上 下
4 / 12

4、おいでませ雪山

しおりを挟む

 びゅおおおおおおおおお……


 気が付いたら、エティエは白銀の世界に放り出されていた。
 あたりは一面の雪景色で、数歩先がわからないほど強く吹雪いている。

「転移魔法の座標が狂って……!?」

 研究室へ帰るつもりが、手元が狂ってとんでもないところにきてしまったらしい。
 エティエは真白の雪の上に尻もちをついていた。幸いスカートのパニエと新雪が衝撃を和らげてくれたが、その下に一体どれくらいの雪が積もっているのかは想像もつかない。

「寒っ……!」

 極寒の地で、胸元の開いたアフタヌーンドレス一枚。
 しかも最悪なことに、魔法陣に吸い込まれる時に短杖ワンドを裏庭に落としてきてしまった。これでは複雑な魔法を使えないから、ふたたび転移魔法で戻ることもできない。

 吹きつける雪を手庇てびさしでさえぎって周囲を見渡すと、真っ白な視界の端にもみの木らしき樹々の影が見えた。
 あちらへ行けば少しは雪風をしのげるかもしれない――と、ふらふら立ち上がったその時。

「樹に近付くな!」

 かかとの高い靴で雪の上を踏み出そうとしたエティエの腕を、何かが思い切り掴んで引き戻す。
 エティエの身体を手繰り寄せ、凍える風から庇うように抱いたのはラズローだった。

「常緑樹の根元は雪にくぼみができて穴になっていることがある。落ちたら埋まって出られなくなるぞ」
「ラズロー! あ、あなたまで!?」

 自分の失敗にラズローまで巻き込んでしまったことを知って、エティエは途端にパニックになる。

「こんな雪山の、どうしよう、わたしのせいで――!」
「落ち着け!」


 ――大丈夫だ。


 抱きしめられた身体を伝い、言い聞かせるように染み込む声。
 エティエは目を見開き、頭ひとつ分背の高いラズローを見上げた。
 そこにあるのは、こんな状況でも少しも揺るがない、いつもの勝気で大胆不敵な彼の顔だった。

短杖ワンドなしでも風の魔法を使えるか?」
「つ、使えるけど、この吹雪を押し返すほどの大魔法は……」
「俺たちの周りを覆うくらい、小さなものでいい」

 エティエはハッとして、すぐさま簡易の風魔法を描こうと右手を宙にかざす。
 ところが、寒さと緊張で手が思うように動かない。

(ああもう、どうして)

 エティエは優秀な魔法の使い手であるが、あくまで研究員であって実践には慣れていない。その間にも横殴りの吹雪がふたりを叩く。
 震えるエティエの手を、ラズローの大きな手が下から包んだ。

「大丈夫」

 腰に回されたもう片方の腕が、ぐっと力強くエティエを支えていた。

(だい、じょうぶ)

 ラズローの言葉を心の中で繰り返す。するとほんの少しだけ、胸の奥に温かさが点った気がした。
 エティエはどうにか、指先で風の結界を描き出した。厚い空気の壁がふたりを覆い、びゅうびゅうとうなる風が遮断される。
 これで一旦、吹きさらしだけは避けられた。

 この魔法は本来、他人に聞かれたくない会話をする時に使用するものである。
 白銀の世界の中、防音の結界に護られたふたりきりの空間は異様に静かだった。

 はぁ、ふぅ、と互いが白い息を吐く音が聞こえる。
 どきどきどきどき。
 異様に速く鳴り響く心音は、果たしてどちらのものだっただろう。

「……あ」

 先ほどから向かい合って抱きしめ合っている状況にようやく気づいたのか、ラズローがパッとエティエの身体を離した。

わりぃ」
「ううん、ありがと……」
「…………」
「…………」
「……その。向こうにさ、大きな影が見える。多分建物か何かだと思うんだが」

 ラズローはエティエの頭についた雪を払い、それからすっと遠くを指さした。
 エティエが目を凝らしてもただの真っ白な景色にしか見えないが、彼には何かが見えているらしい。

「行ってみるしかないか。お前は俺がぶうから」

 言うなり「ほら」とかがんで見せたのでエティエはあわてた。

「前に進むだけでも大変なのに、そんなことさせられないわ!」
「ドレスとハイヒールで雪の中を歩けるわけないだろ」
「でも、それじゃあ!」

 お荷物になりたくない、そう言いかけたエティエの額をラズローが指で小突いた。

「バーカ。適材適所だって言ってるんだよ。俺がお前を背負う。お前はこのまま風の結界を維持して、あと光をくれ。視界が悪くて方向感覚が狂うから、お前の光魔法で導いてほしい。二属性の魔法の同時行使は集中力がいるだろうけど――」

 かたちのよい口元が、ニヤリと意地悪く笑う。

「――学年次席・・・・のお前ならできるだろ?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

処理中です...