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4、おいでませ雪山
しおりを挟むびゅおおおおおおおおお……
気が付いたら、エティエは白銀の世界に放り出されていた。
あたりは一面の雪景色で、数歩先がわからないほど強く吹雪いている。
「転移魔法の座標が狂って……!?」
研究室へ帰るつもりが、手元が狂ってとんでもないところにきてしまったらしい。
エティエは真白の雪の上に尻もちをついていた。幸いスカートのパニエと新雪が衝撃を和らげてくれたが、その下に一体どれくらいの雪が積もっているのかは想像もつかない。
「寒っ……!」
極寒の地で、胸元の開いたアフタヌーンドレス一枚。
しかも最悪なことに、魔法陣に吸い込まれる時に短杖を裏庭に落としてきてしまった。これでは複雑な魔法を使えないから、ふたたび転移魔法で戻ることもできない。
吹きつける雪を手庇でさえぎって周囲を見渡すと、真っ白な視界の端にもみの木らしき樹々の影が見えた。
あちらへ行けば少しは雪風をしのげるかもしれない――と、ふらふら立ち上がったその時。
「樹に近付くな!」
かかとの高い靴で雪の上を踏み出そうとしたエティエの腕を、何かが思い切り掴んで引き戻す。
エティエの身体を手繰り寄せ、凍える風から庇うように抱いたのはラズローだった。
「常緑樹の根元は雪にくぼみができて穴になっていることがある。落ちたら埋まって出られなくなるぞ」
「ラズロー! あ、あなたまで!?」
自分の失敗にラズローまで巻き込んでしまったことを知って、エティエは途端にパニックになる。
「こんな雪山の、どうしよう、わたしのせいで――!」
「落ち着け!」
――大丈夫だ。
抱きしめられた身体を伝い、言い聞かせるように染み込む声。
エティエは目を見開き、頭ひとつ分背の高いラズローを見上げた。
そこにあるのは、こんな状況でも少しも揺るがない、いつもの勝気で大胆不敵な彼の顔だった。
「短杖なしでも風の魔法を使えるか?」
「つ、使えるけど、この吹雪を押し返すほどの大魔法は……」
「俺たちの周りを覆うくらい、小さなものでいい」
エティエはハッとして、すぐさま簡易の風魔法を描こうと右手を宙にかざす。
ところが、寒さと緊張で手が思うように動かない。
(ああもう、どうして)
エティエは優秀な魔法の使い手であるが、あくまで研究員であって実践には慣れていない。その間にも横殴りの吹雪がふたりを叩く。
震えるエティエの手を、ラズローの大きな手が下から包んだ。
「大丈夫」
腰に回されたもう片方の腕が、ぐっと力強くエティエを支えていた。
(だい、じょうぶ)
ラズローの言葉を心の中で繰り返す。するとほんの少しだけ、胸の奥に温かさが点った気がした。
エティエはどうにか、指先で風の結界を描き出した。厚い空気の壁がふたりを覆い、びゅうびゅうとうなる風が遮断される。
これで一旦、吹きさらしだけは避けられた。
この魔法は本来、他人に聞かれたくない会話をする時に使用するものである。
白銀の世界の中、防音の結界に護られたふたりきりの空間は異様に静かだった。
はぁ、ふぅ、と互いが白い息を吐く音が聞こえる。
どきどきどきどき。
異様に速く鳴り響く心音は、果たしてどちらのものだっただろう。
「……あ」
先ほどから向かい合って抱きしめ合っている状況にようやく気づいたのか、ラズローがパッとエティエの身体を離した。
「悪ぃ」
「ううん、ありがと……」
「…………」
「…………」
「……その。向こうにさ、大きな影が見える。多分建物か何かだと思うんだが」
ラズローはエティエの頭についた雪を払い、それからすっと遠くを指さした。
エティエが目を凝らしてもただの真っ白な景色にしか見えないが、彼には何かが見えているらしい。
「行ってみるしかないか。お前は俺が負ぶうから」
言うなり「ほら」とかがんで見せたのでエティエはあわてた。
「前に進むだけでも大変なのに、そんなことさせられないわ!」
「ドレスとハイヒールで雪の中を歩けるわけないだろ」
「でも、それじゃあ!」
お荷物になりたくない、そう言いかけたエティエの額をラズローが指で小突いた。
「バーカ。適材適所だって言ってるんだよ。俺がお前を背負う。お前はこのまま風の結界を維持して、あと光をくれ。視界が悪くて方向感覚が狂うから、お前の光魔法で導いてほしい。二属性の魔法の同時行使は集中力がいるだろうけど――」
かたちのよい口元が、ニヤリと意地悪く笑う。
「――学年次席のお前ならできるだろ?」
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