぞ神殿にお戻りください」
キャロルが頭を下げると、クレアは悔しそうに唇を噛みしめ、眼をそらした。
「近衛隊なんて信じられない。私の、私のサリエルを殺したくせに!!」
いったんそらした目が憎しみに満ち、力が刃となってキャロルに放たれた。
激しい突風がキャロルの身体を弾き飛ばした。
岩場にたたきつけられ、キャロルは呻く。不意を突かれたとはいえ、受け身を取ることも間に合わなかった。
なんとか立ち上がって、クレアの姿を探すと、後悔と怯えに満ちた目でキャロルを見ていた。
「あ…ああ…」
クレアは顔を覆い泣き崩れる。
「クレアさま、どうかお戻りください」
クレアはうつ向いたまま首を横に振る。
その体が黄金色に輝き始めた。身体の輪郭が曖昧になって小さな球体に変化していく。
キャロルはその光景に呆然とつぶやく。
「光体…?」
たとえ候補でも、身体はまだ人のままだ。
星織姫となった暁には自在に光体への変化は可能だが、いまはまだできるはずがなかった。
ぞくりと背中に冷たいものが走り抜ける。
「まさか、暴走…?」
ふわりと天高く舞い上がって、クレアの光体は天をかけていく。
キャロルは急いで近衛隊本部に連絡を飛ばした。
「こちらフラウ・ウィング、キャロルです!クレアさまを塔管内で発見!光体に変化!追跡します!!」
『まて、キャロル!お前ひとりでは無理だ!』
クルトの緊迫した声がすぐさま飛んで返ってくる。
「分かってます。でも追わなきゃ!」
『すぐ向かう。無茶はするな』
「了解しました!」
キャロルは翼を広げると光体の飛んで行った方向へはばたく。
光体のスピードには到底追いつけないが、軌跡をたどることはできる。近衛隊の到着を待っていてはこの軌跡も消えてしまって、追いかけられなくなる。自分が代わりに目印を残していかなくてはならないのだ。
キャロルはまっすぐ前方を見据えて飛び立った。
キャロルからの通信を切ったクルトは苦い表情でメインパネルを睨みつける。
「救命艇を一緒に向かわせろ」
「はい」
「クルト、俺も行こう。数は多い方がいいだろう?」
セドリックは指令室のクルトを振り仰ぎ、言った。クルトは何か言いたげに見返してきたが、何度か言葉を飲み込んで、頷いた。
「頼む」
「了解」
親子の情は公では決して見せないクルトだが、さすがに光体化した候補相手にたった一人で対峙させるのは非情すぎる。近衛隊が全力で当たらねばならない事案だ。
まだ候補の身で、光体に変化したというのなら、それは紛れもなく暴走だ。
ランディスも同行を希望したが、却下された。候補付きが候補から離れることは許されない。クレア確保が最優先事項だとしても、ランディスにとってフィリアが最優先事項であることはゆるがないのだ。
その時だった。オペレーターから切迫した声が上がった。
「星杖、出現!」
「どこだ?」
「塔です。星織の塔、内部に反応があります!」
「何!?」
クルトがメインパネルを見上げると、モニターに星織の塔の全景が映された。
塔の上層部に高エネルギー反応を指し示すマークが表示される。
拡大投影された瞬間、真っ白な画面が新たに割り込んで映った。
『こちら星織の塔、フラウ・トップ、イリヤ・リーズ。音声のみで失礼する』
イリヤの声だった。重々しく、緊張を孕んだ声音。
「イリヤどのか」
『おそらくハレーションを起こして画面には何も映っていないことと思う』
「確かに、画面は真っ白だ。これは、星杖のせいか?」
クルトの質問にイリヤは答えなかった。
一拍の間を置いて、イリヤは切り出す。
『緊急連絡をお伝えする。星織の塔に星杖、顕現。これにより、明日の0時に選定が行われます。近衛隊の方々には、候補のお二人をお連れ願いたい』
「え?」
ランディスは愕然とイリヤが告げた言葉を聞いた。
こんな突然に、その時が訪れるのかと思った。
クルトは呆然自失と立ち尽くすランディスを視界の隅に捉えながら、自らも冷静になろうと軽く深呼吸をした。
「いま、クレアどのを追っている」
光体化したクレアがどこまで飛んでるのかまだ把握できていない。
