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アリス、推し活にいそしむ

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「ハイ~、超カッコ良かったっすわ~。生アイ…カイル様、キラキラで一発KOっすわ~♪」
 アリスはテヘッと笑うとパクッと大口開けてコーンの蒸しパンを食べ切った。
 本日は発表会出品作品の提出期限日。昨晩、夜なべでカゴ盛り子猫の水彩画を仕上げたアリスはグレースの寮の部屋を訪ねていた。訪問理由はグレースに出品作品を事前に見せて頂いたので自分の作品も発表会前に見せたい。許可が下りたアリスは猫作品を手に発表会役員室へ作品を届ける前にグレースの部屋に寄り道していた。
 部屋に通されたアリスは猫絵が入ったバッグをポイと放り出し、目を丸くするグレースにうやうやしく差し出したのは、アリス渾身の力作 アランのイラストだった。
 ソファで刺繍をする後姿の少女の巻き毛を背もたれの子猫が前足で悪戯いている。その子猫を優しく抱き上げ、
「レディを困らせてはいけないよ」
 とのセリフと共に微笑するアラン。
 そのアランのイラストを見た瞬間、頬を薔薇色に染めたまま動かなくなるグレース。
 部屋にはアリスの訪問に合わせて呼ばれていたコーネリアと聞き付けて顔を出したクラリアとアナベル&セシルも居たのだが、アリスのマナー違反を小姑の様に注意しまくるアナベル&セシルもさり気なくフォローするコーネリアも静か。
 アナベル&セシルもコーネリアも、アリスが放り出したバッグの中から滑り出て部屋に撒き散らかされた攻略対象キャラクター達のラフ画に心を一瞬で鷲掴みされていた。
 アナベル&セシルは床に座り込み周りにウェインが描かれているラフ画を並べては眺め、ラフ画を拾おうと身を屈めたコーネリアは手にした一枚にカイルの姿を見た途端に動かなくなっていた。
「……」
 クラリアは大切な姫とその御学友のお嬢様方の異常行動に固まるメイド達に自分とアリスのお茶を、他の令嬢には後でお茶を用意するように指示した。次に自分の力作のイラストに釘付けの推しのグレースしか視界に入っていないアリスの耳を引っ張りソファに座らせた。
 そしてアリスの発表会用作品を手にアリスの隣りに座ると猫絵をメイドからの目隠しにグイッとアリスの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「この大量の攻略対象キャラのラフ画は何?」
 取調室パート2。
「……」
 東屋での出来事を記憶がある所からない所まで洗いざらいゲロゲロアリスだった。
 カイル達が東屋を去った後、アリスは興奮したユリアンヌ達にガクンガクン体を揺すられてようやく目を覚ました。目を開けたアリスはバッと誰も居ない空っぽの(正確には子猫がいる)東屋を見て暫く呆けていたが、
「見えるわっ」
 と叫ぶなりイーゼルに置いてあったスケッチブックを掴み、ついでに熊を突き飛ばしペンを手に取るとアリスは猛然と絵を描き始めた。アリスが何枚も何枚も描いていたのは東屋に残るカイル達4人の攻略対象キャラクターの残像だった。
 キラッキラのカイル達の妄想ラフスケッチを見たユリアンヌ達女子の、
『頑張れ、アリス~♪』
 声援を受けアリスは日が暮れるまでそこにはいないカイルとアラン、ウェインとアーサーを描き続けた。
 だってだってキラキラよ!描くしかない。これはきっとゲームの神様からのプレゼントだわわ。カイル様達攻略対象の生キラキラを間近で拝む事なんて多分もう二度とない。
 今の内に、キラキラの記憶が薄れない内にこのリアル乙女ゲーム特典スチルを描き留めておかなければならない。これはオタ女の聖なる義務よ~♪おほほほほっ。
 Aクラスに入れていればわりと頻繁に見られる光景なのだがその事には気付く事無く描き続けたアリスだった。
「いやー、お陰で納得のいくアラン様のイラストが描けました」
 100%曇りのない笑顔で答えるアリスにクラリアは痛みを覚えてこめかみを押さえた。
 攻略対象キャラクター4人を描きまくっている事を聞き付けて飛んで来たエリアナとアイシャが、
『ギャーッ!カイル様♪』
 と妄想ラフスケッチを見るなり叫んだせいで近くにいた上級生女子生徒に絡まれスケッチブックを取り上げられそうになるというアクシデントがあったのだが、
「通りすがりの親切な上級生の男子生徒の方が助けて下さいました~。奪われかけたスケッチブックも取り返してくれたんです~」
 雲ひとつ無い快晴の笑顔のアリスに、
「……」
 クラリアの頭痛は更にズキズキと痛くなる。
 通りすがりって、そいつはカイルの取り巻きモブだからっ。
 第一そこそこ人目に付くとはいえ花も見頃を終えた庭園の中の東屋にたまたま都合良く上級貴族の親切な男が通り掛かる訳が無い。が、探りを入れてもカイルははぐらかすだけで、アランとウェインも右に同じ。アーサーにも聞いてみたが首を傾げられただけだった。しかしどの攻略対象も大なり小なりアリスに関心を持っているのは態度から感じ取れた。
 接触0からの急接近。ゲーム展開的にこれはどう見れば良いのかしら。いきなり4人も現れてカイルはアリスをお姫様抱っこのレアイベント。てゆーか髪に触れるとか指先で涙を拭うとかのお触りOKイベントは2年生からでしょうが、このませガキがっ。
 アリスもアリスで攻略対象キャラに接近しただけで気絶するなんてどんなヒロインだよ。推しキャラと会った時にどうするの。マジでオムツが要るの?描き散らしたイラストもBLチックな物が多いし、オタクが市民権を得てからの子だから危機感が無いのよね。私が若い頃なんてアニメやゲームが好きなんて公言しようものなら一般人からの偏見の目や迫害が凄かったけど彼女は体験してないから。中世のマイノリティに対する弾圧とかピンとこないのも無理はないけど、乙女ゲーム的に火あぶりはかなり駄目でしょ。
 クラリアはメイドが用意してくれているお茶とコーンたっぷりの蒸しパンに目を輝かせているアリスを眺めて溜め息をついた。メイドに礼を言ったアリスは待ての顔でクラリアを見つめている。
「クラリア様、お茶が冷めない内に頂きましょうよぅ」
 …まさか4人揃って駄犬好きってオチなら笑えないわね。
 クラリアは目線でメイドに謝意を伝えるとにっこりと笑顔になった。
「そうね、上級者女子はシメておいたし。私達は先にお茶を戴きましょう」
「?、はーい♪」
 程無くしてグレースやコーネリア、アナベル&セシルも落ち着きを取り戻して皆でお茶を楽しんだ。グレースに一晩で描いた猫絵を褒めて貰ったアリスはご機嫌で〆切ギリギリで出品した。 



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