明日の0時に間に合うか、クルトには疑問だった。
『承知しています。我々もここから追いかけます。近衛隊より早く追いつけるはずだ』
「フラウが動くのか?」
クルトはモニターの向こう側の人物に、見えていないだろうことは承知で剣呑な笑みを浮かべ、問う。
フラウは星織姫にのみ動く専用の部隊だったはずだ。いくら光体化しているとは言え、クレアはまだ候補にすぎない。候補に関しては近衛隊が動くのが道理だ。
「フラウ・ウィングが関わっている。見殺しにはしない。私はあなたの娘御が大好きなのでな」
返ってくる声もどこか剣呑だが、柔らかく微笑んでいるかのように優し気でもあった。
『クルト、出るぞ』
救命艇に乗り込んだセドリックからの通信が割り込んできた。
「ああ、頼む」
救命艇には医師と看護婦、近衛隊からは飛行艇にセドリックをはじめ、アレックス以下八名の隊員が乗り込んでいた。
「イリヤどのも、よろしく頼む」
『承知した』
塔からの通信も切れ、クルトは大きく息を吸って、頭を振った。
司令官という立場がある以上、ここから動けないのがもどかしい。
どうか無事でいてくれと願うだけだった。
クルトはすぐに切り替えて、指令室からシグルに直接通信を開く。
「星織の塔より通達。星杖顕現。明日0時に選定が決定。隊長のご指示をお願いします」
ほんの少し、シグルが答えるまでの間があった。
『…わかった。ランディス、神官長の元へ向かえ。指示はそこで与える』
「はい!」
ランディスは返事をすると、はじかれたように本部から飛び出して行った。
『クルト、選定後の人員配置を変更する。部隊を再編成せよ』
「了解しました」
『とにかくいまはクレアどのの確保が最優先だ』
「…はい」
クルトは声を絞り出すように答えた。
セドリックやイリヤたちに任せるしかない。
自分はここで待つしかないのだと言い聞かせていた。
キャロルは切り立った岩場に降り立つ。
クレアの光体の軌跡がうっすらとしか確認できない。
早すぎて追いつけないのは覚悟していたが、こんなに早く引き離されるとは思わなかった。
軌跡の光はチラチラと分散してしまって、方向もあっているのか分からなくなってしまった。
白く輝く山々をいくつも超えてずっと飛び続けてきたせいで、体力もかなり消耗してしまった。
「いったいどこへ」
クレアはどこに向かおうとしているのか。見当もつかない。
サリエルに会いたいと叫んでいたが、その彼の行方をクレアが知っているとも思えない。
キャロルは全方位ぐるりと見渡し、どこかに痕跡がないかと探すが、なにも見つけることができなかった。
「見失った…」
風の音だけが激しく、キャロルの耳を撃つ。
人の気配もない。なのに、正体の分からないプレッシャーがキャロルを襲っていた。
チリーン。と鈴の音が聞こえたような気がした。
「鈴?こんなところで?」
振り返ったその瞬間、どんっと大きな衝撃が背後からキャロルを襲った。
たまらず吹っ飛ぶ。
空中で一回転し、地面に手をつきながらも今度は受け身を取って立ち上がった。
「なに?」
風が唸りを上げてたたきつけてくる。
人の形のような輪郭がぼんやりと見えるが、人ではなかった。
残影のようだ。
その足もとに青い鈴が見える。
「青い鈴、なんでこんなところに…」
青い鈴は候補の羽根に重大な影響を及ぼすとして、第一級指定危険物になっている。
式典でも大量にばらまかれて、あやうく大惨事になるところだった。
「破壊しなきゃ」
青い鈴は見つけ次第破壊命令が出ている。
どこにいても候補がその音を聞きつけてしまうからだ。
クレアがこの鈴の影響を受けていないことを祈った。
鈴から、揺らぎ立ち登る、残影。
ここに何を残したかったのか。深く深く刻みつけられた強い想い。
悲しげな感情の揺らぎをキャロルは感じ取った。
この青い鈴を作ったのがサリエルなのだろうか。
クレアがいうサリエルと候補暗殺を企てたセラフィムのサリエルは同一人物なのか。
近衛隊が殺したというのなら、たぶん間違いないだろう。
この残留思念がサリエルだとしたら?
破壊より確保した方がいいのではないかと思った。
けれど、その確証はない。
全く別の人物のものかもしれない。
うっすらと人の輪郭が見える。
幼い少女が笑っている。背中にあるのは四枚羽根。
クレアさまだとキャロルは思った。
鈴の主の記憶に残るクレアさまの笑顔なのだろう。純粋な愛情が鈴の主に向けられているのが分かる笑顔だ。ただまっすぐに目の前の人物を想っている。
だとしたらサリエルはなぜセラフィムだったのか。
暗殺を企てたのは何故なのか。
この笑顔が、輝くような優しい思い出が、サリエルの残したものであるならば、キャロルはこの鈴を破壊したくなかった。
風の抵抗を体中に感じながら、キャロルは両手をまっすぐに伸ばす。
照準を青い鈴に定め、集中する。
「手はまっすぐ、対象物を掴む感じで」
ランディスに教えてもらった捕縛のやり方をなぞる。
悔しいが、ランディスの方が実力は何倍も上だ。なんであんなに何でもできるのかと地団太を踏んだ。それだけの努力はしてきたのだろうとは思うが、悔しくて仕方がなかった。
いまなら、なんとなくわかる。
そう、彼はいつでもフィリアさまを守るために全力で戦ってきたから、あんなに強いのだ。
自分の力不足を悔しいと嘆いている暇はない。
ただ自分でできることを全力でやるだけだ。
「捕縛!」
キャロルの発した声と同時に金色に光る網がまっすぐに伸び、青い鈴を捕捉した。
ぐるぐると鈴の周りに強固な結界が張られ、完全に封じ込めると、くいっと手を引き、引き寄せた。
「出来た!」
ホッと息をつき、手のひらに収まるほどの小さな球をポケットに入れる。
とにかく、現状を報告しなくてはならない。
キャロルはイヤホンマイクを装着し、居場所を知らせる信号も発信した。
「こちらキャロル。申し訳ありません。クレアさまを見失いました」
『信号捕捉した。救命艇がすぐ追いつく。無事か?』
「私は大丈夫です。青い鈴を発見しました。能力者のものかは分かりませんが、残留思念が強く、攻撃してきました。破壊せず結界捕縛してあります」
『分かった。イリヤどのもそちらに向かっている。お前は合流して指示を仰げ』
「了、…解?」
風に乗って、誰かのすすり泣く声が聞こえてきた。
キャロルは振り返って、息を飲む。
『どうした?キャロル?』
クルトの呼びかけにキャロルは答えることが出来なかった。
白い岩岩の隙間を埋め尽くすほどの青い鈴。
その中で、四枚の羽根を大きく広げて、幽鬼のようにクレアが立っていた。
「クレアさま発見!」
獣のような咆哮を上げ、クレアの絶叫があたり一帯に響き渡った。
「……!!!」
激しい衝撃波がキャロルを直撃した。悲鳴すら途切れ、身体が小石のように吹き飛ぶ。
地面へと叩きつけられた後ももんどりうって転がり、崖のすぐ間際で止まった。羽根は曲がり、折れたのか、右の翼が半分曲がっていた。力なく投げ出された手足。原型なく破壊されたイヤホンマイクの残骸がポロリと風に吹かれて落ちた。
「キャロル!!」
突然の衝撃波をやり過ごしたイリヤたちが岩場へと降り立つ。
崖のすぐ間近で倒れ伏すキャロルの姿を発見し、舞い降りる。
赤い制服を着た三人のフラウたちだった。
イリヤは傷だらけのキャロルの身体をそっと抱き上げる。
「この大馬鹿者が!」
額から頬へと撫でながら、キャロルの顔についた土を払う。
意識はないが、まだ生きている。イリヤはほっと息を吐く。
だが体中が傷だらけのボロボロだ。
あの衝撃波を至近距離で受けたのだろう。命があるだけでも奇跡だ。
「イリヤさまが甘やかすからですよ。もっと厳しくなさらないと」
フラウ・トップに君臨するイリヤと同じトップを名乗る双子の片割れ、マイラが柔らかく叱責する。
「ウィングももう一人お付けになった方がよろしいのでは?その子一人を溺愛しすぎですわ」
長い銀の髪を後ろに一つで結い上げて、赤い制服に黒いシールドを付けたのがマイラ。肩の辺りでバッサリと切りそろえているのはアイリ。同じ顔をしているが、髪型で印象もまるで違う二人だ。だがしゃべり方も声も同じなので二人でしゃべられるとステレオ放送のように聞こえ、イリヤはうるさそうに眉を顰める。
背後の様子に目を遣ると、キャロルをもう一度地面に横たえ、厳しい表情で立ち上がった。
「おしゃべりしている暇はなさそうだ」
双子たちも気配を感じ取り、顔を見合わせた。
「そのようですわね」
「近衛隊が到着するまでに、終わらせたいものね」
剣呑な笑みを浮かべて、マイラが言う。戦闘モードへのスイッチが入ったようだった。そんなマイラをイリヤは戒める。
「間違えるな。相手は候補だ。敵ではない」
「…そうでした」
はっとしてマイラは首をすくめる。
「三方向から囲んで封じ込める。とにかくこの場所から引きはがさねば」
「御意!」
地面に埋め尽くされた青い鈴の中では身動きしただけで鈴は鳴る。正気を保っていられるはずがない。
煩わし気にクレアは空を払う。
軽い一閃だった。その直線上の大きな岩が音を立てて崩れていく。
「ご機嫌は…麗しくなさそう」
ひらりと軽やかに衝撃を躱し、冷静に感想を述べるアイリにイリヤは冷ややかに諫める。
「アイリ」
「はあい、分かってます」
三人が同時に印を結び、三角の光でクレアを囲い込む。
眩い光がクレアを包み込み、地表の三点から光が立ち上がって線を結ぶ。
外界との接点を切り離し、封印する。
大きな三角錐の結界が一瞬のうちに結ばれた。
拘束されたクレアの動きが止まる。
「あ、イリヤさま!」
「なんだ?」
マイラがはしゃいだ声を上げ、アイリの後方を指さす。
救命艇と飛行艇が岩陰に着陸した。着陸と同時に近衛隊員が飛び出し、駆け寄ってきた。
「近衛隊、ご到着ですわね」
セドリックを先頭にアレックスが続き、その後ろを若い近衛が付いてくる。
イリヤは先頭のセドリックを怪訝そうに眺めた。セドリックは迷わずイリヤに向かってくる。
「イリヤどのか?」
「そうだが、貴殿は…ランディスどのの」
「セドリック・エルガートだ。ランディスは息子だ」
「ああ、ランディスどののお父上でしたか。よく似ていらっしゃる」
イリヤは警戒を解いてにっこりと笑った。遠目から見るとランディスにも見えた驚いたのだが、右足を庇うような動きが気になった。
遅れて到着したアレックスは、イリヤの背後に目を向け、目を見開いた。
「姉さん!?」
羽根は折れ曲がり、ボロボロの状態で意識がないキャロルが横たわっていた。
一緒に同行したイサークとカイも息を飲み、立ち尽くす。
「姉さん…嘘だろ?」
アレックスはキャロルを抱き起こし呼びかける。ぐったりと力なく投げ出される四肢は頼りないほど細く、いまにも何かが消え去ってしまいそうな恐怖を感じた。
「姉さん!」
「動かすな」
イリヤはアレックスの肩に手を遣り、制止した。
「早く救命艇に」
「は、はい!」
蒼白なアレックスを宥め、セドリックは救命艇を指し示す。
まだ生きているが処置が遅れればそれだけ危険な状態は続く。万が一を考えて救命艇を指示したクルトの采配だったが、出来ることならこうなる前に追いつきたかったセドリックだった。
「クルト。聞こえるか、セドリックだ」
『聞こえる』
「フラウと合流した。キャロルは負傷して意識がない。救命艇で生命維持カプセルに入れて先に送らせる。もう一機、救命艇を回してくれ」
『…分かった』
クルトは余計なことは問わず、短く答えただけだった。
意識がない。生命維持カプセル。そのワードで察したのだろうと思った。
本部からかなり距離はある。別基地の救命艇の手配をするだろう。だが、それでも今すぐにというわけにはいかないことはセドリックでも分かった。この後起こることを考えたとき、救命艇が少しでも早く到着していてくれたらいいと願った。
ドンッと衝撃音が響き、全員がはっとして振り返る。
クレアを封じた三角錐にひびが入っていた。
「まずい、破られるぞ」
二度目の衝撃で亀裂は更に広がった。まだ、キャロルを動かせていない。
「くるぞ!」
セドリックは短く言い放つ。
三度目の衝撃で三角錐が弾け飛んだ。
凍りつくような冷気が押し寄せる。
セドリックは右手を伸ばし、シールドを作って冷気を防ぐ。後ろにいたフレッドたちもその盾に守られた。イリヤたちも同様に手でシールドを作り防いでいる。
アレックスは片手でキャロルを抱きかかえながら左手で防いでいたが、手首まで凍り付き、今なお冷気とせめぎ合っていた。
冷気は凍気となって、アレックスの腕を浸食しようとする。アレックスは自らの気でこれを抑え、押し返そうとしていた。
チラリと横目で見ながら、セドリックは厳しく言い放つ。
「押し戻せ!左手が死ぬぞ」
「くっ…!」
手首の辺りで凍りついていたのが少しずつ手のひらから指先まで戻っていく。
「うあぁっ」
気合いとともに、冷気を押し戻した。激しく呼吸は乱れていたが、左手からは完全はシールドが形成されていて、アレックスはドヤ顔で笑って見せた。
「へへっ」
「よし、いいぞ!長男坊」
セドリックも笑みを浮かべて褒める。ただすぐにでもキャロルを運び出さなくてはならない。二歩ほど横に移動し、セドリックのシールドの内にアレックスたちを入れた。
「今のうちに急げ!」
「はい」
アレックスはキャロルを再び抱き上げ、冷気から距離を取って救命艇に向かう。
悔しいが、ワンドのトップである自分でもここでは足手まといになっている。やはりソード以上にならなければ、何の役にも立たないのだとアレックスは思い知った。
三角錐の結界が完全に消滅し、辺り一帯が氷付いていた。
白い岩肌がすべて凍り、陽光にさらされてまぶしいばかりの白銀の世界を作り出している。
冷たい風が肌を刺す。
その中で、さらに透き通るように美しく白い四枚の羽根を大きく広げて立つのは一人の少女。
怒りと悲しみの中で、荒れ狂う感情を制御できないでいる。
彼女の中にあるのは、絶望か。
セドリックは憐れむことも彼女への冒涜だと感じていた。
幸か不幸か、青い鈴をも凍らせたクレアは、呪縛も外れ、呆然と立ち尽くしていた。
「あ…ああ…」
涙は止まることを知らないかのように、クレアは泣き崩れる。
「殺して…殺してよ!」
「クレアどの」
「サリエルを殺したように、私も、殺して!!」
イリヤはゆっくりとクレアに近付いていく。
「クレアどの、明日の0時に選定が行われます」
ぴくっとクレアの肩が揺れた。
「あなたに選定を受ける意思があるのなら、我々は候補であるあなたをなんとしても時間までに塔へお連れせねばならない」
クレアはじっとイリヤを見上げた。
彼女にとって選定は恋焦がれた星織姫へと繋がる唯一の道だ。
その想いにかけるしかない。
このまま暴走し続けたら、クレアの身体が壊れる。
「殺してほしいとお望みでも、あなたの背にその四枚の羽根がある限り、我々にはあなたに向ける刃は持ち合わせてはおりません」
静かだが気迫のこもったイリヤの言葉に、クレアはゆっくりと目を閉じる。
「連れて行ってください。…塔に」
消え入りそうな声で、クレアはつぶやく。
ほっとイリヤが息をついた。
その時、クレアの身体の周りで、黒く揺らぐ負の感情を可視化できたのはセドリックだけだった。
黒い闇が煙のように立ち上り、力を得て実体化する。
黒い刃となってそれは放たれた。
「伏せろ!」
ドンッと爆発音が響いた。
セドリックは背後からイリヤの身体を引き寄せ、身をよじる。
セドリックの脇をかすめて、黒い刃が飛ぶ。後れ毛が触れて焼き切れた。
双子のフラウと近衛たちは間一髪で黒い刃をかわしていたのをセドリックは視界の隅で捉える。
イリヤを軽く突き放し、体を回転させクレアの正面に入り込む。
間髪入れず、セドリックはクレアの首筋に手刀を叩きこんだ。
「…っ!!」
「捕縛」
気を失い、倒れこむクレアの身体を受け止め、ゼロ距離での捕縛をかける。
セドリックの手から金色に光る力の網がクレアを覆いつくす。
「もう一度、結界を張れ」
厳しい表情のまま、セドリックはフラウたちに命令する。
近衛隊を退いて久しいが、ガーディアンだったころの癖か、命令口調になっていることに気が付いていなかった。
マイラとアイリはムッとして眉をひそめたが、イリヤは笑みを浮かべて頷いた。
「承知した」
イリヤの合図でしぶしぶと定位置につく双子たち。
「縛止!!」
界を閉じ、セドリックはその場から離れる。
それを合図に、フラウたちが再び三角錐の結界を施した。
物理的に意識を失わせ、その上で捕縛をかけ、さらに結界を施すという、二重三重で封じ込めなければならないほど危険があるということが厄介な問題だった。
イリヤはセドリックの元に歩み寄り、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いや」
「あなたのその目は、天眼ですね」
「ああ」
見えないものも見える、世界の理を見通すことができる天の眼。天眼の持ち主であるセドリックにイリヤは敬意を表する。
セドリックは千切れた髪の毛を残念そうに見やり、息をつく。
「選定を受ける気があるというなら、連れて帰らねばならんが、さて、どうする?」
セドリックは肩をすくめ、イリヤに問いかけた。
連れて帰って、意識が戻った時にまた暴れでもしたら、頭を抱えることになる。
かといって、ここに置いていくわけにもいかない。
「私は、あの言葉を信じたい」
イリヤの答えに、セドリックは頷く。
セドリック自身、四枚羽根を持つもう一人の少女のことをよく知っている。フィリアを自分の子どものように可愛がってきた。あの娘の望みを叶えたいと願うたった一人の息子の思いもよくわかっている。だからこそクレアのことも見過ごせないのだ。
「ちょっと!さっきから、あなた何様?イリヤさまに向かって、口の利き方に気をつけなさい!」
マイラが仁王立ちしてセドリックを叱りつける。アイリもその横に立ち、うんうんと頷いている。
「イリヤさまはガラ宗家のお嬢様ですよ。あなたのようなどこの馬の骨ともわからないおじさんが気安く命令できるお方ではない!!」
セドリックは目を丸くして絶句し、イリヤは額を押さえ呻いた。
背後の近衛たちからもざわめきが上がる。
「申し訳ない。双子の非礼をお許しいただきたい」
イリヤは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
「お前たち、無礼にもほどがあるぞ!」
双子たちは納得がいかないようで文句たらたらでこぼす。
しかし、イリヤがガラ宗家のお嬢様と聞いて、セドリックはなるほどと納得した。この美貌と気品、育ちの良さが分かる佇まいとカリスマ性を感じさせる威厳のようなもの。
セドリックは面白そうに笑った。
「ガラ宗家のお嬢様が、フラウのトップか。それもまたすごいな。ガラ一族は非情に優秀な人材がそろっているから不思議はないが。家の方から何も言われないか?」
「文句ばかりです。なので家にはもうずっと帰っていません」
「ま、うちのバカ息子も、まったく家に寄りつかんが」
イリヤは苦笑した。
「しかし、失礼ですが、近衛隊でいままで貴殿のお名前は聞いたことがありませんが…」
「ああ、少し手伝いに来ているだけだ。もう二十年前に除隊している」
「そうでしたか。でもその天眼といい、相当なお力をお持ちだ。現役でもいけるのでは?」
セドリックは首を振り、自分の右足を指し示す。
「これが言うことを聞かん。昔のようには動けない。だからガーディアンは返上した」
「ガーディアンで十分構わないかと」
イリヤはセドリックの足が不自由なのは気づいていたが、何も言わなかった。片足だけでも、ここにいた誰よりも動けているのに、昔のようには動けないと断言する潔さ。最盛期を知っているからこその己の能力の低下が分かってしまう。だがそれを認める心の強さ。称賛に値するし尊敬できる人物だとイリヤは思った。
「意地かな。まだまだ息子たちには負けられないのでな」
「ランディスどのもソードより上にすぐ到達すると思っています」
「早く追いついてもらいたいものだ」
ソードで満足しているようでは困る。セドリックは心の中でそう呟いた。
セドリックは本部のクルトに再び連絡を入れた。
「クルト。クレアどのは保護した。救命艇はあとどれくらいで到着する?」
『保護した? そうか、良かった。救命艇はそこから一番近いセサリーの基地から向かわせた。それほど待たせなくて済むはずだ』
クレア保護の一報にクルトの声色が一気に緩む。
キャロルを載せた救命艇はまだ本部に到着していないはずで、心配も不安もあるだろうに、それを隠して冷静でいようとしているのをセドリックは分かっていた。
「了解した。保護したとはいっても、クレアどのの精神状態はあまり良くない。捕縛して三角錐の結界に封じている。これを解いたあとがどうなるかわからん。選定の日時は伝えたが…これが歯止めになっていればいいが」
『選定を受けると答えたのか?』
「塔に連れてってくれと言った」
それを是であると受け取った。
塔へ向かう意思はあるのに、セドリックたちがクレアを拘束し封じなければいけなかったことをクルトはおそらく気付いてくれるだろう。
『分かった。また連絡する』
「了解」
万全の体制を取って捕縛を解かなくてはならない。
クルトが動いてくれることをセドリックは信じているのだ。
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